【日本語】会報

会報 2022年01月

親愛なるブラジル岐阜県人会の皆様

  謹んで新年のお慶びを申し上げます。 未だコロナウィルスの猛威は収まるところなく、形を変えて猛威を奮っており、不安な毎日を強いられていますが、そうした中、会員の皆様はご家族共々、新しい年を期待と希望も持ってお迎えになった事と思います。 私共ブラジル岐阜県人会は、昨年中はコロナ禍の中、皆さんと共に出来る範囲で色々な活動をこなし、結果を残してきました。 これは皆様のご理解ご尽力の賜物のそのものでして、この場を借りまして心より感謝申し上げます。 本年も引き続きご協力お願い致しますし、特に今年は3年振りの日本祭り(7月15.16.17日)がハイブリッドで開催されます。 我が県人会も、2回目の参加となりますが、一致団結して一層の努力と、新しいアイデアを出してレベルアップしたものを、ご来場またデリバリーのお客様に提供をしたいと思います。 日本祭りにおける郡上踊りも、2月くらいからは、練習しなくてはいけませんが、コロナ禍の現状で、対面で練習ができるのか、様子を見ながら始めたいと考えています。 岐阜名物“ほうば寿司”をサンパウロの方々に食べて頂きたいのですが、ブラジルには”ほうば“がないので、代用できる物を模索中で、上手くいけばこの日本祭りに間に合えばと願います。 特に日本祭りは、岐阜県人会皆様(特に若い方々)の協力無しには、実現できません!、早いうちに実行委員会を立ち上げて準備を始めたいと思いますので、どうか宜しくお願い致します。 同7月には、同じく2年間中止になっております、“岐阜県農業高校生海外実習派遣団”が再開予定ですので、その準備にも取り掛かります。 岐阜の若い人達にブラジルのスケールのデカさと、ブラジル人の陽気で親切な国民性を知ってほしいです。 前回同様、レジストロ市での農業実習を考えております、清水地方理事はじめ地元の皆さんにまたお世話になりますので宜しくお願い致します。 他には、例年のようにGMG(岐阜、三重、群馬)で年2回のイベントを開催予定です。 このジョイントイベントは3年目に入り、たくさんの方々から支持を得ておりますので、みんなで力を合わせて回ごとにレベルアップする様に、頑張りましょう。 そして今年も、岐阜県人会インターナショナル(GKI)のイベントに率先して参加しましょう! 年3回の定例会、年次総会そして念願の10月29,30日の「第一回岐阜県人世界大会」に、ブラジル、南米がこぞって訪日使節団を結成し少しでも多くのメンバーで、コロナ禍を吹き飛ばして岐阜県民、世界に岐阜県人と集い、語らい、絆を深め、岐阜県人のID(アイデンティティ)と誇りを再確認し、知見を深め、岐阜県の素晴らしさを国内外にアピールしましょう! 古田肇岐阜県知事は、GKIに対して、「県の頼れるパートナーになっていただくことを、大いに期待する。 」と述べられていて、GKIとしてブラジル岐阜県人会としてその期待に応えるべく努力をしましょう。 また、この世界大会参加と訪日観光をして母国母県の「良いところ」「良いもの」を体感して、ブラジルのご家族ご親戚ご友人に、紹介しましょう。 その後の11月には、「第18回日伯友好交流絵画展」を、橋下マルコス絵画展委員長を軸に委員会で、企画実施し、今年はハイブリッドで開催したいと願っております。 そして本年は久しぶりに忘年会を開催し新しく敬老会も兼ねて開催予定です。 あとは1泊2日の県人会慰安旅行を考えていますので、ご参加下さい。 今年もまたたくさんのイベントを催して参りますので、どうか引き続きご協力ご参加頂けますようお願い致します。 最後にコロナ禍の早期収束、ブラジル岐阜県人会の益々のご発展と、会員の皆様のご健勝、ご多幸をお祈りいたしまして、新年の挨拶とさせて頂きます。 頑張りましょう!

2022年1月吉日(ブラジル岐阜県人会会長長屋充良)

   

ぎふ―世界の県人会便り⑤ 親日国で岐阜思い活動

  ジャカルタ岐阜県人会はインドネシア共和国のジャワ島にある首都ジャカルタで活動しています。 国の人口は2億7千万人、その首都ジャカルタの人口は約1千万人。 国の名前はよく聞くんだけど、どこにあるの?ってなりませんか?私もそうでした!「インドネシアはジャングルでしょ?」「ジャカルタってどこ?」私にとってはそれぐらい、認知度の低い国、都市でした。 この国は、シンガポールやマレーシアの近くで、赤道直下に東西5千キロメートルに広がる大きな国です.約1万3千超の島からなっており、その中でも大きな島はジャワ島、スマトラ島、スラウェシ島、カリマンタン島があります。 そしてジャカルタは南半球のジャワ島にあります。 多くのの人はマレー系民族で、イスラム教を信仰する人が多くいる国で言語はインドネシア語です。 なんと、バリ島はインドネシアでジャワ島の隣だってご存じでしたか?自然豊かな、きれいな海や山や森を持つ国なんです。 しかし、首都ジャカルタは近代的な高層ビル群で、最近地下鉄も開通し、新幹線の建設も進められてます。 この国は、バイク大国、渋滞王国ですが、二輪も四輪も90%以上が日本車です。 家電や食品も日系企業が早くから進出しており、過去の日本軍との関わりもあったことから、親日の国なんです。 県人会のメンバーも、そんな日系企業の進出に伴って出向などで滞在している人が大半です。 この都市には約1,2万人の日本人が暮らしているそうでして、本会は現在50名ほどの会員(登録人数は240名ほど)で活動しております。 岐阜を愛するメンバーが岐阜を思って集い、食事会やゴルフ会、時にはBBQや旅行などを通じて親睦を深めている会なんです。 いまはコロナ禍なので、実際に会することは中止しており、リモート飲み会を不定期に実地し、仲良く楽しく集まって、ワイワイやっております。 また当会は別名を持っておりまして「Ah~湯会」と言います。 岐阜の名物の「鮎」と温泉も豊富なので「湯」をかけて命名したと聞いております。 興味を持たれた方!ぜひインドネシアにお越しくださいね。 ジャカルタ県人会会長高橋良明(たかはし。 よしあき)さん略歴 名古屋市出身(本籍は大垣市)、61歳、名城大、名古屋工業大学院卒業。 オプコ(樹脂製品製造販売)代表取締役専務。 2012年11月にPT.OPUCOINDONESIA設立、18年からジャカルタ県人会の第3代目会長。 メッセージ 私は2012年11月にこの地で起業し、自動車部品などの樹脂製部品の製造をしております。 知らない土地にも慣れ、言葉も少しは分かるようになり、今では大変楽しく仕事に娯楽にと励んでおります。 ジャカルタにお越し際にはぜひ連絡お待ちしております。 連絡先 [email protected]

(岐阜新聞より転載)

   

長屋充良訪日報告(第3編)

  11月19日(金)-第4日目 本日は、岐阜市役所新庁舎を訪問。   最初に、谷藤錦司岐阜市議会議長を表敬訪問(photo.1)。 ブラジルに、2018年に柴橋市長と共に訪伯され、再会。 柴橋正直岐阜市長を表敬訪問(photo2)。 牧ヶ野敏明岐阜市ぎふ魅力づくり推進部長と面談。 引き続いて公益財団法人岐阜市観光コンベンション協会山口晃専務理事、コンベンション推進課成瀬満江主査との会合で、世界大会補助金支援協力を要請。 意見を交換する。 久しぶりの再会となる岐阜新聞社杉山幹夫最高顧問との面談(photo3)。 GKI設立挨拶、GKI紹介リレー記事並びに様々なご支援に対するお礼、世界大会へのご支援ご協力を述べる。 世界大会前のゴルフコンペの会場を各務原ゴルフクラブ開催に対して、ご協力を得る。 午後は、大垣に移動、岐阜県立大垣北高等学校を訪問、近藤健ニ探求推進部長、鈴木彰校長と面談(photo4)。 ギフカセについて説明、興味をもたれる。 そのあと,イビデン本社を訪問,河合雅子さんのご紹介で,日米協会会長河島浩二氏(イビデン経営役員),前会長小川信也氏(太平工業株式会社代表取締役社長),上田昌宏氏と面談(photo5)。 世界大会の資金援助をお願いし,小川社長から,了解を得る。 岐阜に戻り,吉村泰典東京岐阜県人会会長と,面談。    夜は,ふるさと岐阜県人会の皆さんと交流会(photo6,7,8)! (つづく…)

(原稿:岐阜県人会会長-長屋充良)

   

JICA情報

  岐阜県にルーツを持つ森口エミリオ秀幸医博が、JICA 理事長賞を受賞決定されたとが2021年12月9日のJICA中部版で報道されました。 森口エミリオ秀幸医博は岐阜県出身の祖父(細江静男医博)、そして父森口幸雄医博に続き3世代に渡るライフワークとして、ブラジルのリオグランデ ド スール地方の日系コロニアの巡回診療を献身的に継続しておられます。 森口エミリオ秀幸医博は、「この受賞は、祖父の細江静雄と岐阜県も表彰されています。」と述べられました。    

2021年12月の出来事

  • 07日 県人会会報10月号送信、郵送
  • 16日 県連代表者会議
  • 17日
    • 宮坂財団、日本国総領事館、ニッケイ新聞にお歳暮届ける
    • 長尾理事コンドミニアム会議出席。
  • 18日 県人会定例理事会
  • 20日
    • 県人会会報11月号都12月号+年末年始カード郵送
    • 森口エミリオ秀幸氏(細江静男ドクターの孫)にJICA理事賞受賞のお祝状を送る
  • 24日~1月5日 県人会休館
 

2021年12月定例理事会議事録要旨

  • 日時: 2021年12月18日(土)15:00
  • 参加者: 長屋充良会長、金子亭資相談役、長尾ジョージ昇会計理事、佐久間ソニア書記理事、平野イラシ理事、大野美夏理事、中田リカルド理事、橋本亮絵画展委員長
  • 議事録:
    1. 長屋会長挨拶
      • 11月一杯岐阜に滞在し、スライドを見せながら帰国報告。
      • 岐阜県人会の創始者細江静雄医博の孫で、リオ・グランデドスル州在住の森口エミリオ秀幸医師が、JICA理事長賞を受賞された事を報告。 お祝状を送る。
      • 県人会の事務所年末年始閉鎖、よしこ事務局長の休暇も兼ねて、27/12~05/1を閉める。
    2. 11月度の出来事、佐久間理事より報告。
    3. 11月度の会計、長尾理事より報告。
    4. 2022年事業計画、予算案
      • 1月28(土) – 役員選挙新聞掲載
      • 1月30(日) – 第13回ブラジル岐阜県人会杯ゴルフコンペ
      • 1-2月 – 郡上踊り練習再開
      • 13/2(日) – 2021年度末定期総会&役員選挙於:ニッケイホテル(予定)
      • 3月、10月(予定) – GMGイベント
      • 5月-県人会 – 泊旅行予定
      • 7月15,16,17日 – 第23回日本祭り参加
      • 7月23~29 – 第42回岐阜県農業高校生海外実習派遣団来聖
      • 10月 -「第一回岐阜県人世界大会」(10月29~30日開催)参加訪日団結成、出発
      • 11月3日 – 第18回日伯友情交流絵画展ハイブリッド開催
      • 12月 – 忘年会&敬老会
    5. 事務所改装-募金を集める。 台所設置、トイレ改装、塗装
    6. 事務所ビルの件長尾理事コンドミニアム会合報告、改めて文章にて役員に配布、検討する。
    7. 2021年度末定期総会&役員選挙
      • 定期総会を2月13日(日)とする。
      • 役員選挙について現執行部の継続を確認。
 

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会報 2021年12月

2021年を振り返って!

  コロナ禍に始まってコロナ禍で終わった一年でした。 併しながら、県人会としてそうした閉塞感の中、可能な限り様々な活動をこなしました。 この一年間を振り返ってみます。 毎月第3土曜日15:00からの定例理事会をオンラインにて開催、遠くリオ・グランデドスル州から大野ルマ地方理事、サンタカタリーナ州の中田リカルド理事、レジストロ市の清水リナ地方理事などもオンラインの利点で参加していただいてます。 2月28日に年度末定期総会を開催し、GMG(岐阜、三重、群馬県人会)グループで6月27日(第2回GMG元気!みんな、頑張ろう!イベント)で、たこ焼き、焼きそば、餃子、いちご大福、鳥の唐揚げなどを完売しましたし、11月21日(第3回)は、バカリョアーダを販売、大好評を得ました。 7月9日は、GMGの懇親会でカラオケ-サムライにて盛り上がりました。 ブラジル岐阜県人会杯ゴルフコンペは、2回開催しました。 当初1月31日に開催予定でしたが、コロナ禍によって中止となり,2月16日に「第11回ブラジル岐阜県人会杯ゴルフコンペ」を開催し、各務原市出身の今井さんが優勝、9月7日は「第12回ブラジル岐阜県人会杯ゴルフコンペ」があり、新人郡上市出身の山下さんが優勝となりました。 ゴルフは特に岐阜県出身者との交流に役立っております。 また今年は新しい取り組みとして、「HIROTA」グループと県連の共催で、県人会を活性化するために昨今のグルメブームに乗って「Concurso Culinária」県人会対抗グルメコンテストに参加しました。 佐久間ソニア理事がリーダーとして橋下マルコス絵画展委員長が、才能を発揮して岐阜名物五平餅を紹介、浴衣姿で、大学の先生だけあって話も上手く大好評でした。 その他、JICAの助成制度を活用して県人会事務所を改装し、流し台を設置したりオンライン設備を充実させてミニスタジオを作り、日本語教室、郡上踊り教室など岐阜県伝統文化の紹介、ブラジル全州をカバーする連絡網、敷いてはネットワークを利用して世界と繋がるという目的で長尾理事が大変な労働と時間をかけられ、幾度も手直しをさせられ心労、ストレスで心臓を煩わせられてもやりきりJICAに必要書類を提出されました。 併しながら、結果は予算オーバーで申請不可となり、その対応に早速メールまた電話にてJICA関係者にその経過を問いただしましたが、その選考基準に不利があったことを認められましたが、結果が変わることはなく、ブラジル47都道府県人会中、19県人会の申請があり申請が許可されたのは5県人会だけで、しかも予算オーバーと言われながら、早めに申請した県人会は2つのプロジェクトが通り、何か早い者勝ちのような計画性のない審査方法だったことを曝け出しました。 日系社会を支援するという、大変ありがたいプロジェクトでしたが、県人会内ではしこりを残すものとなりました。 絵画展は、昨年同様橋本マルコス絵画展委員長を筆頭に、小田エルザ委員、加藤允彦委員、矢島エイジ委員、長屋で委員会を5月に結成し、今回もバーチャル絵画展として在サンパウロ日本国総領事館共催、宮坂国人財団後援で「第17回日伯友情交流絵画展」を過去最高の出展者44名69作品、日本からは7名参加、13作品となり、回を重ねるごとにレベルもアップし、素晴らしい絵画展となりました。 県連とのコラボで、8月22日、“Ação entre Amigos“イベントに参加して会員のご協力を得て、大成功でしたし, 9月8~11日は、ニコニコグループとの共催で、”すき焼きウィーク“を開催、完売しました。 あと9月26日は、日本語センター、県連との共催で「日本語スピーチコンテスト&県費留学発表会」を開催し27名の参加者中70%は非日系人でレベルの高い日本語スピーチとなり語学を勉強することはそれだけに留まらず、文化習慣も学び、非日系人でありながらとても謙虚で礼儀正しくまるで日本人のような振る舞いに感銘を受けました。 岐阜県人会インターナショナル(GKI)関連では、2月に県庁国際交流課に世界岐阜県人会統合の旨を伝え了解いただき、3月20日に第一回世界岐阜県人オンライン会議を開催、設立委員会を設置、何回もオンライン会議を重ね念願のGKI設立総会を古田肇岐阜県知事の参加のもと100名近いメンバーと世界25岐阜県人会が加盟する岐阜県人会インターナショナルが5月22日に設立されました。 GKIとして様々な会合イベントを開催し、定例会として7月4日第一回定例会として柴橋正直岐阜市長、西えりこカンボジア岐阜県人会長、10月24日は第二回として岐阜女子大学、丸山幸太郎教授、宮島智美ワシントンD.C.岐阜県人会事務局長にご講演いただき、12月12日は「第一回GKI年次総会」を開催、南加岐阜県人会の二村健次さんに講演頂きました。 12月18日は、GMGグループと共に忘年会をし、一年の労を労いました。 こうして一年が過ぎましたが、コロナ禍に関係なく様々な活動をして、十分満足な県人会活動であったと思います。 どうか来年もまた元気で、楽しく、仲良く県人会を皆さん一緒に盛り上げていきましょう。 本当にいつもと変わらず、ご理解ご協力をいただいております皆様の益々のご健康、ご多幸、また2022年のブラジル岐阜県人会の益々の発展をお祈り致しまして年末の挨拶とさせて頂きます。 それでは皆様良いお年をお迎えください。 来年も、宜しくお願い申し上げます。 長屋充良(ブラジル岐阜県人会会長、岐阜県人会インターナショナル会長、ブラジル都道府県人会連合会(県連)副会長)    

ぎふ―世界の県人会便り④ 移住から100年、岐阜に恋

  日本から飛行機を乗り継いで24時間以上、丸い地球のちょうど反対側にあるブラジルは、はるか遠い国というイメージがありますよね。 でも、200万人とも言われる日系人のいる世界一の親日国なんです。 私は29年前の1992年、JICAの青年海外協力隊制度でブラジルに派遣され、その後サッカージャーナリストになり長く住むことになりましたが、これまで日本人だからと差別されたことはなく、反対に日本人だからと信用され、温かく迎えられ、嫌な思いをしたことがありません。 それは、1世起以上に渡って移民の方々が絶え間ない努力で信用を勝ち取り、この国の成り立ちに貢献した恩恵を受けているからです。 岐阜県との縁もとても古い事をご存じですか?初めて岐阜県人がブラジルに移住したのは今から108年前の1913年。 県人会は38年に設立されました。 郷里の者同士が互いに助け合って異国の地で生き抜いた1世の時代から、現在は2,3世がメインになってきました。 主な活動として17年間続いている日伯友情交流絵画展の開催や、1978年から続いている農業高校生海外実習派遣事業の受け入れがあります。 絵画展は昨年、今年とコロナ禍のためバーチャル開催となりましたが、それを逆手に取り、日本、岐阜からの 出展者をお迎えできるようになり、まさに日伯の美術交流の懸け橋となっています。 また、郡上おどりをブラジル最大歩行者天国と言われるパウリスタ大通りで披露。 毎月発行する会報は日本語ポルトガル語のweb版で世界に向けて発信しています。 ブラジル県人会のみんなの心は「ちっちゃな岐阜親善大使」なのです。 県人会の2世、3世の中には日本語が話せなかったり、日本に行ったことがなかったりする人もいます。 それでも、岐阜を「ふるさと=自分のルーツ」と思い、「もっと知りたい。 岐阜を誇りに思いたい」と愛情たっぷりなんです。 世界に、こんなにも岐阜に恋焦がれている人たちがいるって驚きですよ! 日本から遠いとはいえ、その昔、船で50日間かけていた頃を考えれば、日本まで1日で行けるなんてあっという間ですよ! だからこそ、ここまで来てくださった方々を熱烈歓迎いたします。 わが家でシュラスコパーテイをやりますので、ぜひおいでください! ブラジル県人会大野美夏(おおの。 みか)理事略歴 岐阜市生まれ、揖斐郡揖斐川町育ち。 サッカージャーナリスト、岐阜県人会インターナショナル(GKI)副会長。 54歳。 メッセージ 家族は日系2世の夫と大学生の娘と猫4匹。 サンパウロ市在住。 1995年からブラジル代表のサッカー選手や監督の取材を続け、ネイマールなど選手の少年時代を書いた本の出版も。 最近はサンバ演奏に使われる楽器カバキーンニョ、歌のレッスン、コーラスを始めました!

(岐阜新聞より転載)

   

長屋充良訪日報告(第2編) 11月18日(木)- 第3日目

  本日一番は、母校長良高校表敬訪問です。 44年振りの訪問で、高校時代随分と学校に迷惑を掛けたので、大坪一才恵校長との面談はまずお詫びから始まりました。 (笑)。 GKIの紹介、世界大会、ギフセカへの協力をお願いしました。 引き続き中日新聞岐阜支社表敬訪問。   山田伝夫支社長、朝田憲部長との面談。 (右から2人目)   昼食は、岐阜市市民生活部長田中啓太郎様、伊藤エリ課長、佐藤智香係長、水野県庁国際交流課係長との会食との会食。 (右写真)) 午後岐阜県国際交流センターとの打ち合わせで、原正憲専務理事との面談があり、JETプロジェクトで働いているパラナ州クリチーバの宮本レオナルド君、ブラジルに来られた国枝さんも同席する。   その後北方町まで移動して岐阜県立岐阜農林高校を訪問。 谷基校長水野泰孝教頭、中野輝良産業教育係係長、足立伸幸教諭が同席され、学校内を視察、途中行き交う生徒の「こんにちは」の元気ある挨拶に逆に元気をもらう。 のち岐阜市に移動、「第一回岐阜県人世界大会」の会場となるサラマンカホール、ふれあい会館を視察。 河尻香代子さん、ジョナサン、太鼓で世界一になった加藤拓海三さんと合流、矢﨑雅副館長に案内頂く。 サラマンカホールの壮厳さに圧倒され、このホールをいっぱいにしなくちゃ!と、奮い立つ。 大会議室(GKIメンバーの講演)、中会議室(地場産業、海外進出の企業案内スペース)小会議室(書道、和傘などのワークショップ)を予定。     夜は、岐阜市役所国際交流課の皆さんと会食。

(原稿:岐阜県人会会長-長屋充良)

   

2021年11月の出来事

  • 03 第17回日伯友情交流絵画展バーチャル展示開催
  • 12 9月号県人会便り送信/郵送
  • 18 絵画展のカタログをアーチスト方に郵送(事務所に取りに来なかった)
  • 21 岐阜/三重/群馬バカリョアーダテイクアウトイベント
  • 26 第17回絵画展参加の証明書をアーチスト方に送信
  • 27 岐阜県人会定例理事会
  • 29 長屋会長日本訪日帰国
 

2021年11月定例理事会議事録要旨

  • 日時: 11月27日(土)午後3時
  • 参加者: 長尾ジョージ昇会計理事、佐久間ソニア書記理事、金子亭資相談役、平野イラシ理事、清水リナ地方理事、大野光男監事、橋本マルコス亮委員長
  • 議事録:
    1. 清水リナ地方理事挨拶。 参加された理事へ感謝を述べる。 援協よりマスク1000枚受け取る。 日比野アリサ氏が県費留学を希望。
    2. 10月度活動佐久間書記理事により報告。
    3. 10月度会計長尾会計理事により報告。
    4. 3回目GMGJuntosバァカリョアーダ報告(長尾&Sonia)。 佐久間書記理事より、3県人会が助け合い協力しあって、無事完売終了したことを報告。 前回同様の売り上げを達成。 希望の家に利益の一部を寄付。 長尾会計理事は協力された理事たちに感謝の意を表明。
    5. 第17回日伯友情交流絵画展について橋本マルコス亮委員長が報告。 画家、彫刻家44人が参加。 バーチャル絵画展で一年間サイトを閲覧可能。 3000人以上閲覧。 日本より7人の画家が参加。 絵画展のカタログ配布。 宮坂国人財団法人より寄付金。 最終残高はR$4,128.00。
    6. 忘年会について、長尾会計理事は留保。
    7. 朴葉寿司を作る朴葉について、長尾会計理事はTatuapeGardenにある事を調査。 白い花、黄色の花、紫色の花など朴葉苗有り。 清水リナ地方理事がサンパウロ市、カンピナス市、ホランブラ市でササキ・プランタスで低価格で買える事を指摘。 理事会後、長尾会計理事がWhatsAppで朴葉を植える土地を物色。
    8. 次回理事会開催2021年12月18日(土)午後3時より
 

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会報 2021年11月

長屋充良訪日報告(第1編)

  11月16日(火) 【長屋、ハッピー訪岐報告】 14日間の自粛も終わり、本日より活動開始! ハッピーと初対面ながら旧知の仲の様に、違和感なくスムーズに我々の活動が開始しました。 第一日目の初面談は、美夏さん(GKI副会長)の叔父様にあたる株式会社三光堂社長大野正和様で、ご自身の経歴やら、岐阜市の観光大使としての活動、中国進出のお話などお話いただきました。 世界大会のご支援ご協力をお願いし、大変好意的な様子でした。 1時間余りの面談となり、GKIのご紹介もしっかりできたと思います。 2人目は岐阜県のケーブルテレビCCN社で、橋本部長にお迎え頂き、CCN社社長皆様との会議となりました。 ジョナサンのご紹介により、2022年1月1日午前11時(日本時間)から3時間の年始特別番組にGKIとしての参加を依頼され、オンラインを通じて世界各地のGKIメンバーによる生中継を送り、年末年始の世界の生の映像を送るというものです。 これから具体的な内容を煮詰めていき、逐次報告頂く事になり、我々加盟団体で参加者を募る事となりました。 ジョナサンに窓口、担当責任者としてお願いしたいと思います。 その他、世界大会の中継やら色々なイベントにつき、ご協力いただけるという事で、合意しました。

その夜は、広瀬修岐阜県議会議員との会食で、伊東茂樹GLIP代表(ふるさと教育関連) も同席され、ギフセカとのコラボを意見交換させて頂き、非常に有意義な会合となりました。

このお店のアルバイトの長尾凛さんは、元岐阜県農業高校生海外派遣団員で、現在岐阜大学生で、偶然お会いし、覚えていてくれて思いがけない出会いに感動しました。 (つづく。 。 。 )

(原稿:岐阜県人会会長-長屋充良)

   

ぎふー世界の県人会便り③ 日本文化、7世代が継承ハワイ

  日本の海外旅行が解禁された1970年以後、最も日本人が訪れた保養地はハワイがダントツです。 太陽と海に囲まれ、亜熱帯に属する大小135島からなる列島の内、ホノルルのあるオアフ島(人口100万人)、カウアイ島、マウイ島、ハワイ島の4島が、主な島々で、近隣のモロイカイ島、ラナイ島などを合わせると全島で人口は140万人。 観光以外、産業と呼べるものはパイナップル以外に見当たりません。 そのパイナップルの収穫の人手募集に日本から最初に来たのが明治元年の1868年(坂本竜馬が暗殺された次の年)。 3年間の契約労働者として横浜から船で来た165人が最初の日本移民でした。 後にハワイ人口の4割を日本人が占め、ハワイ王国の基礎となったと言えます。 現在は日系人20万人、移民も6,7世代を数えます。 文字通り日本文化も継承され、暮らしの中の古い習慣は「明治が生きている」と表現する人もいます。 常夏の夏季は長く3ヶ月にわたり、神社寺院などで盆踊りも盛ん。 日本各地のお盆の歌と浴衣姿で故郷をしのんでいます。 現在はコロナ禍でアジアの国からは入国規制があり、日本人もPCR検査とワクチン接種済み以外は訪問不可能ですが、つい1年半前までは1日4千人が訪問。 どこでも日本語で通じた島もコロナデルタ株に翻弄され、「日本人が訪れない夏」を体験し寂しい保養地でした。 過去35年間の観光案内で岐阜からも多く訪問いただき、岐阜新聞の読者も県全域にわたり在住、私が里帰りの折には各地で声を掛ける機会に恵まれます。 ハワイと岐阜がずいぶん近くなった気がします。 当地に住む岐阜県人は移民の歴史が薄く、同じ岐阜出身を探すのは大変です。 ですが「岐阜県ファン」の人は多いので岐阜土産に歴史や風景の写真などで年1度の親睦会を開いてランチタイムを一緒に楽しんでいます。 反対に、ハワイの自然風景の写真と趣味の「心の詩」の書道をJR岐阜駅隣接のハートフルスクエアーGにて2年に1度展示しています。 ぜひご鑑賞ください。 今後とも日本とハワイ両国に住む人同士の仲介役も兼ねて、人生を楽しんでいきたいと考えています。 ハワイ県人会玉井宏光(たまい。 ひろみつ)会長略歴 岐阜市出身。 ロサンゼルスで15年間、旅行社経営。 ハワイで33年間、観光案内業。 岐阜市の富田学園前で文房具屋を営んでいた。 79歳。 メッセージ 元気なうちは、日本とハワイ間を往復して、両国の人にそれぞれの国で生きる良さを伝えたり、日米で知り合った人たちと一緒に人生を楽しみたい.今一番面白く生きがいになってるのは人との交流。 SNSで「ハワイの玉ちゃん」日記を発信中。 連絡先:[email protected]

(岐阜新聞より転載)

   

「よしこ」という名前の人が私に幸福を運んでくれた

  最近、私は新しいことを始めた。 その新しいことはとても楽しく、新たな発見をもたらし、私に喜びを与えてくれている。 そんな幸運を私に運んでくれた人の名前は、「よしこさん」だった。 奇遇にも私の母と同じ名前だ。 私の母は84歳で、74歳の時に夫を亡くしてから、自分でやれることをやろうと自立心を持って生きている尊敬すべき「よしこさん」だ。 今年になってから、LINEの文字入力を覚えやりとりができるようになったなかなか革新的な「よしこさん」だ。 遠く離れているが、母が元気でいてくれることは私の支えであり、私の誇りだ。 だから、「よしこ」と言う名前を聞くと、無条件にシンパシーを感じ、とても嬉しい。 だって、「よしこさん」は私に幸運をもたらしてくれる人なのだから。 ひょんなことから、私が歌を習っているということを「よしこさん」に話したら、彼女の入っている合唱団のことを教えてくれた。 クラシック音楽専門の男声女声混声合唱で、アマチュアながらも、プロのオーケストラとのコンサート、オペラなどを大きな劇場でやるという。 そんな素敵な合唱団がサンパウロ市にあるんだなと、とても興味を持った。 「よしこさん」の口添えで私は練習を見学に行くことになった。 マエストロに声のテストをしてもらい”ソプラノ”と言われ、あれよあれよという間に私は入団していた、らしい(笑)。 訳がわからないまま、近日中に予定されているコンサートで合唱団のメンバーとして歌うことになっていた。 その曲は、ブラジルが生んだ偉大なる作曲家『ヴィラ・ロボス』の”ショーロス10番”というオーケストラと合唱の壮大な作品だった。 まるで、ブラジルのジャングルに迷い込んで、鳥や動物の鳴き声が聞こえ、もっと中に入っていくと、そこにはインジオたちが踊りながら集会していた、というようなシチュエーションが浮かび上がってくるようなエキゾチックでブラジル的な素晴らしい曲だ。 歌いながら、自分がその曲の世界の一部となるような不思議な感覚を味わった。 曲を初めて聞いたところから、わずかひと月ほどで舞台に立たせてもらうという貴重な経験ができたことは本当にありがたいことだが、それ以外にも、いいことがあった。 私は、もう29年もブラジルに住んでいるが、時々、「なぜ自分はここにいるのだろう?」と宙ぶらりんの気分になることがある。 ソプラノのメンバーの中に私以外に外国人がいた。 イタリア人のフェデリカだ。 フェデリカに「ブラジルとイタリアはかなり違うでしょ?」と訊いた。 「すごく違う。 最初は慣れるのが大変だった。 」と彼女は言った。 そして続けて「でも、ブラジルにはブラジルのいいところがある。 それを楽しめばいい。 ブラジルでは初対面でもハグしたり、ほっぺのキスしたり、すごく人と人の距離が近い。 ブラジル人はすごくオープンで寛容だ。 そして、イタリアに行った時は、イタリアのいいところを楽しむ。 」 それを聞いて、「そうか、ここに全てを求めてもそれは不満になるだけだ。 そうではなく、ここで出来ること。 ここならではのことを楽しめばいいのだ。 二つの国を知り、二つの国とともに生きて、2倍楽しめばいいんだ。 」と心が軽くなった。 私に幸運をもたらしてくれる「よしこさん」が結びつけてくれた新しい世界。 一つの曲が終わり、次の曲(ベートーベン第9!)もまたしても大きな挑戦だが。 楽しみたいと思う。 ちなみにブラジルの「よしこさん」はブラジル岐阜県人会の敏腕事務員さんだ。 ありがとう!)

(原稿:岐阜県人会理事大野美夏)

   

2021年10月の出来事

  • 04 2021/22年度の県費留学生、アンジェロ エイジ中田退学届け
  • 05 県庁へ県費留学応募者佐久間 タイス リサの履歴書送る
  • 08
    • 長屋会長、県庁より県費留学応募者の希望エリアは無しとの連絡受ける
    • 第17回友情交流絵画展申し込み新たに2名(計44名申し込み)
  • 11 2022/23年度の県費留学希望者、日比野 アリサの履歴書受け取る
  • 16 県人会定例理事会
  • 26
    • 援協より配布されたマスク1000枚を県連から受取る
    • 宮坂財団から、第17回友情交流絵画展の寄付、口座振り込みされる。
  • 28 絵画展のカタログ配布
 

2021年10月定例理事会議事録要旨

  • 日時: 10月16日(土) 午後3時
  • 参加者: 長屋充良会長 長尾ジョージ昇書記理事 佐久間ソニア会計理事 大野美夏理事 中田リカルド理事 平野イラシ理事 清水リナ地方理事 金子亭資相談役
  • 議事録:
    1. 会長挨拶
      • 11月一杯、GKI、ブラジル岐阜県人会関連行事の挨拶周り、面談にGKI副会長 水谷p
      • 前回理事会で決定した県人会事務所改装を来年に持ち越しを確認
      • 9月26日に行われた県連、日本語センター共催「日本語スピーチコンテスト、県費留学生発表会」に参加し、非日系人の日本語能力の高さに感激したことを報告
    2. 9月度活動佐久間理事より報告
    3. 9月度会計長尾会計理事より報告
    4. 絵画展について ― 会長より、絵画展の参加状況報告。過去最高の44名の参加で69作品出展。その内日本からの参加が、これも過去最高の7名13作品出展で、関係者各位のご協力ご支援に感謝を述べる。
    5. サンタクルース病院県人会会員割引 援協診療所以外に、サンタクルース日本病院も県人会会員に対し、特別料金で診療可能となる。詳しい事は、県人会事務局の方にご連絡下さい。
    6. 日本祭り岐阜県人会メニュー ほうばの葉をブラジルで調達できるか、長尾理事が中心に調査中。 場合によっては、ブラジルで代用できるものを探す事にする。
    7. 忘年会 – 次回の理事会に持ち越し
    8. 次回11月の定例理事会は11月27日(土)午後3時~
 

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会報 2021年10月

2021年「日本語スピーチコンテスト&県費留学発表」に参加して!

  去る2021年9月26日(日)13:00より、ビラマリアーナ区のブラジル日本語センター(CBLJ)にて、「2021年 日本語スピーチコンテスト&県費留学発表会」が開催されました。 県連とCBLJの共催で、スピーチコンテスト26名(内、19名非日系人で、10名の対面、16名のオンライン参加のハイブリッド発表会)、5名の県費留学発表となりました。 県連のスタッフとして参加させて頂き、2回目となりましたが、26名中19名の非日系人の参加ということと、その日本語能力レベルの高さに驚きました。 日本語を学ぶというには、語学だけでなくその国の文化、習慣を学ぶ事!ということを実感しました。 それは参加者、特に非日系人の振る舞い、態度が全く日本人で、しっかりした挨拶、応対、謙虚、礼儀正しさなど皆さん共通して備えられていて、話の内容、日本語能力の高さ共々、心から感動しました。 準備を合わせると8時間近いイベントではありましたが、初めてのオンライン、対面のハイブリッド発表会でしたが、要の佐々木佳子先生初め、特にCBLJの非日系人のサントス市の日語教師アンダル ソン ミランダ先生率いるミレーナ バストスさんなど若いスタッフの方々の素晴らしい企画運営で、完璧な大成功のイベントとなりました。 優勝者:
  • Aクラス(N2程度)
    • ジェフェルソン フェレイラ デ カストロ 「笑いの力」
  • Bクラス(N3-4)
    • ペドロ エンヒケ マルチニオン「日本での七年間」
  • Cクラス(N5)
    • ナシメント ラモス ミザエル「日本語と私」
  • 審査員賞
    • フランシエル アルビニ フェレイラ「視覚障害者の見た夢」
    • 徳久たつま 「本懐」

(原稿:長屋充良 – ブラジル岐阜県人会会長)

   

ぎふ ― 世界の県人会便り②

  タイ国岐阜県人会は2003年に発足し、現在18年目を迎えています。会員は岐阜県にゆかりのある方々で構成され、会員登録者数は242人と年々増加しています。 タイは1年を通じて気温が高く、年中通してゴルフができるので、多くの方がゴルフをします。ゴルフをする人としない人では、タイにおいては仕事上の人脈の広がり方が全く違うので、我々はタイ国県人会としても、タイに来た人にはゴルフを始める事をお勤めしています。日本のゴルフ場も以前より値段が下がり、タイのゴルフ場の値段と変わらなくなっていますが、プレーヤ―1人にキャデイーが1人付いてくれるのでゆったりとゴルフができ、ゴルフを始める人にも良い環境だと思います。また、タイのゴルフ場はほとんどのゴルフコースでドレスコードが無いので、ジーンズやビーチサンダルで気軽に出かけることができます。タイ国県人会でも、年4回ゴルフコンペを開催し県人会会員の友人や上司などが旅行や出張でタイに来られた時にもゲストとしてお迎えし、ゴルフコンペなどに参加頂いております。また、ご家族も参加できるイベントとして、年3回の親睦会も開催しており、老若男女が楽しめるような会の運営を心掛けるようにしています。岐阜県にゆかりのある方であれば、タイに旅行や出張の際には気軽に声をかけていただければと思います。 現在タイは新型コロナウイルスの影響もあり、この1年間ほとんどのイベントが中止となり、皆さまと顔を合わせることができませんでした。来年には新型コロナウイルスが終息し、岐阜で開催される岐阜県人会インターナショナル(GKI)主催の世界大会に参加できる事を当方自身心待ちにしています。 最後に、日本にお住いのタイ人の方や過去にタイに駐在されていた方、来年の「世界大会」にぜひお越しください。タイの方は写真を撮るのが好きだと思いますので、みんなと一緒にほほ笑んだ写真を撮ってほほ笑みの国タイを岐阜県でアピールしましょう。 タイ国岐阜県人会会長 白井英樹さん(うすい ひでき)略歴 1990年大垣共立銀 行入社。同社ニュ ーヨーク支店、同 社香港駐在員事務所長を経て 2014年から同社バンコック駐 在員事務所長。19年にタイ現 地法人WiSE&OK社代表 取締役に就任。15年からタイ 国岐阜県人会会長。54歳。 メッセージ 海外に無縁、岐阜にUタ ーン就職した地方銀行の社 員が海外駐在17年。ただい まだに岐阜弁は健在です。 タイでゴルフもいいです よ。タイに来られた時は、 ぜひお声掛けください。 連絡先 [email protected]

(岐阜新聞より転載)

   

世界に興味を持って! 岐阜県人会インターナショナルが協力を呼び掛け

  2022年10月に予定されている「岐阜県人世界大会」に向け、岐阜県人会インターナショナルの会長らが岐阜市 の会社を訪れ協力を呼び掛けました。 「岐阜県人会インターナショナル」は、世界に25ある県人会からなる団体で、今回初めてふるさとの岐阜で一同に集まる式典を企画しています。 2022年10月に開催予定の「世界大会」を控え、県人会インターナショナル会長で、ブラジル県人会会長の長屋 充良さんと、大会の実行委員長でアメリカ県人会のハッピー水谷さんが、岐阜市でガスの販売などを行う「三光堂」を訪れ、大野正和会長に大会への協力を呼び掛けました。 大野さんの姪、美夏さんは、ブラジルでジャーナリストとして活躍していて、県人会と深いゆかりがあります。 3人は特に若い世代の人たちが世界に興味を持つことが、岐阜を活性化することにつながると話し、大会の成功に期待しました。 「県人会インターナショナル」は今後、県内の自治体や企業など約50の団体を訪問し、協力を呼び掛けることにしています。    

2021年9月の出来事

  • 01 第17回友情交流絵画展委員会ビデオ会議
  • 09
    • 第17回友情交流絵画展委員会、申し込み期限9月30日まで延長
    • 県人会便り7月号メール発信、郵送
  • 17 絵画展出品、数名の画家達の作品を県人会で撮影する
  • 18 県人会定例オンライン理事会
  • 22 友情交流絵画展委員カタログに載せる作品選択
  • 30 第17回友情交流絵画展申し込み〆切申込者42名(ブラジル36名、日本6名)
 

2021年9月定例理事会議事録要旨

  • 日時: 9月18日(土)15:00
  • 参加者: 長屋充良会長、金子亭資相談役、長尾ジョージ会計理事、佐久間ソニア書記理事、平野イラシ理事、中田リカルド理事、清水リナ地方理事
  • 議事録:
    1. 長屋会長参加者に御礼の挨拶。 JICAの助成金に対しての感想を述べる。 GMGの次回11月21日開催イベントについて説明。 絵画展の現状を説明。 申し込み締め切りを9月30日に延期。 更なる参加者を募る。 GKIの催しについて紹介。
    2. 8月度活動、佐久間書記理事より報告
    3. 8月度会計、長尾会計理事より報告
    4. JICA助成金報告会、長尾会計理事報告 19県人会申請中、5県人会採択(1県人会は2つのプロジェクト申請許可) という結果になり、低確率の結果になり、門屋サンパウロJICA次長より説明を受ける。 長屋会長が予算不足という事が、原因と説明があるが、なぜ1県人会で2つのプロジェクト申請許可とあり、不公平感があると指摘。一般的な言い方をすれば、「早い者勝ち」の様な結果になり、採択方法に問題があることも指摘する。 ただこれは指摘だけで無く、将来の教訓としてこういった説明会をお願いしたことを説明。 沢田愛知県人会会長からは、岐阜県同様この助成金申請にあたり、設計技師とか大変な労力をお願いし、この様な結果になり、予算不足でお礼も出来ていない(岐阜県人会は、建築技師にお金を払いました。) 状態で、大変迷惑をかけたと報告。 JICAに対して、初めに予算に対する具体的な数字を提示する義務をお怠ると指摘。門屋次長から、南米当たり38億円、ブラジル分28億円、その70%が、医療福祉関係、30%が文協、日本語センター、県人会などに振り分けられたと報告される。
    5. 日本祭りのメニューについて、岐阜名物「ほうば寿し」を考えているが、ほうばをブラジルで調達できないか役員で調査するが、まだ見つからず、継続審議とする。
    6. その他, 役員同士の近況報告
    7. 次回10月度定例理事会は10月16日(土)午後3時~
 

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会報 2021年09月

第17回日伯友情交流絵画展に寄せて

  第17回日伯友情交流絵画展は、ブラジル国に居住する37名と日本居住者7名過去最高の計44名のアーティストが参加し、合計69点がデジタルプラットフォームで展示されています。 今回は、1960年代移民者で世界的に有名な芸術家となった、クスノ トモシゲ画家に敬意を表します。 この絵画展実行委員会は加藤允彦先生、小田エルザ先生、矢島英二先生、そしてブラジル岐阜県人会会長の長屋充良氏の参加で4月から準備が行われてきました。この委員会は、展覧会の開会日まで毎週行われました。 申し込み手続きはサイト上と県人会事務所で直接行われました。 また今回も、毎回ながら宮坂国人財団の真心からのスポンサーを得て、ビジュアルプログラムデザイナーを雇い、グラフィックを充実させました。 来年2022年は新たな企画として、「過去の通常対面絵画展」に戻るのではなく、社会すべての分野が現状を見直し確認する必要があり、従いまして今回前回のバーチャル絵画展以外に、第18回絵画展は新たな挑戦になる、在サンパウロ総領事館多目的ホールでの展示イベントを再開し、尚且つ継続してバーチャル絵画展とのハイブリド形式の絵画展開催の可能性も考慮しております。 最後に、在サンパウロ日本総領事館、桑名良輔総領事様、毎回ながらご尽力頂いた領事館職員の皆様のご支援とご協力に改めて感謝申し上げます。 同じく絵画展開催当たり。ご出展頂いたすべての皆様、裏方としてご尽力頂いたブラジル岐阜県人会の佐々木ヨシコ事務局に感謝申し上げます。

(日伯友情交流絵画展委員長 ― 橋本マルコス亮)

   

世界と岐阜の懸け橋に 県人会インターナショナル

  初めまして。旧板取村出身の長屋充良です。今年5月に設立された岐阜県人会インターナショナル(GKI)会長、ブラジル岐阜県人会の会長を務めています。 今から38年前、20代の私はブラジル・サンパウロに半年の出張で来たのですが、なんと移り住むことになってしまいました。1人で来た私が今では孫を含め10人の大事なファミリーをこの地で持つに至っております。 今から10年前、お誘いを受けブラジル県人会の活動に関わることになりました。当時、かなえようとした夢がありました。世界にはたくさん岐阜県人会があります。世界中の岐阜県人会が情報を共有、交流することで各国県人会の活性化と岐阜県の国際意識向上の起爆剤になれる、と思ったのです。 早速、熱い思いのメールを各県人会に送りました。「世界岐阜県人会サミットを開こめえ」と呼び掛けましたが、地理的、情報伝達不足で実現できませんでした。 そんな夢を突然実現に向かう後押しをしてくれたのが、奇妙なことに新型コロナウイルスでした。コロナ禍でオンラインによる情報交換が急速に浸透して、ウェブ会議が日常になったのです。今年の2月に「世界岐阜県人会をまとめるには今しかない」と考えて、世界の岐阜県人会にメールを送ったのです。 すると10年前にはなかった反応を次々といただき、わずか3カ月後の5月23日、オンラインで100人近いメンバーと設立総会を開催することができました。 不可能が可能になった瞬間でした! GKIは岐阜と世界をつなぐ懸け橋になりたいと思っています。海外在住の岐阜県人は日本から遠く離れていても、ふるさとを忘れることはありません。そんな世界の岐阜人と岐阜県民をつなぐことがミッションです。 海外に興味のある岐阜の若者が一歩を踏み出す後押しをしたり、岐阜は「いいもの」「いいところ」がたくさんある魅力的な地域だと海外からの視点を伝えたりして、海外進出に興味のある個人、企業に現地情報を伝えるお手伝いができればと願っています。 「世界から岐阜に、岐阜から世界に!」。GKIは「岐阜愛」をつなぎ、岐阜県の素晴らしさを世界の人たちに叫びます! ◆GKI会長 長屋充良さん略歴 ながや・みつよし 関市板取出身。柔道整復師、カイロプラクター、理学療法士、ブラジル県人会長。62歳。 ▼メッセージ: 日系2世の妻と3人の子供(全員医師)とサンパウロ市内でリハビリクリニックを経営しています。2人の孫にデレデレです。趣味はゴルフ、テニス、釣り、社交ダンス、飲み会。誘われたら断りません!

(岐阜新聞より記載)

 

2021年8月の出来事

  • 06 県人会便り6月号送信、郵送
  • 10 2階の廊下に防犯カメラ設置
  • 12
    • 県連主催のAção entre amigos〆切、県人会のビンゴカードの売り上げは60枚
    • 佐久間理事から事務用回転イスの寄付
  • 21 県人会定例理事会
  • 25 長尾セルジオ氏からAção entre amigosのビンゴ賞金県人会に寄付
 

2021年8月定例理事会議事録要旨

  • 日時: 8月21日(土)15:00
  • 参加者: 長屋充良会長、国井宏裕副会長、長尾ジョージ昇会計理事、佐久間ソニア書記理事、金子亭資相談役、大野美夏理事 議事: 司会 国井副会長
  • 議事録:
    1. 会長挨拶
      • Ação entre Amigos 参加多数に対し、感謝を述べる。
      • 9月7日に「第12回ブラジル岐阜県人会 杯ゴルフコンペ」開催について説明。
      • GKIについてロゴ選考参加感謝を述べ、定例会、世界大会について説明。
      • 県費留学生について、中田エイジ君来年度継続で県庁と合意したことを報告。 「スキヤキウィーク」参加協力要請。
    2. 7月度活動佐久間書記理事より報告。
    3. 7月度会計長尾会計理事より報告。
    4. Ação entre Amigos について、長尾会計理事より報告。
    5. 日本祭りについて清水理事から提案があったメニュー岐阜名物「ほおば味噌」 「ほおば寿 司」を加える件について検討。 特にブラジルにはないと思っていた「ほおば」 が、”Magnólia “という事で、ブラジルでもあるそうで、理事で来月の理事会までに調査する ことにする。
    6. 次回理事会:9月18日(土)15:00です。
 

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会報 2021年08月

「命のビザ」

  杉原千畝(すぎはら ちうね)は1900年01月01日に岐阜県武儀郡上有知町(ぎふけん むぎぐん こうずちちょう)(現在の美濃市(みのし))で誕生しました。 父は好水(よしみ)、母はやつです。 5人の兄弟と1人の姉妹のうち、次男でした。 生まれた時、父は上有知町(こうずちちょう)の税務署に勤めていて、家族は近くの教泉寺の貸間に住んでいたという。 父とその家族は、同地に継続して居住します。 1903年に福井県丹生郡朝日村(現・福井県丹生郡越前町)へ転居します。 1904年から1907年までは、家族は三重県四日市市、岐阜県恵那郡中津町(現・岐阜県中津川市)、三重県桑名郡桑名町へ転居します。 1907年3月31日、三重県桑名郡桑名町第一尋常小学校(現・桑名市立日進小学校)へ転校します。 同年12月に父が韓国統監府の聘用のため単身赴任します。 その後、名古屋古渡尋常小学校(現・名古屋市立平和小学校)へ転校します。 1912年名古屋古渡尋常小学校を優秀な成績で卒業して、旧制愛知県立第五中学に入学しました。 父親は彼が医者になることを望んでいましたが、彼の夢は英語を学び、英語教師になることでした。 受験当日、千畝は父に「頑張れよ」と言われて家を出ましたが、テストの時には、見出しに自分の名前だけを書き、鉛筆を脇に置き、テストが終わると白紙のまま提出しました。 千畝は、1918年に名門の早稲田大学に入学して英語を学びましたが、大学を中退しました。 1919年日本外務省留学生試験に合格し、中国のハルピン学院で聴講生としてロシア語とドイツ語を学びました。 ロシア問題の専門家として活躍しました。 その後、中国のハルピンの日本領事館に勤務します。 1939年にはリトアニアの在カウナス日本領事館領事代理に任命され、ロシアやドイツの軍隊の動きを報告するのが任務でした。 1939年9月、ドイツはポーランド西部に侵攻し、9月17日にはソ連がポーランド東部への侵攻を開始します。 時は1940年、ドイツ軍によるユダヤ人に対する恐ろしい迫害のニュースや報道が広がっていました。 多くの難民はロシアが支配するリトアニアにたどり着くことができましたが、ドイツ軍が現場に到着するのは時間の問題でした。 難民にとっては、ソ連を経由して陸路で逃げるしかないのですが、国境を越えた後に他の国に受け入れられる事を証明するようにロシア側は求めていました。 杉原は東京にユダヤ人の状況を説明する電報を打ち、通過ビザの許可を求めますが、3回も拒否されました。 日本のビザは通過のみなので、最終目的地を申告する必要があり、カリブ海にあるオランダ領のキュラソー島が候補に挙がりました。 杉原は、外務省から拒否され、罷免される危機に直面しながらも、08月1日の朝、15分ほど掛かるビザの発給を開始しました。 杉原は昼食を食べずに連日ビザの発給をしていました。 正式な書式がなくなっても、手書きで書き続けました。 日が経過するとともに、体が弱くなり、睡眠不足で目が腫れましたが、ビザの発給を続けました。 8月の第3週目に、杉原のもとに「神戸港に大量のポーランド人が日本に到着して混乱しているので、やめてほしい」という電報が届きました。 訓令を無視していたため、8月末にはソ連から領事館の閉鎖を要求されました。 東京は杉原にベルリンへの異動命令を指示しましたが、さらに多くのユダヤ人が到着していたため、杉原はホテルにもう1日滞在を伸ばして、できるだけ多くのビザを発給することにしました。 1日に300枚のビザを発行していましたが、通常なら1ヶ月間のビザの発行数であります。 ホテルまで一家を大勢の人が追いかけました。 翌朝、杉原一家を追いかけて駅に向かう一行。 列車の中でも必死に書き続けていましたが、皆にビザを発行できません。 最後の手段として、白紙の紙に自分の名前をサインして、スタンプを押し、残りの部分が記入されることを期待しました。 ベルリン行きの列車が出発した時、杉原はまだ紙に署名していました。 結果 – 杉原の訓令を無視した行動は、彼の輝かしい外交官キャリアを突然中断させ、1947年6月7日外務省から退職通告書が送付されてきました。 その後、参議院事務局、連合国軍の東京PXの日本総支配人、米国貿易商会、三輝貿易、ニコライ学院講師、科学技術庁、NHK国際局などの職を転々とします。 1960年(昭和35年)に川上貿易のモスクワ駐在員、1969年(昭和44年)に蝶理へ勤務、1971年(昭和46年)からは国際交易モスクワ事務所長などを務めましたが、英雄ぶりを誇示したことは有りませんでした。 1968年救われたユダヤ人の一人であるイェホシュア・ニシュリと再会してから、何百もの証言が出てくるようになりました。 その後、イスラエルのヤド・ヴァシェム(ナチス・ドイツによるユダヤ人大虐殺(ホロコースト)の犠牲者達を追悼するためのイスラエルの国立記念館)により、杉原の業績の重要性が徐々に認識されていきました。 子孫を含めて約5万人が彼のおかげで生きています。 英雄的な行動から45年後の1985年、元外務省官はイスラエル政府より、日本人では初で唯一の「諸国民の中の正義の人」として「ヤド・バシェム賞」を受賞しました。 同年11月、エルサレムの丘で記念植樹祭と顕彰碑の除幕式が執り行われるも、心臓病と高齢のため、出席できませんでした。 1986年、鎌倉市内の病院で死去(満86歳没)。 参考資料:

(著者: 金子亭資、ブラジル岐阜県人会の相談役)

   

金子亭資氏の自伝

  私は1936年サン・パウロ州のオンダ・ヴェルデ(Onda Verde)市で誕生しました。 ブラジル国籍所有者、既婚者です。 父母金子忠三郎・ヒサは、岐阜県高山市国府町(ぎふけん たかやまし こくふちょう)の出身で、3年間の契約を結んで、1932年ブラジルに移住して、サン・ジョゼ・ド・リオ・プレット(São José do Rio Preto)市のコーヒー農場で働きました。 その後、サン・ジョゼ・ド・リオ・プレット(São José do Rio Preto)市周辺の町で働いていましたが、ミランドポリス(Mirandópolis)市の北西に土地を購入して、綿花、トウモロコシ、豆(feijão)などを栽培しました。 父母は4人の子供を授かり、私は三番目の子です。 1947年私たちはサンパウロ州リベイロン・ピレス市(Ribeirão Pires)オウロ・フィノ・パウリスタ地区(Ouro Fino Paulista)に定住しました。 父母はトマト、野菜の栽培や、養鶏も始めました。 1951年私たちは首都サンパウロ市に転居して、父母は穀物や乾物の売店を買いました。 その後、父母はイピランガ (Ipiranga)地区市場の乳製品の売店を買うことができました。 1962年私たち兄弟は父母の仕事を引き継ぎ、乳製品の売店を運営する傍ら、お菓子やビスケット、お祝いの品物を売る店を開きました。 10年後、厚紙で作ったさら、お盆、カップ等々、キャンディの包み紙、帽子、お菓子の紙容器などを製造する、パーティー用製品の製造業を立ち上げました。 私の学校教育は、小学校からサン・パウロ市の技術・デザイン学校を卒業するまで、すべてサン・パウロ市で受けました。 私は1965年に永尾洋子さんと結婚し、3人の娘に恵まれました。 みんな大学を卒業して、それぞれの職業に就きました。 4人の孫がいます。 イピランガ地区の最優秀商人や、ブラジル紋章学・人文学協会(Brazilian Society of Heraldry and Humanistics)からの表彰など、職業を通じていくつかの賞を受賞しました。 1981年ボン・レチロ・ライオンズ・クラブ (Lions Clube Bom Retiro) に入会して、2期にわたってクラブ会長を務めました。 私は会員として、現在も社会のためにいろいろな慈善活動に参加して、託児所や老人ホームを支援したり、ベーシック・食料・バスケットを寄付したりしてきました。 1990年以来、私はサンタ・クルス日本病院(Hospital Japonês Santa Cruz)の終身顧問を務めています。 日系ライオンズ・クラブの活動により、日系ブラジル人社会のために病院を再び取り戻すことができました。 1989年以来私は岐阜県人会に於いて、参加活動して、1999年にはブラジルの岐阜県人会に貢献した事を岐阜県から表彰されました。 私の娘2人が岐阜県の県費留学生制度に参加させて頂き、感謝しています。    

渡米し音楽学んだ大野寛正(揖斐川町出身)

  「変人」第2次世界大戦の頃、そう言われていた男性が揖斐郡揖斐川町にいた。 「アメリカは強い」と言って逮捕され、家族には迷惑がられた。 実はハーバード大でピアノを学ぶなど、戦前の米国で約20年過ごした国際人だった。 「戦争がなければ、時代が違えばもっと評価されたはずなのに」。 惜しむ声が上がる。 大柄な米国人の男女の中、スーツ姿の小柄な日本人が腕を組んでいる。 大野寛正が1916年、南カリフォルニア大音楽科で学んでいた頃の写真だ。 「西洋人に負けない、という意地が感じられる」と寛正の弟の孫、美夏さん(53)が話す。 寛正は1889(明治22)年、同町岡で生まれた。 岐阜県農林学校(現在の岐阜農林高校)卒業後、県庁に就職するが1年で辞め、1907年に渡米。 米国人の家庭で働いていたとき、ピアノに出会った。 ピアノに触ったことも音楽の勉強をしたこともなかった。 それが「過去の経験と全く異なった趣味で鮮やかな成功を思い立ち」(寛正が残した文章)、ピアノで生きていく事を決めた。 ポートランドの私塾を経て、南カリフォルニア大、ハーバード大、ニューヨークの学校で音楽を学び、18年、ロサンゼルスを拠点に作曲家になった。 寛正が作曲した曲の楽譜は米国で販売された。 広告が載った同年のロサンゼルスの地元紙や楽譜が実家に残っている。 米国で音楽家としての人生をゼロから積み上げたが、やがて時代にのまれる。 25年8月、寛正は帰国した。 理由ははっきりしないが、前年に米国は日本からの移民を禁止する法律を制定。 日本人の居場所は減っていた。 揖斐川町の実家に戻った寛正は、米国から持ち帰ったピアノで音楽を教える研究所を開いた。 古里にはなじめなかった。 寛正を直接知る人は「断トツに変な人だった」。 「日米が開戦すると「米国は強い」「自動車がそこら中にある」「日本は負ける」と平気で発言。 自分自身の目で見た事実だったが、周囲は理解できず、警察に捕まった。 戦後は音楽から離れ、旧大蔵省や進駐軍岐阜キャンプの通訳、教師、証券会社の外務員などをし、63年10月に74歳でなくなった。 生涯独身だった。 美夏さんは「尊敬の念しか湧かない」という。 寛正は家族の中でも語られることはなかった。 「すごい人。 でも時代に合わなかった」。 世界を目指した寛正の精神を受け継いだのか、美夏さんは30年ほど前からブラジルに住む。 寛正が実家に残した日記をブラジルに持って行き、時々目を通すという。 「戦争がなければアメリカで多くの作品を発表し、自分のやりたいこと、言いたいことを言っていただろう。 間違いなくもっと幸せだったはず」。 時代に翻弄された先人を、美夏さんはそう惜しむ。

(原稿:馬田泰州 – 岐阜新聞2021/8/12付け)

   

2021年7月の出来事

  • 02  県人会便り4月号メール発信、郵送
  • 05  岐阜/三重/群馬イベントの売上金額口座に振り込まれる
  • 08  KENRENが県連及び県人会の維持に向けたオンライン慈善行動開始
  • 13  県人会のビルの3基目のエレベーター運転開始
  • 17  県人会定例オンライン理事会
  • 21  第17回絵画展委員会オンライン会議
  • 27  県人会便り5月号メール発信、郵送
  • 29  県連定例代表者会議
 

2021年7月定例理事会議事録要旨

  • 日時:  7月17日(土)午後3時
  • 参加者:  長屋充良会長, 長尾ジョージ昇会計理事, 佐久ソニア間書記理事, 金子亭資相談役, 中田リカルド理事, 平野イラシ理事, 清水リナ地方理事, 大野光男監事
  • 議事録:
    1. 会長挨拶、GKI第一回オンライン定例会参加への感謝と感想を述べ、特に柴橋正直岐阜市長の街づくりの様々な取り組みに感激したと報告。 また西えりこカンボジア岐阜県人会会長の貧困層への無料診療実現、日本の飴作り技術を伝承など彼女のバイタリティな活動に感動。 定例会の大好評を紹介。 第17回日伯友情交流絵画展の受付開始。 岐阜市、岐阜県、GKIにも宣伝参加者を募る。 第2回 GMG Juntos イベント完売大成功を報告。
    2. 6月度活動佐久間書記理事により報告。
    3. 6月度会計長尾会計理事により報告。
    4. GMG Juntos イベント佐久間書記理事より、3県人会が助け合い協力しあって、無事完売終了したことを報告。 前回よりも40%アップの売り上げを達成。
    5. Ação entre Amigos 長尾会計理事より、説明、拡散願いシステムの説明、たくさんの方々のご協力頂くよう要請
    6. GKI、世界大会について会長より、GKIの此れからの活動予定を説明。 世界大会準備状況を説明。
    7. 次回8月の定例理事会は8月21日(土)午後3時~
 

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会報 2021年07月

岐阜県人会インターナショナル第一回オンライン定例会を終えて!

  去る7月3日午後9時(ブラジル時間)、記念すべき第一回を柴橋正直岐阜市長をお迎えし講演を賜り、80名近くの参加者に大変感銘深い会となりました。柴橋市長は、5月6日に、岐阜新庁舎を開庁され、市民の方々とともに、気軽に集まれる、岐阜市民として誇れる街づくりに取り組んでおられます。 講演では、スライドを使いながら岐阜市の開発を地区に分けて説明いただきました。 1 . 岐阜駅前、2 . 柳ヶ瀬周辺、3 . 岐阜市庁舎周辺、4 . 岐阜公園、長良川周辺についての再開発を、ひとつひとつ説明いただきました。 岐阜駅前の開発については、「もてなし」というコンセプトで岐阜市の玄関として高層ビル建設、問屋街の再整備, 柳ヶ瀬ゾーンでは、「にぎあう」で旧長崎屋跡、金公園の再整備、また若い世代の人たちが新しい店をどんどん開いていて活性化している。 つかさのまちゾーンは、「ふれあい」で岐阜市庁舎を中心に、みんなの森岐阜メディアコスモスなど市民が気軽に集まれる街づくりを推進している。 岐阜公園ゾーンは、「魅せる」という事で、金華山、岐阜城、長良川が一番有名な部分で鵜飼だけでなく、屋形船を利用した船上宴会、川上舞台での日本舞踊披露、川の辺りで「夜市」を催したり、川原町は昔の城下町の面影を残しながら、伝統文化の和傘を若い伝統職後継者たちが新しい感覚で、色とりどりの和傘が作られて、脈々と受け継がれている。 そうした岐阜市再開発計画をスライドで紹介していただき、その壮大な街づくりにワクワクし、岐阜に帰るたいへん楽しみとなりました。 そうした素晴らしさを世界にアピールしたいと思います。 あと質疑応答があり最後に記念の写真撮影、そのあと柴橋市長がご退席されました。 7月3日が市長の誕生日で、南米北米は時差の加減で、まだ3日だったので、参加者みんなでお祝いしました。 続いて第2部は、カンボジア岐阜県人会会長、GKI副会長 西えりこさんの発表です。 高山市出身の彼女は、縁あってカンボジアを訪問し、日本で何不自由なく生活していた彼女にとってカンボジアでの様々な出会いは、貧富の差とか、慣習の違いなど彼女の人生観を変える衝撃的な出会いと、貧困の生活に中にありながら、屈託の無い、ピュアな国民の笑顔が大変心に残り、カンボジアの貧困層の方に何か力になりたいと、カンボジア永住を決められたそうです。 実際に行動に移され、今迄、貧困層の方々には十分な医療サービスが無く、彼女は仲間を作り行政を動かし、無料で医療サービスを受けられるシステムを構築し、人々の福祉に寄与され、また日本の伝統技術をカンボジアの人達に習得させ自活自立させる為に、日本の伝統飴製造技術を伝授し、会社を立ち上げ活動の輪を拡げてみえ、大和撫子大奮闘を語って頂き、沢山のウェブ会議参加者に感銘を与えました。 第一回GKIオンライン定例会として、お二人のお話しは参加者の皆さんの共鳴を得て大成功だったと思います。 次回第2回オンライン定例会は、日本時間10月24日(日)午前10時から岐阜女子大学丸山教授の「岐阜の歴史」について講演をお願いし、もっと岐阜の知見を増やそうと企画しております。 どうか皆さん奮ってご参加下さい。

(原稿:ブラジル岐阜県人会会長 長屋充良)

   

「岐阜が大好き」 SNS通じて結集 県在住者が県人会設立

  岐阜県を盛り上げようと、県内在住の人たちが中心となって5月、「ふるさと岐阜県人会」を立ち上げた。普通、県人会は県外や海外にあることが多い。なぜ県内在住の人たちが? 設立の理由を聞くと、コロナ禍が背景にあった。 「ふるさと岐阜県人会」は元美濃市観光協会事務局長の池村周二さん(61)=美濃市亀野町=が会長、衣斐淳美さん(53)=揖斐郡揖斐川町小島=が副会長として立ち上げた。会員制交流サイト(SNS)のアプリ「クラブハウス」が会員を結び付けた。 クラブハウスは音声だけでやりとりする。参加者同士で対話したり、話を聞いたりして交流できる。池村さんは今年2月、アプリ内に「岐阜県民会」というコーナーを開設。これまでに100回以上交流する機会をつくり、平均で5、6人、多いときには一度に20人以上が参加した。参加者の中にはブラジル県人会の役員もいて、「地元に県人会があってもいいよね」との話から設立に至った。9人が初期メンバーとして加わった。 池村さんは「コロナ禍だから、SNSで人のつながりが深まった」という。新型コロナウイルス感染拡大の影響で、ビデオ会議やSNSを使う人が世界中で同じように増えた。「岐阜が好き」という共通の思いを持つ人たちが、全国や世界各地から簡単に集える場がSNS上に生まれた。 5月には、国内外の24県人会による「岐阜県人会インターナショナル(GKI)」が設立された。GKIは来年秋をめどに、県内で県人会関係者が集結する世界大会の開催を目指している。「ふるさと岐阜県人会」もGKIに加わり、開催のサポートを予定している。 「GKIの一つとして海外の仲間を支えたい」と池村さん。「彼らが岐阜に帰ってきたとき、気軽にお茶でも飲みに行ける存在でありたい」と話す。 問い合わせは会員制交流サイト「フェイスブック」内のグループ「岐阜県民会」へ。

(原稿:岐阜新聞 2021年6月16日付け)

   

2021年6月の出来事

  • 02
    • 宮坂財団から絵画展のスポンサーシップ契約書送られてくると連絡
  • 14
    • IPTU免除申し込みリンク県連返答
  • 16
    • 宮坂財団へサイン済み契約書郵送
    • 建築家丹羽エミ氏より、県人会リフォームの場合、荷物の箱詰めは県人会の責任ですと言われた。
  • 17
    • 第16回日伯友情絵画展認定書を画家達に送る
  • 19
    • 県人会の定例理事会
  • 27
    • 岐阜/三重/群馬の3県人会テイクアウト/デリバリーイベント
 

2021年6月定例理事会議事録要旨

  • 日時: 6月19日(土)16:00
  • 参加者: 長屋充良会長、長尾ジョージ昇会計理事、佐久間ソニア書記理事、清水リナ地方理事、中田謙三理事、金子亭資相談役 (平野理事、アクセス不良で参加できず)
  • 議事録:
    1. 長屋会長挨拶。前日6月18日が移民の日で113年目を迎え、先人の御霊に対し1分間の黙祷を捧げる。未開の地を切り開き、風土病に家族、仲間を亡くし、それでも歯を食いしばって努力され、現在の200万人という日系社会を築かれた先人の功績に感謝と追悼の気持ちを伝える。 絵画展の進行状況を報告。領事館の共催許可(毎回申請)が下りれば、募集を始める。 宮坂財団の支援申請許可を頂く。 JICAの助成金申請を終え、奮闘された長尾会計理事、長尾さんを手伝った清水地方理事に感謝の言葉を送る。 失火で損害を受けた県人会事務所ビルのエレベーター2基が、保険会社によって新品と取り替えられる。
    2. 5月度の活動佐久間書記理事より報告。
    3. 5月度の会計 長尾会計理事より報告。 県からの補助金交付受理報告。
    4. GMG(岐阜/三重/群馬)イベント佐久間書記理事が、経緯を報告、あと一週間という事で、売り上げの協力を求め、土日の協力をお願いする。
    5. JICA助成金申請に長尾会計理事から報告。 その膨大な資料集め、書類作成、提出までの経過を報告。 参加者からその労を労う。
    6. GKI世界大会について会長から報告。来年10月29-30日開催予定の世界大会に参加要請。 経過を報告。
    7. 次回7月度定例理事会は7月17日(土)午後3時~ オンライン
 

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会報 2021年06月

第2回 GMG(岐阜、三重、群馬3県人会)(みんな、元気!頑張ろう!)イベントを終えて!

  去る6月27日(日)第2回GMGイベントを無事執り行うことができました。 先回初めての試みでしたが好評で、各県人会役員もこれならいけるという事で、今年から年2回やろうという事になり、4月に予定していましたが、コロナ禍悪化に伴い5月、6月と延期して今回の開催に漕ぎ着けました。 換気対策、人数制限、スペースを開くする、検温、マスク、アルコール消毒、手袋などを施し、十分注意を払い、何度も準備委員会を設け毎週金曜日19:00から協議を重ね、今回のメニューは、焼きそば(ベジタリンにも用意、群馬県人会担当)、たこ焼き(岐阜県人会担当)、餃子(ベジタリアン用もあり、岐阜県人会担当)、唐揚げ(三重県人会担当)、苺大福(三重県人会担当)として、特に注目するのは、全ての物がミックスしていて、色んな料理を味わえる取り揃え「セット」でした。 他に今回、テイクアウトとデリバリーの便宜を図る取り組みも考えました。 「マルイチ」からスポンサーを受け、また、ニッケイ新聞からもご支援いただき、SNSや、新聞、友人、家族を頼りに宣伝し、皆さんのご協力で3日前の締め切り前に完売となりました。 また沢山の方々からご支援いただき、卵、野菜など提供頂き心より感謝申し上げます。 イベントは、前日土曜日に前もって準備に会場三重県人会館に集まり、会場設定、仕込みなどを行い、当日は11:00から、受け渡し開始で、6:30に集合して料理を作りました。 今回、いつもご協力いただいているインダイアツーバの中田ご家族もご参加頂きサンタカタリーナに駐在している中田顕三岐阜県人会理事も駆けつけてくれました。 GMG3県人会以外にも、助っ人として、マリーナ福島県県人会会長、ジルベルト奈良県人会会長、パトリッシア東京都友会メンバー、県連から、Lina、ネルソンも友情参加頂きました。 この場をお借りして、深く感謝いたします。 11:00には時間通り、受け渡しが始まり、約800食を売り切りました。 沢山の方々にご参加頂き、大成功に終わりました。 これからまだまだ改善していかなければいけない点は多々ありますが、特に初めての取り組みでしたデリバリーで、一部の皆さんに遅配のため多大なご迷惑をお掛けしてしまった事であります。 39名の方がデリバリーをご利用いただいたのですが、2台のモトリスタを用意しておりましたが、受け渡しで注文された方が不在で、アパートの門番が料理だけは受け取らなかったり、配達人のリュックにあまり数が入らなかったりなどで、一部かなりの遅配になってしまい、グループを代表しまして、心からお詫び申し上げます。 次回からデリバリーを継続するという事であれば、配達人の数を増やしたり、対策をしっかり練りますので、どうか引き続き宜しくお願い致します。 次回は本年10月か11月に第3回GMGイベントを開催予定です。 色々な反省点を解決して、皆様に益々喜んでいただけるように、努力しますので、これからもご支援ご協力お願い致します。

(原稿:ブラジル岐阜県人会会長 長屋充良)

   

岐阜県人会インターナショナル(GKI)設立総会を無事終了して! (後編)

続いて古田肇岐阜県知事より、お言葉があり、「今日は素晴らしい日でございます。 Gifu Kenjinkaiインターナショナル設立心からお慶び申し上げます。 これは画期的な試みと私自身感動しております。 世界各地で岐阜を思いながら活動され、こうして集って岐阜愛をご縁に大きな世界中のネットワークを作るという本当にすばらしいと思います。 長屋会長また水谷実行委員長、ご尽力いただいた方々に心から敬意を表する次第であります。 各県人会の紹介のビデオを拝見いたしました。 本当にウキウキするような思いでそれぞれが工夫して親睦を深めておられる。 いろんな立場から岐阜を思っておられる。 本当にありがたいなあと思います。 コロナ中でありますので、こうしたオンラインでの設立総会になりますが、こういうスタイルも新しい国際交流のスタイルではないかと新しい幕開けにつながっていくのではないかとそんな思いもしながらここに座らせていただいておる次第であります。 これからオンラインで定例会。 やっていこうと言う話がありますが、私どもの方からオンライン岐阜県便り、オンライン岐阜県魅力づくし県庁のみならず各市町村経済界の方々と語らい、そうした発信も皆様にお届けできればと思っております。 また来年秋には岐阜県人会世界大会を岐阜でオンラインでなくリアルでということで、何とかそれまでにコロナに打ち勝ちたいと1つの目標ができたわけでありまして、今岐阜県も大変コロナ第4波で苦しんでおりますけれども、何とか乗り越えて世界大会にこぎつければとそんな思いでいる次第であります。 リアルな世界大会ですが、2012年にぎふ清流国体で、その開会式で各地の県人会の方々によろしければとご案内を差し上げたことがございます。 それなりの数の方々がおいでになりました。 国体を楽しんでいただき食事を共にしながらお話を聞かせていただき、こうした交流もいいものだなぁと思った次第であります。 今回リアルな世界大会、長屋会長の執念でもっとしっかりした形でするというのは、当時の思い出からしますと、大きな期待が持てます。 現在岐阜県は懸命な努力をして世界に魅力発信をしております。 残念ながらコロナで人の行き来が止まっておりますけれども例えば海外から外国客の宿泊数は、この10年間で15万人から150万人まで膨れ上がりました。 また飛騨牛は世界で50の飛騨牛推奨店が展開してしております。 様々な形で発信をしておりますが、同時に拠点作りもしておりまして、例えば3年前ですと岐阜県郡上市白鳥町に清流長良川あゆパークが開かれ、岐阜清流長良川のあゆが国連の世界農業遺産に認定されました。 あゆの魅力をいろんな角度から紹介しようと、大変盛況です。 一昨年は各務原市の岐阜かかみがはら航空宇宙博物館、通称空博、本格的な航空博物館としてスタートいたしました。 岐阜県だけにとどまらず、アメリカのスミソニアン博物館、フランスのル・ブルジェ航空博物館、モスクワ、サントペテルブルグの宇宙博物館と連携をとりながら様々な国際交流をやっております。 昨年秋には6年がかりで構想を実現した関ヶ原の岐阜関ケ原古戦場記念館スタートしました。 リンカーンのゲティスバーグ、ナポレオンのワーテルローと世界3大古戦場の国際交流をしながら岐阜の関ヶ原の魅力を発信しております。 これもぜひ皆様に見ていただきたいなと思っております。 岐阜の魅力発信をしておりますが世界で活躍しておられる皆様方との交流を深めながら、そしてまた皆様方に先頭に立っていただいて、さらに岐阜の魅力を世界中に届けてと思っております。 皆様が先頭に立っていただければ大変ありがたいと思っております。 今日は心から感動し期待しております。 GKIの素晴らしい発展と今後の岐阜を中心とした交流の進化とまた皆様のご健康を祈念いたしまして私の挨拶とさせていただきます。 ] 古田知事ご自身から、GKI設立に対し、ご期待されているとのお言葉をいただき、会のために頑張ろうと心新たに決意しました。 式典は、終盤を迎え臼井英樹副会長(泰国)による万歳三唱でGKIの門出を祝い、最後に藤井豊文副会長(ワシントンD.C.)の閉会の辞があり、参加者への御礼感謝を述べられ無事設立総会が終了いたしました。 総会後、記念撮影があり、その後、古田知事が参加者の拍手を受けられながら、退出されました。 会は、第2部に入り、事前に各県人会にお願いしていた県人会の紹介ビデオが発表され、各県人会の工夫を凝らした作品に驚きと感嘆の声が上がりました。 このビデオは後に参加者投票のコンテストとなり、結果が、第3位 ブラジル、第2位 ニューヨーク、優勝は、この度発足したばかりのドルハン千代会長率いるカナダ岐阜県人会が見事栄冠を勝ち取られました。 ビデオ紹介の後、4人程度の小グループにわけて、自己紹介やら会員同士の絆を深める取り組みが組まれ、全体的に評判が良かったです。 このアトラクションの後最後に、代表者会議を開催し、オブザーバーも参加され会のこれからの運営など意見、質問などをブレインストーミングで雑談的に話し合いました。 特に2ー3ヶ月おきに行われる、オンライン定例会について長屋会長より説明があり、第一回定例会は日本時間7月4日(日)午前9時から柴橋正直岐阜市長をゲストにお迎えし、お話をお聞きすることに決まっており、皆さんの参加を促し、あとは、来年秋、岐阜県において、「岐阜愛を繋ぐ!」をモットーに岐阜県民の方々と県外、国内外の岐阜人が集い、語らい、絆を深め、岐阜県人の誇りを高め、岐阜県の素晴らしさを世界にアピールする事を説明しました。 こうして2時間に渡る会合は、成功裡に終了しました。 これからも、一緒になって会を盛り上げていきましょう!

(原稿: 岐阜県人会会長 長屋充良、音声文字変換:大野美夏理事)

 

2021年5月の出来事

  • 03
    • 宮坂財団へ第17回友情交流絵画展補助金申請手紙郵送
    • インターネットシステムでの「かわせにもんだい」あり長尾理事に報告
    • 事務所の建物の 2台のエレベーター稼働中
  • 06
    • 印刷機まだ問題ありToner Mix 引き取り
  • 07
    • 長尾理事インターネットで為替えする為サンタンデル銀行の支店長と契約チェンジ
  • 12
    • 2020年度分の会計簿レジストリーに記録届
  • 14
    • 長尾理事、県庁からの補助金為替え
  • 15
    • 定例オンライン理事会
  • 26
    • 第17回友情交流絵画展委員会ビデオ会議
  • 27
    • VIVOインターネット機具交換
 

2021年5月定例理事会議事録要旨

  • 日時: 5月15日(土)午後3時
  • 参加者: 長屋充良会長、国井宏裕副会長、長尾ジョージ会計理事、佐久間ソニア書記理事、中田リカルド理事、平野イラシ理事、金子亭資相談役
  • 議事録:
    1. 会長挨拶、参加者にお礼、県庁からの補助金入金為替銀行関連の処置、年次末総会の議事録、登記所登録申請、JICA助成金申請関連書類作成等、大奮闘の長尾会計理事に感謝の意を表明する。 あと1週間と迫った「岐阜県人会インターナショナル設立総会」について、役員の参加を確認。
    2. 4月度事業佐久間書記理事より報告
    3. 4月度会計長尾会計理事より報告
    4. JICA助成金について長尾会計理事が、見積もり書を各々説明する。 役員の質問に答えながら、承認を得る。 来週月曜日に、JICAに提出する。 平野理事から、防犯カメラ設置について意見があり、役員に意見を求め、素晴らしいアイデアだが、すでに見積書が助成金限度一杯の額となっており、追加は厳しい状態ということで、ビルの防犯状況を来週確認すると共に、現在入っている住宅保険の保証を確認し、改装が終わった後に保険金見直しなど検討することにする。
    5. 第17回日伯友情交流絵画展について(長屋会長)昨年と同じオンライン展とし、本年は早めに母県でも募集を始めるとする。
    6. 岐阜県人会インターナショナルについて(長屋会長)スライドを用いてGKIの設立意義、活動目標、役員紹介、設立総会について説明
    7. その他、仕事の都合でサンタカタリーナに移った中田理事が参加し、近況報告。 新天地で頑張っている様子を伺う。 今回国井副会長が司会を務め、無事に理事会がスムーズに終了。 これから先も続けて頂き、Linkなどもお願いする。
    8. 次回理事会: 6月19日(土) 15:00開始予定
 

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会報 2021年05月

岐阜県人会インターナショナル(GKI)設立総会を無事終了して!(前編)

  去る日本時間2021年5月23日(日) 午前10時「岐阜県人会インターナショナル」が、古田肇岐阜県知事をお迎えし、盛大に設立されました。 世界24岐阜県人会が加盟し、100名近くのメンバーが参加され、時差の関係で在仏岐阜県人会のメンバーは午前3時からの参加となり、県人会によって土曜日の午後だったり、夜だったり、深夜だったり、日曜日の朝だったりして、さすが世界レベルになると、そのスケールの大きさに驚かされました。 この式典の為、岐阜県人会インターナショナルの役員のメンバーは何度も会合を重ね、リハーサルも何度か行い、総会の大成功を願い準備万端で当日を迎えました。 総会開始1時間前から、役員は最終チェックをし、15分前から参加者入場開始、古田知事もご入場され10時ジャストにタイトルのスライドと共に大野美夏GKI副会長(ブラジル)の司会で式典が開催されました。 大野美夏副会長は、GKIの設立意義をある種の感動を与える紹介をされ、参加者の胸に残るメッセージとなりました。 続いて、水谷ハッピー副会長(南加-南カリフォルニア)の開会の辞を、自分の普段の語り口で、この会の発起人(長屋)との出会い、会設立の経緯を述べられ、開会宣言されました。 そのあと高橋愛一郎副会長(ニューヨーク)のGKIの規約の発表と承認があり、全員が挙手を持って承認され、続く西えりこ副会長(カンボジア)がGKI役員の発表、承認を行い同じく全加盟団体代表の同意を得ました。 ここに会を代表しまして、心から深く感謝申し上げます。 引き続き、横洲憲司統括事務局長よりGKI加盟世界24岐阜県人会の紹介があり、世界地図で印をマークしながら次々と読み上げられ、最後に全世界地図と24の印が付けられ、正しくインターナショナルの実感がありました。 続いて、長屋充良GKI会長の挨拶があり、 「只今、岐阜県人会インターナショナル会長を拝命しました、ブラジル岐阜県人会会長 長屋充良と申します。 この度、皆様に規約、役員とご信任頂き、心より御礼を申し上げます。 まさに身に余る光栄であり、身の引き締まる思いで拝受し、「滅私奉公」を実践し、役員の方々と協力、協調しながら、皆様と共に会を盛り上げていく所存であります。 また本日は、古田岐阜県知事におかれましては、お忙しい中、しかも日曜日にも関わらず、GKI設立総会にご参加頂き、会を代表しまして深く感謝申し上げます。 並びに世界中から参加されているGKI加盟24岐阜県人会代表の皆様に対し、また特に時差の関係で現在午前3時からの参加という設立されたばかりの在仏岐阜県人会の皆様のように万難を排してのご参加に対し、重ねてお礼申し上げます。 この会は「岐阜愛」を繋ぐ!という理念のもと、世界中の岐阜県人会を統合し、かつそれぞれの県人会が個性を保ち、その持ち味を活かせて、一つになり、情報を共有し交流を深めることによって、グローバルなネットワークを構築し、次世代に向けた確固たる県人会の新しい未来を創造し、世界から岐阜、岐阜から世界に「岐阜愛」を繋いでいって、「ワン ぎふ」としてグローバルな岐阜家族をつくり、一人一人が岐阜の素晴らしさを全世界でアピールすることがこの会の意義であります。 そして生まれ育ったふるさと、またゆかりのある「清流の国ぎふ」は、我々の心の拠り所であり、エネルギーの源でありまして、岐阜を離れて、各々がその置かれた地域、場所で苦労され、ふるさとを想いながら、努力され、信頼を勝ち取り、結果を出し、その甲斐があって、築かれてこられた現在の幸福境涯に於いて、ふるさとのご家族、ご友人、生まれ育った岐阜に対し感謝し、少しでも恩返しのお手伝いができればと思っています。 実は、我々の会の根幹であります「岐阜愛を繋ぐ!」事を長年にわたり実践されている方がみえます。 その方は本日ここにご参加頂いてます古田知事ご本人でありまして、国際交流の為、各国を訪問し岐阜との友好を深められ、トップセールスとして岐阜の県産品を海外に紹介し、またその外国訪問地において岐阜県出身者との語らいを大事にされ、それを機に岐阜県人会が各国で誕生し現在に至っており、正しく県人会を通して、岐阜の素晴らしさを紹介され、かつ海外で活躍される岐阜県人を紹介され、絆を築かれてこられた知事のご行為こそ我々が求める「岐阜愛を繋ぐ!」ということであります。 そうした知事の数々のご功績に対し、将来GKIとしてこれから様々な活動実績を残し、その暁には、古田知事を我々の会の名誉会長にご就任いただく為に、皆様と一致団結して頑張っていきたいと思います。 具体的には会として、2ー3ヶ月おきに、「オンライン定例会」を開催し、もっと岐阜を知る為に、ゲストをお迎えし、皆さんと「岐阜学」の知見を深め、岐阜県の民間親善大使として各人のおかれた場所で、岐阜の情報を発信する。 また古田知事をはじめ県、財界、民間の方々にご支援ご協力いただき、来年の秋、母県岐阜にて、コロナウィルス勝利宣言と一大イベント「第一回岐阜県人世界大会」を開催し、岐阜を離れ国内外で活躍されてる岐阜人と、ふるさとを守っていただいている岐阜県民の皆さんと集い語らい、絆を深め、知識を深めて、「頑張ってる岐阜人」を紹介し、「岐阜は、やっぱ、ええてえ!」と思って頂けるように、GKI一丸となって実現していきましょう。 また、そういった活動を通じ、岐阜人としての誇りを再確認し、郷土愛が全国ランクで上位になるように協力したいと思います。 これから皆さんと一緒に、仲良く、楽しく、助け合って会を盛り上げていきましょう! 本日は、岐阜県人会インターナショナル設立誠におめでとうございました。 それでは最後に、皆様のご多幸とご健勝、岐阜県並びにGKIのますますのご発展をお祈りしまして、代表の挨拶とさせていただきます。 」 と挨拶を申し上げました。

(原稿:ブラジル岐阜県人会会長 長屋充良)

 

2021年4月の出来事

  • 03
    • JICA -日系団体補助資金会議
  • 05
    • 2月号県人会便りメール送信、郵送
  • 15
    • 第17回友情交流絵画委員会オンライン会議
  • 17
    • 県人会定例理事会
  • 22
    • ニッケイ新聞,6月18日付けの移民113年紙に記載される広告連絡
  • 23
    • 印刷機にトラブルメンテナンス業者に連絡
  • 29
    • 3月号県人会便りメール送信、郵送
 

2021年4月定例理事会議事録要旨

  • 日時: 2021年4月17日(土) 午後3時
  • 参加者: 長屋充良会長、国井宏裕副会長、長尾ジョージ昇会計理事、佐久間ソニア書記理事、金子亭資相談役、大野美夏理事、清水リナ地方理事、大野日出丸会員
  • 議事録:
    1. 長屋会長挨拶 – JICA助成金について、経過を説明、書類を長尾理事、清水理事、丹羽エミ設計士、会長で用意する。 岐阜県人会インターナショナルの活動報告。 同日夜8時から行われる第一回南米岐阜県人会オンライン会議について、参加確認。 第17回日伯友情交流絵画展を今年もバーチャル絵画展とする。 岐阜、三重、群馬 3県人会イベントを6月27日に延期。
    2. 3月度の活動佐久間書記より報告。
    3. 3月度の会計長尾会計理事より報告。
    4. JICA助成金について現状説明。 申請書、計画書、年間活動経費 (2018,2019)の見積書を揃えるよう準備中。
    5. 岐阜県人会インターナショナルについて規約、役員等、説明。 全世界18岐阜県人会に、カンボジア、カナダ、フランスが増え、21岐阜県人会となることを報告
    6. 次回5月度定例理事会は、5月15日(土)午後3時~オンライン 会議参加ご希望の会員は事務所へご連絡ください。 参加アクセスリンクお送ります。
 

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会報 2021年04月

第1回世界岐阜県人会オンライン会議開催 (後編)

日時:日本時間3月21日(日)午前10時
議題:使用言語は日本語
1.各団体紹介(各2分程度)
2.ネットワーク、仮称「世界岐阜県人会連合会」 (World Federation of Gifu Kenjinkai-WFG) 設立について意見交換
3.その他

******

まずは、このような会を作ることへのご賛同、そして、この日程でご参加、ご欠席のお返事をいただけませんでしょうか。
なかなか皆様の時間調整は、難しいと思われますが、顔合わせのような感じで代表者の方でなくとも、会員のどなたかにぜひ第1回会議にご参加していただけると大きな第一歩になります。
海外から見た岐阜の良さ、岐阜県の強みなどの声を集めることで地元にいる方たちへの新たなアイデア作りのきっかけ、視野の広がりになるかもしれません。
新型コロナウィルス収束までは、まだまだ時間がかかりそうですが、できることをやって前に進みたいと思っております。世界各地でワクチンの接種が始まりました。ブラジルでも進んでおります。
一刻も早くコロナ明けが訪れることを期待して、みなさまどうぞご自愛のほどお祈り申し上げます。
どうか宜しくお願い致します。
敬具
2021年3月 ブラジル岐阜県人会長 長屋充良」

また設立意義として:
「岐阜県人会インターナショナル(仮称)設立意義
“国を超えて岐阜愛を合言葉にひとつになろう!”
世界の県人会間、そして母県と縦と横のつながりを広げて岐阜愛を世界に発信しよう!
1:岐阜をキーワードに世界をつなぐ
岐阜県を愛する人たちの集まりとして、国を超えた県人会間のネットワークを構築し、情報を共有し、互いに良きパートナーとして助け合う。人的、文化的な交流を活発にし、次世代につなげる。また、各国の県人会に限らず、日本各地の岐阜人、世界の岐阜人、岐阜をルーツに持つ人々、人種を問わず岐阜に興味がある人たちと縁をつなぐ役割を持ちながら、岐阜の素晴らしさを世界に発信する。
2:母県岐阜と世界をつなぐ架け橋
ふるさとを離れ、海外で創意工夫を持って信頼を勝ち取り、その地に根を下ろしたバイタリティー溢れる人たちとその子孫たちが海外県人会を支えている。外に出たからこそわかる岐阜の魅力を再発見し、遠く離れた地で郷土への誇りと想いを高め、ふるさとを守っている人たちに敬意を持って励ましのフィードバックをすることで、岐阜の価値をより高める。ダイバーシティ(多様性)が進む日本において、国際化、国際理解に一役を買う。また、県内に在住しながらグローバルな活躍の場を求め、海外に興味のある人や海外とのつながりを持ちたい人たちのバックアップをする。また、海外県人会同士での相互交流を深め、他国での活動においてのアドバイスなど支援をする。
3:岐阜県の民間親善大使
岐阜県の魅力と価値を海外から新鮮な視点で捉え、各地でアピールする。海外には岐阜に行ったことがないけれど岐阜に縁がある人、岐阜に興味がある人がいる。そのような世界の人たちと岐阜を結びつける役割を担う。各国の県人会は、いわばその国における岐阜県の民間大使館。県人会と県の連携を強めることにより、県の海外戦略の一環として伝統、文化、芸術、ビジネス、県産品、観光振興などさまざまな分野におけるイベントを企画、実行し、岐阜県をアピールすることができる。県人会は世界に開かれた岐阜県づくり・誇りの持てるふるさとづくりを目指していく県の出張所として、国際交流推進の手助けをする。」

こうして、皆様よりご賛同頂きオンライン会議となりました。
この日本時間午前10時という時間設定は、黄金律で、アジア北南米12時間の時差の中、各国ともあまり無理のない時間帯かと思います。
海外岐阜県人会は、11ヵ国18都市の陣容となっており、北南米は1868年(明治元年)から始まった海外移民の歴史があり、移住者中心で、ほかに留学生また日本企業駐在員が参加という状態で、アジアは駐在員中心となっていてやはり活動内容も若干違ってくるのかなと感じました。
理事会ではいつも使用しているMicrosoft Teams (無料版)で時間制限なく問題はないですが、40名以上しかも19都市(県庁岐阜市を含む) からのアクセスという事で心配しましたが一部(南米)を除いてどうにか支障無く開催できました。
ただ普段他のサイトを利用していて、Teamsに慣れて無く戸惑うことも多々あり、次回は南加岐阜県人会の水谷前会長提供のZoomを使用することになりました事を、付記しておきます。
会議は、発起人筆者の挨拶から始まり、大野美夏さんの司会で議事進行し、各県人会代表の自己紹介並びに県人会の活動報告がされました。
そのあとこの会の設立に対し、決を採り、全員意義なしで、会設立が決定し、会の名称は、「世界岐阜県人会連合会/WFG」と「岐阜県人会インターナショナル/GKI」とで決める事になり、大多数で「岐阜県人会インターナショナル/GKI」と決まりました。どうか宜しくお願い致します。
あと、再来月5月23日(日)午前10時(日本時間)を創立総会と決め、南加岐阜県人会の水谷前会長が加わり、長屋-美夏ラインで暫く会を運営することになりました。
また望みとして筆者より来年の秋口に、日本岐阜県で、「世界岐阜人大会」として海外、国内岐阜県人、岐阜に興味、縁のある方々が集い「岐阜愛」について色々な観点から討議して行こうと提案し、大野美夏さんからも、「岐阜の人(ジン)集まれ!」と称して、みんなで「岐阜愛」をキーワードに集まろう!と提言がありました。
最後に岐阜県庁国際交流課課長の恩田様よりお言葉があり、この会への祝辞と、これからの発展に対し、課としても可能な限りアシストしていくとありがたいお言葉で締めくくられました。
最後に筆者がお礼の言葉を述べ、会の設立、また前途を祝して万歳3唱を提案して一同唱和して頂き、閉会となりました。
この紙上をお借りし、会議時間を1時間以上オーバーし皆様に多大なるご迷惑をおかけしました事、深くお詫びしますと共に、次回から会議閉会時間を厳守して参りますので宜しくお願い致します。
最後にこの会の根幹であります、「岐阜愛をつなぐ」
事によって、世界の岐阜を愛する方々をつなぎ、情報を共有し、人的文化的交流を促進し、次世代や、また人種を問わず岐阜に興味がある人たちにも繋いで行って、岐阜の素晴らしさを全世界にアピールし、岐阜に住み故郷を守っていただいている方々に、敬意を持ってエールを送っていきます。
この「岐阜県人会インターナショナル」設立によって、岐阜のため、我々のために新しい一歩を踏み出しましょう!

(原稿:ブラジル岐阜県人会長 長屋充良)

 

 

岐阜県人会インターナショナル設立総会を前にして!

来る5月22日(土)午後10時(日本時間5月23日午前10時)、古田岐阜県知事をお迎えし、世界22岐阜県人会が一同に揃いオンラインにおいて、「岐阜県人会インターナショナル設立総会」が執り行われます。
私は、発起人、暫定会長として役員の皆さんとメール、ウェブ会議等で、会の規約、役員候補承認準備、設立総会の式次第決定など準備に追われています。
この会を立ち上げることは、ブラジル岐阜県人会にお世話になってから、つまり10年来の夢でして、不幸中の幸いというか、このコロナ禍の為、オンラインが浸透し、まさかの実現となりました。
世界岐阜県人会のネットワークを構築し、「岐阜愛」を繋ぎ、人的文化的交流を活発にし、SNSを使って情報を共有し、最高のパートナーとして岐阜の素晴らしさを世界にアピールする事が、会の目的であります。
その設立意義、活動目標についてここに明記し、皆様のご理解、ご協力を得られればと思います。
どうか宜しくお願い致します。

(ブラジル岐阜県人会会長 長屋充良)

 

 

岐阜県人会インターナショナル設立意義

[ 国を超えて“岐阜愛をつなぐ“を合言葉にひとつになろう!]
世界の県人会間、そして母県と縦と横のつながりを広げて岐阜愛を世界に発信しよう!

  1. 岐阜をキーワードに世界をつなぐ
    岐阜県を愛する人たちの集まりとして、国を超えた県人会間のネットワークを構築し、情報を共有し、互いに良きパートナーとして助け合う。 人的、文化的な交流を活発にし、次世代につなげる。 また、各国の県人会に限らず、日本各地の岐阜人、世界の岐阜人、岐阜にルーツを持つ人々、人種を問わず岐阜に興味がある人たちと縁をつなぐ役割を持ちながら、岐阜の素晴らしさを世界に発信する。
  2. 母県岐阜と世界をつなぐ架け橋
    ふるさとを離れ、海外で創意工夫を持って信頼を勝ち取り、その地に根を下ろしたバイタリティー溢れる人たちとその子孫たちが海外県人会を支えている。 外に出たからこそわかる岐阜の魅力を再発見し、遠く離れた地で郷土への誇りと想いを高め、ふるさとを守っている人たちに敬意を持って励ましのフィードバックをすることで、岐阜の価値をより高める。 ダイバーシティ(多様性)が進む日本において、国際化、国際理解に一役を買う。 また、県内に在住しながらグローバルな活躍の場を求め、海外に興味のある人や海外とのつながりを持ちたい人たちのバックアップをする。 また、海外県人会同士での相互交流を深め、他国での活動においてのアドバイスなど支援をする。
  3. 岐阜県の民間親善大使
    岐阜県の魅力と価値を海外から新鮮な視点で捉え、各地でアピールする。 海外には岐阜に行ったことがないけど岐阜に縁がある人、岐阜に興味がある人がいる。 そのような世界の人たちと岐阜を結びつける役割を担う。 各地の県人会は、いわばその国における岐阜県の民間大使館。 県人会と県の連携を強めることにより、県の海外戦略の一環として伝統、文化、芸術、ビジネス、研鑽品、観光振興などさまざまな分野におけるイベントを企画、実行し、岐阜県をアピールすることができる。 県人会は世界に開かれた岐阜県づくり・誇りの持てるふるさとづくりを目指していく県の出張所として、国際交流推進の手助けをする。

 

 

岐阜県人会インターナショナル活動目標

  • オンライン定例会(2か月おき?) を県庁のご支援を仰ぎ、ゲストを招き「岐阜学」を会員自由参加で、学び、岐阜の素晴らしさを共有! 海外で活躍するメンバーの体験発表!
  • 人的交流: スポーツ交流、青少年交換留学、青少年サマーキャンプ、語学研修。
  • 文化的交流: オンライン講演、セミナー、講座(前述)を開催し、また岐阜県の伝統文化からポップカルチャーまで、岐阜県に関わるモノを世界に発信!
  • 岐阜県からの留学生、研修生、駐在員、短期滞在者、観光者などのフォロー。
  • 県の経済ミッション、岐阜県地場産業の国際市参加、市場開拓、参入、国際学術会議参加など、県人会としてアシスト!
  • SNSを通じて、情報共有(FB、LINE、インスタ、会報、HPなど)
  • 岐阜県人世界大会を開催し、世界の岐阜県人(岐阜県民も含む)、人種を問わず、岐阜に興味がある全世界の方々と「岐阜愛」を通じて集い、語らい、岐阜県をアピールする。
  • 各岐阜県人会の記念行事に、直接間接的に応援参加する。
  • 将来的には、必要があれば、クラウドファンディング等を実施、運営に充てる。
  • 役員会を定期的かつ必要に応じて開き、会の運営、諸問題等について協議する。
  • 母県かつ日本、世界の災害復旧、人道的援助に対し、義援金、救援物資等の援助。

 

 


2021年3月の出来事

  • 02
    • 県庁から送られてきた県費留学生中田アンジェロ英司の書類受け取り、すぐにアンジェロに再郵送
  • 03
    • 補助金申請書類岐阜県庁へ郵送
  • 04
    • 事務所の建物内のエレベータ試験運転開始
    • 長尾理事扇風機組み立て
  • 05
    • 事務所の火災保険年会費納める
  • 12
    • 援協の年会費納める
  • 15
    • サンタンデル銀行のマスターユザーを坂野正信氏から長尾理事に切り替え登録
  • 16
    • 長屋会長、丹羽エミ建築家、リフォーム業者のジョイルソン氏、事務所の測定に来所
  • 20
    • 定例理事会
  • 24
    • 2018年度と2019年度の会計報告書に前回の正監事のサイン取得
  • 25
    • 県連代表者会議
  • 31
    • 事務所分析にマルセーロ氏(コンピュターインストールと実行会社)とダルトン氏(エアコン実行会社)来所

 

 


2021年3月定例理事会議事録要旨

  • 日時:3月20日(土)午後3時
  • 出席者: 長屋充良会長、国井宏裕副会長、長尾ジョージ会計理事、佐久間ソニア書記理事、岐部大野美夏理事、中田リカルド理事、清水リナ地方理事、金子亭資相談役、
    *残念ながら平野イラシ理事がアクセス問題で参加出来ず。
  • 審議内容
    1. 会長挨拶、参加者に対し感謝の言葉を述べる。 岐阜県人会も、JICAの助成金を申請し、事務所改装、オンライン設備を揃えたミニスタジオを作る事を報告賛同を募る。 同日夜10時から行われる「第一回世界岐阜県人会オンライン会議」について説明、参加を促す。
      事務所が家屋保険に入った事を報告。
      県人会が援協に法人会員登録し、会員福祉のため、治療費(R$200,00が半額のR$100,00になる)、検査代も半額になる事を報告。 会員とその家族が利用可で、事前に県人会事務局に連絡し県人会のサインある証明書を持参することが必要。
    2. 2月度活動報告: 佐久間書記理事より報告。
    3. 2月度会計報告:長尾会計理事より報告。
    4. 「Hirota グルメコンテスト」参加報告、 佐久間書記理事が中心となって、栗本レジーナ、橋本亮マルコス、大野マルコスの皆さんが、岐阜名物「五平餅」で参加。橋本マルコスさんの素晴らしい解説と実技で聴衆を魅了しましたが、審査では残念にも決勝戦に行けませんでしたが、会員同士の結束が強くなりまた「五平餅」を紹介でき、皆さん満足しています。
      お疲れ様でした。
    5. 銀行関係報告, 長尾会計理事より報告があり、直接銀行と掛け合い、諸問題(口座に再登録)を解決する
    6. JICAの助成金申請、会長より経過報告と説明。申請を行う件、建築家との契約認可を決める。申請時に必要な書類を長尾理事、会長で揃える。必要に応じて他理事の協力要請。
    7. 次回4月度定例理事会は、4月17日(土)午後3時 オンライン(会員の参加ご希望者、アクセスコードをお送りしますのでご連絡ください)。

 

 

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会報 2021年03月

第1回世界岐阜県人会オンライン会議開催 (前編)

去る2021年3月20日午後10時(日本時間21日午前10時)、第1回世界岐阜県人会会議が、オンラインによって開催されました。
世界18岐阜県人会中、当初全県人会参加表明確認でしたが、残念ながら急用、アクセス不良で、当日4県人会が不参加となりました、それでも残り14県人会参加というこれも第1回にしては最高の結果を達成することができました。
この日を10年近く夢みてきた筆者であります、事の始まりは、私事ながら、県人会を手伝わせて頂き11年経ちましたが、当初から所謂、縦関係の県人会、県庁だけで無く、横の関係、世界岐阜県人会同士のネットワークの強化を訴え、実際、県庁の県人会リストを利用してメールにてその思いを各県人会に伝えました。 その当時今回会議に参加された南加岐阜県人会の水谷元会長や、デトロイト岐阜県人会の丹羽会長にもご賛同いただきましたが、実際距離的時間的問題で何もできず時間だけ過ぎていきました。 それが不幸中の幸いか、コロナ禍によってオンラインを利用した生活が浸透し、オンライン会議なら実現可能と判断し即座に動きだしました。
それが2月2日の普段から多大なるご支援をいただいております岐阜県庁国際交流課の水谷さんに送ったメールから始まりました。
そのメールには、世界岐阜県人会のネットワーク構築の重要性を述べ、その旨を各岐阜県人会に伝えたく、県庁の海外岐阜県人会リストを教えて頂く為でした。
水谷さんは、取り敢えず皆さんにこのリスト公開を各県人会に問い合わせ承認されてからにして下さい!との指示があり、暫くして、お陰様で全会意義無しで、了解を得て、第1回世界岐阜県人会オンライン会議の参加を、経過、設立意義などを書き込みメールにて募りました。
そのメールが下記です。

「世界岐阜県人会の皆様
拝啓 時下ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。
突然のメール、失礼いたします。 私はブラジル岐阜県人会会長の長屋充良(ながやみつよし)と申します。 1959年関市板取生まれ(当時は板取村)で、現在はブラジルのサンパウロ市でリハビリのクリニックを家族で営んでおります。
故郷を離れて何十年も経ち、さらには日本と地球の反対側であるブラジルに住んで38年が経ちました。 ブラジルの生活に慣れ、ブラジル人に混じって子供を育て、ブラジル人、日本人、日系人、私のような移住者と様々な方達を相手にビジネスをしてまいりました。 外国人である自分を快く受け入れてくれたこの国に感謝をしております。
そして、ブラジルの良さを日々感じながらも、同時に海外に住む日本人として日本の良さを子供達に常々伝えてきましたが、さらには孫の世代、その先へも伝えたいと痛切に思うようになりました。
私にとって日本を思い出すということは、やはり故郷岐阜県と強くつながります。 岐阜の自然、人々の暖かさ、食べ物、方言、工芸品など、岐阜の持つ文化は世界に誇れる素晴らしいものがあると改めて思います。
ブラジルは世界最大の日本人移民国であり、その子孫たちは190万人以上と言われます。 岐阜県人が初めてブラジルに足を踏み入れて108年経ち、岐阜県出身者が集まり岐阜県人会を結成し83年という古い歴史があります。 2世、3世、4世の時代になっても、岐阜県出身であることを誇りに思い、県人会活動を行っております。
世界には、岐阜県人会がアメリカ、アジア、南米と18団体あると県庁から伺っております。 様々な都市で『岐阜県』をキーワードに繋がっているみなさんと、今度はさらに地球規模で横でつながりませんか?
岐阜から世界に羽ばたいた皆さんと岐阜に対する思い、岐阜を愛する気持ちを共感し、海外から見た故郷岐阜へ、なんらかのフィードバックができるネットワークが作れないかというアイデアを思いつきました。
昨年より世界は新型コロナウィルスのパンデミックに翻弄され、様々な街でロックダウン、外出自粛、テレワークなど生活が一変しました。 不安な毎日であると同時に、オンラインを利用したコミュニケーションが一気に発達した一面を持ちます。 対面でしか行ってこなかったミーティングをオンラインでするのが日常化して、世界の仲間との交流が簡単にできるようになりました。
このような中、かねてより県庁に提案してまいりました『岐阜県人会サミット』を岐阜県対面で行う前に、オンラインミーティングの形で皆様と一度お話しをする機会を作り、意見交換、情報を共有することをご提案させていただきたくメールをお送りしている次第です。
そこで、第1回のオンライン会議の開催をみなさまに打診させていただきます。
17団体各地の時差から、日本時間の日曜日午前10時に合わせての時間設定が妥当かと計算いたしました。 (アジアは日曜日朝、北米西部は土曜日午後、北米中部東部、南米は土曜日夜)
勝手ながら日にちをこのように決めてみました。 」(続く…)

(原稿: 岐阜県人会会長 長屋充良)

 

HIROTAコンテスト

2020年1月下旬、KenrenとHirotaグループから、県人会参加の日本料理コンテストに招待されました。 「日本の一部をブラジルに」をテーマに、日本料理をブラジルに広めるためですが、コンテスト参加数は、9県人会だけと決められていました。 16県人会が参加に興味を持っていたので、抽選があり、岐阜県人会は9県人会中に受賞しました。 コンテストのアイデアは普通の人でも、簡単に、おいしい日本料理が作れるという考え方でした。
3グループに分けられ、各グループが3つ(1。 のり、2。 みそ、3。 わさび) のテーマのどれかのアイテムの料理を作成するということで、岐阜は 「みそ」 のテーマを得ました。 このコンテストでは必ずしも県の典型的な料理である必要はありませんが、岐阜県はブラジルの大多数には知られていない典型的な五平餅(典型的なみそ料理)があるのは幸運でした、五平餅は非常においしいのと準備がしやすいためにこの料理を作ることにしました。

私たちは日曜日に小人数の人々を集めて、レシピから、この料理を準備することの難しさを見るために、料理の訓練をしました。 とにかく料理プロは誰もいなかったので、県人会委員マルコス 亮 橋本氏(1994年の元県費留学生)が「シェフ」を代表すると定義され、素晴らしいプレゼンテーションを行いました。
料理の準備を録画した当日、主催者側には料理の風味だけを評価する2人の陪審員がいました、最大の審査は、ソーシャルネットワークによるデジタル投票になり、みそのグループでは、東京と富山県人会と競っていました。

投票の期間は3日間あり、残念ながら我々はコンテストの決勝の資格を得ませんでした。
コンテスト最終のテーマは「うどん」もしくは「そば」で最終戦は2県人会のみで競い合い(第3県人会代表者はコロナの陽性のテストを受け、参加できず、富山県人会と鹿児島県人会のみ参加)富山県人会が「ひやしそば」料理を発表し優勝しました、スコアは8.57点でした。
このコンテストでは新しい、挑戦的で非常に楽しい経験を得ました。 他の県人会参加の人たちとも友達になり、今回のコンテストに参加して視認性を高め、主に岐阜の典型的な料理を公開する良い機会になりました。

        

(原稿:岐阜県人会書記理事 佐久間 ソニア)

 


2021年2月の出来事

  • 02
    • 総会の広告代ニッケイ新聞社に収める
  • 11
    • 1月分の県人会会報メール送信、郵送
  • 16
    •  第11回ブラジル岐阜県人会杯ゴルフコンペ
  • 17
    • 会員の高井節子氏事務所来所
  • 20
    •  県人会定例理事会
    • スーパー「Hirota」グループ主催県連後援の「県人会対抗グルメコンテスト」に岐阜県人会参加。 佐久間ソニア、橋本マルコス、レジーナ栗本、長屋ベッチが会長宅で準備。 午後「Hirota」のスタジオで録画
  • 22
    • 会員へ未定期総会の書類メール送信
  • 25
    •  県連定例代表者会議
  • 28
    • 県人会2020年未定期オンライン総会

2021年2月定例理事会議事録要旨

  • 日時:2月20日(土)午後3時~ (オンライン)
  • 出席者: 長屋充良会長、 国井宏裕副会長、長尾ジョージ昇会計理事、 佐久間ソニア書記理事、 平野イラシ理事、大野美夏理事、中田顕三理事、金子亭資相談役
  • 審議内容
    1. 会長挨拶、日本祭り開催に対し、県連ではコロナ禍でワクチン接種に時間が掛かりそ うな事、市役所からの開催許可証が出ない可能性があり、出たとしてもかなりの制限を受けることが懸念され、開催に対し検討をしているとの現状報告。
      来週末行われる2020年度末定時総会について協力を求める。
    2. 1月度の活動佐久間書記理事より報告。
    3. 1月度会計長尾会計理事より報告。
    4. ヒロタ」グループによる「県人会対抗グルメコンテスト」に当県人会も佐久間書記理事が中心となって第一次審査の「みそ」部門に参加ビデオ録画収録済み、第一次審査の結果待ちであることを佐久間書記理事から報告。
      突然の応募募集ながら、16県人会の申し込みがあり、抽選で9県人会が選ばれ、当岐阜県人会も選ばれる。 この9県人会を3部門3県人会に分かれ第一次審査が、「のり」「みそ」「わさび」部門として競う。 我々は、「みそ」部門に入り、佐久間書記理事が中心となって、メンバーを選び、岐阜名物「五平餅」で勝負する事に決定。
      9県人会の中で、唯一郷土伝統料理を選び、橋本マルコス絵画展委員長が、浴衣を着て、五平餅を実演録画し、大学講師という話術を生かして、素晴らしい収録となったと、報告。
      あとは、審査結果を待ち決勝戦(各部門優勝者)を、「麺」で勝負する。
    5. 2020年度末定時総会について、審議。
      役割分担を確認。
      初めてのオンラインによる総会となり準備を再確認。
      通例の総会後の新年会が中止となったので、オンラインにて、乾杯をする事になる。
    6. 県人会のあるビルのエレベーター火災により、家屋保険に入る事に決定。
      長屋会長、長尾会計理事が、業者の見積もりを検討。 以後、この決定は、2人(会長、書記理事)に委任する事に決定する。
    7. 次回3月度定例理事会は、3月20日(土)午後3時オンライン

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会報 2021年02月

岐阜からブラジルへの日本人移民の貢献

ブラジルからの移民は、私たちの国の発展と成長への文化的、学術的、社会的貢献のために認識され、これはまた、ブラジル社会の文化や習慣の形成における日本起源の移民に関連して明らかです。 日本の移民が日本の様々な地方からブラジルに来て、多くの人が私たちの社会に非常に貢献したことを考えると、より良い社会、すべての人のためのより良い国への貢献を目指して熱心に献身的に努力してきた多くの匿名の日系ブラジル人の間で目立つ必要があります。 その中の1人が足立小平治氏です。
足立小平治氏は1890年3月30日、岐阜県関市生まれ、1901年に日本の小学校を卒業し、1906年に農学コース(中学校)を卒業しました。
彼は1931年に妻と子供たちと一緒にブラジルに移住し、4月23日、41歳でサントス港に到着し、他の多くの無数の移民のような人生の夢と目的を持っていましたが、足立浩平司氏は忍耐と献身、または少しの幸運のために、そして彼の人生の道に沿って家族から受けた支援、そして人生の道を通して得た知識を利用し、高度な世界観を持っていました。
1931年にサントス港に上陸した足立小平治氏は、ドゥアルティナ市(DUARTINA)を拠点とするアルタ・パウリスタ(ALTAPAULISTA)地方のコーヒーゾーンで働き、すでに設立された日本人のコミュニティに加わりました。
1937年初頭、カンピーナス市(CAMPINAS)の自治体に移り住み、ファゼンダ・シャパダン(FAZENDACHAPADÃO)では果物や野菜の分野で働き始めました。 その後、彼は食用や装飾を目的とした魚の養殖に専念しました。 カンピーナス市でのコミュニティでは、地域の住民の提案に応え、日本植民地協会を設立し彼は最初の会長に選ばれました。
1945年、モジ・ダス・クルーゼス(MOGIDASCRUZES)に移り住み、足立氏は、仕事に専念しながら社会コミュニテイ。 プロジェクトに参加、主にPORTEIRAPRETAの近隣の土地を取得した後、魚の養殖、そして、タイル、レンガ、その他の建設材料の生産のセラミック産業に専念し始め、近所とコミュニテイの発展に協力しました。 この時期に、彼は今まで非常に認識され、尊敬されている彼の起業家精神の「CERAMICAADACHI」の遺産を始めました。
足立氏は、地域社会や日系ブラジル人コミュニティに対して、常にリーダーシップと多くの懸念を示してきました。 彼の行為と遺産のいくつか:
1950年、彼は自分の資源でポルテイラ。 プレタの近所の彼の財産の土地に小学校(ESCOLADEENSINOFUNDAMENTAL)を建てました、彼によって建てられたこの建物は、後にサンパウロ州政府への寄付によって疎外されました。
1955年、彼はモジ・ダス・クルーゼスの自治体であるポルテイラ・プレタの近くの彼の財産の土地に禅宗の仏教教会を建て、設立しました。
1959年、足立氏は日本植民地の岐阜県出身のメンバーを移植・固定するために、グアラレマ市(GUARAREMA)に桜植民地を設立しました。 当時、足立氏は、多くの家族をブラジルに移住させ、桜の植民地に定住するよう、個人的に岐阜にいました。
-彼は彼自身のリソースでグアラレマ市セレジェイラ郡(BAIRRODECEREJEIRA/GUARAREMA)、多くの日本人家族が住んでいる地域に小学校(EscolaPrimária)構築しました、後にこの建物もサンパウロ州政府にも与えられた。
足立主の受けた敬意と栄誉
1957年、日本赤十字勲章は、この価値ある実体を支持するその仕事に基づいて授与されます。
-社会と人間の昇進の最も多様な分野で社会サービスされたために、日本の外務大臣、藤山一郎氏が提供する功績名誉証書。
-グアラレマのチェリーコロニーの形成のための実施を通じて遭遇する様々な障害や障壁のコミットメントと克服のための岐阜県のメリットに名誉証書。
-サンパウロ州知事、ロベルト・デ・アブレウ・ソドレ氏によって任命された司令官。
足立氏は模範的な市民であり、常に必要な基礎教育を育成することによって日系ブラジル人コミュニティの進化と発展を助けるために世界観を共有する方法を知っていました。 彼の血の相続人はまた、彼を反映しており、生産的な人々、岐阜からの移民の祖先を尊重し、非常に誇りに思っている良い市民です。
足立さん、どうもありがとうございます!

 

(出典:足立。 ヴィトル。 哲夫氏(足立小平治氏の孫)
(著者:国井宏裕岐阜県人会副会長)

 

岐阜新聞社インタビュー

去る年の暮れも迫った12月20日に、岐阜新聞社からメールを頂き、1月に岐阜県知事選挙(1月7日告示、24日投開票)があり、4人が立候補し(現職の古田肇知事も5選を目指す)激戦が予想されるという事で、「海外の岐阜県人会の皆様に郷土岐阜県発展のためにどうすればいいか、皆様ならではのご意見をお聞かせいただきたく、海外にお住まいの方だからこそ見えてくる岐阜県の強み、伸ばしていくべきポイントを聞きたい!」と要請があり、特に
▽海外から見た岐阜/日本のイメージ
▽岐阜県の良さ、強み
▽改善点
▽県政などの政治に期待すること
▽居住国との違い
など中心に1月4日22:00(ブラジル時間)オンライン会議にてインタビューがありました。
私は事前に、個人の意見に偏りがあると思い、県人会役員の岐阜県出身者何人かにお話を聞こうと、同じ課題でメールをしたのですが、年末年始の事で残念ながら、コメントをいただけなく、色々な情報をみて意見が全体的な考えになるようにと、注意を払ったつもりです。
内容は初めに自己紹介をさせて頂き、ブラジルに渡った経緯を話し、ブラジルのコロナ禍の状態を説明させていただきました。
その後は、日本、岐阜のイメージという点について、
「岐阜は、“飛山濃水”と自然に恵まれ、その自然と調和した文化、食べ物、特産品、建物など長い歴史の中で育まれてきて、匠の技を極めてこられ、そうした歴史的遺産、文化に対する憧れがあり、またそうした歴史的なものから現代のポップカルチャー(マンガ、アニメ、コスプレ等)まで、非常に興味があり、特に岐阜は「アニメの聖地」とまで言われマニアの方々にとって魅力的な場所である。 また東洋ブームで、特に食に関して寿司は大変な人気で、サンパウロ市に於いて、ブラジル特有の焼肉屋(シュハスカリア)よりも寿司屋の数の方が多いというおかしな現象になっている。
あと、新幹線、地下鉄等時間通りで、街中ゴミ一つ落ちてないそうした規律の良さがブラジル人にとって好感度がましている。 またブラジル岐阜県人会は郡上踊りをブラジルで広めたく有志が集まって練習を重ね、色々な催しによばれ披露していて、昨年は、サンパウロの一番の大通り、パオリスタ大通りのホコ天で踊り、大喝采を浴びる。
またサムライにも人気があり、特に岐阜は天下分け目の舞台となった場所で、昨年オープンした「岐阜関ヶ原古戦場記念館」は、これから外国人の観光名所になる。 」
と話させて頂き、岐阜の改善点については、
「Wi-Fiが通じにくいので、オリンピックを含めて増えるであろう観光客のためにも中継点を増やしてWi-Fiの普及率を上げてほしい。 (ブラジルの方が、普及している。 )
世界中の海外日系人は380万人と言われ、ブラジルにはその半分の190万人という日系社会を形成していて、この190万人という数字は岐阜県の人口とほぼ同じで、30年前から出稼ぎが始まり、岐阜県には約一万人の日系ブラジル人が住んでいますが、「同じ遺伝子を持った遠い親戚」が、海外で違う環境、習慣の中、違う言葉で育ったと思って頂きたい。
日系ブラジル人は、こちらでは、「日本人」と呼ばれ、日本では「ブラジル人」と呼ばれて戸惑う人が多く、日本が真の国際化を目指すのであれば、欧米人に対する過剰なおもてなしの接し方と、同じような顔をした日系人また近隣の韓国、アジアの人達との対応の格差を是正して頂きたい。
これから老齢化が進み、労働力を海外からの人たちにお願いをしなくてはならなく、“共存共栄”の心の持ち方をお願いしたい。
また県人会を岐阜県の海外出張所という形で利用頂き、連絡網を強化すると言うことと、10年に一回位は知事に来伯頂き県人会の会員さんを励まして頂きたい。
また飛騨牛、岐阜の銘酒をブラジルで広めて頂きたい。
自分が学生の頃、「パルコ」があり名古屋になくて岐阜にあるという誇りがあったりとか「ブランド総合研究所」という機関が、毎年“都道府県魅力度ランキング”を発表しておりますが、何故か岐阜は毎回下位グループで、どうして岐阜をもっと自慢できないのかなと思い、もっと岐阜を勉強して、また県にお願いして“世界岐阜県人サミット”を開催頂き、岐阜の良さを再確認し、自慢できる岐阜県、誇りある岐阜県人を再自覚する事が大事だと思う。
また岐阜県人は、厳しい自然環境の為、辛抱強く芯が通っていて、また反面、“頑固者”なのかなと思う。
やはりアンケートの結果を真摯に受け止めて、工夫してかわった岐阜県をアピールして頂きたい。 母県”岐阜“を遠く離れて思う、”岐阜“を愛するものとしてすごく勿体無く思う。
沢山自慢するところがあるので、岐阜県人としてのプライドを忘れないで再自覚して頂き、”岐阜“が一つになるオンリーワンを作っていけば自他共に認める魅力ある県になると思う。 」
と締めくくらさせて頂きました。 ありがとうございました。

(原稿:岐阜県人会会長長屋充良)

 

第11回ブラジル岐阜県人会杯ゴルフコンペ


去る2月16日、PLゴルフクラブにて、第11回ブラジル岐阜県人会杯ゴルフコンペが開催されました。 1月31日に予定しておりましたが、自粛規制で中止になり延期となりました。
当初12名の参加登録がありましたが、今回延期という事で、皆さん都合がつかず結局6名での開催となりましたが、晴天の中、楽しい1日になりました。
今回、各務原市出身の今井さんが、堂々アンダー2で、初優勝をされ、最近2週間で優勝2回、準優勝1回と絶好調でした。 安定したプレーで、ブレないところが強みだと、同伴させて頂き思いました。 準優勝は、友情参加の裏田さん(和歌山県出身)がパープレイで、入賞されました。 今まで帰国の際に、カップを持ってきたのですが、コロナ禍で帰国できず、今回から、優勝カップを用意しまして、持ち回りとしました。
コンペルームでの懇親会兼表彰式は、ソーシャルデイスタンスを守り、衝立をして執り行い普段100名近い人が入る会場を、6人で貸し切りました。 やっぱり同郷人同士、故郷岐阜の話で盛り上がりました。
次回9月7日(火祝日)11:20スタートを予定しております。
今から日程調整お願い致します。

(原稿:岐阜県人会会長長屋充良)

 


2021年1月の出来事

  • 04
    • 事務所開催する
  • 15
    • 建物内のエレベーターから出火、インターネットのケーブル破損
  • 16
    • 定例理事会
  • 19
    • インターネット復帰
  • 21
    • ENEL電気会社に先月分の電気料金の苦情届ける
  • 27
    • 2021年度未定総会の広告ニッケイ新聞に記載
  • 28
    • 2021年度の県連年会費納める
  • 28
    • 県連代表者会議

 


2021年1月定例理事会議事録要旨

  • 日時:1月16日(土)午後3時
  • 出席者: 長屋会長、国井副会長、長尾会計理事、佐久間書記理事、平野理事、岐部理事、中田理事、清水地方理事、大野正監事、橋詰監事補佐/10名
  • 審議内容
    1. 会長挨拶
      新年の挨拶と、役員の県人会に対する変わらない協力に感謝を述べる。 相変わらずのコロナ禍の中、ワクチンによって、改善することを祈る。 岐阜県人が開いた桜植民地の先駆者、山内一豊氏と土田勝津司氏が昨年御逝去されたことを報告、哀悼の意を表すると共に、桜植民地についての歴史に触れる。
      来月の年度末定時総会について、意見を述べる。 2日前に深夜、県人会事務所の建物のエレベーターから出火、不幸中の幸いでエレベーター以外は被害が無く、保険があり取り敢えず一安心と報告。
    2. 12月度の出来事報告
      佐久間書記理事が報告認可される。
    3. 12月度の会計報告並びに2020年度の会計報告
      長尾会計理事から報告認可される。
    4. 2020年度末定時総会について
      オンラインでの開催とする。 日時は2月28日(日)9:30第一召集10:00総会開始。
      来週、ニッケイ新聞に掲載し、参加者のメールを登録、Linkを通知する事にする。
      会議の議長役を中田理事に要請。
      議事録、2021年度予算案、かつ活動計画を決定。
      担当を決定。
    5. 事務所エレベーター出火にあたり、事務所の家屋保険に入ることを決定。 来月の理事会迄に各役員が調査して報告する事にする。
    6. 日本祭りのメニューについて、色々なアイデアを出し合う。
      最後に各人が近況を述べ、本年の益々の活躍を祈念する。
    7. 次回2月度定例理事会は、2月2月20日(土)15:00オンライン

 

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会報 2021年01月

2021年 新年のご挨拶 

新年あけましておめでとうございます。
皆様、年末年始いかがお過ごしでしょうか?
ご家族お揃いで、素晴らしい年越しをされ、夢多き良いお年をお迎えられたと思います。
コロナ禍で振り回された昨年ではありましたが、本年はワクチンが行き渡りこの災禍が1日も早く終息される事を祈っております。
本年7月に平和の祭典、東京オリンピック、パラリンピックが開催予定であります。
常日頃から鍛え抜かれたアスリート達が、母国そして自身の栄誉の為に競い合うこの祭典は感動の集大成であり、多くの人々に夢と希望を与えてくれます。
これから全てが上手く進み、安心して無事開催されることを願うのみです。
私ども県人会も、会員の方々一人一人が健康で、仲良く楽しい一年となる事を祈り、岐阜県農業高校生海外実習派遣団の皆さんが、無事来伯し素晴らしい経験をされ、日本祭りや色々なイベントでまた県人会の結束が強化され、絵画展で母県との交流が深まり、下半期には念願であります、「岐阜県人会世界大会」が岐阜県にて開催され、ブラジルからも皆さんと大勢で参加したいと願っております。
そして11月最後の土曜日27日には、秋田県人会にて、忘年会敬老会を盛大に開催し、一年の労をねぎらいましょう!
本年も役員一同、一丸となって県人会を盛り上げていく所存でございますので、どうか皆様、コロナに打ち勝って “楽しい県人会”、希望に溢れた輝かしい2021年としましょう!
本年も宜しくお願い申し上げます。

(ブラジル岐阜県人会会長 長屋充良)

第16回日伯友情交流絵画展実行委員会のメンバー、桑名良輔総領事とオンライン面談

去る年の暮れも迫った12月23日午前、絵画展メンバー(橋本マルコス亮委員長、小田エルザさん、矢島エイジさん参加、加藤允彦さんは、アクセス不良で残念ながら参加できず。)と桑名良輔在サンパウロ日本国総領事でオンラインにて面談がありました。
コロナ禍の為、オンライン展覧会となりましたが、過去最高の40名という参加があり、65点の作品が展示され、また今回初めて母県岐阜県から2人の参加があり、そして橋本マルコス亮氏が絵画展委員長として初めての絵画展ということで意義深いものとなりました。
面談は、長屋岐阜県人会会長から絵画展の報告と御礼の挨拶、また絵画展委員会のメンバーの紹介があり、小田エルザさん、矢島エイジさん、橋本マルコス亮絵画展委員長が、各自、自己紹介と感謝の言葉を述べられ、そして私、長屋会長が皆さんの作品画像を共有して紹介しました。
その中で、小田エルザさんは、二重国籍者として、日本人とブラジル人としてのアイデンティティを保ちながら、教師として、2つの祖国に恥じないように頑張ってきたことを紹介され、感銘を受けました。
最後に、桑名総領事からお話があり、コロナ禍の為、オンライン展覧会とはなったものの、岐阜県からの参加もあり、来年は従来通りの絵画展とオンラインとのハイブリッドで開催できたら良いですね!と斬新なアイデアを頂き、一堂賛同し前向きに検討をしていく事を、約束しました。
その後は、雑談も交えて30分という時間でしたが、有意義なひと時となりました。
第17回日伯友情交流絵画展も宜しくお願い致します。

(ブラジル岐阜県人会会長 長屋充良)

岐阜県出身 戸谷 み江氏の生涯

戸谷 み江(トタニ ミエMie Totani)は1898年11月16日生まれで、当時16歳の時に岐阜県からブラジルに移住しました。

兄の戸谷 ニゾウ(Nizo Totani)、義姉の戸谷 ミエ(Mie Totani)、兄夫婦の息子の戸谷 クヨウ(Kuyo Totani)と一緒に移民しました。
1914年3月10日、若狭丸に乗船して日本を出発しました。
1914年4月27日、サントス港でブラジルに上陸しました。
戸谷み江(Mie Totani)は、カオウ(Kao)、ユウサク(Yusaku)、ハルエ(Harue)、ス(Su)、ケンイチ(Kenichi)、ウシタロウ(Ushitaro)、ニゾウ(Nizo)など八人兄弟でした。
両親は、戸谷 チセ(Tise Totani)と戸谷 カツエモン(Katsuemon Totani)です。

ブラジルでは、アウタ・モジアナ(Alta Mogiana)地方の農場で働き始めました。
アウタ・モジアナ(Alta Mogiana)は、15の市町村を含む サン・パウロ(São Paulo)州の地域であり、そのうち11はフランカ(Franca)の直接地理地域に属し、2つはリベイロン・プレット(Ribeirão Preto)に属し、1つはサン・ジョアキン・ダ・バーラ-オルランヂア(São Joaquim da Barra-Orlândia)に属し、1つはイツベラヴァ(Ituverava)に属しています。
当時は伝染病が蔓延して、兄の戸谷ニゾウ(Nizo Totani)はブラジル移住二年後にマラリアで亡くなりましたが、薬を手に入れるためにはバウル(Bauru)に行く必要があり、02日ほどかかったという。
義理の姉は未亡人になり、甥の戸谷 クヨウ(Kuyo Totani)はまだ幼かったため、数年後にバストス(Bastos/SP)市サンパウロ州のシラス センノスケ(Sennosuke Shirasu)氏と結婚しました。
戸谷 み江(Mie Totani)は駅近くのバウル(Bauru)のホテルでメイドとして働いていましたが、オーナーは日本人で名前はサオ(Sao)氏でした。
ブラジルに移住して数年後、22歳の時に高知県出身の岡林 繫吉(オカバヤシ シゲキチShigekichi Okabayashi)氏と出会いました。日本に滞在した両親は、岡林 ヨシオ(オカバヤシ ヨシオYoshio Okabayashi)氏、岡林 ゼンヤ(オカバヤシ ゼンヤZenya Okabayashi)氏です。
西暦1914年3月25日、帝国丸に乗船して移民したのです。
西暦1914年5月10日、ブラジルのサントス港に上陸しました。
結婚後、二人はサンパウロ州のリンス(Lins)近くのグアイサラ(Guaiçara)に移り住みました。
原生林の地域であり、平野植民地にある農園でコーヒーを植えて、一生懸命働きました。
夫婦は、幾つかの近隣の土地と、北西鉄道線(Linha Noroeste)に沿ったペナポリス/SP(Penápolis/SP)のミカド 植民地の30アルケール(1アルケールは約24,000平方メートル)の土地を購入することに成功しました。
コーヒー、米、トウモロコシ、豆(フェイジョン)、大豆を大量に植えました。夫婦は豚を飼ったり、多くの牛を飼ったり、牛飼いとして繁栄していました。牛を放牧するために近所の牧草地を借りていたこともありました。
岡林 繫吉(オカバヤシ シゲキチShigekichi Okabayashi)は優秀な実業家であり、岡林 み江(オカバヤシ ミエMie Okabayashi)は非常に働き者で、4人の息子と6人の娘の助けを借りて、サン・マルチニョ/ペロバル(São Martinho/Perobal)司法区から20km離れた新しい農場を購入しました。そして、ノヴァ・エスペランサ/パラナ州(Nova Esperança/Paraná)、現在はノヴァ・ビラッキ/パラナ州(Nova Bilac/Paraná)と呼ばれる所にも、新しい農場を購入しました。
以下子息は皆勉強しました :1- 岡林 利江(オカバヤシ トシエToshie Okabayashi);2- 岡林 利治(オカバヤシ トシハルToshiharu Okabayashi);3- 岡林 利雄(オカバヤシ トシオOkabayashi Tosio);4- 岡林 花壽(オカバヤシ ハナコHanako Okabayashi);5- 岡林 忠雄(オカバヤシ タダオTadao Okabayashi);6- 岡林 照江(オカバヤシ テルエTerue Okabayashi);7- 岡林 据置(オカバヤシ スエオSueo Okabayashi);8- 岡林 トヨコ(オカバヤシ トヨコToyoko Okabayashi);9- 岡林 光子(オカバヤシ ミツコMitsuko Okabayashi);10- 岡林 アウレア(オカバヤシ アウレアAurea Okabayashi).
1963年、夫の岡林 繫吉(オカバヤシ シゲキチ Shigekichi Okabayashi) とともに岐阜県の親戚を訪問しました。
戸谷 み江(Mie Totani)は1995年9月7日、ブラジルに於いて96歳で死去し、岡林 繫吉(オカバヤシ シゲキチShigekichi Okabayashi)とともにサンパウロ州ペナポリス(Penápolis)市の墓地に埋葬されています。

(原稿:県人会会員小木曽 豊子(Toyoko Kogiso)氏(戸谷 み江氏の娘)


2020年12月の出来事

  • 03
    • 県人会イベントにボランテイとして参加された会員に感謝ギフト郵送。
  • 10
    • 県人会会議県連主催にて行われる
  • 14
    • ニッケイ新聞、宮坂財団、日本国総領事館へお歳暮とどける。
  • 17
    • 県連代表者会議
    • 県人会オフィスビルの授業員にパネトネ渡し。
    • 12月号県人会便り郵送、メール送信
  • 19
    • 定例理事会
  • 21日~31日
    • 県人会休館
  • *日本祭り、県人会ゴルフコンペ等、県人会に色々参加頂いた田島友昭、正美ご夫婦の本帰国に際し、県人会に電子湯沸かしポットを寄付して頂きありがとうございました。

2020年12月定例理事会議事録要旨

  • 日時:12月19日(土)午後3時
  • 出席者:長屋充良会長、国井宏裕副会長、金子亭資相談役、長尾ジョージ会計理事、佐久間ソニア理事, 平野イラシ理事、中田謙三理事、清水リナ地方理事
    * 大野光男正監事、橋本亮絵画展委員長 残念ながら、リンクが繋がらなく参加できず。
  • 審議内容
    1. 会長挨拶、一年の県人会の活動を写真を交えながら、役員、会員の皆さんのご協力に感謝を述べる、可能な限りのイベントの催し、県人会の結束を繋ぐ。他県人会とのコラボで、新しい可能性を創造し、ネットワークの構築ができる。県連との協力体制においても、成果を得る。他の報告。
    2. 11月度出来事:佐久間書記理事より報告。
    3. 11月度会計報告:長尾会計理事より報告。
    4. 日本祭り2021の岐阜県人会のメニューついて、色々なアイデアを継続して検討していく事になる。
    5. 2020年度末定期総会について:参加式の総会になるのか、オンラインによる総会になるのか、様子を見る事にする。開催日程は2021年2月28日(日)
      9:30 第一次召集、司会者は、中田顕三理事に決定
    6. 金子相談役の音頭で、本年締め括りの乾杯を行う。乾杯後、金子相談役、長尾会計理事、長屋会長が、クリスマス、正月を祝う歌を披露、一同盛り上がる
    7. 次回理事会1月16日(土)午後3時~

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会報 2020年12月

2020年を振り返って

(県連 日本祭りLIVEを終えて)

コロナ禍で、参加型イベントは全て中止延期となり、またイベントによってオンラインでの開催となりました。

我々岐阜県人会としましても、県人会イーリャ・グランデ1泊旅行が直前中止となり、これを機に全ての当県人会イベントが中止となりました。

郡上踊り練習、公演中止、日本祭り中止(*オンラインにて開催)、第42回岐阜県農業高校生海外実習派遣団訪伯中止、令和2年度岐阜県県費留学生中止、定例理事会中止(*オンライン会議にて継続)、春の屋台祭り中止、母県訪岐「岐阜県人会世界大会」延期、第16回日伯友情交流絵画展中止(*オンライン展として開催)、忘年会敬老会中止と、未だ終息していないコロナ禍の猛威に晒されました。

こうした中、実施できたのは、定期総会、毎月度定例理事会オンライン会議 「第9、10回岐阜県人会杯ゴルフコンペ」、「第16回日伯友情交流絵画展オンライン展」、岐阜、三重、群馬県3県人会のコラボ持ち帰りイベント開催、県連主催「日本祭りバーチャル」参加ですが、それぞれ素晴らしい思い出深いイベントとなりました。

特に、絵画展は、山田彦次前岐阜県人会長が、15回続けて来られたものを、全く経験のない橋本マルコス亮氏を絵画展委員長として任命し、小田エルザさん、加藤允彦さん、矢島エイジさんと長屋で実行委員会を結成し毎週のオンライン会議を重ねオンライン絵画展ながら、今までにない40名という参加者を集い、その2名はこれもまた今回初めて海外、母県岐阜県からの参加を実現させました。
大学で教鞭を執っている橋本絵画展委員長のセンス、バランスの良さが思う存分発揮され、委員会の取りまとめ、業者との交渉、申し込みサイト作成等、全てうまくいきました。

今までにない新感覚の、素晴らしい絵画展となっております。
1年間鑑賞できますのでご覧下さい。

https://gifukenjinkai.org.br/art

他には、3県人会(岐阜、三重、群馬)持ち帰りコラボイベントは、改めて他県人会と協力する事によって、活動の幅が広がった事です。

会館を有しない岐阜県人会にとって、この取り組みは大変重要な意義が有り、これからもどんどん色々な県人会と協力し合っていきたいと思います。

最後に、11月7日にオンエアした「日本祭りLive」ですが、全県人会若手リーダーが中心となり、企画実施し、大変素晴らしい結果を出すことができました。

初めは県連が予定していた「第23回日本祭り」が、コロナ禍により中止延期となりその繋ぎとして、始まりましたが、青年達が県人会の枠を超えて、広く一体となってイベント成功の為に、昼夜を問わず全力で頑張り、成功に導きました。

岐阜県人会からも、中田さん、長尾さん、佐久間さん、池戸さん、長屋夫妻が参加し、「Live 」「OnLine」「宣伝」の3部門に分けて初めに11月7日の「Live」がオンエアされ、同日「47Cultural 」というサイトが、「On-line」にて始まり、47都道府県の観光、郷土食などを順番に紹介していきます。

https://47cultural.com.br

このサイトからご覧下さい。

「ライブ」は、歌、神楽、太鼓、三味線、クイズ、ポップカルチャー、相撲等、日本の伝統かつ現代の文化が網羅され、ブラジル漫画界の大御所マウリッシオ ソウザさんのこの「Live」の為に、作成された日伯友情の歴史に関するオリジナル作品が発表されわだい振り撒きました。

https://youtu.be/RWreJPKT05E

素晴らしい内容ですので、拡散お願い致します。

また日本より麻生太郎副総理、飯泉全国知事会会長(徳島県知事)のメッセージがあり、またブラジル側から山田彰駐ブラジル特命全権大使、桑名良輔在サンパウロ日本国総領事からのメッセージを頂き、イベントを盛り上げていただきました。

1週間で2,5万人の視聴者があり関心の高さを誇っています。
このイベントを通じて、青年同士のネットワークが強化されたのは勿論のこと、県連と青年達の距離をもっと近づけた事が特筆すべき事と思います。

http://www.youtube.com/festivaldojapao

いつでも視聴できますので、ご覧下さい。

ワクチンも始まり早期終息を念じ、来年皆様並びにご家族の方々のご多幸ご健勝をお祈りいたしまして、本年の締めくくりの挨拶とさせていただきます。

どうか良いお年をお迎え第2波、第3波と新コロナビールスの脅威に晒されていますが、この一年皆様におかれまして、ブラジル岐阜県人会が相変わらずのご協力、ご支援を賜り、会を代表しまして心より感謝申し上げます。

ありがとうございました。

(原稿:ブラジル岐阜県人会会長 長屋充良)

輪中なぜできた?かつて湿地帯 災害時の団結先取り

1959年の伊勢湾台風や、直近では今年7月に岐阜県内を襲った豪雨など、長年にわたって水害に悩まされてきた岐阜県。なかでも木曽三川が集中する、安八郡南部や海津市などの西南濃地域では、洪水から集落を守るための知恵として、住民たちは周囲を堤防で囲む「輪中」を築き、特有の生活を育んできた。県の公立小学校の社会科でも紹介されるなど県民にとってなじみ深い輪中は、そもそもなぜできたのか。そこにはどんな生活があったのか、改めて振り返った。 輪中は、川の流れの直撃を防ぐために上流に面した部分に築かれた、U字型やV字型の堤防「尻無堤」や「築捨堤」が当初の姿。次いで、下流から逆流してくる水を防ぐために堤防を築いたことでできたという。 現在の輪中地帯はかつて湿地帯だった。「本来なら住めない地域に住んだ結果として輪中が生まれた」と語るのは、大垣輪中研究会(大垣市)の伊藤憲司代表。伊藤さんによると、輪中ができたのは江戸時代初期。戦国時代を経て安定した統治が始まって経済が発展、新田開発が盛んになったことも追い風に次々と輪中集落が誕生した。明治の初め頃には西南濃地域を中心に約80の輪中があったという。 多くの輪中が生まれた背景には、地理的な事情も重なる。水源がそれぞれ異なる長良川、揖斐川、木曽川の大規模な河川が集中する上に、地形は東高西低。増水した木曽川が長良川や揖斐川に流れ込むことがあったことから、木曽川以西には特に集中していたという。輪中のような堤防は他県でも造られたが、伊藤さんは「これだけ集中しているのは珍しい」と話す。 周囲を河川に囲まれた輪中集落では、特有の農業方法や生活文化が生まれた。大垣市入方の「輪中館」と「輪中生活館」ではその一端を紹介している。輪中館では、田や畑を洪水被害から守るために工夫を凝らした農耕法「堀田」を紹介している。土を掘りその土を積み重ね田畑を高くして、周りは水路にして舟で行き来していた。地主建築の民家「旧名和邸」を解体、復元した輪中生活館では、洪水時に生命や財産を守る場所として、母屋より高い場所に石垣を築いて建てた「水屋」や、万一の際に逃げられるように避難用の小舟をつるしておく「上げ舟」が玄関先の土間に展示され、当時の暮らしを再現している。 こうした独特の生活と合わせて、輪中地域特有の気風としてちまたでささやかれているのが「輪中根性」なる言葉。「仲間内の結束は固いが排他的」というような負の印象を持って語られることが多い言葉を、当人たちはどう考えているのか。町内一帯にあった福束輪中からその名を取られたという安八郡輪之内町の木野隆之町長に疑問をぶつけてみた。同町で生まれ育った木野町長は「それほど日常的に使われているわけではない」とした上で「『日常生活を維持するために、どう災害に備えるか』という意識による結束が、外側から見ると入りにくいように見えるのではないか」とみる。その上で、「災害時に必要な『自助や共助』の考え方を先取りしていたのではないか」と指摘した。 「輪中根性」には決して他者を避ける意図はなかった。厳しい自然と闘うための団結心、これからも襲ってくるであろう災害に負けないために必要な心構えだったのだ。


水屋


堀田

(原稿:岐阜新聞 2020年11月22日付)

2020年日伯友情交流絵画展(バーチャル)

令和2年(2020年)12月1日(火曜日)岐阜新聞 提供 朝刊 020ページ

https://gifukenjinkai.org.br/art


2020年11月の出来事

  • 03
    • 県人会理事方に絵画展のカタログ郵送
    • 第16回日伯友情バーチャル絵画展開催
  • 04
    • 県人会便り 3月~10月分郵送
  • 07
    • 日本祭りライブ、岐阜県人会参加
  • 16
    • 事務所の扇風機故障
  • 18
    • 事務所の蛍光灯をLEDランプに交換
  • 21
    • 定例理事会ビデオ会議
  • 26
    • 県人会便り11月号郵送(BR)
    • 県連代表者会議
  • 29
    • 扇風機購入

2020年11月定例理事会議事録要旨

  • 日時:11月21日午後3時
  • 出席者:長屋充良会長、国井宏裕副会長、長尾ジョージ会計理事、佐久間ソニア書記理事、平野イラシ理事、大野美夏理事、中田謙三理事、清水リナ地方理事、金子亭資相談役、大野光男正監事
  • 審議内容
    1. 会長挨拶、 岐阜、三重、群馬3県人会コラボイベントの参加にお礼を述べ、大変好評で来年は、年2回開催予定。
      「第16回 日伯友情交流絵画展 オンライン展」開催大成功につき、橋本絵画展委員長初め、実行委員会のメンバー に対し感謝を述べる。 特に橋本委員長のリーダーとしての活躍を絶賛。来年以降の活躍が楽しみと締めくくる。
      絵画展、3県人会イベント、日本祭りバ-チャルに参加された県人会会員にお礼の品送る。
    2. 10月度の出来事を佐久間書記理事が説明、承認。
    3. 会計報告 – 10月度の会計報告を長尾会計理事が報告、承認。
      引き続き、絵画展の会計収支報告、承認。
    4. 絵画展報告、長尾理事から、来年の絵画展は、一般開放と、引き続き母県からの参加可能なオンライン展の2本たてでやろうとの建設的な意見があった。予算と照り合わせて検討することにする。
    5. 日本祭りバーチャル – LIVE部門で、主力メンバーとして活躍した中田理事から報告。「大変だったが、素晴らしい経験となり、他県人会青年リーダーとのネットワークができ満足している!」と感想を述べる。
      他、「オンライン」部門で、長尾理事が紹介記事を作成、非常にまとまった内容で、評判を得る。
    6. 日本祭り2021- コロナ禍の影響が計り知れず、計画が立てにくい状態ながら、 県人会として出展 内容を検討。栗きんとんを候補に入れ、国井副会長が生産者と協議する事にする。あともう一品を次回理事会まで各自検討。
    7. 県人会が入っているビルディングが12月21日~1月03日迄年末休暇
    8. 2021年度活動計画
      • 12月21日~1月03日 県人会休館
      • 1月31日 第11回ブラジル岐阜県人会杯回ゴルフコンペ
      • 2月28日 2020年度未定期総会
      • 4月 岐阜、三重、群馬 イベント
      • 5月 県人会旅行
      • 7月9日~11日 第23回日本祭り
      • 7月23日~30日 岐阜県農業高校性海外実習派違団受け入れ
      • 9月7日 第12回ブラジル岐阜県人会杯ゴルフコンペ
      • 10月 -岐阜、三重、群馬イベント
      • 10月 岐阜県人会世界大会訪日参加11月8日~19日 第17回日伯友情交流絵画展
      • 11月27日 忘年敬老会(秋田県人会)
    9. 県人会事務所の照明、扇風機購入理事会承認。
      忘年、敬老会中止決定
    10. 2月の定期総会兼新年会は取り敢えず例年通り。 コロナの状態で変更あり!

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会報 2020年11月

岐阜、三重、群馬3県人会コラボイベント

「がんばろう!みんな、げんき!」

去る10月18日(日)、3県人会による、焼きそば(群馬)、たこ焼き、エスペット(岐阜)、唐揚げ、天ぷら、いちご大福(三重)のテイクアウト(持ち帰り)が、ビラマリアーナの三重県人会会館で行われました。

このイベントのキッカケになったのはコロナ禍によって、各県人会館を利用する団体からの収入が無くなり、会館維持が困難になって少しでも軽減させようと、下川三重県人会会長が、県連で他の県人会の方に割安でご活用頂きたいと提案され、素晴らしいアイデアと手を挙げさせて頂きました。

他の県人会にも声をかけ、春の屋台祭りでご一緒させて頂いた群馬県人会と2県人会でやることになり準備を進めて、そして三重県人会も参加合意されたので、3県人会での開催となりました。

昨年の「春の屋台祭り」によって、会館を有しない私ども岐阜県人会も、会館を持つ県人会と組めばいろいろなイベントもでき、また横のつながりも出来て、いいこと尽くめということが実証され、今回の他県人会とのコラボも全然抵抗がありませんでした。

週に一回のオンライン会議を、各県人会代表で毎週続けて協議を重ねて、イベント大成功の為に、県人会の枠を超えてとても良い準備ができたと思います。
会議では当然の事ながら、メニューをどうするのか、他のイベントとの差別化を特に意識して、取り組みました。

過去の情報を調べて、焼きそばがブラジルで一番人気があるのにもかかわらず、今年の他のイベントでどこもやっていなかったので、群馬県人会の方がノウハウがあるという事でお願いし、岐阜県人会は、他になく経験があるタコ焼きとし、三重県人会は名物のいちご大福そして、天ぷら、唐揚げと偏ることなくいい組み合わせとなり、またブラジルでは定番の肉の串焼きを岐阜県人会で用意し、焼きそば(普通、野菜の2種類)、たこ焼き、串焼き、唐揚げ、天ぷら、いちご大福をメニューとしました。

各担当を決めて、材料調達、スポンサー探し、宣伝、設営準備、メンバー確保と効率良くこなしました。

それ以上にコロナ対策として検温、換気調整、ソーシャルデイスタンス確保、マスク、手袋等できる限りの対策を講じました。

まだSNSによる宣伝、ニッケイ新聞のご協力、各メンバーのネットワークを最大限に活用して、15日の注文受付締め切り前に、売り切れを達成しました。

下川会長の多大なるご協力によって大変助けて頂きました。

今回「日本祭り」以外に売ったことのない数を記録し心配しましたが、お陰様で想像以上に安易に目標を達成することができました。

1日前の準備から当日まで各県人会のメンバーがボランティアで、気持ちよく参加頂き素晴らしい結果を出すことができ、イベント終了から直ぐ友人家族知り合いなどから、味とか運営が好評で大変ありがたく、やり甲斐がありました。

今回のイベントでやはり一番良かったのは、他県人会とのネットワーク構築であります。
各県人会のいいところを出し合い、足りない部分を補い合い、素晴らしい結果を出すことができた事です。
これからもどんどんこうしたイベントを積極的に企画実行していこうと思います。
ご協力頂いた皆様本当にありがとうございました。

お疲れ様でした。また頑張りましょう!

(原稿:岐阜県人会会長 長屋充良)

 

第16回日伯友情絵画展開催実現

今年の初め、ブラジル岐阜県人会と在サンパウロ日本国総領事館が共催する重要で伝統的な文化イベントの委員長を務めるように打診されました。

経験した事が無いので最初は断りましたが、友人の佐久間ソニアさんや他の人たちの励ましとブラジル岐阜県人長屋充良会長の熱意ある説得により、この責任を引き受けました。

私たちは、すべての人々と同様に、汎発性流行病(コロナ禍)に驚かされました。それは、すべてのプロセスや手順の変化と順応を強制したのです。長年踏襲されてきたものはすべて崩壊され、過去15年間日伯友情交流絵画展でなされた事は通用しなくなりました。

この前代未聞の新しいシナリオに直面し、2020年度第1647回日伯友情交流絵画展が開催できるかという決断に迫られました。今年11月以降イベントが開催できるか、人の密集を避けなければいけないか、など未知の課題が山積していました。

今年の3月から10月の最終週まで、長屋充良会長、小田エルザ画家、加藤允彦画家、矢島エイジ画家から成る委員会が数回協議しました。

当初から長屋充良会長は日伯友情交流絵画展を開催する事を提案しました。協議の結果、前例のないバーチャル形式で開催する事を選びました。既にバーチャル絵画展が各地で開催されていました。委員会と芸術家らは、芸術家の参加登録、絵画や彫刻の受付やプレゼンテーションなど、すべてのプロセスを検討して、見直しました。

新しいバーチャル形式の採用により、日伯友情交流絵画展初の母県岐阜から二人の芸術家が参加され、又絵画展史上最多数の40人の芸術家が出品されました事は、委員会の大きな喜びになりました。

無数のバーチャル会議を繰り返して、委員たちは初めて体験する諸問題を解決するために、共に知恵を絞りました。絵画展開催にご支援、ご協力いただいた皆様に感謝申し上げます。宮坂国人財団及び西尾ロベルト義弘理事長、有限会社ヤマト商会及び高木社長、委員会のメンバー、長年絵画展に携わった前ブラジル岐阜県人会会長山田彦次氏、私の右腕のように働いてくださった岐阜県人会の佐々木よしこ事務局長、真夜中に電話で対応した日本在住の弟吉村•マルセロ、この素晴らしい経験の機会を与えて下さった現ブラジル岐阜県人会長屋充良会長に衷心より感謝申し上げます。

ここで言及されていない人々へ、感謝と強い抱擁を送りします。

ありがとうございました!

(原稿:橋本マルコス亮 絵画展委員長)

 

2020年日伯友情交流絵画展(バーチャル)
16ª Exposição Virtual de Intercâmbio Nipo-Brasileiro

アクセスリンク: https://gifukenjinkai.org.br/art/

 


2020年10月の出来事

  • 05日
    • ニッケイ新聞移民112年特別号広告代支払い
  • 06日
    • 長屋ベッチさんテイクアウトに使用する素材用品わけ
  • 17日
    • テイクアウト(持ち帰り)の準備三重会館にて
  • 18日
    • イベントテイクアウト三重会館にて
  • 19日
    • 絵画展のカタログ印刷会社から受け取り
  • 21日
    • 絵画展委員会ビデオ会議
    • 絵画展カタログ日本国領事館、宮坂財団、Comercial ヤマト、県連へ届ける
  • 21日
    • 絵画展カタログ日本郵送
  • 24日
    • 県人会定例ビデオ理事会
  • 26日
    • 宮坂財団から絵画展の寄付金口座に振り込まれる
  • 28日
    • 県人会10月号会報郵送
    • 3県人会主催のテイクアウトの売上金口座に振り込まれる
  • 29日
    • 県連代表者ビデオ会議

2020年10月定例理事会議事録要旨

  • 日時: 24/10/2020 午後3時
  • 出席者:長屋充良会長、国井宏裕副会長、長尾ジョージ会計理事、佐久間ソニア書記理事、平野イラシ理事、大野美夏理事、中田謙三理事、清水リナ地方理事、金子相談役、大野光男補佐理事
  • 審議内容
    1. 会長挨拶、オンライン接続に、手間がかかり開始時間がずれたことを、詫びる。
      10月18日に行われた、岐阜、三重、群馬3県人会のテイクアウトの大成功を参加した方々、寄付をして頂いた方、フェイスシールドを寄付して頂いた方などに感謝の意を表する。
      日本の大学の説明会を説明。 ニッケイ新聞の年末年始の挨拶広告掲載に承認を得る。
    2. 9月度の出来事を佐久間理事から説明、承認
    3. 9月度の会計報告を長尾理事から説明、承認
    4. 絵画展の進行状態、宣伝用のビデオ、カタログ、サイトなどを紹介する
    5. 日本祭りLiveの執行委員の中田理事より現状報告。 11月7日のオンエアに乞うご期待と締め括る。
    6. 6 . 日本祭りオンラインの執行委員の長尾理事より、サイト「47cultural」の内容報告。
    7. 県人会事務所売却の件で、不動産屋に委託したことを報告
    8. 来年の日本祭りでの新メニューを、広く求める。
      清水理事より、「栗きんとん」の提案。値段など調査要請
    9. 事務所の蛍光灯をLEDに交換することを、承認
      紙切り器購入承認
    10. 次回理事会は、11月21日(土) 15:00とする。

 

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会報 2020年10月

第16回 日伯友情交流絵画展

本年11月3日、第16回友情交流絵画展の開催に際してブラジル岐阜県人会会長として絵画展実行委員会のメンバーの一人として参加させて頂き、色々勉強でき大変良い経験になりました。

この絵画展は、ブラジル岐阜県人会の新しい文化事業として、2006年より始まり現在尚、県人会の数少ない文化活動として注目されております。

この絵画展の成り立ちの変遷を当岐阜県人会が2013年岐阜県人ブラジル移住100周年を記念して発行された「岐阜県人ブラジル移住 100年のあゆみ」(218ー219ページ コラム24)から抜粋して紹介したいと思います。

“ブラジル岐阜県人会の文化活動として特筆されるひとつに、絵画展がある。2006年より毎年1回、在サンパウロ日本国総領事館の後援により、同総領事館多目的ホールで開催 してきた。県人会と絵画は無縁な存在ではない。土本真澄会員はブラジル日本文化協会美術委員会に属する日系画家のひとり。小島康一会員(副会長、相談役を歴任)は、早くから具像画の分野で名を知られていた。山田彦次会員(1990年度より会長)も絵画についての造詣が深く、1990年代に入ってからは、みずから絵筆をとるようになった。2003年2月、山田会長の提案で県人会主催「絵画教室」が催された。毎月[第1日曜日および第3日曜日の午前10時から午後1時まで」、県人会会館サロンで開催していたが、講師の都合により1年あまりで閉鎖。その後、小島、山田の両名がブラジル日本文化福祉協会美術委員会主催の絵画展に出展をつづけていた。

2006年に入り、県人会会員のうち絵画展に関心のある数人から、「絵画展開催」の要望がでる。これを受けた理事会は、同年7月14日、絵画展について審議。日系画家および非日系画家の交流を目的に、とりあえずテストケースとして「15名による小規模絵画展」の開催を決定した。非日系画家をまじえる点に特色があり、名称も「日伯友情交流展」とするなど工夫をこらす。画家の交流を主目的とする文化事業であるから、展示作品の販売という経済行為は度外視した。そのため、会場として在サンパウロ日本国総領事館の多目的ホールをえらび、同館文化班へ要請したところ、無償提供をうけることになった。しかも、絵画展の趣盲に賛同した西林万寿夫総領事(=当時)が、「県人会主催、総領事館後援」による開催を快諾。以後、毎年の絵画展はこの形式を踏襲してきた。

同年9月19日午後5時30分、会場の在サンパウロ日本国総領事館多目的ホールにて、オ-プニングセレモニーを開催。総領事館からは西林総領事、武田幸子副領事(文化班)らが出席。総領事が祝辞を述べる(会期は同月29日まで)。出展画家は日系人7名、非日系人8名。試験的なプログラムのつもりだったが、好評を博したため理事会では10月22日の会議で「毎年1回継続的に開催」と決定。会場を総領事館多目的ホールとし、日伯合同絵画展という形式で実施してきた。2013年度で8回をかぞえる。

2007年の第2回絵画展は、日本人ブラジル移住100周年(2008年)を視野に入れて検討。1年前に開催するので、前夜祭という意味を込めて「日伯交流展99」(Pré-Centenário da Imigração Japonesa no Brasil)とした。会期は9月11日から10月21日まで。前回の実績が認められ、オ-プニングセレモニーには絵画分野の関係者にくわえて、ブラジル日本文化福祉協会から山下ジョルジェ副会長、桂川富夫理事らも出席。西林総領事はあいさつのなかで、「来年は日本移民100周年でもあり、引き続き開催されることを期待しています」とのべた。2008年は第3回絵画展のほか、別の企画も実施。日本人のブラジル移住100周年のほか、ブラジル岐阜県人会創立70周年と岐阜県人ブラジル移住95周年にあたる。そのため県人会では同年5月に記念祭を挙行。プログラムのひとつとして、「ブラジル日本移民百周年記念絵画展」(Exposição de Pintura Comemorativa do Centenário da Imigração Japonesa no Brasil)の開催が決まる。祭典前夜祭プログラムを近郊のモジ。ダス。クルーゼス市で実施することになり、記念絵画展の同じ場所(モジ。ショッピングセンター)と決定。祭典の後援者であるモジ市役所に敬意を表し、絵画展については同市役所主催、県人会及びショッピング後援という形にした(会期は同年5月23日から6月14日まで)。

これは別枠のプログラムであるから、総領事館後援の絵画展と同一視することはできない。県人会主催。総領事館後援の「第3回日伯友情交流絵画展」は、9月22日から10月3日まで、総領事館多目的ホールにて開催。第4回は2009年9月10日から21日まで。このとき、名称を「日伯合同記念絵画展」(Exposição de Intercâmbio Nipo-Brasileiro) と変更。

出典画家の枠を拡大し、日系画家、非日系画家合わせて21名となる。オ-プニングセレモニーには、大部一秋総領事、小林雅彦首席領事が出席。

第5回は2010年9月10日から17日までの開催。事前に用意したプログラムに、初めて開催回数を印刷した。ところが、ポルトガル語で “6ª Exposição de Intercâmbio Nipo-Brasileiro”と誤記。「第6回日伯合同絵画展」となって、以後、2013年の第9回「正しくは第8回)まで、番号はずれたままになっている。名称は、2011年から「日伯交流絵画展」と変更。2013年は「岐阜県人ブラジル移住100周年。ブラジル岐阜県人会創立75周年」という大きな節目にあたる。出典画家は過去最多の23人となった。

ブラジルにおける都道府県人会のなかで、絵画展を実施したケースはほかになく、岐阜県人会として誇るべき事業である。

11月3日午後7時よりオープニングとして、在サンパウロ日本国総領事館より、桑名良輔総領事のメッセージが放映され、放映開始し一年間出品作品が鑑賞できます。

どうか皆様乞うご期待!是非ご鑑賞下さい。

(原稿:岐阜県人会会長 長屋充良)

オンライン花火動画特設サイトオープン CG花火、多彩な視点

コンピューターグラフィックス(CG)を駆使した3D映像による花火の動画が楽しめる「オンライン夢花火 I Love Gifu 岐阜の宝もの」(岐阜新聞社 岐阜放送主催)の特設動画サイトが、11日に開設された。県内観光情報なども満載で旅気分が味わえる。ぎふチャンテレビ特別番組も30日午後6時30分から放映された。

新型コロナウイルスの感染拡大で、各地の花火大会が中止となる中、CG花火を”打ち上げ”、仲間や家庭で楽しんでもらおうと企画した。

動画では、立体的な果物の花火や、炸裂する花火の中を通り抜けるように視点が変化するなど、CGならではの表現が展開されている。今後、新作動画を順次アップする。自慢の観光資源を県が認定する「岐阜の宝もの」、「ウィズコロナ」における新観光スポットを紹介するコーナーなども設けた。

ぎふチャンテレビ特別番組は、県内各地の観光地からCG花火が打ち上がる構成で、旅をするように県内の魅力を感じてもらう。番組は放送後、サイトでも配信する。特設動画サイトのURLは https://gifu-np.net

(岐阜新聞:8月20日付け)


2020年9月の出来事

  • 02日
    • 県人会便り8月号BR郵送
  • 07日
    • 第10回岐阜県人会ゴルフコンペ開催
  • 09日
    • 絵画展委員会オンライン会議
  • 11日
    • COMERCIAL 大和より絵画展の寄付金受け取り
  • 19日
    • 県人会オンライン定例理事会
  • 23日
    • 2019年会計日誌公証役場へバインドして登録
  • 28日
    • 県人会便り9月号BR郵送
  • 30日
    • 絵画展展示カタログ製作終了

2020年9月定例理事会議事録要旨

  • 日時: 9月19日 (土)午後3時~ビデオ会議
  • 出席者:長屋充良会長、国井宏裕副会長、長尾ジョージ会計理事、佐久間ソニア書記理事、大野美夏理事、平野イラシ理事、中田謙三理事、金子補佐理事、大野光男正監事、清水リナ地方理事、橋本亮絵画展委員長
  • 審議内容
    1. 長屋会長挨拶と出席者に感謝。 8月末に発表された日本財団、全米日系人博物館の共同 調査「日本財団グローバル若手日系人調査」について、感想を述べる。(詳細は、県人会会報9月号に掲載)
    2. 8月の出来事佐久間ソニア書記理事報告、了承。
    3. 8月の会計長尾会計理事報告、了承。
    4. 岐阜、三重、群馬3県人会イベント(10月18日)についてソニア書記理事が説明報告。製麺会社「アルファ」の寄付を取り付ける。バーナー作成、前売り券販売状況報告 、当日用意に前日の協力を要請。
    5. 第16回日伯友情交流絵画展について橋本委員長より、カタログのプレゼンテーションを紹介。 11月3日オープニングのアイデアを要請。
    6. 11月7日の日本祭りライブについてライブ実行委員会の幹部である中田理事から、内容 説明。
    7. 日本祭りオンライン(11月7日))について長尾理事から、自身が作成された岐阜県の郷土食について詳しく説明される。
    8. 県人会会館について大野正監事が紹介された物件について、説明。希望購入金額と折り合いつかず、継続検討。
    9. 次回10月度定例理事会は、イベントの為、第4土曜日(10月24日)とする。

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会報 2020年09月

日本財団グローバル若手日系人意識調査2020年まとめ

皆さんいかがおすごしでしょうか。

コロナ禍も、想像を絶する400万人の感染者、12.4万人の死亡者を記録しましたが、9月に入ってどうにかピークを越えたような感じはありますが、まだまだ油断は禁物です。

さて、今週「日本財団」(笹川陽平会長)による”グローバル若手日系人意識調査”の報告がありました。この調査は、世代の進みと同時に現地化が進み日系人としての意識の希薄化が心配され、実際どういう状態なのかという事と、日本が所謂日系人とこれからどういうふうに付き合っていくのかと言う疑問に対する答えとしてこの調査が、本年、日本財団、北米の全米日系人博物館とで、11ヵ国の12都市で調査が行われました。

特に18~35歳の若手日系人が主な調査対象となっております。日系人の定義として、「日本から海外に本拠地を移し、永住の目的を持って生活されてる日本人並びにその子孫の2世、3世、4世等。国籍、混血は問わない」とあります。
1868年(明治元年)ハワイ集団移住から始まった海外移住は、北米、南米と広がり今迄に日系8世を生み,綿々とした移住の歴史は、現在380万人の日系社会を形成しました。
(その中、半分以下は、190万とも200万ともいわれるブラジル移民であり、北米130万人、カナダ12万人、ペルー10万人、在日日系人25万人となっております)。

調査の結果:

  1. 若手日系人は日系アイデンティティーを確立しており、日系人としての意識を強く持っている。(ミクロ)
  2. 若手日系人は他国の日系人とのつながりを求めている。(メゾ、マクロ)
  3. 若手日系人は日本に強いつながりを感じている。(マクロ)
    という事が分かりました。

①の調査では、74%の若手が、日系人として強い意識、アイデンティティーを持っていることが判明しました。その日系人のアイデンティティーを形成する重要な要素に:
1. 日本的価値観
2. 文化的要素
があり、その若手日系人にとって重要な価値観として、1.頑張る、2.尊敬、3.感謝、4.もったいない があげられ、特に若手の‘もったいない”に関しては、調査順位として年配者よりも上位にあげられ、環境問題が影響しているのではないかと推測されるとのこと。またこうした価値観は、両親や祖父母から教わった傾向にあり特におばあちゃんからの影響が大きいとの結果が出ました。(おばあちゃんの皆様、孫の教育を引き続きお願いします)。

また日本的価値観を持っていることに誇りを持っていて、次世代にも継続したいという答えも多くあったそうです。それと年代を問わず、頑張るが最も重要な価値観である事が明らかにされました。

次の要素として文化的要素については、一漑には言えないとしても、挙げられるのは、日本語能力、食文化(日本食)、お祝い、伝統行事、イベントなどで、日常生活でどのくらいの頻度で日本文化に触れているのかという点で調査され、言語と文化は相関関係がある、日本語を話せると、日本食を家で食べる傾向にある、日本的価値観を持っていると、文化行事に参加する非常に強い傾向が見られるとも結果が出ました。

日系人の日本語能力について、日常生活で日本語を使う機会は、月一回以下程度が半数以下、全く使わない人は23%、月一回使うか使わないが21%で44%となってますが、然しながら、若手日系人の日本語学習意欲は高くなっています。

食生活として、日本食を食べる頻度は週に1~2回は食べると日常的に日本文化が浸透していて、自宅では週1、外では月2~3回が最も多い回答となっています。

次に伝統行事、お祭り、イベントに関しては、正月が最も重要な行事であり、続いてお盆と、家族との関わり、日本文化における家族の重要性が考察できるとなっています。

ポップカルチャーとして、アニメ(21%)、漫画(14%)、カラオケ(13%)に触れている。

② 若手日系人は国際的な繋がりを求めているという点について、90%近くの人が関心あり、日系人同士だから分かり合えるところがあると答え、その手法としてSNSを利用して繋がりたいと思っている。

地元日系社会については、ブラジル半数以下の人が関わりがあるのですが、これは地域差がありました。ブラジルでは特に日系社会の将来について 7割の人が不安を感じていました③ 日本とのつながりを感じてるについては、ブラジル半数近くの人が強いつながりを感じ、それなりのつながりを感じている人を合わせると、7割近くになりました。また、東京オリパラに7割近くの人が誇りを感じ、また自分の母国に対するつながりに関して7割の人がその意識を持って、母国、日本とトランスナシヨナル.アイデンテイテイ-を持ってグローバルな日系人像が明らかになりました。

これから、日本財団が今後の取り組みとして、日本との関係強化、横のつながりを強化していくとありました。

最後に、纏めとして、日本に親近感を持っている世界の人と、日本をどうやってつないでいくかということに、努力していく事を述べられました。

この調査結果を鑑み、将来の県人会、日系社会の方向性を決める素晴らしい資料になると思います。どうか皆さんも共有ください。ありがとうございました。

(原稿:岐阜県人会会長 長屋充良)

 

岐阜県とのつながりのある私、岐阜県国際交流センターの岐阜県国際交流員として3年間も役割と人生の歩み (後編)

2000年の「岐阜県青年海外派遣研修事業」には妹の桑原エリザ由美清水が選ばれ、2002年には私も参加可能というお知らせがあり、とても嬉しかったです。その交流事業で知り合った通訳者の島袋マックス純国際交流員が来年度は「僕の席が空きますので」、応募したら良いのではないかとの意見があり、試験を受けてみることにしました。

一般財団法人自治体国際化協会(クレア)が取材する事業、ジェットプログラムの試験はブラジル全国に位置している在日本国総領事館と日本国大使館と同時に行われていて、私は在サンパウロ日本国総領事館で受けました。5つの県に派遣される予定で、その結果、まさか私が2003年度に岐阜県に選ばれるとは夢みたいな出来事でした。

岐阜県の国際交流員としての三年間の日本滞在は、あっという間に経ちました。日本人や外国人と知り合うきっかけ、そして一番大悲しい思いではお別れの時でした。

だが、2008年と、10年後の2018年には「ブラジル日本人移民110周年記念祭」、「岐阜県人ブラジル移住105周年記念・ブラジル岐阜県人会創立80周年記念式典」、「レジストロ市日本人殖民105周年記念式典」のそれぞれの式典が最大に行われ、その年の7月29日には同時に姉妹都市推進関係である岐阜県副知事御一行の他、岐阜市長御一行、下呂市長御一行、美濃加茂福市長御一行等、約30人がブラジルを訪れました。同じく、10月18日~20日まで岐阜県中津川市長御一行も19名の訪問団が式典に参りました。私も岐阜県民であり、元岐阜県の国際交流員として色々な行事に参加しました。

2015年7月~2019年3月まではジェットプログラム同窓会ブラジル支部の会長との役割を受け持ち、元国際交流員の経験が深り、私の、二つ目の忘れない出来事がありました。2016年、平成28年11月7日に京王プラザホテル新宿で「JETプログラム30周年記念式典及び記念レセプション」に世界中から800人の方々が招待されて私も東京へ行きました。その際に、強力なセキュリティの中で式典が行われていて、世界中の国々から17名の会長が一部屋に集まり、当時の徳仁皇太子殿下と雅子妃殿下との面談が各代表者に30秒のお話が許されるとの知らせがありました。足がふるえ、頭はこんがらがって何をお話していいのかが一番の問題でしたが、私のばんになり、皇太子殿下はとても優しい笑顔で「ブラジルには二回も行きました」と言われ、ほっとしてある程度スムーズな話の流れになりました。雅子妃殿下とのお話も同じように優しいお顔でブラジルの日系社会は活発だとおっしゃっていました。

岐阜県の国際交流員としての歩みは人生の中で思いがけないほど沢山の出来事がありますが、ブラジルに住んでいる我々は岐阜県の誇りをみんなに紹介する役割を果たすためにこの世に生まれてきたのではないかと思います。岐阜県民の皆さんはどう思いますか。その都合で毎年再開する「日本祭り」は本当に日本のゆかりのある人達には一番需要なイベントだと考えます。是非是非来年は皆さんの手を貸して頑張りましょう

(原稿:岐阜県人会 地方理事 清水リナ春美)

 

第10回ブラジル岐阜県人会杯ゴルフコンペ

去る9月7日(月、祝) 、PLゴルフクラブにて、コンペが開催されました。

今回コロナ禍の中で、公式コンペはできないので、普段と同じプレーという事で、行いました。

流石に、参加者は4人と寂しい限りでしたが、一応、第10回コンペとして、実施でき安心しました。

素晴らしい秋晴れで、楽しくゆったりとプレーでき、県人会の理事で、大野美夏さんが、堂々の優勝で、優勝カップを獲得されました。アウトは、43で、ぶっちぎりでした。

回を追う如く、参加者が減っているので、何かメンバーを集めるのにアイデアを絞らなければいけないという事で、岐阜県出身者であれば、ベストですが、岐阜県にゆかりのある方にも門戸を広げたいと思っています。

皆様のご協力お願い致します。

(原稿:岐阜県人会会長 長屋充良)

 


2020年8月の出来事

  • 03日
    • 県連主催オンライン代表者会議
  • 10日
    • 第16回日伯友情交流絵画展の寄付契約書、宮坂財団から、受け取り
  • 11日
    • 絵画展委員会より豊田豊アーチスト特別参加招待、参加承諾
  • 15日
    • 県人会定例オンライン理事会
  • 17日
    • 絵画展申し込み締め切り40名の応募者その中2名は日本からの応募。
  • 20日
    • 県人会便り7月号発送/郵送
  • 26日
    • 絵画展委員会オンライン会議、入選者決定
  • 28日
    • 県連主催オンライン代表者会議

2020年8月定例理事会議事録要旨

  • 日時:2020年8月15日 午後3時~7時 ビデオ会議
  • 出席者:長屋充良会長、国井宏裕副会長、長尾ジョージ昇会計理事、佐久間ソニア書記理事、大野美夏 理事、平野イラシ理事、中田顕三理事、金子補佐理事、橋詰セシリア補佐理事、大野光男補佐理事、清水リナ地方理事
  • 審議内容
    1. オンラインがうまく繋がらず、会長のお詫びの挨拶から始まる。
      本日は終戦記念日という事で、310万人の尊い命が失われた戦争の悲劇を再確認しようと呼びかける。
    2. ソニア理事より7月度の出来事説明、コロナ渦の為、オンライン会議が多くなる。
    3. 長尾会計理事による7月の会計報告、絵画展の応募申し込み入金確認。
    4. 10月18日のデリバリーとテイクアウトについて、群馬県人会とコラボで、三重県人会会館を借り開催予定。たこ焼き、焼きそばを売る(五平餅も候補に!)焼きそばの味付けで意見を交わす。群馬県人会と共催方法を検討。
    5. 第16回日伯友情交流バーチャル絵画展は15日で、応募〆切40名の参加者確認、今回初めて日本から2名の参加者。
    6. 次回定例理事会は2020年9月19日(土) 午後3時~

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会報 2020年08月

岐阜県とのつながりのある私、岐阜県国際交流センターの岐阜県国際交流員として3年間も役割と人生の歩み (前編)

ブラジル連邦共和国サンパウロ州レジストロ市出身の清水リーナ春美です。純粋な日本人の血を継ぐ日系二世です。父は岩手県一関市出身で、母の先祖は岐阜県坂内村です。

レジストロ市はブラジルで一番古い日本人の植民地だと言われています。

1980年からレジストロ市は岐阜県中津川市と姉妹都市提携を結び, 今年で40周年を迎えます。その交流により私はブラジル岐阜県人会の会員のみならず岐阜県の方々と交流がますます出来るようになりました。その交流で何回も日本を訪れる機会もありました。今年の11月にコロナウイルス感染症で世界中の状況により、岐阜県中津川市で開催される40周年式典の際にレジストロ市市長御一行と行動する予定です。

2003年4月から2006年の3月までに、財団法人岐阜県国際交流センターの国際交流員として三年間活躍しました。ブラジルへ帰国して14年も去りましたが、ブラジルと岐阜県の架け橋で様々な貢献を続けられて幸いと思っています。レジストロ市でのボランティア活動が、日本での仕事の一部になりました。レジストロ市にはレジストロ日伯文化協会があり、ブラジルのほとんどの文化協会や県人会の活動が必ずしも活発でない中、日本文化を必ず生かしたい、守りたい、続けたい気持ちを深く持ち、そしてその考えから、日本と同じような街づくりをやるようにしています。私にとって文化の啓発は国際交流員の大きな仕事のひとつでした。皆さんの意見はどうでしょうか?グローバル化の時代で国際交流の重要性を理解できますか?

2004年9月には小泉総理大臣がブラジルを公式訪問する直前に、国際交流員としての初めてのすごい機会、JET Programmeに参加していた16名のブラジル国際交流員が小泉首相との懇談会に招待され、私の人生の中で、忘れることのできない思い出になりました。麻生太郎大臣もブラジルに3か月くらいに住んだことがある経験と我々にも会ってくれました。平成16年11月には岐阜県人ブラジル移住90周年記念高齢者招聘事業が行われ、母が団体の代表として岐阜県を訪問することができ、私は大感激でした。(財)岐阜県国際交流センターの事業の企画・運営にも数多く参加できました。平成17年には、ブラジル人学校で防災訓練を実施しました。また、法律問題に困っている外国籍の方々に「外国人のための無料法律相談」を行い、弁護士と相談者間の通訳を行いました。平成18年には、日本人と在住ブラジル人が集まり、これからの地域づくりについて考える「多文化共生シンポジウム」にも携わりました。国際関係のみならず、日本の政治、経済、文化、社会や県政の知識を高めるのも国際交流員には必要不可欠です。

こういう機会は、多数の人々と知り合い、ふれあうことができ、私達の知識、人格形成や成長にも大変役立つと思います。現在の国際化、グローバル化、インフォメーションやテクノロジーの進展を見れば、皆さんがそれぞれの考えを展開する時代に入ってきたと思います。私達だけが知識を得ることだけを考えず、皆さんにもそういう考えを与える方法を見つけることも目指さなければいけないと思います。例えば、ブラジル出身の私は、色々な人種の中で生活をするのが当然なので、色々な人種の言語、習慣、文化、歴史や宗教、貧富の差の激しさ等を受け入れなければいけないです。それを岐阜県国際交流センターの事業として、学校訪問の時には学生や先生、イベントの際には、一般の方にビデオやパンフレット、CD,本や写真で私の国を紹介していました。それでも、時々私たちでさえ、「自分の国のことが分からない、知らない」という事が沢山有ると気づきました。でも、それは仕事であろうが、ボランティア活動であろうが、とてもいい経験でした。20年程前の国連の大テーマは「ボランティア活動」でした。皆さんはどう思いますか?

私たちはネットワークやインターネットを通じ、「知識を広げる」、「国際交流を理解する」ということのみをターゲットにしている気がしますが、ブラジルでは貧富の差が激しい国なので、余裕の無い生活の人々を救ってあげる方法や食べ物を与えるとか、どうすればその人々に教育の機会を提供できるのかを考えないといけない状態になっていました。現在と変わらず、あの当時も、ブラジル国政の変化により、急に経済状況が悪下し不安定なため、ブラジル日系人(三世、四世や五世の時代)や非日系のブラジル人、日本語を全然知らず、日本の文化や習慣、日常生活を知らない人々など、日本への出稼ぎ労働者が増加していたため、日本政府も様々な問題を抱えており、大変困っていました。岐阜県内でも約1万8千人のブラジル人が滞在していました。ですから、国際交流員のもう一つの役目としてこれらの人々をサポートしなければならなかったのです。色々な問題の中で、多くの人が非常に心配していたのは子供の教育で、岐阜県も外国人児童不就学の対策を考えていました。

岐阜県と岐阜県人会の交流は活発でしたので、私は国際交流員として様々な係わりがありました。

その移住関連の仕事として平成15年に、「岐阜県人ブラジル移住90周年記念式典・ブラジル岐阜県人会創立65周年記念式典」の際に岐阜県知事、マスコミの団体及び各四市の姉妹提携(「岐阜市とカンピーナス市」、「中津川市とレジストロ市」、「関市とモジ・ダス・クルーゼス市」、「下呂市とサレゾポリス市」)を結んでいる関係者がサンパウロ州を訪れ、岐阜県をPRする事業が展開された際の文章作成や翻訳が私の主な仕事でした。

その他、平成16年に「岐阜県農業高校生海外実習派遣事業」や「岐阜県青年海外派遣研修事業」において、日本人青年にブラジルを紹介し、日本を訪れるブラジル青年には通訳のサポートの仕事をしました。(つづく)

(原稿:岐阜県人会 地方理事 清水リナ春美)

県人会現在理事、中田リカルド顕三氏の紹介

自己紹介をします。私の名前は中田リカルド顕三です。現在27歳で、ミナス•ゼライス州、イタジュバー(Itajubá/MG)連邦大学のバイオ•プロセ及びバイオ•テクノロジーの工学部を卒業しました。現在、R&D(Research & Development 研究と開発)のエンジニアとしてNippon Ham Foods Ltd. (日本ハム株式会社 Nippon Hamu Kabushiki-gaisha)、そしてコンセプト•エージェンシー(Concept Agency)のモデルとして勤務しており、自由時間にはダンス、及びサーカスの曲技飛行の教師として働いています。

幼い頃から、日本の伝統文化に興味を持っていて。4歳~18歳までサン•パウロ州サン•ベルナルド市のみずほ日本文化協会(Associação Cultural Japonesa Mizuho em São Bernardo do Campo/SP)で日本語、演劇、伝統舞踏、折り紙、礼儀作法、コーラス、太鼓などを学びました。そのほか、運動会、カラオケ大会、6月のブラジル独特のフェスタ•ジュニ―ナ、年末の祭り、焼きそば祭り、ブラジル郷土食のフェイジョアーダ祭りなど、色々な日本やブラジル伝統の行事に協力そして参加しました。

子どもの頃から、日本語は得意で、学友の間ではいつも最高点数を取り、サン•パウロ州サン•パウロ市の日本語弁論大会(お話大会)では12年間連続で1位を取りました。12歳で「みずほ和太鼓」のグループのリーダーとして打ち方を教え、「立つ鳥跡を濁さず」の諺に習って授業後、級友たちと一緒に教室の掃除をするのが楽しみでした。

ブラジル移民百年祭の式典で皇太子徳仁親王の御前でブラジルの1500人の太鼓と「みずほ和太鼓」のグループが、サン•パウロ市のサンボードロモ(サンバを披露する広場)で参加した事は貴重な思い出として残っています。その日以来、より一層日本が好きになりました。2020年02月16日、岐阜県人会の理事に任命され。現在中部ブロックで岐阜県の若者の代表者になり、岐阜県人会の存続を目指して頑張っています。

現在のブラジル日系の若者の世代はルーツ、祖先、日本文化の伝統から遠ざかっているようです。今年、この状態を切り替え、日本文化の価値を再認識するために、44人の日系人が属する「ブラジル中部」グループに入会しました。

現在の仕事、人生の重大な出来事など、私の人生はすべて日本が中心になっています。まだ日本を訪問する機会に恵まれていませんが、将来日本語を更に学び、すべての都道府県に訪れて、素晴らしい日本の自然、歴史や人々に接したいものです。

(原稿:岐阜県人会理事 中田リカルド謙三)


2020年7月の出来事

  • 02日
    • 県連主催オンライン日本祭り会議
  • 03日
    • 県庁から第2回海外岐阜県人会交流会の開催延期の連絡
  • 06日
    • 長屋ベッチさん事務所の電話/インタネット使用料の削減実現
  • 07日
    • 県人会便り5,6月号郵送
  • 14日
    • 事務所のコンピュタートラブル、長尾理事トラブル解消
  • 16日
    • 県連主催オンライン日本祭り会議
  • 18日
    • 県人会オンライン定例理事会
  • 20日
    • 絵画展委員会オンライン会議
  • 30日
    • 県連オンライン代表者会議長屋会長参加

2020年7月定例理事会議事録要旨

  • 日時:7月18日(土)午後3時~ビデオ会議
  • 出席者: 長屋充良会長、国井宏裕副会長、長尾ジョージ昇会計理事、金子補佐理事、佐久間ソニア書記理事、大野美夏理事、平野イラシ理事、中田顕三理事、清水リナ レジストロ地方理事、大野ルマ 南リオグランデ地方理事
  • 議題
    1. 長屋会長挨拶
    2. 6月の出来事、会計報告
    3. 第16回日伯友情交流絵画展のバーチャル展示決定、それで日本からの申し込みも可能、県人会と岐阜県庁のサイトで申込受付の開示の報告。
    4. 第23回日本祭りもバーチャル式で10月3日に開催報告
    5. COVID-19の為、連帯9県人会中部青年部のボランテイア活動で衛生用品及び必要食料品集めの呼びかけ。長屋会長、大野美夏理事、中田リリアン会員、佐久間ソニア理事、金子会員、ライオンズクラブのタカシ氏、原ジョージ氏協力。 全寄付品は中部グループのInstagramに公開される
    6. KLN(県連青年部リーダおおよそ20名)県連主催のアクティビティに参加、県人会活性化の為長屋会長リーダシップのもとに、新グループ形成

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会報 2020年07月

「細江静男医師とその遺業」

 
1940年頃イケダホテルにて、ひし形:ナガセ兄弟
後列: ミヤケ氏、ヤノ氏、イケド氏、ホソエ氏、ノムラ氏
前列: タカギ氏、オノ氏、カツガワ氏、ウエダ氏、アサヒ氏、カトウ氏、ツボイ氏、イワハラ氏

1901年7月4日(明治34年)細江静男医師は日本岐阜県益田郡中原村和佐(現在岐阜県益田郡下呂市和佐)で生まれました。

1926年(昭和元年)慶応義塾大学医学部に入学して、1930年(昭和5年)に第8期卒業生として卒業しました。貧しい農村に誕生して、勉学の学費に苦しみ、「無医村で働く医者」になることを希望していました。慶応義塾大学医学部卒業後、宮嶋幹之助(みやじま みきのすけ)助教授の推挙により、念願であった、当時世界一大きな無医地区と言われたブラジルで働く一村医として渡伯しました。

1930年8月28日外務省留学医としてサントス港に上陸、直ちにサンパウロ州ソロカバナ線ランシャリア駅バストス移住地(cidade de Bastos, próximo à estação de Rancharia da linha Sorocabana do Estado de São Paulo)へ赴任され、4年間日本人移民の診療に励み、ブラ拓(ブラジル拓殖組合)の方針に沿って病院の新築を強く進言、1930年9月に建設を開始、1932年に竣工しました。3年の契約で渡伯しましたが、ブラジルに永住しました。

1932年に護憲革命(Revolução Constitucionalista)が生じたため、ブラジルの開業医の免許を取得するために内科、外科、産婦人科の検定試験を受けられませんでしたが、念願かなって、1935年サンパウロ州立大学医学部本科に入学して、1940年卒業しました。日系社会では1939年卒のウジハラ マサキ氏(Massaki Udihara)が最初の卒業生であり、細江静男医師は2番目の卒業生であります。1941年ブラジル国籍を取得するために、若い新兵と共に、1942年から2年間兵役の義務に服しました。

サンタ•クルース救済会(Sociedade Beneficente Santa Cruz)の最初の職員として雇用され,1935年同仁会の衛生技師に任命されました。

1935~1938年まで、正式の医師として診療できないため、衛生技師として、同仁会の事務所内に夜間診療所を開設して、実質総責任者及び患者の相談役として毎夜7時~9時まで受け付け、奥地巡回の診療に尽力し、日本病院建設に携わりました。

1936年カンポス•ド•ジョルドン市のサン•フランシスコ•シャビエル結核診療所(Sanatório São Francisco Xavier em Campos do Jordão)の建設を開始して、翌年開所しました。

1939年4月サンタ•クルース病院が完成して、翌年9月4日開院しました。同院院長秘書として医療活動に従事して、各分野を補佐しました。1941年ブラジル国籍を取得し、1942年4月サンパウロ州警察の通達により、日本病院の管理経営権は警察の指名した監督官、ドトール•フレイタスに付与され、間もなく細江静男医師は日本病院を辞去して、カンタレイラ街411番にコンスルトリオ•メヂコ同仁会を開所しました。

1944年ブラジルの開業医免許を取得しましたが、他の日本人ら同様に、同年8月19日理由も分からないまま、一ヶ月間留置所に収監されました。

1945年8月15日第二次世界大戦終了後、まもなく同仁会の診療所出張所をモジ•ダス•クルゼス市(Mogi das Cruzes)に開設して、約2年間診療に当たりました。

1953年2月ボーイ•スカウト日本連盟第4代総長にまでなった三島 通陽(みしま みちはる)子爵が公演で述べた「これは、日系ブラジル社会と二世の社会•経済•文化の統合を図る理想的な運動である」を聞いた直後、日本移民の青年を中心としたボーイ•スカウト•カラムル隊を編成しました。1954年サンパウロ市の400年祭記念の国際ボーイ•スカウト キャンプ場に於いてチリ国ボーイ•スカウト連合の「善い活動の銀のコンドル(Condor de Prata de Buena Acción)」勲章を受章しました。1962年ボーイスカウト日本連盟より鷹賞を授与されました。

1956年、「性書」一、二編を出版しました。

1959年、日本移民援護協会(現在の援協)に参画して、実費診療所、奥地巡回診療、救急箱実費配布などの諸活動に協力。同年、「薬名辞典」を出版しました。
1970年10月以後、同仁会診療所のみで働きました。1972年半ば、体調が思わしくないので、同仁会診療所も引退しました。1975年8月28日、鬼籍に入り(きせきにいり)ました。

細江静男医師はブラジルの日系コロニアの医学に貢献して、人類•青年ボーイ•スカウトの有志として尊敬されています。1962年(昭和37年)11月16日、日本医師会から、ブラジルに於ける45年間の功績を表彰して、最高功労賞を授与されました。同月26日、日本政府から勲三等瑞宝章を授与されました。

(原稿:岐阜県人会正監事 大野光男)

大野光男氏の紹介

大野光男氏は1946年10月8日岐阜県富之保(とみのほ)大野村、現在関市で誕生しました。2020―2022年任期の岐阜県人会の正監事です。

第二次世界大戦後、ブラジル政府が日本人移民を許可しました。1954年9月19日アメリカ丸で当時8歳であった大野光男氏は両親正一(まさかず)及び喜代子(きよこ)、そして照代(てるよ)、日出丸(ひでまる)及び麻里子(まりこ)弟妹一家揃ってサントス港に上陸しました。

バストス市に入植して、祖父大野清一郎(おおの せいいちろう)の農場で養蚕業(ようさんぎょう)に従事しました。祖父一家は、マサカズ(二男、当時24歳)を日本に残して、1926年ブラジルに移民したのです。養蚕業は、カイコ(蚕)を飼ってその繭から生糸(絹)を作る産業です。

1955年、ポルトガル語をまだ喋られない、大野光男氏はアギア•デ•アイア小学校(Grupo Escolar Águia de Haia)に入学しました。1959年、バストス州立中学校(Ginásio Estadual de Bastos)に入学しました。当時バストス市には高校がなかったので、16歳でサン•パウロ市へ引っ越し,1963年1月から、ピニェイロス(Pinheiros)地区のコチア産業組合(Cooperativa Agrícola de Cotia)の補助計算者として勤務して、夜はフェルナン•ヂアス•パイス教育機関高校(Colégio Instituto de Educação Fernão Dias Pais)で勉学に励みました。

1966~1969年まで、アンデルソン•クレイトン社(Anderson Clayton)で勤務後、1969年サン•パウロ州立ポリテキニカ学校(Escola Politécnica da Universidade de São Paulo)の工科大学に入学して、1973年電気技師として、卒業しました。

1973~1974年7月まで、電気技師の実習生、その後ジュニア電気技師としてイタペセリーカ•ダ•セーラ市(Itapecerica da Serra)に所在するインデル(INDEL)社に勤務しました。1974年8月1日、サン•パウロ電力会社(Cia Energética de São Paulo)に入社して、3200 MWの発電力を持つ、パラナ川のイリャ•ソルテイラ発電所(Usina de Ilha Solteira)の建設に従事し、大型発電機ユニットを就役させることを専門とする電気技師になりました。新しく組み立てられたタービンや発電機の運転をテストする電気技師です。1984年、この部門の管理者に就任しました。

大型発電機ユニットを就役させることを専門とする電気技師として、イリャ•ソルテイラ(Ilha Solteira(3200MW)), UHE•ジュピア(UHE JUPIÁ (1400MW)), プロミソン(PROMISSÃO (270MW)), カピヴァラ(CAPIVARA (640MW)), アグア•ヴェルメリャ(ÁGUA VERMELHA (1380MW)), パライブナ(PARAIBUNA (86MW)), ノヴァ•アヴァニャンダヴァ(NOVA AVANHANDAVA (300MW)), ロザナ(ROSANA (240MW))などの発電所で勤務しました。

1990年代、大型水力発電所の建設が困難になった為、ブラジル政府は電力の不足を予測しました。1989年サン•パウロ州リオ•クラーロ市(Rio Claro/SP)のエネルギー保存研究所の主任に任命され、エネルギーの保存を研究するために、冷却、点灯、モーターの研究室を設立して管理しました。冷却器、冷暖房エアコン、電気モーター、細長い蛍光灯を使用する反射性照明機器などの効率表示の標準化を支援して、蛍光灯の電子反応器を開発しました。‶商業照明のエネルギー保存″、及び‶エネルギーを保存する熱ポンプの導入″などの仕事により、サン•パウロ州のエネルギーの会社の第4回技術セミナーに於いて表彰されました。

“サン•パウロ州のすべての人に明かりを”という政府のプログラムに於いて、農村電化の管理者として勤務しました。

1980~1989年の期間、サン•パウロ州立大学(UNESP(Universidade Estadual de São Paulo))の電気工学部の教授として、機械や発電機の授業を担当し、エネルギーの電気機械変換器の研究室を設立しました。

大野光男氏は、電気工学の分野で無数の公演を行い、”大型発電機の性能判定”、”大型発電機の誘電実験”などの報告書を作成しました。

1996年サン•パウロ エネルギー会社を退職後、イター市/サンタ•カタリーナ州(ITÁ/Santa Catarina(1450MW))、グアポレ市/マット•グロッソ州(GUAPORÉ/Mato Grosso(120MW))、ラジェアド市/トカンチンス州(LAJEADO/Tocantins (902,5MW))の水力発電所、マット•グロッソ州((Mato Grosso)では三つの小型水力発電所、リオ•グランデ•ド•スール州(Rio Grande do Sul)では三つの小型水力発電所、バイア州(Bahia)、エスピリット•サント州(Espírito Santo)等の小型水力発電所の技術コンサルタントとして勤務しました。現役時代、100個以上の水力発電機の就役、及び無数の69から500KVの変電所に参加しました。

サン•パウロ州(São Paulo)、ミナス•ジェライス州(Minas Gerais)、パラナ州(Paraná)、サンタ•カタリーナ州(Santa Catarina)、リオ•グランデ•ド•スール州(Rio Grande do Sul)、エスピリット•サント州(Espírito Santo)、バイア州(Bahia)、マット•グロッソ•ド•スール州(Mato Grosso do Sul)、マット•グロッソ州(Mato Grosso)、パラー(Pará)州、トカンチンス(Tocantins)州などで専門家としての業績を残しました。

(作者:岐阜県人会会員 現正監事 大野光男氏)


2020年6月の出来事

  • 02日
    • Tunibra旅行会社に日本行き航空便について問い合わせ、3航空会社小数便で運行、だが日本国総領事館はブラジル人の VISAを6月末まで発行停止
  • 05日
    • 事務所のプリンターに問題ありメンテナンス業者引き取り
  • 06日
    • Chubu Brasil /Seinen ビデオ会議 参加者25名
  • 11日
    • 県庁から2020年度の海外活性化事業の交付け決定通知の連絡
  • 17日
    • 第16回絵画展委員会ビデオ会議
  • 18日
    • 宮坂財団から絵画展援助寄付金決定通知の連絡
  • 20日
    • 定例理事会ビデオ会議
  • 24日
    • 第16回絵画展委員会ビデオ会議オンライン展示決定
  • 25日
    • 県連代表者ビデオ会議
  • 26日
    • トイレの緊急修復(torneira e vaso )
  • 29日
    • 日本総領事館に絵画展で外務省共催名義使用許可書郵送
    • オンライン絵画展申し込み開始

2020年6月定例理事会議事録要旨

  • 日時:2020年6月20日(土)午後3時~ビデオ会議
  • 出席者: 長屋充良会長、国井宏裕副会長、長尾ジョージ昇会計理事、金子補佐理事、大野光男補佐理事、佐久間ソニア書記理事、大野美夏理事、平野イラシ理事、中田顕三理事、清水リナ地方理事
  • 議題
    1. 6月18日に移民の日(112年)、6月20日国際日系人の日を迎え、コロナ禍の中、すべての記念行事は、中止となり、オンラインにて県連、文協、仏教連合会で先没者追悼法要が行われた。また、国際日系人の日を祝うライブが放映され、反響あり。
    2. 5月の出来事長屋会長、県連副会長として毎週、1~2回の県連オンライン会議参。 5月16日 オンライン定例理事会実施
    3. 5月度の会計長尾会計理事報告会長夫人ベッチ、電話会社と交渉、今までの半分位の料金に交渉、参加者の承認された。
    4. 県庁との会報、助成金の取り扱いに対する報告
    5. 第16回日伯友情交流絵画展について、橋本マルコス亮絵画展委員長が説明、日本語ポ語による募集要項作成。SNSを利用して、募集を募る。 県庁、岐阜市、関市、中津川市のホームページに掲載要請承諾
    6. グループ中部、中田リカルド顕三理事より説明。中文化グループを発展させてグル-プ中部として活動を始める。コロナ禍で生活が困窮してる家庭を支援するために寄付を呼びかける。
    7. 10月03日に県連、日本祭りオンラインを予定、各県人会特に青年リーダーの企画参加を要望。 岐阜県人会も中田理事、ソニア理事、長尾理事が中心となって協力することになる。

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会報 2020年06月

社会と汎発性流行病(パンデミック)

今年(西暦2020年)の初期、中国で発生した流感のウイルスがヨーロッパに広がって、ブラジルに来る可能性があるとうわさされました。 遠い世界の出来事のように聞こえ、ただの風邪だと言う権力者さえ現れました。
馬鹿な思い違いだった。 人種や社会階級を問わず、世界の国々がコロナウイルスに感染されていきました。
政治権力者、世界保健機関、国際連合など世界機構、生物学会の科学者のコミュニティーが、コヴィッド19(コロナウイルス)の感染の仕組みを理解して、感染経路を遮断しようと必死になって研究していますが、既に世界中の国々で四十万人以上の犠牲者を記録しています。
コロナウイルスは、世界中の社会や権力者たちに苦い教訓を与えています:
a)世界は無数のものを生産消費していますが、コロナウイルスの出現により、ロックダウンや隔離を余儀なく強いられ、中産階級や上流階級の人々はより少なく消費しても快適な生活が出来る事を発見しました。 その反面、下級階層の人々は契約のない職業に従事しているために社会保障プログラムを受けることが出来ず、危機をのりこえる事が困難になり、日常の経費を払う事ができず、ヨーロッパ、米国、日本のような裕福な国の援助プラグラムを受けることができずに苦しんでいます。
b)世界中に広がるウイルスが経済に悪影響を及ぼし、商業や工業を破壊し、失業者を生じて、貧困を増加させ、飢餓に苦しみ、どうすることもできない無力な貧困者を生み出しています。
七百万人以上が感染して、四十万人以上死んでいく未知の病気は、社会や権力者たちの団結と結束を育み、他人の欠乏と必要を和らげるために分かち合い、誠実・共感の心で他人を援助して、吾々の生存競争の苦痛を和らげ、吾々の人間性を再確認させる事は素晴らしいことです!
汎発性流行病(パンデミック)はロックダウン・隔離を強制して、非社交的な人にも他人との接触、抱擁、親切な行為を恋しくさせるでしょう。
隔離されていた祖父母が孫たちをもう一度抱擁したり、看護夫である父親が小さな子供にウイルスを感染させないように阻止して、泣くシーンに感動したり、世界各国のベランダで住民たちが一緒に歌ったり、音楽家が各自の家で楽器を演奏しているバーチャル・オーケストラを楽しんだり、消防士がはしごにのぼってトランペットを吹いたり、愛で苦痛や寂しさを和らげる工夫を凝らしている、素晴らしい人たちがいます!
各国の特殊性、経済、能率、政府の良し悪しに関わらず、マスク、呼吸器、手術着、薬剤など基本的なアイテムの製造を一国のみに任せる事は出来ない事を世界各国に認識させました。
ブラジルでは、支配階級の道徳観念の退廃や公徳心が無い事など重大な問題を抱えていますが、義務教育の欠陥や政治家の選挙を軽んじている国民の責任でもあります。
コロナウイルスは、突然変異の仕組みが分からない、ワクチンが存在しない、効率的な治療法がないなど、色々な要因によってブラジル社会を脅かしています。 無知により、コロナウイルスを認めない人もいます。
政治的にせき立てることなく、コロナウイルスのワクチンや効率的な治療法が出来る事を祈っています。 新しい波、又は新しいウイルスに敢然と立ち向かうために、背筋を伸ばして、平静な心で吾々の責任を果たし、隣人に対する連帯感や希望を抱いて、合法的な、公正な、公共心のあることを行って、穏やかで親切な、公明正大な態度を支配階級に要求して、きちんとした基礎的な下水設備、立派な病院施設、礼儀正しい教育制度など、比類のない社会を共に計画しましょうと提唱します。

著者:国井宏裕(くにい・ひろまさ)、日本国岐阜県出身、サンパウロ大学の工科大学(エスコラ・ポリテキニカ)の生産科卒、JPMorgan、BBA/Itaú-BBA、Votorantimなど銀行や工業に勤務後、現在XPInvestimentosから認定されたAlcanceInvestimentosの共同経営者・管理者。  西暦2016年以来、岐阜県人会の副会長

ブラジル都道府県人会連合会会長からのメッセージ
ブラジル岐阜県人会の皆様へ

謹啓
皆様方におかけましては益々ご清祥のこととお慶び申し上げます。
2020年4月20日に県連の新体制がスタートしました。 「県人会と県連が連携:未来に向かって」シャッパとしてこの任期中の」取り組みとして4つの提案があります。
そして、「県人会と県連が連携:未来に向かって」は次のメッセージを皆様に送ります。 それは、理事全員が県人会のメンバーであり、青年リーダー及び各県の責任者と新しい協力関係を構築し、組織を強化し活性化する取り組みです。
私たちを信頼し、ご協力くださり、一体となって、、現在そして将来の世代のための新時代を築いてまいりましょう。
各県の要人の方には、先祖や初期移民によってもたらされた伝統を守ることにより、ブラジル社会における県及び日系社会がその存在を強固にしていることをご理解いただきたいと願っています。 これは、世代に関係なく日系人の根本問題であり、同じルーツを持つ各県の要人の皆様にとっても誇りであると信じています。
このブラジル社会における子孫である県人会のリーダーと共に日本を普及する活動の組織化は県連次第であり、県人会を超えた失われることにない互いを信頼し認めあう絆は再活性化のけん引力となるものと信じています。
皇室や日本政府高官が訪れるイビラプエラ公園内のブラジル日本移民開拓先没者慰霊碑はブラジルの日本人移民の歴史を象徴しており、毎年6月18日に慰霊祭が行われます。 日本人移民の日やそのシンボルである慰霊碑は県連だけのものではなく、日系人すべてそして県人会のものです。 そして、これは、ブラジルにおける現在および未来の世代に伝えられ、その価値を認められるものです。
不幸にして、コロナウイルス禍により、第1回代表者会議を開くことができませんが、皆さん方の健康が第一であり、次回の会議まで健康でいらっしゃるよう祈念しています。
皆様方のご支援を心よりお待ち申し上げております。
(ブラジル都道府県人会連合会会長市川俊夫)
ブラジル都道府県人会連合会理事DIRETORIAEXECUTIVAKENREN
会長: TOSHIO ICHIKAWA(Toyama)
1.副会長: ALFREDO M. OHMACHI (Akita)
2.副会長: GILBERTO H. SUZUKI (Nara)
3.副会長: JOSÉ TANIGUTI (Wakayama)
4.副会長: MARIO SATO (Yamagata)
5.副会長: MINORU NISHIYAMA (Saga)
6.副会長: MITSUYOSHI NAGAYA (Gifu)
7.副会長: TAKASHI SHIMOKAWA (Mie)

1.会計理事: NAGATO HARA (Shizuoka)
2.会計理事: LUIZ KOJI YAMASHITA (Fukui)

1.書記理事: MONICA MITHIE UEZONO (Kagoshima)
2.書記理事: NEUZA K. SHIRATA ISSO (Gunma)
3.書記理事: AKINORI YOSHIDA (Saitama)

令和2年春の叙勲者、受章報告

日本政府は4月29日、2020年(令和2年)春の受勲者を発表した。 伯国からは邦人2人、外国人9人の計11人が叙勲を受けた。

春の受勲者の一人、山田和三氏(山田かずみ、79)本籍地-岐阜県武儀郡武芸川町、渡伯前の住所-岐阜県土岐市泉町、現在リオデジャネイロ市、カンポ。 グランデ在住は次のように語っている:
サンパウロ州、モジダスクルーゼス市の故足立小平治氏の呼び寄せで1959年5月着伯の、一介のブラジル単身農業移民にすぎない私が「令和2年の春の受章したことは、ともあれ私の80年の人生も、少しは世の中の役に立ったのか」思っています。

山田和三氏は旭日単光章(きょくじつたんこうしょう)受勲者、元カンポ・グランデ日系協会会長、元リオ・デ・ジャネイロ州日伯文化体育連盟理事兼日本語普及会会長等務め、リオ・デ・ジャネイロ州にて、長年に渡りブラジル社会に日本語の重要性を認識させ、日本語の普及に尽力した。

令和2年春の叙勲おめでとうございます!(岐阜県人会一同)

岩嶋健次領事フライトホーム

岩嶋健次領事(45、岐阜県)は4年8カ月にもおよぶ長任期を終え6月7日フライトホームされた。 岩嶋領事は2015年10月に現職に着任。 18年には、眞子内親王殿下のご来伯も経験。 岩嶋領事は通算約10年のブラジル生活を振返り、「一番思い出に残っているのは、やはり移住110周年を日系社会一丸となって祝うことができたことと、眞子内親王殿下にブラジルにお越し頂だき、訪問先の移住者の喜ぶ様子に接することができたことです。 私自身、今まで日系移住地を100ヶ所以上訪問しましたが、どこも温く感迎してくれました」と感慨い深げなさらに「日本以上に日本の価観を守まもり続けていることから、今日のブラジルは日系人のおかげで成り立たっていることを毎回痛感しました。 帰任後も日系社会との関りを保ち、将来またブラジルに戻りたいと思っています。 ブラジル日系社会での経験は心の財産です」と述べている。

(ニッケイ新聞掲載)


2020年5月の出来事

  • 06日
    • 県人会便り5月号から理事会で支出を減らす対策として県人会でやってみることに決定され佐久間ソニア理事編集、長尾昇理事翻訳 、両者に下書きをおくる
  • 07日
    • 県連執行部のテレビ会議 
  • 14日
    • 長屋会長、長尾会計理事新しくサイン登録にBancoSantander訪問
    • 県連執行部のテレビ会議
  • 16日
    • Videoconferencia で定例理事会
  • 21日
    • 県連執行部のテレビ会議
  • 27日
    • 第16回絵画展実行サポートお願いの手紙宮坂財団へ郵送
  • 28日
    • 県連執行部のテレビ会議

2020年5月定例理事会議事録要旨

  • 日時:2020年5月16日(土)午後3時~ビデオ会議
  • 出席者: 長屋充良会長、国井宏裕副会長、長尾ジョージ昇会計理事、金子補佐理事、大野光男補佐理事、佐久間ソニア書記理事、大野美香理事、平野イラシ理事、中田顕三理事、清水リナ地方理事
  • 議題
    1. 長屋会長挨拶
    2. 4月の出来事、会計報告
    3. 県人会会報は経費カットの為、理事の佐久間ソニア(編集)と長尾ジョージ理事翻訳によって実行。 次回からの県人会会報は各月理事たちが県人会について、もしくは岐阜関連の資料を提供決定(6月国井理事、7月清水理事、8月中田理事、9月金子理事、10月平野理事)
    4. 慰霊碑(イビラプエラ公園内に設置されている日本移民記念碑)県連から一定の期間各県人会がメンテナンスを行って経費カットをしてはいかがとの問い合わせ。 2020年の6月18日(移民の日)のイベントは行われない
    5. 県連新理事、中部文化委員会はビデオ会議でどう若手会員とのコンタクトを生かすかを検討。 県連も県人会理事とビデオ会議でコンタクト
    6. 世界大会、2021年4月、もしくは2021年10月に先送りされるか検討中
    7. 県費留学生、中田アンジェロ英二は日本政府よりブラジルからの上陸許可待ち。 この上陸許可が長引けば留学は2021年になる可能性
    8. 長屋会長は県連の市川俊夫会長(富山県人会))とともに県連の副会長(6人のうちの一人)を務めることを報告。
  • 次回の理事会は6月20日(土)午後3時~ビデオ会議

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会報 2020年05月

岐阜県が生んだブラジル移民の恩人ー平生釟三郎(ひらおはちさぶろう)

社会奉仕を貫いた生涯-ブラジル移民の恩人として戦争回避を願う
平生釟三郎の生涯は、実に多彩である。 保険業界での活躍を足がかりとして、学校運営、病院経営、移民支援事業などに取り組む。 さらには貴族院議員となり、文部大臣にまで推戴された。 こうした多彩な人生にあっても、その精神は実にシンプルである。 武士道精神そのものであった。

奉仕の精神
今年(2008年)は、日本人のブラジル移民100周年に当たる。 移民の総数は25万人に達し、現在では150万人に及ぶ日系人社会を作り上げているという。 ブラジル移民事業の成功は、平生釟三郎抜きにはあり得なかった。 もともと彼は東京海上保険会社に勤め、保険ビジネスを生業としていた。 しかし、保険業界に収まる人間ではなかった。 学校、病院などの創設、移民支援などに取り組んでいく。 社会奉仕の精神からである。
平生釟三郎は常日頃「人生三分論」を唱えていた。 人の一生は三つの段階に分けられるという。 第1期は、人や社会の世話になって勉学に励む時期。 第2期は、社会に出て全力をあげて仕事をする時期。 第3期は、蓄積した能力や富を社会に還元する奉仕の時期とした。 これは、まさに平生釟三郎自身の辿った生涯そのものであった。

父から受けた武士道精神
平生釟三郎が生まれたのは、幕末の1866年、美濃国の加納藩(岐阜県)。 田中時言と徳子の間の三男として誕生した。 時言は、庄屋(村落の長)の三男坊であったが、武士に憧れていた。 晴れて武士となったのは、武家の名門の田中家の一人娘であった徳子の婿として迎えられたからである。 武士の夢が叶った時言は、代々の武士以上に真の武士であろうと務めた。 明治維新後、田中家は没落し、家計は一気に逼迫したが、父は武士としての誇りだけは失うことはなかった。 常に子供たちに武士道精神を叩き込もうとしたのである。
釟三郎は、12歳で中学に入学したものの、学費が続かない。 彼は家計を思い、中学に退学届けを出して、横浜に向かうことにした。 日本の将来は、商工業と外国貿易の発展にこそある。 そのために、横浜で働きながら、貿易の勉強をしようと考えてのことであった。 14歳の旅立ちである。

平生家に養子入り
横浜に出て極貧生活に耐えていた頃、ある新聞広告が目に飛び込んできた。 「露語学生25名募集す」。 東京外国語学校の募集広告で、月額5円の給費付きの募集であった。 釟三郎は、天にも昇る気持ちで願書を出し、倍率は20倍の難関を突破して見事合格。
しかし、5年生(5年制学校)になった年、国政の大きな変革の煽りを受けて、外国語学校の廃止が決定。 東京商業学校(現在の一橋大学)の語学部に編入されることになったが、この語学部もすぐに廃止になり、除籍の憂き目に会う。 学生たちは、怒りで騒然となったが、政府の決定となれば、どうすることもできない。 釟三郎は気持ちを切り替え、この学校で商業を学ぶ決意をする。 もともとが貿易を学ぼうと横浜に出てきた身である。 初心に戻る機会を与えてくれたことは幸いなことにも思われた。
しかし、再入学には学費が必要だ。 あらゆる手を尽くしたが、全て失敗に終わった。 残された手段はたった一つ。 以前から、父の知人の遠縁に当たる平生家から、そこの一人娘の婿として彼を養子に迎えたいという話があったのである。 この申し出を受けるしかない。 養子入りは不本意ではあったが、向学心の強さがその決断を促した。 田中家と平生家の養子縁組が成立し、釟三郎は平生家の援助で学業に勤しむことが可能となったのである。
1890年に高等商業学校(東京商業学校)を卒業した釟三郎は、約束どおり佳子と結婚。 「人生三分論」の2期目が始まった。 全力を挙げて仕事をする時期である。 卒業後、朝鮮の仁川海関に1年、県立神戸高等学校の校長を2年勤め上げ、高商の校長の強い勧めで、東京海上保険会社(現在の東京海上日動火災保険)に入社したのは、1894年のことで、筆頭書記(ナンバー2)の立場で迎えられた。
釟三郎は大会社の幹部や有力な個人船主と面談し、常にトップセールスを続けた。 「保険会社の最大のセールスポイントは信用だ」が持論。 信用を守ることを常に重視し、安値競争や無理な拡大路線は取ろうとしなかった。 士魂商才(武士の精神と商人の才能)を貫いたのである。

妻を2度失う不幸
東京海上に入社して13年目、41歳の釟三郎に突然不幸が襲う。 妻の佳子が4人目の子を産んで間もなく、命を落としてしまったのである。 釟三郎は、幼い子供たちのために再婚したものの、後妻の信枝も再婚して1年後に、釟三郎の5人目の子を産んで、他界してしまった。 わずか3年の間に二度も妻を失う悲劇に襲われながらも、その運命を引き受けて生きなければならない。 幸いなことに、5人の子の面倒を見てくれるすずという名の女性が現れ、彼女と再婚した。
人生三分論という考えが芽生えたのは、この時期のことである。 深い悲しみと無常感に襲われ、ビジネス界一筋に邁進してきたそれまでの人生を振り返った。 彼が出した結論は、「会社だけが人生ではない」。 新たに社会奉仕の道が見えていたのである。 そうと決めれば、行動は早い。 手始めに彼が手がけた社会奉仕は甲南幼稚園の設立。 1910年のことで、その2年後には甲南小学校、その7年後には甲南中学校(後の甲南高等学校)、さらに甲南高等女学校を設立している。 これほどまでに教育に力を注いだのは、人の育成こそ、最大の社会奉仕と考えていたからである。
学校の設立に取り組む一方、「拾芳会」と呼ばれた個人奨学金制度を作り上げた。 釟三郎自身、若い頃、学費に相当苦労した。 その時に受けた様々な恩に報いようとした。 この報恩の精神こそが、釟三郎の社会奉仕の原点であった。 この拾芳会は、釟三郎の私塾であって、塾生たちは平生家に住み込み、そこから学校に通い、平生家の一員として遇された。 彼らは学費の他、自由に使えるお金まであてがわれていた。

奉仕活動に専念
釟三郎に大きな転機が訪れたのは、1924年のこと。 会社から派遣され、8ヶ月にわたる海外視察の旅に出ていた。 船上で読んでいたのが、エドワード・ボックの自叙伝。 その中に、「事業に全力投球をしながら、本当の意味での社会奉仕をやろうとするのは、二人の主人に同時に仕えるのと同じで、無理な注文である」とあった。 体に電撃が走る。 事業と奉仕に二股をかけ、鬱屈した気持ちを抱いていた時期でもあった。 「実業界を引退して、奉仕に専念しよう」。 彼の気持ちが固まった。 この時、58歳。 社会奉仕という夢に向かって、第三期の人生が本格的に始動するのである。
東京海上を退職後、情熱を燃やして取り組んだ事業が病院の設立であった。 2度も妻を失ったからでもあろう。 彼が理想とした病院は、「病人のための病院」。 具体的に言えば、経済的に恵まれない患者の医療費は実費だけ。 場合によっては無料とする。 経済的に恵まれた患者は、全治したときに応分の寄付をお願いするというもの。 健康保険が行き渡っていない時期のこと。 医療費が患者の上に重くのしかかっていたのである。
こうした理想の病院建設に向けて奔走する釟三郎を助けたのが、拾芳会OBのメンバーたちであった。 彼らの中で医師になった者たちが、釟三郎の元に結集した。 資金は、東京海上時代の取引先などを回って寄付を集めた。 知り合いを一人一人訪問して、趣旨を説明し、頭を下げて懇請すること数年。 ついに1934年6月、開院式にこぎつけた。
その後釟三郎が、再び実業の世界に戻った時期がある。 神戸にある川崎造船所の経営が行き詰まり、その整理委員に任じられたからである。 川崎造船所は従業員だけでも1万3千人、それに下請け会社や家族などを含めると10万以上が、その倒産で路頭に迷うことになる。 再建を依頼された釟三郎は、この再建を社会奉仕と位置づけた。 社会奉仕である限りは、失業者を出したくない。 この難しい課題に果敢に挑戦した。 一切の報酬を受け取らなかったのも、社会奉仕という考えからであった。

ブラジル移民支援
平生釟三郎が、ブラジルと関わりを持ち始めたのは、海外移住組合連合会の2代目会長に就任してからである。 当時の日本は満州事変(1931年)後、侵略国家の烙印を押され国際的孤立状態に陥っていた。 その中で唯一ブラジルだけが日本からの移民に好意的だった。 そのブラジルが移民を制限しようとする動きに出たので、政府としては民間の経済外交で事態を打開しようとしたのであった。 政府はブラジルへ経済使節団の派遣を決定し、釟三郎に団長就任を依頼してきた。 大いに迷いながらも、ブラジル移民問題は「より高い奉仕である」という結論に至り、最終的に受託した。 この時も無報酬を貫いたのである。
釟三郎の基本的考えは、移民問題は時間をかけて解決するもので、まずは両国が共存共栄のパートナーになることが先決だというもの。 ブラジルの綿花を輸入し、貿易により経済に貢献することで、移民の道が閉ざされないようにしようと考えた。 使節団の滞在期間は、実に7ヶ月に及び、民間外交は大成功をおさめた。 両国の貿易額は、一気にそれまでの10倍を越し、両国の親善友好関係は確実に深まった。 ブラジルで盛り上がりかけていた排日気運を一挙に押し返すことに成功したのである。 この功績で、帰国した釟三郎は天皇陛下に御前講演を進講する栄誉を担い、ブラジル政府から勲章を贈られた。
釟三郎のブラジルとの関わりはこれで終わらなかった。 ブラジル拓殖組合(ブラ拓)の理事長に就任し、移民支援事業に本格的に取り組み始めるのである。 そして、拾芳会の第一期生であり、平生家に寄宿していた宮坂国人をブラ拓の専務理事(最高責任者)として送り込み、全面的な支援体制を築き上げていく。 彼がこうまでして移民支援に乗り出したのは、共存共栄の国策を進めることで、戦争回避を目指していたからでもあった。 それが国家への奉公と確信していたのである。
しかし戦争回避の願いむなしく、日本は太平洋戦争へと突入してしまった。 日本が敗戦したその年(1945年)の12月、焦土と化した日本の再生を祈りつつ、80歳の生涯を終えた。 「人は如何に生きるべきか」。 社会奉仕に身を捧げた平生釟三郎の生涯は、この問いに一つの解答を残してくれた。

(新聞社「NPO法人国際留学生協会向学新聞より掲載」)

私の岐阜県人会での人生

私は日系二世の佐久間ソニア由美子です。 父母は岐阜県大垣市出身の佐久間実,佳子です。
FAAPのプロダクターデザイン学部を卒業後、岐阜県の工業技術センターでデザイナーの研修生として1993年5月~1994年3月の期間日本へ行きました。
日本では、収納スペースの仕切り、および活用のデザインについて学びました。 私にとって10ヶ月間の研修生活は日本文化、テクノロジーそして教育の面などを知る機会、そして日本の方達と毎日の共存、日本が世界に対しての日本的なデザインをすることはとても経験豊かな研修となりました。

ブラジルに長く住んでいる日本人の日本語と、日本での日本語とのカルチャーショックも感じるような事もありました。 たとえば、帳面、おさじ、写真機等、私の日本語は今の日本では使われていない事も知らされました(研修期間中、私の時代遅れの日本語は度々他の研修生の笑いを誘ったこともありました)。
それと日本で使われていますカタカナ語ですが、ある時ブラジルではピザハットありますかと問われた時,ありませんと答えましたが後でpizzahutの事を言われたのだと気がつきました。 (笑い)。 このような事にもなれてきまして日本文化を尊重するようになりました。
私達兄弟は他の親戚がブラジルにいない為、幼いころから両親に連れられて元の岐阜県人会会館(RuaBuenodeAndrade)の県人会イベントに参加したり、毎年行われた大勢の婦人部の食事の支度のお手伝い(昼食会とか夕食会イベント)、それに岐阜農業高校生のピクニックに参加などして岐阜県人会は大家族と直面してきました。
私は県人会には大変感謝しています。 そして長屋会長が若手の新しい会員メンバー達と協力し合って岐阜県人会をたちあげようとがんばっているのを見ていますと、未来の県費留学生それに研修生として岐阜県、自分の両親、祖父母の出身地の、文化、教育、そしてテクノロジーなどを知る事は大変価値のあることだと応援アピールしたいです。

(原稿:岐阜県人会書記理事佐久間ソニア由美子)


2020年4月の出来事

  • 01~07
    • 事務局自宅勤務
  • 08~22
    • 事務局休暇
  • 24、24
    • 遠近定例理事会の準備
  • 25
    • 県人会初の遠近定例理事会(audio/videoconferencia)Rio Grande do Sul州の大野Luma地方理事、Registro市の清水Lina地方理事も参加。

2020年4月定例理事会議事録要旨

  • 日時:4月25日(土)午後3時~
  • 出席者:長屋充良会長、国井宏裕副会長、長尾ジョージ昇会計理事、島尾佐久間ソニア書記理事、大野美夏理事、橋詰セシリア理事、中田リカルド理事、金子亭資監事、大野光男監事、大野ルマ地方理事、清水リナ地方理事、橋本寮絵画展委員長
  • Covid-19パンデミアの為出席者了解の上、この会議はZoomアプリ使用で各自自宅にてのビデオ会議で行われた。
  • 議題
    1. 3月28日に死亡された平野イラシ理事の御尊父に対し父に1分間の黙祷
    2. 3月の出来事はCovid-19パンデミアのため県人会の行事は一切キャンセル
    3. 3月の会計報告-支出削減の対策検討
    4. 県人会の活動について
      • Ilha Grande一泊旅行はAngra dos Reis市内に大型バス乗り入れ禁止のためキャンセル、
      • 2020年農業高校生ブラジル実習派遣団キャンセル
      • 2020年日本祭りキャンセル
      • 中文化(中部運動会)停止、延期
      • 日本国総領事館多目的ホールでの友情絵画展は11月予定
      • 県費留学生、中田アンジェロエイジ氏5月延期
      • 岐阜県世界大会、検討中
      • 3月14日サンパウロエキスポセンターで行われた日本祭りシンポジウムに多数の他州県人会及び岐阜県人会参加報告
      • レジストロ市と中津川姉妹都市交流40周年記念訪日予定11月に延期
    5. 次回定例理事会は5月16日午後3時~(ビデオ会議を予定)

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会報 2020年04月

第2回日本祭り主催者シンポジウム

去る2020年3月14日、ブラジル日本都道府県人会連合会(=県連)および在サンパウロ日本国総領事館共催の「日本祭り主催者」の第2回シンポジウムが、サンパウロエキスポエキシビションエンドコンベンションセンター(São Paulo Expo Exhibition & Convention Center)イミグランテス街道1.5キロメートルで開催されました。3月14日、15日に開催される予定でしたが、コロナウイルスによる災禍がブラジル国サンパウロ州で広がり、多数の参加者の集会は自粛する為に、一日に短縮されました。

第1回シンポジウムは、昨年3月8日、サンパウロ市内ジャパンハウスに於いて、総領事館および県連が共催で開催しました。

第2回シンポジウムの目的は、より多くの団体や地方リーダーと連絡を取り、団結して、刺激し合い、人脈を作り、各団体を発展させ、新しいやり方を模索し、皆一緒になって解決策を考え、日本文化をブラジルに普及し、共同作業のメッセージを伝え、日系社会が催す行事の市場価値を高め、主催者同士の情報•知識•経験の交換を促す事でした。

左側から、長屋ベッチ、長尾ジョージ昇、フルカワ・ダニエル、長屋充良会長(敬称略)

ブラジル各地(Registro, Ivinhema, Valinhos, Centro-Oeste, Rudge Ramos, São José dos Campos, Campinas, Amazônia, Aracaju, Varginha, Londrina, Maringá, Osasco, Itu, Valença, Rio das Flores, Salvador, Paraíba, Vinhedo, Promissão, Dourados, Indaiatuba, Marília, Ribeirão Pires, Rio Grande do Norte, Rio Grande do Sul, Macaé, Americana, Campo Grande, Salto, Goiás, Recife, Vila Carrão, São Paulo)で日本祭りを主催する指導者、県人会代表者、ニッケイ新聞、ニッパク新聞、メキシコ国モンテレイ市で日本祭りを主催しているフルカワ・ダニエル氏、サンパウロ州政府の官房長官タカハシ・カルロス氏、市会議員のノムラ・アウレリオ氏、在サンパウロ日本国総領事野口泰氏など、約79組織から400名が参加しました。フルカワ・ダニエル氏の祖父は岐阜県出身だそうです。メキシコ移民の歴史は南米移民より古く、その資料は日本にもないそうです。多数の移民がモンテレイ市から北米に移り住んだそうです。ブラジル岐阜県人会からは、長屋充良会長ベッチ様夫妻、長尾ジョージ昇会計理事、佐久間ソニア理事が出席しました。

メキシコ国モンテレイ市で日本祭りを主催しているフルカワ・ダニエル氏

この第2回シンポジウムに参加することは、非常に有意義でありました。午前8時から午後5時半まで、ブラジル日本両国の関係(在サンパウロ日本国総領事野口泰氏)、ブラジル2020年のマクロ経済シナリオ、日本祭りの価値の創造と資金調達、企業、公権力やボランティアの協力を得る手段、メキシコ国モンテレイ市、ブラジル国リオデジャネイロ市やマットグロッソドスール州カンポグランデ市の日本祭りの紹介、世界を変革するテクノロジー、郷土食のチャレンジと経験、日本祭りに於ける太鼓の貢献とインパクト、ボランティアの育成、日本文化の倫理とおもてなしの実践、市の政治に於ける日本祭りの重要性など、意義ある議題を紹介していただき、活発に討論されました。

郷土食から始まり、コスプレなど現代的文化を包摂し、老若男女に喜ばれる祭りに成長したサンパウロ日本祭りは、世界一の規模を誇ります。多数のブラジル人が来場しており、日本文化の紹介に大きく貢献しています。特に日本食が喜ばれ、現在ではサンパウロ市内では、日本食レストランの数がシュラスカリア(ブラジル特有の炭火で焼いた肉を提供する)の数を上回っています。

最後に同シンポジウムのサンパウロ日本祭り実行委員長である谷口ジョゼ氏が「各地の日本祭りには魂が込められている。年々コストが上昇するなど難しさはあるが、協力し合い、各地の日本祭りを共に盛り上げていきましょう」と激励しました。

今年のサンパウロ日本祭りの開催実施に際して、コロナウイルスによる災禍を懸念して、ブラジル日本都道府県人会連合会(山田康夫会長)が、2020年7月に予定していた第23回「日本祭り」(谷口ジョゼ実行委員長)を中止するとの決断を3月17日に発表しました。

今週、サンパウロ市行政は「非常事態宣言」を出し、サンパウロ州政府もイベント中止、非常に重要な業務以外(例えば、薬科店、病院、スーパーマーケット、食料品店、ガソリンスタンド、地下鉄、バス、汽車)の営業の一時停止、銀行など営業時間短縮などの緊急対処策を次々と発表しました。ブラジル日系社会最大の祭典である、サンパウロ日本祭りの中止もやむを得ない処置になりました。

シンポジウム、交歓カクテルが終わった後、約46名の参加者がJapan Foundation(国際交流基金)、ブラジル日本文化福祉協会(文協)、日伯援護協会(援協)が共催するデジタル日本-マップされた投影イベントを見学するために、イビラプエーラ公園内にある日本館を訪れましたが、コロナウイルスによる災禍のために、閉館されていました。

この日本館は、岐阜県の建築職人による熟練された技法が駆使されて建設されたものです。石庭、錦鯉の池など、日本独特の庭が再現されています。石庭、枯山水(かれさんすい)は、池や川などを使わず、石や砂などで風景を表現する日本庭園の様式のひとつです。1954年、サンパウロ市創立400年を記念して、日系移民が「日本庭園」または「日本館」をイビラプエラ公園内に作ってサンパウロ市に贈ったものです。京都の桂離宮をかたどって作製されています。館内には陶芸品、武者の装備や道具、掛け軸などが保管されており、現在は文協が管理しています。

シンポジウム後、幸いにも和太鼓演奏は中止されませんでした。和太鼓「生(しょう)」の木下節生(42、二世)さんのチームが約1時間、魂を込めて太鼓を打ち続けました。和太鼓の鼓動は、心を揺さぶります。なお、「生(しょう)」は音楽療法士である木下節生さんとその妻である岩本光惠さんが2002年にブラジルと日本の文化を融合する目的で作った和太鼓チームです。

(原稿:岐阜県人会会計理事 長尾ジョージ昇)

 

 

災禍から学ぶ!

昨年暮れから始まった新コロナウィルスの猛威は、止まる事無く外出禁止と不自由な生活を強いられております。

事の始まりである中国武漢市では、ホンダなど現地工場の生産再開と終息感が漂っておりますが、一方では、スペイン、イタリア等ヨーロッパ諸国、北米またブラジルでは爆発的に感染が広がっており、医療崩壊を招くのでは…と、危惧され、問題は長期化、深刻化しています。

WHOは「全世界で感染者が何百万人、死者が何十万人にも達するだろう」という、とてつもない数字の見通しを示しております。まさしく我々人類とウィルスとの”全面戦争”となっており、不安な毎日であります。

外出禁止という非常事態の中で、誰もが社会共同体の一員として、理解、協力し、我慢を強いられており、いまだ戦いは真っ最中ではありますが、我々人類はこの災難から何を学ぶのでしょうか?

科学至上主義の現代であるものの、未知のものに対するさを曝け出し、これが人類への黙示録、警告なのでしょうか?
“当たり前のことが当たり前ではない!”

外出禁止によって、仕事ができない、やりたいことができない、人に会えない、経済的困窮など,見えない敵に対する恐怖にまれ、先が見通せない、緊張の連続で心身ともに疲れ切っています。

しかしながらその反面、自宅に留まり、時間的余裕によって色々なことを考えるいい機会ともなりました。

当たり前のことができない今、自分の人生を見つめ直すことができ、日々平々凡々と過ごす事が、どんなに大切なのか、意味のある事なのか、しかも健康である事が何よりも大事なことか、1人で生きているわけではない、社会という共同体の中で生かされている、そんなことを今回の災禍によって再認識することができたと思います。

「冬は必ず春となる!」

必ずいつかこの災難のが来る事を信じて、今しばらく我慢しましょう!

共同体の一員として助け合い、励まし合っていきましょう!

(原稿:岐阜県人会会長 長屋充良)

 

 

2020年3月の出来事

  • 2月25日
    • JICA派遣のボランティアで北伯ベレン市の日本人学校教諭に勤務する杉本容子さんが来聖し、長屋会長夫妻と面談、会食。
  • 1日
    • ブラジルNGK社長の田辺氏(中津川市出身)がブラジル勤務を終え、日本へ本帰国ということで、県人会有志が歓送会を聖市のレストランで催す。田辺夫婦は日本祭りや県人会旅行など県人活動に参加。帰国により郡上踊り普及のために帯や下駄を県人会に寄贈される。
  • 5日
    • 県庁から令和元年度の補助金額の確定通知が届く。
  • 7日
    • 県連日本祭り関連会合に長屋会長夫妻、佐久間ソニア書記理事が参加。
  • 10日
    • 中田アンジェロ氏の在留資格認定証明書が県庁から届く。
  • 11日
    • 長屋会長、橋本絵画展委員長が宮坂財団の松尾氏と絵画展支援について昼食面談。
      Ilha Grandeへの小旅行のバス代金とPousada Nautilus宿泊代金を支払い完了。
  • 13日
    • 第2回シンポジウムに長屋会長夫妻、佐久間ソニア書記理事、長尾ジョージ会計理事参加。
    • 全伯ならびに中南米の日系リーダーが集まり、活動報告。メキシコ日系人会会長の古川ダニエル会長の祖父は郡上市の出身。
  • 16日
    • Ilha Grande 小旅行はコロナヴィルス拡散予防の為、アングラ市へのバス乗り入れ禁止の為キャンセルとなる。
    • Pousada Nautilus宿泊代金とバス代金が返金される。
  • 17日
    • 旅行参加予定者に代金を返金。
  • 18日
    • 長屋会長と橋本絵画展委員長が在サンパウロ日本総領事の日本文化担当の渡辺宗太氏を訪問する。
  • 19日
    • 絵画展の会合を4月14日に予定していたが、コロナウイルスCOVID-19の為キャンセル。
  • 23日
    • 事務所はこの日から閉め、事務員は自宅勤務を開始。
  • 24日
    • 県庁から補助金振込の連絡がある。
  • 26日
    • 県連代表者会。
  • 28日
    • コロナウィルス対策の為、郡上踊りの練習、定期理事会を中止。

 

 

2020年3月定例理事会議事録要旨

  • 日時:2020年3月28日(土)に予定されていた定例理事会はCOVID-19のために中止。
  • 次回の理事会は未定。

 

会報 2020年04月 Read More »

会報 2020年03月

“楽しい、愛される県人会”を目指して!

去る2月17日(日曜日)10時からニッケイパレスホテルにて、34名の参加のもと定例総会が開催され、その席上、役員選挙があり、下記の役員が選任されました。

新執行部(2020年~2022年)
ブラジル岐阜県人会

  • 会長(Diretor Presidente)
    • 長屋 充良(Mitsuyoshi Nagaya)
  • 副会長(Vice-diretor Presidente)
    • 国井 宏裕(Hiromassa Kunii)
  • 書記理事(Diretora Secretária)
    • 佐久間 ソニア ゆみこ(Sônia Yumiko Sakuma)
  • 会計理事(Diretor Tesoureiro)
    • 長尾 ジョージ 昇(Jorge Noboru Nagao)
  • 理事(Diretores)
    • 岐部 大野 美夏(Mika Ono Kibe)
    • 平野 イラシ えみ(Iraci Emi Hirano)
    • 中田 リカルド 顕三(Ricardo Kenzo Nakata)
  • 正監事(Conselheiro Fiscal Efetivo)
    • 金子 亭資(Kioski Kaneko)
    • 日比野 亘(Wataru Hibino)
    • 大野 光男(Mitsuo Ono)
  • 監事補佐(Conselho Fiscal Suplente)
    • 橋詰 セシリア 美和(Cecilia Miwa Hashizume)
    • 浅野 悟 (Satoru Asano)
    • 地方理事(Diretor Regional)
    • 伊藤 パウロ 勉(Paulo Tsutomu Ito)
    • 清水 リナ はるみ(Lina Harumi Shimizu)
    • 大野ルマ(Luma Ono)
  • 相談役(Consultor)
    • 日比野 健一(Kenichi Hibino)
    • 金子 亭資(Kioski Kaneko)
  • 絵画展委員長(Presidente da exposição de pintura)
    • 橋本 マルコス りょう(Marcos Ryo  Hashimoto)

どうぞ宜しくお願い致します。

2020年の活動計画としまして、

  • ※第3土曜日15時から 定例理事会
  • ※月1~2回郡上踊り練習、日本祭り準備委員会開催、「中部ブロック大運動会」準備委員会開催
  • 1月10、11日 バザー
  • 1月26日 第9回ブラジル岐阜県人会杯ゴルフコンペ
  • 2月15日 定期総会
  • 3月20~22日 Ilha Grande(イーリャ・グランデ)へ県人会旅行
  • 5月 バザー(予定)
  • 7月10~12日 第23回日本祭りへ参加
  • 7月25~31日 第42回岐阜県農業高校生海外実習派遣団来伯予定
  • 9月7日 第10回ブラジル岐阜県人会杯ゴルフコンペ
  • 9月20日 第1回中部ブロック大運動会
  • 10月16日~11月2日 県人会訪日
  • 11月8日 第2回春の屋台祭り
  • 11月上旬 第16回日伯友情交流絵画展
  • 11月28日午後5時~ 秋田県人会会館にて岐阜県人会の忘年会&敬老会
  • 12月上旬 東洋祭りに郡上踊りで参加

以上のような活動がありますので、ぜひ皆様ご協力ご参加頂けますようお願い致します。

岐阜県人会とは「Amo Gifu」つまり、究極は「岐阜を愛する人の集まり」であります。

岐阜県出身者ならびにそのご家族、ご親族による郷土愛、およびに岐阜に住んだことがある方、岐阜に興味がある方々の岐阜に対する愛着イコール「Amor」「愛」です。

また、県人会は「感謝」(Gratidão)、「文化継承」(Legado Cultural)、「絆」(Vínculo)が根幹と思います。

「感謝」とは、諸先輩が苦労して築かれた日系社会に対する感謝であり、また我々を受け入れてくれたブラジルへの感謝、さらに絶え間ない支援くださっている日本・母県に対する感謝として、県人会活動を通して恩返しすること。また県人会を通して子や孫に、日本、母県の文化、慣習、食べ物を伝えていくため。そしてもう一つ、県人会によって同郷またそのご家族、仲間をはじめ、日本とブラジル、母県との「絆」を深めるために県人会の存在価値があると考えています。

これから特に若い会員の方々が率先して県人会の活動に参加して、岐阜を誇りに思って頂けるように、執行部共々努力していきたいと思います。

その為に今までに無い新しいものを企画し、実現したいと考えています。

上記にも示しましたように、今年9月20日に予定しております「第1回中部ブロック運動会」、10月には、「第1回岐阜県人世界大会」への参加、12月には「郡上踊りで東洋祭り」へ参加、忘年会では敬老会を兼ねるという試み等々、すべて新しい取り組みです。

また昨年から始めた「春の屋台祭り」「日本祭り」への参加など、昨年以上に盛り上げていきたいと思います。

また、他県人会には無い「日伯友情交流絵画展」「岐阜県農業高校生海外実習派遣団」など、これからも特色のある活動を推進していく所存であります。

「楽しい、愛される県人会」を、皆さんと共に築いていこうではありませんか!

どうぞ、何卒よろしくお願い致します。

(原稿:岐阜県人会会長 長屋充良)

 

 

七を「ひち」と読むのは方言 県内、地名や人名「しち」と混在

いち、に、さん、し…と数えて7番目の「七」。

「なな」以外に何と読みますか? 岐阜県内では「ひち」と「しち」が混合して使われている。特に、ひちは国語辞典などに記述がない方言だが、県内では加茂郡七宗町(ひちそうちょう)をはじめ、地名や人名の正式な読み方にもなっている。

加茂郡七宗町のウェブページ。タイトルには、ひらがなで「ひちそうちょう」とも表記されている

方言に詳しい元岐阜放送アナウンサーの神田卓朗(たくお)さん=岐阜市=は「ひちは西日本に多い読み方。方言で岐阜県は東西分岐点にある証拠」と説明する。

七宗町は、1955年に神渕村と上麻生村が合併して七宗村として誕生。古くから町北部の水晶山など七つの山を総称して七宗山(ひちそうざん)と呼んでおり、そこから自治体名をとった。「ひち」を正式名にした経緯について、町職員は「当たり前のことだから、読み方の経緯まで記録に残さなかったようだ」と説明し、「方言に由来する町名なので県外の人に通じないこともある」と経験談を話す。

日本郵便の「郵便番号データ」で地名の読み方を調べると、県内では瑞穂市の十七条(じゅうしちじょう)と海津市海津町の七右衛門新田(しちうえもんしんでん)が「しち」と読む一方、七宗町のほか、岐阜市の七軒町(ひちけんちょう)と西改田七石(にしかいでんひちこく)は「ひち」読み。七軒町は交差点名標識も「Hichikencho」で表記されている。

人名にも特徴がある。名前に「七」を使う全国的な著名人には、小説「楢山節考」で知られる作家の故・深沢七郎さん=山梨県出身=がいるが読み方は「しちろう」。対して県内には、七郎(ひちろう)さん、善七(ぜんひち)さん、孝七(こうひち)さんら、ひち読みの人が多い。

元関市議の鵜飼七郎(ひちろう)さん(76)=同市武芸川町谷口=には苦い思い出がある。鵜飼さんは12人きょうだいの七男。「ひちろう」と呼ばれて育ったが、中学生の時、国語教師に「おまえの名前の振り仮名は間違っとる」と言われ、不安になった。そのため、若い頃は名前の振り仮名を「しちろう」と書いていた。それでも「しちと書くのは、どうしてもなじめなかった」といい、そのうちに友人らから指摘され、ひちろうに戻した。例えば、旅券のローマ字表記は現在「HICHIRO」だが、一時は「SHICHIRO」表記の旅券を使っていたという。

国語辞典を引くと、七は「なな、ななつ、しち」とあるのみで漢和辞典でも「ひち」は見られない。方言の辞典で、主に中部地方から西日本の読み方として、ひちの記述が確認できる。

岐阜市内で県内に住む10~80代の男女計25人に聞き取りをすると、ひち派が14人、しち派が11人。50代以上は10人中9人が、ひちで「しちなんて言うと江戸っ子みたい。八百屋お七も、おひち」(50代男性)。40代以下は15人中、しちが10人だったが、使い分けている人も多く「文字で書く時や丁寧に話す時は、しちだけど、話し言葉は、ひちになる」(女子高校生)。

「し」が「ひ」になる例は質屋にも見られ、大垣市と多治見市には、ひらがなの看板「ひちや」を掲げる店舗もある。神田さんは「東京の言葉を母体とした共通語が広まり、方言を使わなくなっているが、共通語が絶対ではない。地域の特色として全国にPRするぐらいの誇りを持ってほしい」と呼び掛ける。

(岐阜新聞2020年2月19日より)

 

 

2020年2月の出来事

  • 1日
    • 郡上踊り20名参加のもとで練習開始
  • 4日
    • 中部ブロック運動会のための若手委員会が会合
  • 6日
    • 総会準備のため長尾理事と金子理事が会合
  • 8日
    • 長屋会長、長屋ベッチ、佐久間ソニア、栃木県人会にて県連主催2020年日本祭り第1回郷土食品説明会へ参加
  • 13日
    • 金子理事と総会準備の会合
  • 15日
    • 定例理事会、理事会でニッケイ新聞の購読キャンセルを決定
  • 16日
    • 定期総会、新役員選挙
  • 17日
    • 長尾会計理事が総会の支出を決済
  • 27日
    • 長屋会長、県連定例会議へ参加
    • 事務所の窓のメンテナンス
    • 長屋会長、長屋ベッチ、中田リカルド、野村フェリッペらが中部運動会の会議へ参加(中文化に名前を変更)
  • 28日
    • 長屋会長、ベッチ夫婦らがTeatro Municipalで行われた天皇誕生日のイベントへ参加
  • 29日
    • 午後1時から県人会事務所にて長屋夫婦、佐久間ソニア、浅野悟、大野光男、柴垣暁宏、中田リカルド、野村フェリッペらが日本祭りで販売する郷土食のメニュー、品数、準備日程等を決める会合を持つ。午後3時からは郡上踊りの練習

 

 

2020年2月定例理事会議事録要旨

  • 日時:2020年2月15日(土)午後3時~
  • 出席者: 長屋充良会長、国井宏裕副会長、金子亭資書記理事、日比野健一会計理事、日比野亘理事、浅野悟正監事、平野イラシ監事補佐、中田リカルド顕三会員、長屋エリザべッチ会員、野村フェリッペ会員(以上10名)
  • 審議内容
    1. 会長挨拶 「執行部最後の理事会という事で、任期満了に対し謝辞を述べる。
    2. 12月16日の2019年度末定期総会に対する確認事項
    3. 1月度の出来事を確認
    4. 10、11日に行われたバザーに約80人の参加が報告される。
    5. 第9回ゴルフコンペでR$300,00の寄付があったことが報告される。
    6. 県人会事務所の整理整頓が行われ、スッキリとする。
    7. 1月度の会計報告が日比野会計理事よりあり、承認を得る。
    8. 日本祭りと郡上踊りについて
      郡上踊りの練習とあわせて、月1~2回の日本祭り準備委員会を開催決定。
      次回は2月29日(土)午後1時から日本祭り準備委員会、3時から郡上踊り練習
    9. 中部大運動会(仮称
      )若手会員の中田リカルド、野村フェリッペ会員より、運動会準備委員会の会議報告。今後、若手メンバーが中心となって週に2回、会議を開くことが報告される。
    10. イーリャ・グランデ(Ilha Grande)旅行について、会長から説明される。
    11. 10月の訪日使節団について会長より日程や内容についての説明がある。日程は10月16日サンパウロ発、11月2日サンパウロ着予定。
    12. 県人会事務所移転について意見交換
    13. 2月16日の定期総会ならびに役員選挙について金子書記理事より説明がある。
    14. 次回の理事会は3月28日(土)午後3時~

 

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会報 2020年02月

執行部任期満了に至り御礼

皆様のお陰をもちまして、この2年間の任期を無事、終了することができました。ありがとうございます。2018年から2020年の任期役員- Diretoria do Período de 2018-2020は、以下のメンバーでした。

顧問 (Consultor) = 山田彦次 (Hikoji Yamada)
会長 (Diretor Presidente) = 長屋充良 (Mitsuyoshi Nagaya)
副会長 (Diretor Vice-Presidente) = 国井宏裕 (Hiromasa Kunii)
会計理事 (Diretor Tesoureiro) = 日比野健一 (Kenichi Hibino)
書記理事 (Diretor Secretário) = 金子亭資 (Kioski Kaneko)
理事 (Diretor) = 大野美夏 (Mika Ono), 長尾ジョージ昇 (Jorge Noboru Nagao)
橋詰二朗 (Jiro Hashizume), 日比野亘 (Wataru Hibino),
渡辺リカルド量平 (Ricardo Ryohei Watanabe)
正監事 (Conselheiro Fiscal Efetivo) = 浅野悟 (Satoru Asano), 伊藤パウロ勉 (Paulo Tsutomu Ito),大野光男 (Mitsuo Ono)
監事補佐 (Conselheiro Fiscal Suplente) = 平野イラシーエミ (Iraci Emi Hirano),
安田正子 (Masako Yasuda)

このメンバーで執行部を運営し、この2年間で岐阜県人会は、生まれ変わることができたと確信致しております。
念願の夢でありました、県人による日本祭りへの参加には、60名ものボランティアを得て、若い会員さんや元県費留学生、研修生が県人会活動に戻り、会員家族の参加等もあり、会員同士の絆を深めることができました。
これがきっかけとなり、郡上踊り普及に拍車がかかり、その上潮ムードが春の屋台祭り企画開催、Cunha 旅行への40名以上の参加。忘年会ではサンパウロ総領事館の野口泰総領事をお迎えし、100名近くも集まる盛大なものとなりました。また若手の佐久間ソニア、中田顕三、大野マルコス、野村フェリッペ会員らが中心となって、私どもが提言した「中部運動会」を今年9月20日に開催しようと頑張ってます。
この2年間の間、人的、物的にご支援ご協力を賜りましたことをこの紙面をお借りし、心より感謝申し上げます。そうした皆様方のバックアップがあったからこそ、素晴らしい結果を残せることができました。皆さん、おめでとうございます。
この年次総会で新しい執行部が生まれますが、これまでと変わらないご支援ご愛顧を宜しくお願い致します。
最後に執行部を代表致しまして、心より感謝を申し上げます。本当にありがとうございました。

(原稿:ブラジル岐阜県人会長 長屋充良)

 

 

「すべて世はこともなし」

移民としてブラジルに渡ってきた私にとっては、あぁ~、平成から令和に変わったのか~といった感慨はあるが、長く故国を離れ、アウトロー的生き方しか出来ない今も、日本の年号が平成から、令和に変わったからといって、特別驚くにはあたらない。
好きなことを思いつくままにやってきた。
失敗、成功、だまされる。「波瀾万丈の人生でしたねぇ」と、同情とも励ましとも受け取れる言葉が聞こえてくる。
すべてが自分の責任である。過ぎた事は元にも戻らない。帰ってもこない。「人間万事塞翁が馬」と考えれば、別に悩むことは何もない。これも俺の人生だったと、納得する以外にすべはない。
だが、別の声も聞こえないわけではない。「あなたはこれまで、大きな病もせず生き延びてきた事は、やはり多くの人たちに感謝を言うべきだ!」というありがたい声も一方にはある。その通りと素直に聞くことができる年にもなった。「後悔先に立たず」という言葉もあるわなぁ。残念無念と腹の底では歯ぎしりをしてもだ。
世界は猛烈なスピードと変化の時代に突入した。欧州連合と発展してきたEUもまた危機に遭遇している。アメリカと中国との貿易戦争も激化の一途をたどっている。イギリスは国民投票でEU離税の決定をしたが離税案の修正は議会で三度も否決された。日本と韓国は修正不能?かとも思われる慰安婦、戦後微用工問題で揺れている。また、我々の足元であるブラジルは、年金問題も含めて慢性的な財源不足が起きている。「日本人は小さい?」と何を指しての話か分からぬが、一国の大統領の発言とも思えぬ品のないニュースが流れるなど、資質に欠ける発言が多い。
グローバリゼーションの発達のおかげで、ある事ない事も瞬時に世界を駆け巡る時代だ。令和の新時代になったからと言って、天からお金が降ってくるわけではない。僭越ながら、奇跡は起き得ないのだから、努力をする以外に方法はない。
ブラジルも、国の歳入不足は慢性的で、バランスある国の収支は程遠いように思われる。汚職大国とありがたくない称号の様な話がごく自然に語られる。こうした話も笑い話にして、少しでもストレスを少なくし、明日のエネルギーにと頑張るブラジル人は大したものだ。本気でそう思う。世界でも5番目のおおきな大陸と資源に恵まれたブラジルが、勤務さと努力を持ち合わせれば、世界一の大国になるのも夢ではない。
だが、未来はともかく現実的な問題に対して、我々は国の大方針に従うしかない。
心の底から今の若者は大変だと思うし、周りの人たちも言う。だが、考えてみれば大変、大変ということは、何時の時代にもあった。
だが、我々の世代とは違い、今頃は生まれた時から豊かで、自動車もスマートフォンもパソコンも子どもの時からごくあたり前に目の前にある。貧しく不便な時代に生まれ育つよりは、よほど良かったという意識が背景にあるだろう。しかし、彼らが豊かな暮らしができるのは、親が大変な努力と基礎的な勉強や高等教育をつけさせてくれたお陰だ。さらに言うならば、中には日本への出稼ぎを選び、子供たちの教育費を稼ぎ高等教育に心血をそそいだ親たちが、未来を信じ、時間的な余裕や、学びの機会を与えてくれた人もいるはずだ。その親たちが元気なのも寿命を考えると、長くてもあと20年や30年のはずである。
現実の世界は、近未来的な風景や、今にも超大型の台風がやってくるなど想像もつかないようなことが不意にやってくる。それが、どんな台風なのか? 地震なのか? ウイルスなのか? 何も予測することはできないが、毎日の危機感は心がけ次第で、昔から言われる「用心」という考え方は大切だと思う。
科学の世界でも、やれ「遺伝子工学」がどうとか、この遺伝子組み替え技術により様々な医薬品や生命科学の分野まで、まるで現代の魔法や錬金術のようなことができるとメディアは報道する。一昔前までは、未知の世界は宗教の領域であったのに…。さらに、それらは立証されつつある。つまり、我々の人体構造や、地球を飛び越え宇宙にまで広がる世界が証明される。それだけに、逆説的ではあるが、今まで以上に人間の尊厳は尊重されなければならない。
つまり、基礎的な分野でもある人間力、それに伴う宗教、哲学なども最重要課題として考えなくてはならないであろう。
だが、難しい事はさておき、平凡に生きてきた我々にとっては、健康で過ごしてきた事が人生何よりで、「すべて、世はこともなし」が一番だ!

(原稿:岐阜県人会会員 山田彦次)

 

 

第9回ゴルフコンペ開催

去る1月26日(日)正午よりPLゴルフクラブにて「第9回ブラジル岐阜県人会杯ゴルフコンペ」が晴天の下、開催されました。
岐阜県出身者で日本に駐在を終え帰国される方が続き、参加者も減ってきてはいますが、どうにか2組のコンペができました。
NGK社長の田辺さんもこの3月で本帰国ということで、最後の県人会コンペ参加となりましたが、いつもエネルギッシュなムードメーカーでユーモア溢れるお人柄。楽しく一日を共に過ごさせて頂きました。
結果は僭越ながらニアピンが家内ベッチと小職ということで、賞品を頂きました。競技の方はアンダーは無く、ネット75の小職が空気の読めない幹事ではありましたが、優勝させて頂きました。準優勝は一打差で、ブラジル豊田通商社長の今井さんで、第3位はHC11の田島まさみさんでした。
次回は9月7日(月・祝)正午のスタートとなっておりますので、沢山の方々のご参加をお願い致します。

(原稿:岐阜県人会会長 長屋充良)

 

 

2020年1月の出来事

  • 4日
    • 長屋会長、平野イラシ、中田顕三、長屋ベッチ氏らが県人会を大掃除
  • 6日
    • 事務所の仕事始め。10日、11日のバザーの段取り
    • 県庁より令和2年度岐阜県県費留学生中田アンジェロ英二氏が内定。入学許可通知書が届く
  • 9日
    • 長屋会長、長尾理事、島尾ソニア、長屋ベッチ氏らがバザー準備
    • 山田彦次元会長、県人会顧問と絵画展委員長の辞任を届ける
  • 10~11日
    • 県人会事務所でバザー開催。80名近くの来客
  • 10日
    • 愛知県人会で本年度第1回郡上踊りの練習開始。新しいレパートリー「三百」「猫の子」を習得へ
  • 11日
    • 2月16日総会開催のお知らせをニッケイ新聞に送付
  • 13日
    • ニッケイパレス・ホテルの総会用ルームレンタル予約
  • 14日
    • 静岡県人会にて中部ブロック運動会ヤング(青年部)会合
  • 18日
    • 午後1時より第1回日本祭り準備委員会、午後3時より県人会定例理事会
  • 22日
    • 3月の小旅行に備えてポウザーダとバス会社へコンタクト
  • 26日
    • 第9回ブラジル岐阜県人会杯ゴルフ・コンペ開催
  • 27日
    • 2020年の県連会費支払い、日本祭りブースの1回目のブースレンタル費納入
    • バザーの売れ残り品および古本等を憩いの園へ寄付
    • 中部運動会準備委員会
  • 28日
    • 長尾昇理事、日比野亘理事、事務所の古い書類処分
  • 30日
    • Banco do Brasil 口座閉鎖の為、現在の会長と会計理事の登録を最新にし、会議議事録を届ける
  • 31日
    • 長屋会長、日比野会計理事、口座閉鎖書類にサインの為Banco do Brasilを訪問

 

 

2020年1月定例理事会議事録要旨

  • 日時:2020年1月18日(土)午後3時~
  • 出席者: 長屋充良会長、国井副会長、日比野健一会計理事、日比野亘理事、長尾昇理事、佐久間ソニア会員、長屋恵美子会員(以上7名)
  • 審議内容
    1. 長屋会長挨拶
    2. 2020年度総会2月16日(日)9:30時よりニッケイパレスホテル(Rua Galvão Bueno, 425 setor IV)で開催決定
    3. 総会終了後ニッケイパレスホテルで12時から新年祝賀会(会費は1人R$70.00)
    4. 郡上踊り参加予定:7月の日本祭り、12月の東洋祭り決定。練習月2回(練習日whatsappで連絡)
    5. 県人会便りの発送、経費カットの為デジタル化して郵送は徐々に停止を思案中
    6. 地域代表の清水リナさん(レジストロ)、小野ルマ(ポルト・アレグレ)、伊藤パウロ氏(イタペチ・ニンガ)との連絡をビデオ会議システム化思案中
    7. 岐阜県人会で行われたバザーの成功により、これからも県人会資金集めのため、新品または良い状態の中古品の寄付呼びかけをし、バザーの定期化を思案中
    8. 7月10日~12日の日本祭り参加に向けて月2回午後1時~岐阜県人会にてミーテイングを決定
    9. 中部ブロック運動会(場所は未定、9月20日頃を予定)に向けて、1月4日に中部運動会若手委員会(11県人会代表)が会合
    10. 3月20日~22日Ilha Grandeへの小旅行を決定(宿泊先はPousada Nautilus)
    11. 次回の2月の理事会は2月15日(土)午後3時~

 

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会報 2020年01月

新年にあたりご挨拶

新年明けましておめでとうございます。
本年も宜しくお願い申し上げます。
2020年、新しい年を迎えることができました。
東京オリンピック年の始まりで、今までになく、意気高揚とした気分なのは私だけでしょうか?
ブラジル岐阜県人会にとりましても、2月の年次定期総会にて新執行部が誕生しますが、どうか皆様変わりないご支援を宜しくお願い申し上げます。
本年の県人会活動としまして、1月26日、9月20日の「第9回、第10回のブラジル岐阜県人会杯ゴルフコンペ」、「Ilha Grande 一泊旅行」「第23回日本祭り」への参加をはじめ、「第1回中部圏大運動会」の開催、「第42回岐阜県農業高校生海外実習派遣団」訪伯、「第2回春の屋台祭り」開催、「第1回岐阜県人世界大会」参加訪日、「第16回日伯友情交流絵画展」、11月28日(土)17時からは「県人会忘年会」と目白押しです。
また、毎月第3土曜日15時からの「定例理事会」、「県人会会報」の毎月の発行なども予定しておりますので、どうぞ、皆様方の更なるご協力ご参加を宜しくお願い申し上げます。
本年は、他県人会との交流がさらに進むことと思います。我々も出来る限り協力をして、できることならば、「県人会の枠を超えた青年会」のようなものが出来ればと願っております。
どうか皆様、本年もブラジル岐阜県人会を何卒よろしくおねがいいたします。会員はじめご協力下さる皆々様の益々のご活躍とご健勝、ご発展を心よりお祈りいたしまして、年頭の挨拶とさせて頂きます。

(原稿:ブラジル岐阜県人会長 長屋充良)

 

「一世です」と言えるようになった私

初めまして!
私は岐阜県岐阜市生まれ、揖斐川町育ちの大野美夏(おおの・みか)と申します。私は24歳の時に、JICA(国際協力機構)の海外開発青年制度(現・日系社会青年ボランティア制度で、海外青年協力隊の日系社会向け制度)で日本語教師として、特に希望をしたわけではなないのですが、たまたまブラジルに派遣されました。
私が海外への興味を持ったのは、様々な要因があるのですが、その一つに大叔父の存在がありました。私の大叔父(祖父の兄)、大野寛正(かんせい)は明治の話ですが、農業高校を卒業した後、岐阜県庁に勤めていたのを辞めて1907年にアメリカに渡りました。そこから20年間苦行勤労の末、ピアノを習得し、作曲家になりました。あの時代、日本人移民といえばアメリカ社会の底辺で、農業や家内労働(お手伝いさんや庭師)をしていた人が多かったと聞きます。寛正は単独移住で、ポートランドに着いて、アメリカ人家庭での家内労働をしました。しかし、労働で金銭を得ることだけが彼の目的ではなく、勉学を志すのがアメリカに渡った理由でした。そこで農業大学に入学したのです。
ある家庭で働いていた時に、ご夫人がピアノ教授で、寛正はピアノを教えてもらうことになりました。寛正はここで運命の出会いをしたのです。『ピアノ』の魅力に取り憑かれ、ここからピアノの道を進むことを決意したのです。ロサンゼルスの南カリフォルニア大学、ボストンのハーバード大学の音楽科に入学しピアノ、そして作曲の勉強を続けました。
子供の頃から習っても習得が難しいピアノを大人になってから初めたにも関わらずマスターするなんて想像がつきません。それも外国語で。こうして、作曲家、ピアノ教師をしていた寛正ですが、アメリカと日本の戦争が激化するのに伴い、アメリカでの日本人排斥がひどくなり、帰国を余儀なくされ、岐阜に戻りました。
とはいえ、時は戦争真っ只中の日本で、アメリカ文化をたっぷり吸った人間が生きていくのは非常に厳しかったそうです。日に日に発展が進み摩天楼が建ち始めていた1900年代始めのニューヨークに住んでいた人間が、岐阜の田舎で、しかも竹槍で戦争をしようとしていた社会に適応できるはずがありません。アメリカのすごさを語って、非国民と警察に連行されたこともあったと聞きます。
揖斐川町の実家には、寛正のドイツ製のグランドピアノがあったそうです。私はそんなことを全く知らずに育ちました。日本では寛正は変わり者にすぎず、みんなに迷惑をかけた厄介者のような見方をされていたのかもしれません。
先日、部屋を整理していた時に、私がJICAの青年制度に申し込んだ時の申込書が出てきました。志望動機に「海外で生きた一世の気持ちを少しでもいいので知りたい」と書いてありました。寛正がアメリカで過ごした20年間を綴った日記を読んで、外国で生きるとはどういうことなのだろうと思っていた私の気持ちだったのでしょう
92年にブラジルに来てから27年。移民の大先輩方から見れば若輩者ですが、近年は「一世です」と言えるようようになりました。以前は、「私は一世ではなく日本人です」と言っていました。私の中で日本人と一世の違いは、日本に帰る日本人か、日本出身でブラジルに住んでいる日本人か、です。日系2世と結婚し、娘をブラジルで育て、それだけ長い間、こちらに住んで、いつの間にか自分の居場所はここだと思うようになったのかもしれません。
現在は、インターネットのおかげで、日本の情報が生で入り、日本のテレビが見られ、日本からの輸入品の食料を買うことができるようになりました。私は、父が亡くなってから母のいる岐阜に年に2回帰っています。私は何十年も日本に帰れなかった昔の移民の方々の苦労など、何にもしていませんね。私を通してブラジルで日本の何かを残せるなんて大それたことは考えていませんが、バイリンガル教育の勉強をして、娘には日本語を伝えようと努力をしました。
振り返ってみますとJICAの3年の派遣が終わった後、一度帰国したのですが、ビザが1年残っていたため、すぐにブラジルに戻ってきました。サッカーが大好きで、サッカージャーナリストになりたかった私は、夢を叶え、すでに24年が経ちました。ブラジルのサッカー選手、監督など著名人のインタビューをし、日本の雑誌、新聞にブラジルのサッカー記事を書いて、日本で本を出版することもできました。
しかし、こんなことは全く大したことではありません。なぜなら、ブラジルにはすごい人たちがたくさんいます。移民してゼロから苦労して人生を築いていかれた方たちです。そして、そのスピリット(精神)を受け継いでいる2世、3世、4世の子孫たち。
日系人というのは、日本人の勤勉さ、器用さ、真面目さと、ブラジル人のエネルギッシュでスケールが大きく、底抜けな明るさを兼ね備えたいいとこ取りの人たちなのではないかと思います。そして、助け合いをとてもサラッとやってしまう人たちです。岐阜県人会もそんな方達の集まりです。3世以上は日本語は喋れなくなっていても、日本人のいいところをブラジルに残し続けている人たちです。
寛正の日記の表紙には「艱難(かんなん)汝(なんじ)を珠(たま)にす」と書いてあります。苦労や困難を堪えてこそ立派な人間になれるとの意味です。
私は大した艱難を乗り越えていませんね…。「一世です」と言えるようにはなったけれど、まだ「一世の気持ち」を本当によくわかる域には全然達してはいないと思っています。でも、私の周囲には艱難を乗り越えた方達がたくさんいて、そのスピリットを持った子孫がたくさんいて、彼らからエネルギーをたくさんもらえることは本当にありがたいことだと思います。私も「一世です。」と言い続けることで、いつか本当の一世になる日が来るのかなと思うブラジル27年目の今日この頃です。

(原稿:岐阜県人会理事 岐部大野美夏(1992年よりブラジル在住)

 

岐阜県人会バザー開催

去る1月10日、11日、金・土の両日、ブラジル岐阜県人会にて、県人会余剰品のバザ-を開催致しました。
何年ぶりに県人会の大掃除を昨年の暮れにした際、倉庫に埋れていたものを棚卸して品分け。本、皿、湯呑み、民芸品、Tシャツ、小物と500点以上を写真のように陳列して、WhatsApp等で知り合いに告知。2日間で80名近くの方々が訪問して下さいました。
急な日程で小規模な宣伝でしたが、予想以上の皆様方にお集まり頂き、心より感謝しております。
また、県人会の役員の方々にご足労をおかけ致しましたが、無事、成功裏に終えることができました。御来場の皆様、ボランティアの皆様、本当にありがとうございました。

 

(原稿:岐阜県人会会長 長屋充良)

 

2019年12月の出来事

  • 4日
    • 福井県人会にて第1回中部ブロック運動会の会議に長屋会長が参加
  • 4日
    • 2019年分の県連会費を納める
  • 10日
    • 12月の会報とX’masカードを日本へ郵送
  • 12日
    • 長屋会長が県連代表者会議と忘年会へ参加
  • 14日
    • 秋田県人会会館にて2020年度の日本祭り会議
    • 有志による県人会事務所の掃除
  • 17日
    • 第2回中部ブロック運動会の会議に長屋会長が参加
  • 21日
    • 12月度の定例理事会開催
  • 26日
    • 長屋会長がニッケイ新聞へ挨拶

 

12月定例理事会議事録要旨

  • 日時:2019年12月21日(土) 午後3時~
  • 出席者: 長屋充良会長、国井宏裕副会長、日比野健一会計理事、金子亭資書記理事、日々野亘理事、岐部理事、長尾昇理事、浅野正監事、佐久間ソニア会員、佐久間パウロ会員、長屋恵美子会員、中田エイジ会員、島村アナ会員(以上13名)
  • 審議内容
    1. 長屋会長挨拶
      今年最後の理事会という事で、皆さんに感謝の意を述べる。この一年を振り返り、日本祭り、ジャパンハウス・セミナー、岐阜県アピールの夕べ等、様々なイベントでの郡上踊りを披露。第41回岐阜県農業高校生海外実習派遣団来伯、クーニャ一泊旅行、第1回春の屋台祭り、ブラジル岐阜県人会杯ゴルフコンペ(年2回)、忘年会等、沢山の会員、友人の方々のご参加を頂き、今までかつてない盛り上がりを収めた事を振り返る。
    2. 11月度の出来事報告
      第15回日伯友情交流絵画展、第1回春の屋台祭り、忘年会など様々な催しを実施。
    3. 11月度会計報告
      県庁より日本祭り並びにJHでのセミナーによる岐阜県アピール業務委託金の入金報告。
      絵画展の会計処理に関する質疑。
    4. 第1回中部圏大運動会
      長屋会長から中部圏県人会10県人会+埼玉県人会による第1回中部圏大運動会開催の説明。若手を中心とした協力が求められる。来年9月20日に実施予定。会場探し進行中。
    5. 来年度日本祭り、郡上踊りについて、準備日程を提出。
    6. 新体制に関する選挙委員会を設立。長尾理事が選挙委員長就任。
    7. 2020年度年次総会日程を2020年2月16日(日)10時開始と決定。議長に日比野亘理事を仮認定。
    8. 事務局について諸項目を討議。
      次回1月の理事会は1月18日(土)午後3時~

 

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