【日本語】会報

会報 2020年11月

岐阜、三重、群馬3県人会コラボイベント

「がんばろう!みんな、げんき!」

去る10月18日(日)、3県人会による、焼きそば(群馬)、たこ焼き、エスペット(岐阜)、唐揚げ、天ぷら、いちご大福(三重)のテイクアウト(持ち帰り)が、ビラマリアーナの三重県人会会館で行われました。

このイベントのキッカケになったのはコロナ禍によって、各県人会館を利用する団体からの収入が無くなり、会館維持が困難になって少しでも軽減させようと、下川三重県人会会長が、県連で他の県人会の方に割安でご活用頂きたいと提案され、素晴らしいアイデアと手を挙げさせて頂きました。

他の県人会にも声をかけ、春の屋台祭りでご一緒させて頂いた群馬県人会と2県人会でやることになり準備を進めて、そして三重県人会も参加合意されたので、3県人会での開催となりました。

昨年の「春の屋台祭り」によって、会館を有しない私ども岐阜県人会も、会館を持つ県人会と組めばいろいろなイベントもでき、また横のつながりも出来て、いいこと尽くめということが実証され、今回の他県人会とのコラボも全然抵抗がありませんでした。

週に一回のオンライン会議を、各県人会代表で毎週続けて協議を重ねて、イベント大成功の為に、県人会の枠を超えてとても良い準備ができたと思います。
会議では当然の事ながら、メニューをどうするのか、他のイベントとの差別化を特に意識して、取り組みました。

過去の情報を調べて、焼きそばがブラジルで一番人気があるのにもかかわらず、今年の他のイベントでどこもやっていなかったので、群馬県人会の方がノウハウがあるという事でお願いし、岐阜県人会は、他になく経験があるタコ焼きとし、三重県人会は名物のいちご大福そして、天ぷら、唐揚げと偏ることなくいい組み合わせとなり、またブラジルでは定番の肉の串焼きを岐阜県人会で用意し、焼きそば(普通、野菜の2種類)、たこ焼き、串焼き、唐揚げ、天ぷら、いちご大福をメニューとしました。

各担当を決めて、材料調達、スポンサー探し、宣伝、設営準備、メンバー確保と効率良くこなしました。

それ以上にコロナ対策として検温、換気調整、ソーシャルデイスタンス確保、マスク、手袋等できる限りの対策を講じました。

まだSNSによる宣伝、ニッケイ新聞のご協力、各メンバーのネットワークを最大限に活用して、15日の注文受付締め切り前に、売り切れを達成しました。

下川会長の多大なるご協力によって大変助けて頂きました。

今回「日本祭り」以外に売ったことのない数を記録し心配しましたが、お陰様で想像以上に安易に目標を達成することができました。

1日前の準備から当日まで各県人会のメンバーがボランティアで、気持ちよく参加頂き素晴らしい結果を出すことができ、イベント終了から直ぐ友人家族知り合いなどから、味とか運営が好評で大変ありがたく、やり甲斐がありました。

今回のイベントでやはり一番良かったのは、他県人会とのネットワーク構築であります。
各県人会のいいところを出し合い、足りない部分を補い合い、素晴らしい結果を出すことができた事です。
これからもどんどんこうしたイベントを積極的に企画実行していこうと思います。
ご協力頂いた皆様本当にありがとうございました。

お疲れ様でした。また頑張りましょう!

(原稿:岐阜県人会会長 長屋充良)

 

第16回日伯友情絵画展開催実現

今年の初め、ブラジル岐阜県人会と在サンパウロ日本国総領事館が共催する重要で伝統的な文化イベントの委員長を務めるように打診されました。

経験した事が無いので最初は断りましたが、友人の佐久間ソニアさんや他の人たちの励ましとブラジル岐阜県人長屋充良会長の熱意ある説得により、この責任を引き受けました。

私たちは、すべての人々と同様に、汎発性流行病(コロナ禍)に驚かされました。それは、すべてのプロセスや手順の変化と順応を強制したのです。長年踏襲されてきたものはすべて崩壊され、過去15年間日伯友情交流絵画展でなされた事は通用しなくなりました。

この前代未聞の新しいシナリオに直面し、2020年度第1647回日伯友情交流絵画展が開催できるかという決断に迫られました。今年11月以降イベントが開催できるか、人の密集を避けなければいけないか、など未知の課題が山積していました。

今年の3月から10月の最終週まで、長屋充良会長、小田エルザ画家、加藤允彦画家、矢島エイジ画家から成る委員会が数回協議しました。

当初から長屋充良会長は日伯友情交流絵画展を開催する事を提案しました。協議の結果、前例のないバーチャル形式で開催する事を選びました。既にバーチャル絵画展が各地で開催されていました。委員会と芸術家らは、芸術家の参加登録、絵画や彫刻の受付やプレゼンテーションなど、すべてのプロセスを検討して、見直しました。

新しいバーチャル形式の採用により、日伯友情交流絵画展初の母県岐阜から二人の芸術家が参加され、又絵画展史上最多数の40人の芸術家が出品されました事は、委員会の大きな喜びになりました。

無数のバーチャル会議を繰り返して、委員たちは初めて体験する諸問題を解決するために、共に知恵を絞りました。絵画展開催にご支援、ご協力いただいた皆様に感謝申し上げます。宮坂国人財団及び西尾ロベルト義弘理事長、有限会社ヤマト商会及び高木社長、委員会のメンバー、長年絵画展に携わった前ブラジル岐阜県人会会長山田彦次氏、私の右腕のように働いてくださった岐阜県人会の佐々木よしこ事務局長、真夜中に電話で対応した日本在住の弟吉村•マルセロ、この素晴らしい経験の機会を与えて下さった現ブラジル岐阜県人会長屋充良会長に衷心より感謝申し上げます。

ここで言及されていない人々へ、感謝と強い抱擁を送りします。

ありがとうございました!

(原稿:橋本マルコス亮 絵画展委員長)

 

2020年日伯友情交流絵画展(バーチャル)
16ª Exposição Virtual de Intercâmbio Nipo-Brasileiro

アクセスリンク: https://gifukenjinkai.org.br/art/

 


2020年10月の出来事

  • 05日
    • ニッケイ新聞移民112年特別号広告代支払い
  • 06日
    • 長屋ベッチさんテイクアウトに使用する素材用品わけ
  • 17日
    • テイクアウト(持ち帰り)の準備三重会館にて
  • 18日
    • イベントテイクアウト三重会館にて
  • 19日
    • 絵画展のカタログ印刷会社から受け取り
  • 21日
    • 絵画展委員会ビデオ会議
    • 絵画展カタログ日本国領事館、宮坂財団、Comercial ヤマト、県連へ届ける
  • 21日
    • 絵画展カタログ日本郵送
  • 24日
    • 県人会定例ビデオ理事会
  • 26日
    • 宮坂財団から絵画展の寄付金口座に振り込まれる
  • 28日
    • 県人会10月号会報郵送
    • 3県人会主催のテイクアウトの売上金口座に振り込まれる
  • 29日
    • 県連代表者ビデオ会議

2020年10月定例理事会議事録要旨

  • 日時: 24/10/2020 午後3時
  • 出席者:長屋充良会長、国井宏裕副会長、長尾ジョージ会計理事、佐久間ソニア書記理事、平野イラシ理事、大野美夏理事、中田謙三理事、清水リナ地方理事、金子相談役、大野光男補佐理事
  • 審議内容
    1. 会長挨拶、オンライン接続に、手間がかかり開始時間がずれたことを、詫びる。
      10月18日に行われた、岐阜、三重、群馬3県人会のテイクアウトの大成功を参加した方々、寄付をして頂いた方、フェイスシールドを寄付して頂いた方などに感謝の意を表する。
      日本の大学の説明会を説明。 ニッケイ新聞の年末年始の挨拶広告掲載に承認を得る。
    2. 9月度の出来事を佐久間理事から説明、承認
    3. 9月度の会計報告を長尾理事から説明、承認
    4. 絵画展の進行状態、宣伝用のビデオ、カタログ、サイトなどを紹介する
    5. 日本祭りLiveの執行委員の中田理事より現状報告。 11月7日のオンエアに乞うご期待と締め括る。
    6. 6 . 日本祭りオンラインの執行委員の長尾理事より、サイト「47cultural」の内容報告。
    7. 県人会事務所売却の件で、不動産屋に委託したことを報告
    8. 来年の日本祭りでの新メニューを、広く求める。
      清水理事より、「栗きんとん」の提案。値段など調査要請
    9. 事務所の蛍光灯をLEDに交換することを、承認
      紙切り器購入承認
    10. 次回理事会は、11月21日(土) 15:00とする。

 

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会報 2020年10月

第16回 日伯友情交流絵画展

本年11月3日、第16回友情交流絵画展の開催に際してブラジル岐阜県人会会長として絵画展実行委員会のメンバーの一人として参加させて頂き、色々勉強でき大変良い経験になりました。

この絵画展は、ブラジル岐阜県人会の新しい文化事業として、2006年より始まり現在尚、県人会の数少ない文化活動として注目されております。

この絵画展の成り立ちの変遷を当岐阜県人会が2013年岐阜県人ブラジル移住100周年を記念して発行された「岐阜県人ブラジル移住 100年のあゆみ」(218ー219ページ コラム24)から抜粋して紹介したいと思います。

“ブラジル岐阜県人会の文化活動として特筆されるひとつに、絵画展がある。2006年より毎年1回、在サンパウロ日本国総領事館の後援により、同総領事館多目的ホールで開催 してきた。県人会と絵画は無縁な存在ではない。土本真澄会員はブラジル日本文化協会美術委員会に属する日系画家のひとり。小島康一会員(副会長、相談役を歴任)は、早くから具像画の分野で名を知られていた。山田彦次会員(1990年度より会長)も絵画についての造詣が深く、1990年代に入ってからは、みずから絵筆をとるようになった。2003年2月、山田会長の提案で県人会主催「絵画教室」が催された。毎月[第1日曜日および第3日曜日の午前10時から午後1時まで」、県人会会館サロンで開催していたが、講師の都合により1年あまりで閉鎖。その後、小島、山田の両名がブラジル日本文化福祉協会美術委員会主催の絵画展に出展をつづけていた。

2006年に入り、県人会会員のうち絵画展に関心のある数人から、「絵画展開催」の要望がでる。これを受けた理事会は、同年7月14日、絵画展について審議。日系画家および非日系画家の交流を目的に、とりあえずテストケースとして「15名による小規模絵画展」の開催を決定した。非日系画家をまじえる点に特色があり、名称も「日伯友情交流展」とするなど工夫をこらす。画家の交流を主目的とする文化事業であるから、展示作品の販売という経済行為は度外視した。そのため、会場として在サンパウロ日本国総領事館の多目的ホールをえらび、同館文化班へ要請したところ、無償提供をうけることになった。しかも、絵画展の趣盲に賛同した西林万寿夫総領事(=当時)が、「県人会主催、総領事館後援」による開催を快諾。以後、毎年の絵画展はこの形式を踏襲してきた。

同年9月19日午後5時30分、会場の在サンパウロ日本国総領事館多目的ホールにて、オ-プニングセレモニーを開催。総領事館からは西林総領事、武田幸子副領事(文化班)らが出席。総領事が祝辞を述べる(会期は同月29日まで)。出展画家は日系人7名、非日系人8名。試験的なプログラムのつもりだったが、好評を博したため理事会では10月22日の会議で「毎年1回継続的に開催」と決定。会場を総領事館多目的ホールとし、日伯合同絵画展という形式で実施してきた。2013年度で8回をかぞえる。

2007年の第2回絵画展は、日本人ブラジル移住100周年(2008年)を視野に入れて検討。1年前に開催するので、前夜祭という意味を込めて「日伯交流展99」(Pré-Centenário da Imigração Japonesa no Brasil)とした。会期は9月11日から10月21日まで。前回の実績が認められ、オ-プニングセレモニーには絵画分野の関係者にくわえて、ブラジル日本文化福祉協会から山下ジョルジェ副会長、桂川富夫理事らも出席。西林総領事はあいさつのなかで、「来年は日本移民100周年でもあり、引き続き開催されることを期待しています」とのべた。2008年は第3回絵画展のほか、別の企画も実施。日本人のブラジル移住100周年のほか、ブラジル岐阜県人会創立70周年と岐阜県人ブラジル移住95周年にあたる。そのため県人会では同年5月に記念祭を挙行。プログラムのひとつとして、「ブラジル日本移民百周年記念絵画展」(Exposição de Pintura Comemorativa do Centenário da Imigração Japonesa no Brasil)の開催が決まる。祭典前夜祭プログラムを近郊のモジ。ダス。クルーゼス市で実施することになり、記念絵画展の同じ場所(モジ。ショッピングセンター)と決定。祭典の後援者であるモジ市役所に敬意を表し、絵画展については同市役所主催、県人会及びショッピング後援という形にした(会期は同年5月23日から6月14日まで)。

これは別枠のプログラムであるから、総領事館後援の絵画展と同一視することはできない。県人会主催。総領事館後援の「第3回日伯友情交流絵画展」は、9月22日から10月3日まで、総領事館多目的ホールにて開催。第4回は2009年9月10日から21日まで。このとき、名称を「日伯合同記念絵画展」(Exposição de Intercâmbio Nipo-Brasileiro) と変更。

出典画家の枠を拡大し、日系画家、非日系画家合わせて21名となる。オ-プニングセレモニーには、大部一秋総領事、小林雅彦首席領事が出席。

第5回は2010年9月10日から17日までの開催。事前に用意したプログラムに、初めて開催回数を印刷した。ところが、ポルトガル語で “6ª Exposição de Intercâmbio Nipo-Brasileiro”と誤記。「第6回日伯合同絵画展」となって、以後、2013年の第9回「正しくは第8回)まで、番号はずれたままになっている。名称は、2011年から「日伯交流絵画展」と変更。2013年は「岐阜県人ブラジル移住100周年。ブラジル岐阜県人会創立75周年」という大きな節目にあたる。出典画家は過去最多の23人となった。

ブラジルにおける都道府県人会のなかで、絵画展を実施したケースはほかになく、岐阜県人会として誇るべき事業である。

11月3日午後7時よりオープニングとして、在サンパウロ日本国総領事館より、桑名良輔総領事のメッセージが放映され、放映開始し一年間出品作品が鑑賞できます。

どうか皆様乞うご期待!是非ご鑑賞下さい。

(原稿:岐阜県人会会長 長屋充良)

オンライン花火動画特設サイトオープン CG花火、多彩な視点

コンピューターグラフィックス(CG)を駆使した3D映像による花火の動画が楽しめる「オンライン夢花火 I Love Gifu 岐阜の宝もの」(岐阜新聞社 岐阜放送主催)の特設動画サイトが、11日に開設された。県内観光情報なども満載で旅気分が味わえる。ぎふチャンテレビ特別番組も30日午後6時30分から放映された。

新型コロナウイルスの感染拡大で、各地の花火大会が中止となる中、CG花火を”打ち上げ”、仲間や家庭で楽しんでもらおうと企画した。

動画では、立体的な果物の花火や、炸裂する花火の中を通り抜けるように視点が変化するなど、CGならではの表現が展開されている。今後、新作動画を順次アップする。自慢の観光資源を県が認定する「岐阜の宝もの」、「ウィズコロナ」における新観光スポットを紹介するコーナーなども設けた。

ぎふチャンテレビ特別番組は、県内各地の観光地からCG花火が打ち上がる構成で、旅をするように県内の魅力を感じてもらう。番組は放送後、サイトでも配信する。特設動画サイトのURLは https://gifu-np.net

(岐阜新聞:8月20日付け)


2020年9月の出来事

  • 02日
    • 県人会便り8月号BR郵送
  • 07日
    • 第10回岐阜県人会ゴルフコンペ開催
  • 09日
    • 絵画展委員会オンライン会議
  • 11日
    • COMERCIAL 大和より絵画展の寄付金受け取り
  • 19日
    • 県人会オンライン定例理事会
  • 23日
    • 2019年会計日誌公証役場へバインドして登録
  • 28日
    • 県人会便り9月号BR郵送
  • 30日
    • 絵画展展示カタログ製作終了

2020年9月定例理事会議事録要旨

  • 日時: 9月19日 (土)午後3時~ビデオ会議
  • 出席者:長屋充良会長、国井宏裕副会長、長尾ジョージ会計理事、佐久間ソニア書記理事、大野美夏理事、平野イラシ理事、中田謙三理事、金子補佐理事、大野光男正監事、清水リナ地方理事、橋本亮絵画展委員長
  • 審議内容
    1. 長屋会長挨拶と出席者に感謝。 8月末に発表された日本財団、全米日系人博物館の共同 調査「日本財団グローバル若手日系人調査」について、感想を述べる。(詳細は、県人会会報9月号に掲載)
    2. 8月の出来事佐久間ソニア書記理事報告、了承。
    3. 8月の会計長尾会計理事報告、了承。
    4. 岐阜、三重、群馬3県人会イベント(10月18日)についてソニア書記理事が説明報告。製麺会社「アルファ」の寄付を取り付ける。バーナー作成、前売り券販売状況報告 、当日用意に前日の協力を要請。
    5. 第16回日伯友情交流絵画展について橋本委員長より、カタログのプレゼンテーションを紹介。 11月3日オープニングのアイデアを要請。
    6. 11月7日の日本祭りライブについてライブ実行委員会の幹部である中田理事から、内容 説明。
    7. 日本祭りオンライン(11月7日))について長尾理事から、自身が作成された岐阜県の郷土食について詳しく説明される。
    8. 県人会会館について大野正監事が紹介された物件について、説明。希望購入金額と折り合いつかず、継続検討。
    9. 次回10月度定例理事会は、イベントの為、第4土曜日(10月24日)とする。

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会報 2020年09月

日本財団グローバル若手日系人意識調査2020年まとめ

皆さんいかがおすごしでしょうか。

コロナ禍も、想像を絶する400万人の感染者、12.4万人の死亡者を記録しましたが、9月に入ってどうにかピークを越えたような感じはありますが、まだまだ油断は禁物です。

さて、今週「日本財団」(笹川陽平会長)による”グローバル若手日系人意識調査”の報告がありました。この調査は、世代の進みと同時に現地化が進み日系人としての意識の希薄化が心配され、実際どういう状態なのかという事と、日本が所謂日系人とこれからどういうふうに付き合っていくのかと言う疑問に対する答えとしてこの調査が、本年、日本財団、北米の全米日系人博物館とで、11ヵ国の12都市で調査が行われました。

特に18~35歳の若手日系人が主な調査対象となっております。日系人の定義として、「日本から海外に本拠地を移し、永住の目的を持って生活されてる日本人並びにその子孫の2世、3世、4世等。国籍、混血は問わない」とあります。
1868年(明治元年)ハワイ集団移住から始まった海外移住は、北米、南米と広がり今迄に日系8世を生み,綿々とした移住の歴史は、現在380万人の日系社会を形成しました。
(その中、半分以下は、190万とも200万ともいわれるブラジル移民であり、北米130万人、カナダ12万人、ペルー10万人、在日日系人25万人となっております)。

調査の結果:

  1. 若手日系人は日系アイデンティティーを確立しており、日系人としての意識を強く持っている。(ミクロ)
  2. 若手日系人は他国の日系人とのつながりを求めている。(メゾ、マクロ)
  3. 若手日系人は日本に強いつながりを感じている。(マクロ)
    という事が分かりました。

①の調査では、74%の若手が、日系人として強い意識、アイデンティティーを持っていることが判明しました。その日系人のアイデンティティーを形成する重要な要素に:
1. 日本的価値観
2. 文化的要素
があり、その若手日系人にとって重要な価値観として、1.頑張る、2.尊敬、3.感謝、4.もったいない があげられ、特に若手の‘もったいない”に関しては、調査順位として年配者よりも上位にあげられ、環境問題が影響しているのではないかと推測されるとのこと。またこうした価値観は、両親や祖父母から教わった傾向にあり特におばあちゃんからの影響が大きいとの結果が出ました。(おばあちゃんの皆様、孫の教育を引き続きお願いします)。

また日本的価値観を持っていることに誇りを持っていて、次世代にも継続したいという答えも多くあったそうです。それと年代を問わず、頑張るが最も重要な価値観である事が明らかにされました。

次の要素として文化的要素については、一漑には言えないとしても、挙げられるのは、日本語能力、食文化(日本食)、お祝い、伝統行事、イベントなどで、日常生活でどのくらいの頻度で日本文化に触れているのかという点で調査され、言語と文化は相関関係がある、日本語を話せると、日本食を家で食べる傾向にある、日本的価値観を持っていると、文化行事に参加する非常に強い傾向が見られるとも結果が出ました。

日系人の日本語能力について、日常生活で日本語を使う機会は、月一回以下程度が半数以下、全く使わない人は23%、月一回使うか使わないが21%で44%となってますが、然しながら、若手日系人の日本語学習意欲は高くなっています。

食生活として、日本食を食べる頻度は週に1~2回は食べると日常的に日本文化が浸透していて、自宅では週1、外では月2~3回が最も多い回答となっています。

次に伝統行事、お祭り、イベントに関しては、正月が最も重要な行事であり、続いてお盆と、家族との関わり、日本文化における家族の重要性が考察できるとなっています。

ポップカルチャーとして、アニメ(21%)、漫画(14%)、カラオケ(13%)に触れている。

② 若手日系人は国際的な繋がりを求めているという点について、90%近くの人が関心あり、日系人同士だから分かり合えるところがあると答え、その手法としてSNSを利用して繋がりたいと思っている。

地元日系社会については、ブラジル半数以下の人が関わりがあるのですが、これは地域差がありました。ブラジルでは特に日系社会の将来について 7割の人が不安を感じていました③ 日本とのつながりを感じてるについては、ブラジル半数近くの人が強いつながりを感じ、それなりのつながりを感じている人を合わせると、7割近くになりました。また、東京オリパラに7割近くの人が誇りを感じ、また自分の母国に対するつながりに関して7割の人がその意識を持って、母国、日本とトランスナシヨナル.アイデンテイテイ-を持ってグローバルな日系人像が明らかになりました。

これから、日本財団が今後の取り組みとして、日本との関係強化、横のつながりを強化していくとありました。

最後に、纏めとして、日本に親近感を持っている世界の人と、日本をどうやってつないでいくかということに、努力していく事を述べられました。

この調査結果を鑑み、将来の県人会、日系社会の方向性を決める素晴らしい資料になると思います。どうか皆さんも共有ください。ありがとうございました。

(原稿:岐阜県人会会長 長屋充良)

 

岐阜県とのつながりのある私、岐阜県国際交流センターの岐阜県国際交流員として3年間も役割と人生の歩み (後編)

2000年の「岐阜県青年海外派遣研修事業」には妹の桑原エリザ由美清水が選ばれ、2002年には私も参加可能というお知らせがあり、とても嬉しかったです。その交流事業で知り合った通訳者の島袋マックス純国際交流員が来年度は「僕の席が空きますので」、応募したら良いのではないかとの意見があり、試験を受けてみることにしました。

一般財団法人自治体国際化協会(クレア)が取材する事業、ジェットプログラムの試験はブラジル全国に位置している在日本国総領事館と日本国大使館と同時に行われていて、私は在サンパウロ日本国総領事館で受けました。5つの県に派遣される予定で、その結果、まさか私が2003年度に岐阜県に選ばれるとは夢みたいな出来事でした。

岐阜県の国際交流員としての三年間の日本滞在は、あっという間に経ちました。日本人や外国人と知り合うきっかけ、そして一番大悲しい思いではお別れの時でした。

だが、2008年と、10年後の2018年には「ブラジル日本人移民110周年記念祭」、「岐阜県人ブラジル移住105周年記念・ブラジル岐阜県人会創立80周年記念式典」、「レジストロ市日本人殖民105周年記念式典」のそれぞれの式典が最大に行われ、その年の7月29日には同時に姉妹都市推進関係である岐阜県副知事御一行の他、岐阜市長御一行、下呂市長御一行、美濃加茂福市長御一行等、約30人がブラジルを訪れました。同じく、10月18日~20日まで岐阜県中津川市長御一行も19名の訪問団が式典に参りました。私も岐阜県民であり、元岐阜県の国際交流員として色々な行事に参加しました。

2015年7月~2019年3月まではジェットプログラム同窓会ブラジル支部の会長との役割を受け持ち、元国際交流員の経験が深り、私の、二つ目の忘れない出来事がありました。2016年、平成28年11月7日に京王プラザホテル新宿で「JETプログラム30周年記念式典及び記念レセプション」に世界中から800人の方々が招待されて私も東京へ行きました。その際に、強力なセキュリティの中で式典が行われていて、世界中の国々から17名の会長が一部屋に集まり、当時の徳仁皇太子殿下と雅子妃殿下との面談が各代表者に30秒のお話が許されるとの知らせがありました。足がふるえ、頭はこんがらがって何をお話していいのかが一番の問題でしたが、私のばんになり、皇太子殿下はとても優しい笑顔で「ブラジルには二回も行きました」と言われ、ほっとしてある程度スムーズな話の流れになりました。雅子妃殿下とのお話も同じように優しいお顔でブラジルの日系社会は活発だとおっしゃっていました。

岐阜県の国際交流員としての歩みは人生の中で思いがけないほど沢山の出来事がありますが、ブラジルに住んでいる我々は岐阜県の誇りをみんなに紹介する役割を果たすためにこの世に生まれてきたのではないかと思います。岐阜県民の皆さんはどう思いますか。その都合で毎年再開する「日本祭り」は本当に日本のゆかりのある人達には一番需要なイベントだと考えます。是非是非来年は皆さんの手を貸して頑張りましょう

(原稿:岐阜県人会 地方理事 清水リナ春美)

 

第10回ブラジル岐阜県人会杯ゴルフコンペ

去る9月7日(月、祝) 、PLゴルフクラブにて、コンペが開催されました。

今回コロナ禍の中で、公式コンペはできないので、普段と同じプレーという事で、行いました。

流石に、参加者は4人と寂しい限りでしたが、一応、第10回コンペとして、実施でき安心しました。

素晴らしい秋晴れで、楽しくゆったりとプレーでき、県人会の理事で、大野美夏さんが、堂々の優勝で、優勝カップを獲得されました。アウトは、43で、ぶっちぎりでした。

回を追う如く、参加者が減っているので、何かメンバーを集めるのにアイデアを絞らなければいけないという事で、岐阜県出身者であれば、ベストですが、岐阜県にゆかりのある方にも門戸を広げたいと思っています。

皆様のご協力お願い致します。

(原稿:岐阜県人会会長 長屋充良)

 


2020年8月の出来事

  • 03日
    • 県連主催オンライン代表者会議
  • 10日
    • 第16回日伯友情交流絵画展の寄付契約書、宮坂財団から、受け取り
  • 11日
    • 絵画展委員会より豊田豊アーチスト特別参加招待、参加承諾
  • 15日
    • 県人会定例オンライン理事会
  • 17日
    • 絵画展申し込み締め切り40名の応募者その中2名は日本からの応募。
  • 20日
    • 県人会便り7月号発送/郵送
  • 26日
    • 絵画展委員会オンライン会議、入選者決定
  • 28日
    • 県連主催オンライン代表者会議

2020年8月定例理事会議事録要旨

  • 日時:2020年8月15日 午後3時~7時 ビデオ会議
  • 出席者:長屋充良会長、国井宏裕副会長、長尾ジョージ昇会計理事、佐久間ソニア書記理事、大野美夏 理事、平野イラシ理事、中田顕三理事、金子補佐理事、橋詰セシリア補佐理事、大野光男補佐理事、清水リナ地方理事
  • 審議内容
    1. オンラインがうまく繋がらず、会長のお詫びの挨拶から始まる。
      本日は終戦記念日という事で、310万人の尊い命が失われた戦争の悲劇を再確認しようと呼びかける。
    2. ソニア理事より7月度の出来事説明、コロナ渦の為、オンライン会議が多くなる。
    3. 長尾会計理事による7月の会計報告、絵画展の応募申し込み入金確認。
    4. 10月18日のデリバリーとテイクアウトについて、群馬県人会とコラボで、三重県人会会館を借り開催予定。たこ焼き、焼きそばを売る(五平餅も候補に!)焼きそばの味付けで意見を交わす。群馬県人会と共催方法を検討。
    5. 第16回日伯友情交流バーチャル絵画展は15日で、応募〆切40名の参加者確認、今回初めて日本から2名の参加者。
    6. 次回定例理事会は2020年9月19日(土) 午後3時~

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会報 2020年08月

岐阜県とのつながりのある私、岐阜県国際交流センターの岐阜県国際交流員として3年間も役割と人生の歩み (前編)

ブラジル連邦共和国サンパウロ州レジストロ市出身の清水リーナ春美です。純粋な日本人の血を継ぐ日系二世です。父は岩手県一関市出身で、母の先祖は岐阜県坂内村です。

レジストロ市はブラジルで一番古い日本人の植民地だと言われています。

1980年からレジストロ市は岐阜県中津川市と姉妹都市提携を結び, 今年で40周年を迎えます。その交流により私はブラジル岐阜県人会の会員のみならず岐阜県の方々と交流がますます出来るようになりました。その交流で何回も日本を訪れる機会もありました。今年の11月にコロナウイルス感染症で世界中の状況により、岐阜県中津川市で開催される40周年式典の際にレジストロ市市長御一行と行動する予定です。

2003年4月から2006年の3月までに、財団法人岐阜県国際交流センターの国際交流員として三年間活躍しました。ブラジルへ帰国して14年も去りましたが、ブラジルと岐阜県の架け橋で様々な貢献を続けられて幸いと思っています。レジストロ市でのボランティア活動が、日本での仕事の一部になりました。レジストロ市にはレジストロ日伯文化協会があり、ブラジルのほとんどの文化協会や県人会の活動が必ずしも活発でない中、日本文化を必ず生かしたい、守りたい、続けたい気持ちを深く持ち、そしてその考えから、日本と同じような街づくりをやるようにしています。私にとって文化の啓発は国際交流員の大きな仕事のひとつでした。皆さんの意見はどうでしょうか?グローバル化の時代で国際交流の重要性を理解できますか?

2004年9月には小泉総理大臣がブラジルを公式訪問する直前に、国際交流員としての初めてのすごい機会、JET Programmeに参加していた16名のブラジル国際交流員が小泉首相との懇談会に招待され、私の人生の中で、忘れることのできない思い出になりました。麻生太郎大臣もブラジルに3か月くらいに住んだことがある経験と我々にも会ってくれました。平成16年11月には岐阜県人ブラジル移住90周年記念高齢者招聘事業が行われ、母が団体の代表として岐阜県を訪問することができ、私は大感激でした。(財)岐阜県国際交流センターの事業の企画・運営にも数多く参加できました。平成17年には、ブラジル人学校で防災訓練を実施しました。また、法律問題に困っている外国籍の方々に「外国人のための無料法律相談」を行い、弁護士と相談者間の通訳を行いました。平成18年には、日本人と在住ブラジル人が集まり、これからの地域づくりについて考える「多文化共生シンポジウム」にも携わりました。国際関係のみならず、日本の政治、経済、文化、社会や県政の知識を高めるのも国際交流員には必要不可欠です。

こういう機会は、多数の人々と知り合い、ふれあうことができ、私達の知識、人格形成や成長にも大変役立つと思います。現在の国際化、グローバル化、インフォメーションやテクノロジーの進展を見れば、皆さんがそれぞれの考えを展開する時代に入ってきたと思います。私達だけが知識を得ることだけを考えず、皆さんにもそういう考えを与える方法を見つけることも目指さなければいけないと思います。例えば、ブラジル出身の私は、色々な人種の中で生活をするのが当然なので、色々な人種の言語、習慣、文化、歴史や宗教、貧富の差の激しさ等を受け入れなければいけないです。それを岐阜県国際交流センターの事業として、学校訪問の時には学生や先生、イベントの際には、一般の方にビデオやパンフレット、CD,本や写真で私の国を紹介していました。それでも、時々私たちでさえ、「自分の国のことが分からない、知らない」という事が沢山有ると気づきました。でも、それは仕事であろうが、ボランティア活動であろうが、とてもいい経験でした。20年程前の国連の大テーマは「ボランティア活動」でした。皆さんはどう思いますか?

私たちはネットワークやインターネットを通じ、「知識を広げる」、「国際交流を理解する」ということのみをターゲットにしている気がしますが、ブラジルでは貧富の差が激しい国なので、余裕の無い生活の人々を救ってあげる方法や食べ物を与えるとか、どうすればその人々に教育の機会を提供できるのかを考えないといけない状態になっていました。現在と変わらず、あの当時も、ブラジル国政の変化により、急に経済状況が悪下し不安定なため、ブラジル日系人(三世、四世や五世の時代)や非日系のブラジル人、日本語を全然知らず、日本の文化や習慣、日常生活を知らない人々など、日本への出稼ぎ労働者が増加していたため、日本政府も様々な問題を抱えており、大変困っていました。岐阜県内でも約1万8千人のブラジル人が滞在していました。ですから、国際交流員のもう一つの役目としてこれらの人々をサポートしなければならなかったのです。色々な問題の中で、多くの人が非常に心配していたのは子供の教育で、岐阜県も外国人児童不就学の対策を考えていました。

岐阜県と岐阜県人会の交流は活発でしたので、私は国際交流員として様々な係わりがありました。

その移住関連の仕事として平成15年に、「岐阜県人ブラジル移住90周年記念式典・ブラジル岐阜県人会創立65周年記念式典」の際に岐阜県知事、マスコミの団体及び各四市の姉妹提携(「岐阜市とカンピーナス市」、「中津川市とレジストロ市」、「関市とモジ・ダス・クルーゼス市」、「下呂市とサレゾポリス市」)を結んでいる関係者がサンパウロ州を訪れ、岐阜県をPRする事業が展開された際の文章作成や翻訳が私の主な仕事でした。

その他、平成16年に「岐阜県農業高校生海外実習派遣事業」や「岐阜県青年海外派遣研修事業」において、日本人青年にブラジルを紹介し、日本を訪れるブラジル青年には通訳のサポートの仕事をしました。(つづく)

(原稿:岐阜県人会 地方理事 清水リナ春美)

県人会現在理事、中田リカルド顕三氏の紹介

自己紹介をします。私の名前は中田リカルド顕三です。現在27歳で、ミナス•ゼライス州、イタジュバー(Itajubá/MG)連邦大学のバイオ•プロセ及びバイオ•テクノロジーの工学部を卒業しました。現在、R&D(Research & Development 研究と開発)のエンジニアとしてNippon Ham Foods Ltd. (日本ハム株式会社 Nippon Hamu Kabushiki-gaisha)、そしてコンセプト•エージェンシー(Concept Agency)のモデルとして勤務しており、自由時間にはダンス、及びサーカスの曲技飛行の教師として働いています。

幼い頃から、日本の伝統文化に興味を持っていて。4歳~18歳までサン•パウロ州サン•ベルナルド市のみずほ日本文化協会(Associação Cultural Japonesa Mizuho em São Bernardo do Campo/SP)で日本語、演劇、伝統舞踏、折り紙、礼儀作法、コーラス、太鼓などを学びました。そのほか、運動会、カラオケ大会、6月のブラジル独特のフェスタ•ジュニ―ナ、年末の祭り、焼きそば祭り、ブラジル郷土食のフェイジョアーダ祭りなど、色々な日本やブラジル伝統の行事に協力そして参加しました。

子どもの頃から、日本語は得意で、学友の間ではいつも最高点数を取り、サン•パウロ州サン•パウロ市の日本語弁論大会(お話大会)では12年間連続で1位を取りました。12歳で「みずほ和太鼓」のグループのリーダーとして打ち方を教え、「立つ鳥跡を濁さず」の諺に習って授業後、級友たちと一緒に教室の掃除をするのが楽しみでした。

ブラジル移民百年祭の式典で皇太子徳仁親王の御前でブラジルの1500人の太鼓と「みずほ和太鼓」のグループが、サン•パウロ市のサンボードロモ(サンバを披露する広場)で参加した事は貴重な思い出として残っています。その日以来、より一層日本が好きになりました。2020年02月16日、岐阜県人会の理事に任命され。現在中部ブロックで岐阜県の若者の代表者になり、岐阜県人会の存続を目指して頑張っています。

現在のブラジル日系の若者の世代はルーツ、祖先、日本文化の伝統から遠ざかっているようです。今年、この状態を切り替え、日本文化の価値を再認識するために、44人の日系人が属する「ブラジル中部」グループに入会しました。

現在の仕事、人生の重大な出来事など、私の人生はすべて日本が中心になっています。まだ日本を訪問する機会に恵まれていませんが、将来日本語を更に学び、すべての都道府県に訪れて、素晴らしい日本の自然、歴史や人々に接したいものです。

(原稿:岐阜県人会理事 中田リカルド謙三)


2020年7月の出来事

  • 02日
    • 県連主催オンライン日本祭り会議
  • 03日
    • 県庁から第2回海外岐阜県人会交流会の開催延期の連絡
  • 06日
    • 長屋ベッチさん事務所の電話/インタネット使用料の削減実現
  • 07日
    • 県人会便り5,6月号郵送
  • 14日
    • 事務所のコンピュタートラブル、長尾理事トラブル解消
  • 16日
    • 県連主催オンライン日本祭り会議
  • 18日
    • 県人会オンライン定例理事会
  • 20日
    • 絵画展委員会オンライン会議
  • 30日
    • 県連オンライン代表者会議長屋会長参加

2020年7月定例理事会議事録要旨

  • 日時:7月18日(土)午後3時~ビデオ会議
  • 出席者: 長屋充良会長、国井宏裕副会長、長尾ジョージ昇会計理事、金子補佐理事、佐久間ソニア書記理事、大野美夏理事、平野イラシ理事、中田顕三理事、清水リナ レジストロ地方理事、大野ルマ 南リオグランデ地方理事
  • 議題
    1. 長屋会長挨拶
    2. 6月の出来事、会計報告
    3. 第16回日伯友情交流絵画展のバーチャル展示決定、それで日本からの申し込みも可能、県人会と岐阜県庁のサイトで申込受付の開示の報告。
    4. 第23回日本祭りもバーチャル式で10月3日に開催報告
    5. COVID-19の為、連帯9県人会中部青年部のボランテイア活動で衛生用品及び必要食料品集めの呼びかけ。長屋会長、大野美夏理事、中田リリアン会員、佐久間ソニア理事、金子会員、ライオンズクラブのタカシ氏、原ジョージ氏協力。 全寄付品は中部グループのInstagramに公開される
    6. KLN(県連青年部リーダおおよそ20名)県連主催のアクティビティに参加、県人会活性化の為長屋会長リーダシップのもとに、新グループ形成

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会報 2020年07月

「細江静男医師とその遺業」

 
1940年頃イケダホテルにて、ひし形:ナガセ兄弟
後列: ミヤケ氏、ヤノ氏、イケド氏、ホソエ氏、ノムラ氏
前列: タカギ氏、オノ氏、カツガワ氏、ウエダ氏、アサヒ氏、カトウ氏、ツボイ氏、イワハラ氏

1901年7月4日(明治34年)細江静男医師は日本岐阜県益田郡中原村和佐(現在岐阜県益田郡下呂市和佐)で生まれました。

1926年(昭和元年)慶応義塾大学医学部に入学して、1930年(昭和5年)に第8期卒業生として卒業しました。貧しい農村に誕生して、勉学の学費に苦しみ、「無医村で働く医者」になることを希望していました。慶応義塾大学医学部卒業後、宮嶋幹之助(みやじま みきのすけ)助教授の推挙により、念願であった、当時世界一大きな無医地区と言われたブラジルで働く一村医として渡伯しました。

1930年8月28日外務省留学医としてサントス港に上陸、直ちにサンパウロ州ソロカバナ線ランシャリア駅バストス移住地(cidade de Bastos, próximo à estação de Rancharia da linha Sorocabana do Estado de São Paulo)へ赴任され、4年間日本人移民の診療に励み、ブラ拓(ブラジル拓殖組合)の方針に沿って病院の新築を強く進言、1930年9月に建設を開始、1932年に竣工しました。3年の契約で渡伯しましたが、ブラジルに永住しました。

1932年に護憲革命(Revolução Constitucionalista)が生じたため、ブラジルの開業医の免許を取得するために内科、外科、産婦人科の検定試験を受けられませんでしたが、念願かなって、1935年サンパウロ州立大学医学部本科に入学して、1940年卒業しました。日系社会では1939年卒のウジハラ マサキ氏(Massaki Udihara)が最初の卒業生であり、細江静男医師は2番目の卒業生であります。1941年ブラジル国籍を取得するために、若い新兵と共に、1942年から2年間兵役の義務に服しました。

サンタ•クルース救済会(Sociedade Beneficente Santa Cruz)の最初の職員として雇用され,1935年同仁会の衛生技師に任命されました。

1935~1938年まで、正式の医師として診療できないため、衛生技師として、同仁会の事務所内に夜間診療所を開設して、実質総責任者及び患者の相談役として毎夜7時~9時まで受け付け、奥地巡回の診療に尽力し、日本病院建設に携わりました。

1936年カンポス•ド•ジョルドン市のサン•フランシスコ•シャビエル結核診療所(Sanatório São Francisco Xavier em Campos do Jordão)の建設を開始して、翌年開所しました。

1939年4月サンタ•クルース病院が完成して、翌年9月4日開院しました。同院院長秘書として医療活動に従事して、各分野を補佐しました。1941年ブラジル国籍を取得し、1942年4月サンパウロ州警察の通達により、日本病院の管理経営権は警察の指名した監督官、ドトール•フレイタスに付与され、間もなく細江静男医師は日本病院を辞去して、カンタレイラ街411番にコンスルトリオ•メヂコ同仁会を開所しました。

1944年ブラジルの開業医免許を取得しましたが、他の日本人ら同様に、同年8月19日理由も分からないまま、一ヶ月間留置所に収監されました。

1945年8月15日第二次世界大戦終了後、まもなく同仁会の診療所出張所をモジ•ダス•クルゼス市(Mogi das Cruzes)に開設して、約2年間診療に当たりました。

1953年2月ボーイ•スカウト日本連盟第4代総長にまでなった三島 通陽(みしま みちはる)子爵が公演で述べた「これは、日系ブラジル社会と二世の社会•経済•文化の統合を図る理想的な運動である」を聞いた直後、日本移民の青年を中心としたボーイ•スカウト•カラムル隊を編成しました。1954年サンパウロ市の400年祭記念の国際ボーイ•スカウト キャンプ場に於いてチリ国ボーイ•スカウト連合の「善い活動の銀のコンドル(Condor de Prata de Buena Acción)」勲章を受章しました。1962年ボーイスカウト日本連盟より鷹賞を授与されました。

1956年、「性書」一、二編を出版しました。

1959年、日本移民援護協会(現在の援協)に参画して、実費診療所、奥地巡回診療、救急箱実費配布などの諸活動に協力。同年、「薬名辞典」を出版しました。
1970年10月以後、同仁会診療所のみで働きました。1972年半ば、体調が思わしくないので、同仁会診療所も引退しました。1975年8月28日、鬼籍に入り(きせきにいり)ました。

細江静男医師はブラジルの日系コロニアの医学に貢献して、人類•青年ボーイ•スカウトの有志として尊敬されています。1962年(昭和37年)11月16日、日本医師会から、ブラジルに於ける45年間の功績を表彰して、最高功労賞を授与されました。同月26日、日本政府から勲三等瑞宝章を授与されました。

(原稿:岐阜県人会正監事 大野光男)

大野光男氏の紹介

大野光男氏は1946年10月8日岐阜県富之保(とみのほ)大野村、現在関市で誕生しました。2020―2022年任期の岐阜県人会の正監事です。

第二次世界大戦後、ブラジル政府が日本人移民を許可しました。1954年9月19日アメリカ丸で当時8歳であった大野光男氏は両親正一(まさかず)及び喜代子(きよこ)、そして照代(てるよ)、日出丸(ひでまる)及び麻里子(まりこ)弟妹一家揃ってサントス港に上陸しました。

バストス市に入植して、祖父大野清一郎(おおの せいいちろう)の農場で養蚕業(ようさんぎょう)に従事しました。祖父一家は、マサカズ(二男、当時24歳)を日本に残して、1926年ブラジルに移民したのです。養蚕業は、カイコ(蚕)を飼ってその繭から生糸(絹)を作る産業です。

1955年、ポルトガル語をまだ喋られない、大野光男氏はアギア•デ•アイア小学校(Grupo Escolar Águia de Haia)に入学しました。1959年、バストス州立中学校(Ginásio Estadual de Bastos)に入学しました。当時バストス市には高校がなかったので、16歳でサン•パウロ市へ引っ越し,1963年1月から、ピニェイロス(Pinheiros)地区のコチア産業組合(Cooperativa Agrícola de Cotia)の補助計算者として勤務して、夜はフェルナン•ヂアス•パイス教育機関高校(Colégio Instituto de Educação Fernão Dias Pais)で勉学に励みました。

1966~1969年まで、アンデルソン•クレイトン社(Anderson Clayton)で勤務後、1969年サン•パウロ州立ポリテキニカ学校(Escola Politécnica da Universidade de São Paulo)の工科大学に入学して、1973年電気技師として、卒業しました。

1973~1974年7月まで、電気技師の実習生、その後ジュニア電気技師としてイタペセリーカ•ダ•セーラ市(Itapecerica da Serra)に所在するインデル(INDEL)社に勤務しました。1974年8月1日、サン•パウロ電力会社(Cia Energética de São Paulo)に入社して、3200 MWの発電力を持つ、パラナ川のイリャ•ソルテイラ発電所(Usina de Ilha Solteira)の建設に従事し、大型発電機ユニットを就役させることを専門とする電気技師になりました。新しく組み立てられたタービンや発電機の運転をテストする電気技師です。1984年、この部門の管理者に就任しました。

大型発電機ユニットを就役させることを専門とする電気技師として、イリャ•ソルテイラ(Ilha Solteira(3200MW)), UHE•ジュピア(UHE JUPIÁ (1400MW)), プロミソン(PROMISSÃO (270MW)), カピヴァラ(CAPIVARA (640MW)), アグア•ヴェルメリャ(ÁGUA VERMELHA (1380MW)), パライブナ(PARAIBUNA (86MW)), ノヴァ•アヴァニャンダヴァ(NOVA AVANHANDAVA (300MW)), ロザナ(ROSANA (240MW))などの発電所で勤務しました。

1990年代、大型水力発電所の建設が困難になった為、ブラジル政府は電力の不足を予測しました。1989年サン•パウロ州リオ•クラーロ市(Rio Claro/SP)のエネルギー保存研究所の主任に任命され、エネルギーの保存を研究するために、冷却、点灯、モーターの研究室を設立して管理しました。冷却器、冷暖房エアコン、電気モーター、細長い蛍光灯を使用する反射性照明機器などの効率表示の標準化を支援して、蛍光灯の電子反応器を開発しました。‶商業照明のエネルギー保存″、及び‶エネルギーを保存する熱ポンプの導入″などの仕事により、サン•パウロ州のエネルギーの会社の第4回技術セミナーに於いて表彰されました。

“サン•パウロ州のすべての人に明かりを”という政府のプログラムに於いて、農村電化の管理者として勤務しました。

1980~1989年の期間、サン•パウロ州立大学(UNESP(Universidade Estadual de São Paulo))の電気工学部の教授として、機械や発電機の授業を担当し、エネルギーの電気機械変換器の研究室を設立しました。

大野光男氏は、電気工学の分野で無数の公演を行い、”大型発電機の性能判定”、”大型発電機の誘電実験”などの報告書を作成しました。

1996年サン•パウロ エネルギー会社を退職後、イター市/サンタ•カタリーナ州(ITÁ/Santa Catarina(1450MW))、グアポレ市/マット•グロッソ州(GUAPORÉ/Mato Grosso(120MW))、ラジェアド市/トカンチンス州(LAJEADO/Tocantins (902,5MW))の水力発電所、マット•グロッソ州((Mato Grosso)では三つの小型水力発電所、リオ•グランデ•ド•スール州(Rio Grande do Sul)では三つの小型水力発電所、バイア州(Bahia)、エスピリット•サント州(Espírito Santo)等の小型水力発電所の技術コンサルタントとして勤務しました。現役時代、100個以上の水力発電機の就役、及び無数の69から500KVの変電所に参加しました。

サン•パウロ州(São Paulo)、ミナス•ジェライス州(Minas Gerais)、パラナ州(Paraná)、サンタ•カタリーナ州(Santa Catarina)、リオ•グランデ•ド•スール州(Rio Grande do Sul)、エスピリット•サント州(Espírito Santo)、バイア州(Bahia)、マット•グロッソ•ド•スール州(Mato Grosso do Sul)、マット•グロッソ州(Mato Grosso)、パラー(Pará)州、トカンチンス(Tocantins)州などで専門家としての業績を残しました。

(作者:岐阜県人会会員 現正監事 大野光男氏)


2020年6月の出来事

  • 02日
    • Tunibra旅行会社に日本行き航空便について問い合わせ、3航空会社小数便で運行、だが日本国総領事館はブラジル人の VISAを6月末まで発行停止
  • 05日
    • 事務所のプリンターに問題ありメンテナンス業者引き取り
  • 06日
    • Chubu Brasil /Seinen ビデオ会議 参加者25名
  • 11日
    • 県庁から2020年度の海外活性化事業の交付け決定通知の連絡
  • 17日
    • 第16回絵画展委員会ビデオ会議
  • 18日
    • 宮坂財団から絵画展援助寄付金決定通知の連絡
  • 20日
    • 定例理事会ビデオ会議
  • 24日
    • 第16回絵画展委員会ビデオ会議オンライン展示決定
  • 25日
    • 県連代表者ビデオ会議
  • 26日
    • トイレの緊急修復(torneira e vaso )
  • 29日
    • 日本総領事館に絵画展で外務省共催名義使用許可書郵送
    • オンライン絵画展申し込み開始

2020年6月定例理事会議事録要旨

  • 日時:2020年6月20日(土)午後3時~ビデオ会議
  • 出席者: 長屋充良会長、国井宏裕副会長、長尾ジョージ昇会計理事、金子補佐理事、大野光男補佐理事、佐久間ソニア書記理事、大野美夏理事、平野イラシ理事、中田顕三理事、清水リナ地方理事
  • 議題
    1. 6月18日に移民の日(112年)、6月20日国際日系人の日を迎え、コロナ禍の中、すべての記念行事は、中止となり、オンラインにて県連、文協、仏教連合会で先没者追悼法要が行われた。また、国際日系人の日を祝うライブが放映され、反響あり。
    2. 5月の出来事長屋会長、県連副会長として毎週、1~2回の県連オンライン会議参。 5月16日 オンライン定例理事会実施
    3. 5月度の会計長尾会計理事報告会長夫人ベッチ、電話会社と交渉、今までの半分位の料金に交渉、参加者の承認された。
    4. 県庁との会報、助成金の取り扱いに対する報告
    5. 第16回日伯友情交流絵画展について、橋本マルコス亮絵画展委員長が説明、日本語ポ語による募集要項作成。SNSを利用して、募集を募る。 県庁、岐阜市、関市、中津川市のホームページに掲載要請承諾
    6. グループ中部、中田リカルド顕三理事より説明。中文化グループを発展させてグル-プ中部として活動を始める。コロナ禍で生活が困窮してる家庭を支援するために寄付を呼びかける。
    7. 10月03日に県連、日本祭りオンラインを予定、各県人会特に青年リーダーの企画参加を要望。 岐阜県人会も中田理事、ソニア理事、長尾理事が中心となって協力することになる。

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会報 2020年06月

社会と汎発性流行病(パンデミック)

今年(西暦2020年)の初期、中国で発生した流感のウイルスがヨーロッパに広がって、ブラジルに来る可能性があるとうわさされました。 遠い世界の出来事のように聞こえ、ただの風邪だと言う権力者さえ現れました。
馬鹿な思い違いだった。 人種や社会階級を問わず、世界の国々がコロナウイルスに感染されていきました。
政治権力者、世界保健機関、国際連合など世界機構、生物学会の科学者のコミュニティーが、コヴィッド19(コロナウイルス)の感染の仕組みを理解して、感染経路を遮断しようと必死になって研究していますが、既に世界中の国々で四十万人以上の犠牲者を記録しています。
コロナウイルスは、世界中の社会や権力者たちに苦い教訓を与えています:
a)世界は無数のものを生産消費していますが、コロナウイルスの出現により、ロックダウンや隔離を余儀なく強いられ、中産階級や上流階級の人々はより少なく消費しても快適な生活が出来る事を発見しました。 その反面、下級階層の人々は契約のない職業に従事しているために社会保障プログラムを受けることが出来ず、危機をのりこえる事が困難になり、日常の経費を払う事ができず、ヨーロッパ、米国、日本のような裕福な国の援助プラグラムを受けることができずに苦しんでいます。
b)世界中に広がるウイルスが経済に悪影響を及ぼし、商業や工業を破壊し、失業者を生じて、貧困を増加させ、飢餓に苦しみ、どうすることもできない無力な貧困者を生み出しています。
七百万人以上が感染して、四十万人以上死んでいく未知の病気は、社会や権力者たちの団結と結束を育み、他人の欠乏と必要を和らげるために分かち合い、誠実・共感の心で他人を援助して、吾々の生存競争の苦痛を和らげ、吾々の人間性を再確認させる事は素晴らしいことです!
汎発性流行病(パンデミック)はロックダウン・隔離を強制して、非社交的な人にも他人との接触、抱擁、親切な行為を恋しくさせるでしょう。
隔離されていた祖父母が孫たちをもう一度抱擁したり、看護夫である父親が小さな子供にウイルスを感染させないように阻止して、泣くシーンに感動したり、世界各国のベランダで住民たちが一緒に歌ったり、音楽家が各自の家で楽器を演奏しているバーチャル・オーケストラを楽しんだり、消防士がはしごにのぼってトランペットを吹いたり、愛で苦痛や寂しさを和らげる工夫を凝らしている、素晴らしい人たちがいます!
各国の特殊性、経済、能率、政府の良し悪しに関わらず、マスク、呼吸器、手術着、薬剤など基本的なアイテムの製造を一国のみに任せる事は出来ない事を世界各国に認識させました。
ブラジルでは、支配階級の道徳観念の退廃や公徳心が無い事など重大な問題を抱えていますが、義務教育の欠陥や政治家の選挙を軽んじている国民の責任でもあります。
コロナウイルスは、突然変異の仕組みが分からない、ワクチンが存在しない、効率的な治療法がないなど、色々な要因によってブラジル社会を脅かしています。 無知により、コロナウイルスを認めない人もいます。
政治的にせき立てることなく、コロナウイルスのワクチンや効率的な治療法が出来る事を祈っています。 新しい波、又は新しいウイルスに敢然と立ち向かうために、背筋を伸ばして、平静な心で吾々の責任を果たし、隣人に対する連帯感や希望を抱いて、合法的な、公正な、公共心のあることを行って、穏やかで親切な、公明正大な態度を支配階級に要求して、きちんとした基礎的な下水設備、立派な病院施設、礼儀正しい教育制度など、比類のない社会を共に計画しましょうと提唱します。

著者:国井宏裕(くにい・ひろまさ)、日本国岐阜県出身、サンパウロ大学の工科大学(エスコラ・ポリテキニカ)の生産科卒、JPMorgan、BBA/Itaú-BBA、Votorantimなど銀行や工業に勤務後、現在XPInvestimentosから認定されたAlcanceInvestimentosの共同経営者・管理者。  西暦2016年以来、岐阜県人会の副会長

ブラジル都道府県人会連合会会長からのメッセージ
ブラジル岐阜県人会の皆様へ

謹啓
皆様方におかけましては益々ご清祥のこととお慶び申し上げます。
2020年4月20日に県連の新体制がスタートしました。 「県人会と県連が連携:未来に向かって」シャッパとしてこの任期中の」取り組みとして4つの提案があります。
そして、「県人会と県連が連携:未来に向かって」は次のメッセージを皆様に送ります。 それは、理事全員が県人会のメンバーであり、青年リーダー及び各県の責任者と新しい協力関係を構築し、組織を強化し活性化する取り組みです。
私たちを信頼し、ご協力くださり、一体となって、、現在そして将来の世代のための新時代を築いてまいりましょう。
各県の要人の方には、先祖や初期移民によってもたらされた伝統を守ることにより、ブラジル社会における県及び日系社会がその存在を強固にしていることをご理解いただきたいと願っています。 これは、世代に関係なく日系人の根本問題であり、同じルーツを持つ各県の要人の皆様にとっても誇りであると信じています。
このブラジル社会における子孫である県人会のリーダーと共に日本を普及する活動の組織化は県連次第であり、県人会を超えた失われることにない互いを信頼し認めあう絆は再活性化のけん引力となるものと信じています。
皇室や日本政府高官が訪れるイビラプエラ公園内のブラジル日本移民開拓先没者慰霊碑はブラジルの日本人移民の歴史を象徴しており、毎年6月18日に慰霊祭が行われます。 日本人移民の日やそのシンボルである慰霊碑は県連だけのものではなく、日系人すべてそして県人会のものです。 そして、これは、ブラジルにおける現在および未来の世代に伝えられ、その価値を認められるものです。
不幸にして、コロナウイルス禍により、第1回代表者会議を開くことができませんが、皆さん方の健康が第一であり、次回の会議まで健康でいらっしゃるよう祈念しています。
皆様方のご支援を心よりお待ち申し上げております。
(ブラジル都道府県人会連合会会長市川俊夫)
ブラジル都道府県人会連合会理事DIRETORIAEXECUTIVAKENREN
会長: TOSHIO ICHIKAWA(Toyama)
1.副会長: ALFREDO M. OHMACHI (Akita)
2.副会長: GILBERTO H. SUZUKI (Nara)
3.副会長: JOSÉ TANIGUTI (Wakayama)
4.副会長: MARIO SATO (Yamagata)
5.副会長: MINORU NISHIYAMA (Saga)
6.副会長: MITSUYOSHI NAGAYA (Gifu)
7.副会長: TAKASHI SHIMOKAWA (Mie)

1.会計理事: NAGATO HARA (Shizuoka)
2.会計理事: LUIZ KOJI YAMASHITA (Fukui)

1.書記理事: MONICA MITHIE UEZONO (Kagoshima)
2.書記理事: NEUZA K. SHIRATA ISSO (Gunma)
3.書記理事: AKINORI YOSHIDA (Saitama)

令和2年春の叙勲者、受章報告

日本政府は4月29日、2020年(令和2年)春の受勲者を発表した。 伯国からは邦人2人、外国人9人の計11人が叙勲を受けた。

春の受勲者の一人、山田和三氏(山田かずみ、79)本籍地-岐阜県武儀郡武芸川町、渡伯前の住所-岐阜県土岐市泉町、現在リオデジャネイロ市、カンポ。 グランデ在住は次のように語っている:
サンパウロ州、モジダスクルーゼス市の故足立小平治氏の呼び寄せで1959年5月着伯の、一介のブラジル単身農業移民にすぎない私が「令和2年の春の受章したことは、ともあれ私の80年の人生も、少しは世の中の役に立ったのか」思っています。

山田和三氏は旭日単光章(きょくじつたんこうしょう)受勲者、元カンポ・グランデ日系協会会長、元リオ・デ・ジャネイロ州日伯文化体育連盟理事兼日本語普及会会長等務め、リオ・デ・ジャネイロ州にて、長年に渡りブラジル社会に日本語の重要性を認識させ、日本語の普及に尽力した。

令和2年春の叙勲おめでとうございます!(岐阜県人会一同)

岩嶋健次領事フライトホーム

岩嶋健次領事(45、岐阜県)は4年8カ月にもおよぶ長任期を終え6月7日フライトホームされた。 岩嶋領事は2015年10月に現職に着任。 18年には、眞子内親王殿下のご来伯も経験。 岩嶋領事は通算約10年のブラジル生活を振返り、「一番思い出に残っているのは、やはり移住110周年を日系社会一丸となって祝うことができたことと、眞子内親王殿下にブラジルにお越し頂だき、訪問先の移住者の喜ぶ様子に接することができたことです。 私自身、今まで日系移住地を100ヶ所以上訪問しましたが、どこも温く感迎してくれました」と感慨い深げなさらに「日本以上に日本の価観を守まもり続けていることから、今日のブラジルは日系人のおかげで成り立たっていることを毎回痛感しました。 帰任後も日系社会との関りを保ち、将来またブラジルに戻りたいと思っています。 ブラジル日系社会での経験は心の財産です」と述べている。

(ニッケイ新聞掲載)


2020年5月の出来事

  • 06日
    • 県人会便り5月号から理事会で支出を減らす対策として県人会でやってみることに決定され佐久間ソニア理事編集、長尾昇理事翻訳 、両者に下書きをおくる
  • 07日
    • 県連執行部のテレビ会議 
  • 14日
    • 長屋会長、長尾会計理事新しくサイン登録にBancoSantander訪問
    • 県連執行部のテレビ会議
  • 16日
    • Videoconferencia で定例理事会
  • 21日
    • 県連執行部のテレビ会議
  • 27日
    • 第16回絵画展実行サポートお願いの手紙宮坂財団へ郵送
  • 28日
    • 県連執行部のテレビ会議

2020年5月定例理事会議事録要旨

  • 日時:2020年5月16日(土)午後3時~ビデオ会議
  • 出席者: 長屋充良会長、国井宏裕副会長、長尾ジョージ昇会計理事、金子補佐理事、大野光男補佐理事、佐久間ソニア書記理事、大野美香理事、平野イラシ理事、中田顕三理事、清水リナ地方理事
  • 議題
    1. 長屋会長挨拶
    2. 4月の出来事、会計報告
    3. 県人会会報は経費カットの為、理事の佐久間ソニア(編集)と長尾ジョージ理事翻訳によって実行。 次回からの県人会会報は各月理事たちが県人会について、もしくは岐阜関連の資料を提供決定(6月国井理事、7月清水理事、8月中田理事、9月金子理事、10月平野理事)
    4. 慰霊碑(イビラプエラ公園内に設置されている日本移民記念碑)県連から一定の期間各県人会がメンテナンスを行って経費カットをしてはいかがとの問い合わせ。 2020年の6月18日(移民の日)のイベントは行われない
    5. 県連新理事、中部文化委員会はビデオ会議でどう若手会員とのコンタクトを生かすかを検討。 県連も県人会理事とビデオ会議でコンタクト
    6. 世界大会、2021年4月、もしくは2021年10月に先送りされるか検討中
    7. 県費留学生、中田アンジェロ英二は日本政府よりブラジルからの上陸許可待ち。 この上陸許可が長引けば留学は2021年になる可能性
    8. 長屋会長は県連の市川俊夫会長(富山県人会))とともに県連の副会長(6人のうちの一人)を務めることを報告。
  • 次回の理事会は6月20日(土)午後3時~ビデオ会議

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会報 2020年05月

岐阜県が生んだブラジル移民の恩人ー平生釟三郎(ひらおはちさぶろう)

社会奉仕を貫いた生涯-ブラジル移民の恩人として戦争回避を願う
平生釟三郎の生涯は、実に多彩である。 保険業界での活躍を足がかりとして、学校運営、病院経営、移民支援事業などに取り組む。 さらには貴族院議員となり、文部大臣にまで推戴された。 こうした多彩な人生にあっても、その精神は実にシンプルである。 武士道精神そのものであった。

奉仕の精神
今年(2008年)は、日本人のブラジル移民100周年に当たる。 移民の総数は25万人に達し、現在では150万人に及ぶ日系人社会を作り上げているという。 ブラジル移民事業の成功は、平生釟三郎抜きにはあり得なかった。 もともと彼は東京海上保険会社に勤め、保険ビジネスを生業としていた。 しかし、保険業界に収まる人間ではなかった。 学校、病院などの創設、移民支援などに取り組んでいく。 社会奉仕の精神からである。
平生釟三郎は常日頃「人生三分論」を唱えていた。 人の一生は三つの段階に分けられるという。 第1期は、人や社会の世話になって勉学に励む時期。 第2期は、社会に出て全力をあげて仕事をする時期。 第3期は、蓄積した能力や富を社会に還元する奉仕の時期とした。 これは、まさに平生釟三郎自身の辿った生涯そのものであった。

父から受けた武士道精神
平生釟三郎が生まれたのは、幕末の1866年、美濃国の加納藩(岐阜県)。 田中時言と徳子の間の三男として誕生した。 時言は、庄屋(村落の長)の三男坊であったが、武士に憧れていた。 晴れて武士となったのは、武家の名門の田中家の一人娘であった徳子の婿として迎えられたからである。 武士の夢が叶った時言は、代々の武士以上に真の武士であろうと務めた。 明治維新後、田中家は没落し、家計は一気に逼迫したが、父は武士としての誇りだけは失うことはなかった。 常に子供たちに武士道精神を叩き込もうとしたのである。
釟三郎は、12歳で中学に入学したものの、学費が続かない。 彼は家計を思い、中学に退学届けを出して、横浜に向かうことにした。 日本の将来は、商工業と外国貿易の発展にこそある。 そのために、横浜で働きながら、貿易の勉強をしようと考えてのことであった。 14歳の旅立ちである。

平生家に養子入り
横浜に出て極貧生活に耐えていた頃、ある新聞広告が目に飛び込んできた。 「露語学生25名募集す」。 東京外国語学校の募集広告で、月額5円の給費付きの募集であった。 釟三郎は、天にも昇る気持ちで願書を出し、倍率は20倍の難関を突破して見事合格。
しかし、5年生(5年制学校)になった年、国政の大きな変革の煽りを受けて、外国語学校の廃止が決定。 東京商業学校(現在の一橋大学)の語学部に編入されることになったが、この語学部もすぐに廃止になり、除籍の憂き目に会う。 学生たちは、怒りで騒然となったが、政府の決定となれば、どうすることもできない。 釟三郎は気持ちを切り替え、この学校で商業を学ぶ決意をする。 もともとが貿易を学ぼうと横浜に出てきた身である。 初心に戻る機会を与えてくれたことは幸いなことにも思われた。
しかし、再入学には学費が必要だ。 あらゆる手を尽くしたが、全て失敗に終わった。 残された手段はたった一つ。 以前から、父の知人の遠縁に当たる平生家から、そこの一人娘の婿として彼を養子に迎えたいという話があったのである。 この申し出を受けるしかない。 養子入りは不本意ではあったが、向学心の強さがその決断を促した。 田中家と平生家の養子縁組が成立し、釟三郎は平生家の援助で学業に勤しむことが可能となったのである。
1890年に高等商業学校(東京商業学校)を卒業した釟三郎は、約束どおり佳子と結婚。 「人生三分論」の2期目が始まった。 全力を挙げて仕事をする時期である。 卒業後、朝鮮の仁川海関に1年、県立神戸高等学校の校長を2年勤め上げ、高商の校長の強い勧めで、東京海上保険会社(現在の東京海上日動火災保険)に入社したのは、1894年のことで、筆頭書記(ナンバー2)の立場で迎えられた。
釟三郎は大会社の幹部や有力な個人船主と面談し、常にトップセールスを続けた。 「保険会社の最大のセールスポイントは信用だ」が持論。 信用を守ることを常に重視し、安値競争や無理な拡大路線は取ろうとしなかった。 士魂商才(武士の精神と商人の才能)を貫いたのである。

妻を2度失う不幸
東京海上に入社して13年目、41歳の釟三郎に突然不幸が襲う。 妻の佳子が4人目の子を産んで間もなく、命を落としてしまったのである。 釟三郎は、幼い子供たちのために再婚したものの、後妻の信枝も再婚して1年後に、釟三郎の5人目の子を産んで、他界してしまった。 わずか3年の間に二度も妻を失う悲劇に襲われながらも、その運命を引き受けて生きなければならない。 幸いなことに、5人の子の面倒を見てくれるすずという名の女性が現れ、彼女と再婚した。
人生三分論という考えが芽生えたのは、この時期のことである。 深い悲しみと無常感に襲われ、ビジネス界一筋に邁進してきたそれまでの人生を振り返った。 彼が出した結論は、「会社だけが人生ではない」。 新たに社会奉仕の道が見えていたのである。 そうと決めれば、行動は早い。 手始めに彼が手がけた社会奉仕は甲南幼稚園の設立。 1910年のことで、その2年後には甲南小学校、その7年後には甲南中学校(後の甲南高等学校)、さらに甲南高等女学校を設立している。 これほどまでに教育に力を注いだのは、人の育成こそ、最大の社会奉仕と考えていたからである。
学校の設立に取り組む一方、「拾芳会」と呼ばれた個人奨学金制度を作り上げた。 釟三郎自身、若い頃、学費に相当苦労した。 その時に受けた様々な恩に報いようとした。 この報恩の精神こそが、釟三郎の社会奉仕の原点であった。 この拾芳会は、釟三郎の私塾であって、塾生たちは平生家に住み込み、そこから学校に通い、平生家の一員として遇された。 彼らは学費の他、自由に使えるお金まであてがわれていた。

奉仕活動に専念
釟三郎に大きな転機が訪れたのは、1924年のこと。 会社から派遣され、8ヶ月にわたる海外視察の旅に出ていた。 船上で読んでいたのが、エドワード・ボックの自叙伝。 その中に、「事業に全力投球をしながら、本当の意味での社会奉仕をやろうとするのは、二人の主人に同時に仕えるのと同じで、無理な注文である」とあった。 体に電撃が走る。 事業と奉仕に二股をかけ、鬱屈した気持ちを抱いていた時期でもあった。 「実業界を引退して、奉仕に専念しよう」。 彼の気持ちが固まった。 この時、58歳。 社会奉仕という夢に向かって、第三期の人生が本格的に始動するのである。
東京海上を退職後、情熱を燃やして取り組んだ事業が病院の設立であった。 2度も妻を失ったからでもあろう。 彼が理想とした病院は、「病人のための病院」。 具体的に言えば、経済的に恵まれない患者の医療費は実費だけ。 場合によっては無料とする。 経済的に恵まれた患者は、全治したときに応分の寄付をお願いするというもの。 健康保険が行き渡っていない時期のこと。 医療費が患者の上に重くのしかかっていたのである。
こうした理想の病院建設に向けて奔走する釟三郎を助けたのが、拾芳会OBのメンバーたちであった。 彼らの中で医師になった者たちが、釟三郎の元に結集した。 資金は、東京海上時代の取引先などを回って寄付を集めた。 知り合いを一人一人訪問して、趣旨を説明し、頭を下げて懇請すること数年。 ついに1934年6月、開院式にこぎつけた。
その後釟三郎が、再び実業の世界に戻った時期がある。 神戸にある川崎造船所の経営が行き詰まり、その整理委員に任じられたからである。 川崎造船所は従業員だけでも1万3千人、それに下請け会社や家族などを含めると10万以上が、その倒産で路頭に迷うことになる。 再建を依頼された釟三郎は、この再建を社会奉仕と位置づけた。 社会奉仕である限りは、失業者を出したくない。 この難しい課題に果敢に挑戦した。 一切の報酬を受け取らなかったのも、社会奉仕という考えからであった。

ブラジル移民支援
平生釟三郎が、ブラジルと関わりを持ち始めたのは、海外移住組合連合会の2代目会長に就任してからである。 当時の日本は満州事変(1931年)後、侵略国家の烙印を押され国際的孤立状態に陥っていた。 その中で唯一ブラジルだけが日本からの移民に好意的だった。 そのブラジルが移民を制限しようとする動きに出たので、政府としては民間の経済外交で事態を打開しようとしたのであった。 政府はブラジルへ経済使節団の派遣を決定し、釟三郎に団長就任を依頼してきた。 大いに迷いながらも、ブラジル移民問題は「より高い奉仕である」という結論に至り、最終的に受託した。 この時も無報酬を貫いたのである。
釟三郎の基本的考えは、移民問題は時間をかけて解決するもので、まずは両国が共存共栄のパートナーになることが先決だというもの。 ブラジルの綿花を輸入し、貿易により経済に貢献することで、移民の道が閉ざされないようにしようと考えた。 使節団の滞在期間は、実に7ヶ月に及び、民間外交は大成功をおさめた。 両国の貿易額は、一気にそれまでの10倍を越し、両国の親善友好関係は確実に深まった。 ブラジルで盛り上がりかけていた排日気運を一挙に押し返すことに成功したのである。 この功績で、帰国した釟三郎は天皇陛下に御前講演を進講する栄誉を担い、ブラジル政府から勲章を贈られた。
釟三郎のブラジルとの関わりはこれで終わらなかった。 ブラジル拓殖組合(ブラ拓)の理事長に就任し、移民支援事業に本格的に取り組み始めるのである。 そして、拾芳会の第一期生であり、平生家に寄宿していた宮坂国人をブラ拓の専務理事(最高責任者)として送り込み、全面的な支援体制を築き上げていく。 彼がこうまでして移民支援に乗り出したのは、共存共栄の国策を進めることで、戦争回避を目指していたからでもあった。 それが国家への奉公と確信していたのである。
しかし戦争回避の願いむなしく、日本は太平洋戦争へと突入してしまった。 日本が敗戦したその年(1945年)の12月、焦土と化した日本の再生を祈りつつ、80歳の生涯を終えた。 「人は如何に生きるべきか」。 社会奉仕に身を捧げた平生釟三郎の生涯は、この問いに一つの解答を残してくれた。

(新聞社「NPO法人国際留学生協会向学新聞より掲載」)

私の岐阜県人会での人生

私は日系二世の佐久間ソニア由美子です。 父母は岐阜県大垣市出身の佐久間実,佳子です。
FAAPのプロダクターデザイン学部を卒業後、岐阜県の工業技術センターでデザイナーの研修生として1993年5月~1994年3月の期間日本へ行きました。
日本では、収納スペースの仕切り、および活用のデザインについて学びました。 私にとって10ヶ月間の研修生活は日本文化、テクノロジーそして教育の面などを知る機会、そして日本の方達と毎日の共存、日本が世界に対しての日本的なデザインをすることはとても経験豊かな研修となりました。

ブラジルに長く住んでいる日本人の日本語と、日本での日本語とのカルチャーショックも感じるような事もありました。 たとえば、帳面、おさじ、写真機等、私の日本語は今の日本では使われていない事も知らされました(研修期間中、私の時代遅れの日本語は度々他の研修生の笑いを誘ったこともありました)。
それと日本で使われていますカタカナ語ですが、ある時ブラジルではピザハットありますかと問われた時,ありませんと答えましたが後でpizzahutの事を言われたのだと気がつきました。 (笑い)。 このような事にもなれてきまして日本文化を尊重するようになりました。
私達兄弟は他の親戚がブラジルにいない為、幼いころから両親に連れられて元の岐阜県人会会館(RuaBuenodeAndrade)の県人会イベントに参加したり、毎年行われた大勢の婦人部の食事の支度のお手伝い(昼食会とか夕食会イベント)、それに岐阜農業高校生のピクニックに参加などして岐阜県人会は大家族と直面してきました。
私は県人会には大変感謝しています。 そして長屋会長が若手の新しい会員メンバー達と協力し合って岐阜県人会をたちあげようとがんばっているのを見ていますと、未来の県費留学生それに研修生として岐阜県、自分の両親、祖父母の出身地の、文化、教育、そしてテクノロジーなどを知る事は大変価値のあることだと応援アピールしたいです。

(原稿:岐阜県人会書記理事佐久間ソニア由美子)


2020年4月の出来事

  • 01~07
    • 事務局自宅勤務
  • 08~22
    • 事務局休暇
  • 24、24
    • 遠近定例理事会の準備
  • 25
    • 県人会初の遠近定例理事会(audio/videoconferencia)Rio Grande do Sul州の大野Luma地方理事、Registro市の清水Lina地方理事も参加。

2020年4月定例理事会議事録要旨

  • 日時:4月25日(土)午後3時~
  • 出席者:長屋充良会長、国井宏裕副会長、長尾ジョージ昇会計理事、島尾佐久間ソニア書記理事、大野美夏理事、橋詰セシリア理事、中田リカルド理事、金子亭資監事、大野光男監事、大野ルマ地方理事、清水リナ地方理事、橋本寮絵画展委員長
  • Covid-19パンデミアの為出席者了解の上、この会議はZoomアプリ使用で各自自宅にてのビデオ会議で行われた。
  • 議題
    1. 3月28日に死亡された平野イラシ理事の御尊父に対し父に1分間の黙祷
    2. 3月の出来事はCovid-19パンデミアのため県人会の行事は一切キャンセル
    3. 3月の会計報告-支出削減の対策検討
    4. 県人会の活動について
      • Ilha Grande一泊旅行はAngra dos Reis市内に大型バス乗り入れ禁止のためキャンセル、
      • 2020年農業高校生ブラジル実習派遣団キャンセル
      • 2020年日本祭りキャンセル
      • 中文化(中部運動会)停止、延期
      • 日本国総領事館多目的ホールでの友情絵画展は11月予定
      • 県費留学生、中田アンジェロエイジ氏5月延期
      • 岐阜県世界大会、検討中
      • 3月14日サンパウロエキスポセンターで行われた日本祭りシンポジウムに多数の他州県人会及び岐阜県人会参加報告
      • レジストロ市と中津川姉妹都市交流40周年記念訪日予定11月に延期
    5. 次回定例理事会は5月16日午後3時~(ビデオ会議を予定)

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会報 2020年04月

第2回日本祭り主催者シンポジウム

去る2020年3月14日、ブラジル日本都道府県人会連合会(=県連)および在サンパウロ日本国総領事館共催の「日本祭り主催者」の第2回シンポジウムが、サンパウロエキスポエキシビションエンドコンベンションセンター(São Paulo Expo Exhibition & Convention Center)イミグランテス街道1.5キロメートルで開催されました。3月14日、15日に開催される予定でしたが、コロナウイルスによる災禍がブラジル国サンパウロ州で広がり、多数の参加者の集会は自粛する為に、一日に短縮されました。

第1回シンポジウムは、昨年3月8日、サンパウロ市内ジャパンハウスに於いて、総領事館および県連が共催で開催しました。

第2回シンポジウムの目的は、より多くの団体や地方リーダーと連絡を取り、団結して、刺激し合い、人脈を作り、各団体を発展させ、新しいやり方を模索し、皆一緒になって解決策を考え、日本文化をブラジルに普及し、共同作業のメッセージを伝え、日系社会が催す行事の市場価値を高め、主催者同士の情報•知識•経験の交換を促す事でした。

左側から、長屋ベッチ、長尾ジョージ昇、フルカワ・ダニエル、長屋充良会長(敬称略)

ブラジル各地(Registro, Ivinhema, Valinhos, Centro-Oeste, Rudge Ramos, São José dos Campos, Campinas, Amazônia, Aracaju, Varginha, Londrina, Maringá, Osasco, Itu, Valença, Rio das Flores, Salvador, Paraíba, Vinhedo, Promissão, Dourados, Indaiatuba, Marília, Ribeirão Pires, Rio Grande do Norte, Rio Grande do Sul, Macaé, Americana, Campo Grande, Salto, Goiás, Recife, Vila Carrão, São Paulo)で日本祭りを主催する指導者、県人会代表者、ニッケイ新聞、ニッパク新聞、メキシコ国モンテレイ市で日本祭りを主催しているフルカワ・ダニエル氏、サンパウロ州政府の官房長官タカハシ・カルロス氏、市会議員のノムラ・アウレリオ氏、在サンパウロ日本国総領事野口泰氏など、約79組織から400名が参加しました。フルカワ・ダニエル氏の祖父は岐阜県出身だそうです。メキシコ移民の歴史は南米移民より古く、その資料は日本にもないそうです。多数の移民がモンテレイ市から北米に移り住んだそうです。ブラジル岐阜県人会からは、長屋充良会長ベッチ様夫妻、長尾ジョージ昇会計理事、佐久間ソニア理事が出席しました。

メキシコ国モンテレイ市で日本祭りを主催しているフルカワ・ダニエル氏

この第2回シンポジウムに参加することは、非常に有意義でありました。午前8時から午後5時半まで、ブラジル日本両国の関係(在サンパウロ日本国総領事野口泰氏)、ブラジル2020年のマクロ経済シナリオ、日本祭りの価値の創造と資金調達、企業、公権力やボランティアの協力を得る手段、メキシコ国モンテレイ市、ブラジル国リオデジャネイロ市やマットグロッソドスール州カンポグランデ市の日本祭りの紹介、世界を変革するテクノロジー、郷土食のチャレンジと経験、日本祭りに於ける太鼓の貢献とインパクト、ボランティアの育成、日本文化の倫理とおもてなしの実践、市の政治に於ける日本祭りの重要性など、意義ある議題を紹介していただき、活発に討論されました。

郷土食から始まり、コスプレなど現代的文化を包摂し、老若男女に喜ばれる祭りに成長したサンパウロ日本祭りは、世界一の規模を誇ります。多数のブラジル人が来場しており、日本文化の紹介に大きく貢献しています。特に日本食が喜ばれ、現在ではサンパウロ市内では、日本食レストランの数がシュラスカリア(ブラジル特有の炭火で焼いた肉を提供する)の数を上回っています。

最後に同シンポジウムのサンパウロ日本祭り実行委員長である谷口ジョゼ氏が「各地の日本祭りには魂が込められている。年々コストが上昇するなど難しさはあるが、協力し合い、各地の日本祭りを共に盛り上げていきましょう」と激励しました。

今年のサンパウロ日本祭りの開催実施に際して、コロナウイルスによる災禍を懸念して、ブラジル日本都道府県人会連合会(山田康夫会長)が、2020年7月に予定していた第23回「日本祭り」(谷口ジョゼ実行委員長)を中止するとの決断を3月17日に発表しました。

今週、サンパウロ市行政は「非常事態宣言」を出し、サンパウロ州政府もイベント中止、非常に重要な業務以外(例えば、薬科店、病院、スーパーマーケット、食料品店、ガソリンスタンド、地下鉄、バス、汽車)の営業の一時停止、銀行など営業時間短縮などの緊急対処策を次々と発表しました。ブラジル日系社会最大の祭典である、サンパウロ日本祭りの中止もやむを得ない処置になりました。

シンポジウム、交歓カクテルが終わった後、約46名の参加者がJapan Foundation(国際交流基金)、ブラジル日本文化福祉協会(文協)、日伯援護協会(援協)が共催するデジタル日本-マップされた投影イベントを見学するために、イビラプエーラ公園内にある日本館を訪れましたが、コロナウイルスによる災禍のために、閉館されていました。

この日本館は、岐阜県の建築職人による熟練された技法が駆使されて建設されたものです。石庭、錦鯉の池など、日本独特の庭が再現されています。石庭、枯山水(かれさんすい)は、池や川などを使わず、石や砂などで風景を表現する日本庭園の様式のひとつです。1954年、サンパウロ市創立400年を記念して、日系移民が「日本庭園」または「日本館」をイビラプエラ公園内に作ってサンパウロ市に贈ったものです。京都の桂離宮をかたどって作製されています。館内には陶芸品、武者の装備や道具、掛け軸などが保管されており、現在は文協が管理しています。

シンポジウム後、幸いにも和太鼓演奏は中止されませんでした。和太鼓「生(しょう)」の木下節生(42、二世)さんのチームが約1時間、魂を込めて太鼓を打ち続けました。和太鼓の鼓動は、心を揺さぶります。なお、「生(しょう)」は音楽療法士である木下節生さんとその妻である岩本光惠さんが2002年にブラジルと日本の文化を融合する目的で作った和太鼓チームです。

(原稿:岐阜県人会会計理事 長尾ジョージ昇)

 

 

災禍から学ぶ!

昨年暮れから始まった新コロナウィルスの猛威は、止まる事無く外出禁止と不自由な生活を強いられております。

事の始まりである中国武漢市では、ホンダなど現地工場の生産再開と終息感が漂っておりますが、一方では、スペイン、イタリア等ヨーロッパ諸国、北米またブラジルでは爆発的に感染が広がっており、医療崩壊を招くのでは…と、危惧され、問題は長期化、深刻化しています。

WHOは「全世界で感染者が何百万人、死者が何十万人にも達するだろう」という、とてつもない数字の見通しを示しております。まさしく我々人類とウィルスとの”全面戦争”となっており、不安な毎日であります。

外出禁止という非常事態の中で、誰もが社会共同体の一員として、理解、協力し、我慢を強いられており、いまだ戦いは真っ最中ではありますが、我々人類はこの災難から何を学ぶのでしょうか?

科学至上主義の現代であるものの、未知のものに対するさを曝け出し、これが人類への黙示録、警告なのでしょうか?
“当たり前のことが当たり前ではない!”

外出禁止によって、仕事ができない、やりたいことができない、人に会えない、経済的困窮など,見えない敵に対する恐怖にまれ、先が見通せない、緊張の連続で心身ともに疲れ切っています。

しかしながらその反面、自宅に留まり、時間的余裕によって色々なことを考えるいい機会ともなりました。

当たり前のことができない今、自分の人生を見つめ直すことができ、日々平々凡々と過ごす事が、どんなに大切なのか、意味のある事なのか、しかも健康である事が何よりも大事なことか、1人で生きているわけではない、社会という共同体の中で生かされている、そんなことを今回の災禍によって再認識することができたと思います。

「冬は必ず春となる!」

必ずいつかこの災難のが来る事を信じて、今しばらく我慢しましょう!

共同体の一員として助け合い、励まし合っていきましょう!

(原稿:岐阜県人会会長 長屋充良)

 

 

2020年3月の出来事

  • 2月25日
    • JICA派遣のボランティアで北伯ベレン市の日本人学校教諭に勤務する杉本容子さんが来聖し、長屋会長夫妻と面談、会食。
  • 1日
    • ブラジルNGK社長の田辺氏(中津川市出身)がブラジル勤務を終え、日本へ本帰国ということで、県人会有志が歓送会を聖市のレストランで催す。田辺夫婦は日本祭りや県人会旅行など県人活動に参加。帰国により郡上踊り普及のために帯や下駄を県人会に寄贈される。
  • 5日
    • 県庁から令和元年度の補助金額の確定通知が届く。
  • 7日
    • 県連日本祭り関連会合に長屋会長夫妻、佐久間ソニア書記理事が参加。
  • 10日
    • 中田アンジェロ氏の在留資格認定証明書が県庁から届く。
  • 11日
    • 長屋会長、橋本絵画展委員長が宮坂財団の松尾氏と絵画展支援について昼食面談。
      Ilha Grandeへの小旅行のバス代金とPousada Nautilus宿泊代金を支払い完了。
  • 13日
    • 第2回シンポジウムに長屋会長夫妻、佐久間ソニア書記理事、長尾ジョージ会計理事参加。
    • 全伯ならびに中南米の日系リーダーが集まり、活動報告。メキシコ日系人会会長の古川ダニエル会長の祖父は郡上市の出身。
  • 16日
    • Ilha Grande 小旅行はコロナヴィルス拡散予防の為、アングラ市へのバス乗り入れ禁止の為キャンセルとなる。
    • Pousada Nautilus宿泊代金とバス代金が返金される。
  • 17日
    • 旅行参加予定者に代金を返金。
  • 18日
    • 長屋会長と橋本絵画展委員長が在サンパウロ日本総領事の日本文化担当の渡辺宗太氏を訪問する。
  • 19日
    • 絵画展の会合を4月14日に予定していたが、コロナウイルスCOVID-19の為キャンセル。
  • 23日
    • 事務所はこの日から閉め、事務員は自宅勤務を開始。
  • 24日
    • 県庁から補助金振込の連絡がある。
  • 26日
    • 県連代表者会。
  • 28日
    • コロナウィルス対策の為、郡上踊りの練習、定期理事会を中止。

 

 

2020年3月定例理事会議事録要旨

  • 日時:2020年3月28日(土)に予定されていた定例理事会はCOVID-19のために中止。
  • 次回の理事会は未定。

 

会報 2020年04月 Read More »

会報 2020年03月

“楽しい、愛される県人会”を目指して!

去る2月17日(日曜日)10時からニッケイパレスホテルにて、34名の参加のもと定例総会が開催され、その席上、役員選挙があり、下記の役員が選任されました。

新執行部(2020年~2022年)
ブラジル岐阜県人会

  • 会長(Diretor Presidente)
    • 長屋 充良(Mitsuyoshi Nagaya)
  • 副会長(Vice-diretor Presidente)
    • 国井 宏裕(Hiromassa Kunii)
  • 書記理事(Diretora Secretária)
    • 佐久間 ソニア ゆみこ(Sônia Yumiko Sakuma)
  • 会計理事(Diretor Tesoureiro)
    • 長尾 ジョージ 昇(Jorge Noboru Nagao)
  • 理事(Diretores)
    • 岐部 大野 美夏(Mika Ono Kibe)
    • 平野 イラシ えみ(Iraci Emi Hirano)
    • 中田 リカルド 顕三(Ricardo Kenzo Nakata)
  • 正監事(Conselheiro Fiscal Efetivo)
    • 金子 亭資(Kioski Kaneko)
    • 日比野 亘(Wataru Hibino)
    • 大野 光男(Mitsuo Ono)
  • 監事補佐(Conselho Fiscal Suplente)
    • 橋詰 セシリア 美和(Cecilia Miwa Hashizume)
    • 浅野 悟 (Satoru Asano)
    • 地方理事(Diretor Regional)
    • 伊藤 パウロ 勉(Paulo Tsutomu Ito)
    • 清水 リナ はるみ(Lina Harumi Shimizu)
    • 大野ルマ(Luma Ono)
  • 相談役(Consultor)
    • 日比野 健一(Kenichi Hibino)
    • 金子 亭資(Kioski Kaneko)
  • 絵画展委員長(Presidente da exposição de pintura)
    • 橋本 マルコス りょう(Marcos Ryo  Hashimoto)

どうぞ宜しくお願い致します。

2020年の活動計画としまして、

  • ※第3土曜日15時から 定例理事会
  • ※月1~2回郡上踊り練習、日本祭り準備委員会開催、「中部ブロック大運動会」準備委員会開催
  • 1月10、11日 バザー
  • 1月26日 第9回ブラジル岐阜県人会杯ゴルフコンペ
  • 2月15日 定期総会
  • 3月20~22日 Ilha Grande(イーリャ・グランデ)へ県人会旅行
  • 5月 バザー(予定)
  • 7月10~12日 第23回日本祭りへ参加
  • 7月25~31日 第42回岐阜県農業高校生海外実習派遣団来伯予定
  • 9月7日 第10回ブラジル岐阜県人会杯ゴルフコンペ
  • 9月20日 第1回中部ブロック大運動会
  • 10月16日~11月2日 県人会訪日
  • 11月8日 第2回春の屋台祭り
  • 11月上旬 第16回日伯友情交流絵画展
  • 11月28日午後5時~ 秋田県人会会館にて岐阜県人会の忘年会&敬老会
  • 12月上旬 東洋祭りに郡上踊りで参加

以上のような活動がありますので、ぜひ皆様ご協力ご参加頂けますようお願い致します。

岐阜県人会とは「Amo Gifu」つまり、究極は「岐阜を愛する人の集まり」であります。

岐阜県出身者ならびにそのご家族、ご親族による郷土愛、およびに岐阜に住んだことがある方、岐阜に興味がある方々の岐阜に対する愛着イコール「Amor」「愛」です。

また、県人会は「感謝」(Gratidão)、「文化継承」(Legado Cultural)、「絆」(Vínculo)が根幹と思います。

「感謝」とは、諸先輩が苦労して築かれた日系社会に対する感謝であり、また我々を受け入れてくれたブラジルへの感謝、さらに絶え間ない支援くださっている日本・母県に対する感謝として、県人会活動を通して恩返しすること。また県人会を通して子や孫に、日本、母県の文化、慣習、食べ物を伝えていくため。そしてもう一つ、県人会によって同郷またそのご家族、仲間をはじめ、日本とブラジル、母県との「絆」を深めるために県人会の存在価値があると考えています。

これから特に若い会員の方々が率先して県人会の活動に参加して、岐阜を誇りに思って頂けるように、執行部共々努力していきたいと思います。

その為に今までに無い新しいものを企画し、実現したいと考えています。

上記にも示しましたように、今年9月20日に予定しております「第1回中部ブロック運動会」、10月には、「第1回岐阜県人世界大会」への参加、12月には「郡上踊りで東洋祭り」へ参加、忘年会では敬老会を兼ねるという試み等々、すべて新しい取り組みです。

また昨年から始めた「春の屋台祭り」「日本祭り」への参加など、昨年以上に盛り上げていきたいと思います。

また、他県人会には無い「日伯友情交流絵画展」「岐阜県農業高校生海外実習派遣団」など、これからも特色のある活動を推進していく所存であります。

「楽しい、愛される県人会」を、皆さんと共に築いていこうではありませんか!

どうぞ、何卒よろしくお願い致します。

(原稿:岐阜県人会会長 長屋充良)

 

 

七を「ひち」と読むのは方言 県内、地名や人名「しち」と混在

いち、に、さん、し…と数えて7番目の「七」。

「なな」以外に何と読みますか? 岐阜県内では「ひち」と「しち」が混合して使われている。特に、ひちは国語辞典などに記述がない方言だが、県内では加茂郡七宗町(ひちそうちょう)をはじめ、地名や人名の正式な読み方にもなっている。

加茂郡七宗町のウェブページ。タイトルには、ひらがなで「ひちそうちょう」とも表記されている

方言に詳しい元岐阜放送アナウンサーの神田卓朗(たくお)さん=岐阜市=は「ひちは西日本に多い読み方。方言で岐阜県は東西分岐点にある証拠」と説明する。

七宗町は、1955年に神渕村と上麻生村が合併して七宗村として誕生。古くから町北部の水晶山など七つの山を総称して七宗山(ひちそうざん)と呼んでおり、そこから自治体名をとった。「ひち」を正式名にした経緯について、町職員は「当たり前のことだから、読み方の経緯まで記録に残さなかったようだ」と説明し、「方言に由来する町名なので県外の人に通じないこともある」と経験談を話す。

日本郵便の「郵便番号データ」で地名の読み方を調べると、県内では瑞穂市の十七条(じゅうしちじょう)と海津市海津町の七右衛門新田(しちうえもんしんでん)が「しち」と読む一方、七宗町のほか、岐阜市の七軒町(ひちけんちょう)と西改田七石(にしかいでんひちこく)は「ひち」読み。七軒町は交差点名標識も「Hichikencho」で表記されている。

人名にも特徴がある。名前に「七」を使う全国的な著名人には、小説「楢山節考」で知られる作家の故・深沢七郎さん=山梨県出身=がいるが読み方は「しちろう」。対して県内には、七郎(ひちろう)さん、善七(ぜんひち)さん、孝七(こうひち)さんら、ひち読みの人が多い。

元関市議の鵜飼七郎(ひちろう)さん(76)=同市武芸川町谷口=には苦い思い出がある。鵜飼さんは12人きょうだいの七男。「ひちろう」と呼ばれて育ったが、中学生の時、国語教師に「おまえの名前の振り仮名は間違っとる」と言われ、不安になった。そのため、若い頃は名前の振り仮名を「しちろう」と書いていた。それでも「しちと書くのは、どうしてもなじめなかった」といい、そのうちに友人らから指摘され、ひちろうに戻した。例えば、旅券のローマ字表記は現在「HICHIRO」だが、一時は「SHICHIRO」表記の旅券を使っていたという。

国語辞典を引くと、七は「なな、ななつ、しち」とあるのみで漢和辞典でも「ひち」は見られない。方言の辞典で、主に中部地方から西日本の読み方として、ひちの記述が確認できる。

岐阜市内で県内に住む10~80代の男女計25人に聞き取りをすると、ひち派が14人、しち派が11人。50代以上は10人中9人が、ひちで「しちなんて言うと江戸っ子みたい。八百屋お七も、おひち」(50代男性)。40代以下は15人中、しちが10人だったが、使い分けている人も多く「文字で書く時や丁寧に話す時は、しちだけど、話し言葉は、ひちになる」(女子高校生)。

「し」が「ひ」になる例は質屋にも見られ、大垣市と多治見市には、ひらがなの看板「ひちや」を掲げる店舗もある。神田さんは「東京の言葉を母体とした共通語が広まり、方言を使わなくなっているが、共通語が絶対ではない。地域の特色として全国にPRするぐらいの誇りを持ってほしい」と呼び掛ける。

(岐阜新聞2020年2月19日より)

 

 

2020年2月の出来事

  • 1日
    • 郡上踊り20名参加のもとで練習開始
  • 4日
    • 中部ブロック運動会のための若手委員会が会合
  • 6日
    • 総会準備のため長尾理事と金子理事が会合
  • 8日
    • 長屋会長、長屋ベッチ、佐久間ソニア、栃木県人会にて県連主催2020年日本祭り第1回郷土食品説明会へ参加
  • 13日
    • 金子理事と総会準備の会合
  • 15日
    • 定例理事会、理事会でニッケイ新聞の購読キャンセルを決定
  • 16日
    • 定期総会、新役員選挙
  • 17日
    • 長尾会計理事が総会の支出を決済
  • 27日
    • 長屋会長、県連定例会議へ参加
    • 事務所の窓のメンテナンス
    • 長屋会長、長屋ベッチ、中田リカルド、野村フェリッペらが中部運動会の会議へ参加(中文化に名前を変更)
  • 28日
    • 長屋会長、ベッチ夫婦らがTeatro Municipalで行われた天皇誕生日のイベントへ参加
  • 29日
    • 午後1時から県人会事務所にて長屋夫婦、佐久間ソニア、浅野悟、大野光男、柴垣暁宏、中田リカルド、野村フェリッペらが日本祭りで販売する郷土食のメニュー、品数、準備日程等を決める会合を持つ。午後3時からは郡上踊りの練習

 

 

2020年2月定例理事会議事録要旨

  • 日時:2020年2月15日(土)午後3時~
  • 出席者: 長屋充良会長、国井宏裕副会長、金子亭資書記理事、日比野健一会計理事、日比野亘理事、浅野悟正監事、平野イラシ監事補佐、中田リカルド顕三会員、長屋エリザべッチ会員、野村フェリッペ会員(以上10名)
  • 審議内容
    1. 会長挨拶 「執行部最後の理事会という事で、任期満了に対し謝辞を述べる。
    2. 12月16日の2019年度末定期総会に対する確認事項
    3. 1月度の出来事を確認
    4. 10、11日に行われたバザーに約80人の参加が報告される。
    5. 第9回ゴルフコンペでR$300,00の寄付があったことが報告される。
    6. 県人会事務所の整理整頓が行われ、スッキリとする。
    7. 1月度の会計報告が日比野会計理事よりあり、承認を得る。
    8. 日本祭りと郡上踊りについて
      郡上踊りの練習とあわせて、月1~2回の日本祭り準備委員会を開催決定。
      次回は2月29日(土)午後1時から日本祭り準備委員会、3時から郡上踊り練習
    9. 中部大運動会(仮称
      )若手会員の中田リカルド、野村フェリッペ会員より、運動会準備委員会の会議報告。今後、若手メンバーが中心となって週に2回、会議を開くことが報告される。
    10. イーリャ・グランデ(Ilha Grande)旅行について、会長から説明される。
    11. 10月の訪日使節団について会長より日程や内容についての説明がある。日程は10月16日サンパウロ発、11月2日サンパウロ着予定。
    12. 県人会事務所移転について意見交換
    13. 2月16日の定期総会ならびに役員選挙について金子書記理事より説明がある。
    14. 次回の理事会は3月28日(土)午後3時~

 

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会報 2020年02月

執行部任期満了に至り御礼

皆様のお陰をもちまして、この2年間の任期を無事、終了することができました。ありがとうございます。2018年から2020年の任期役員- Diretoria do Período de 2018-2020は、以下のメンバーでした。

顧問 (Consultor) = 山田彦次 (Hikoji Yamada)
会長 (Diretor Presidente) = 長屋充良 (Mitsuyoshi Nagaya)
副会長 (Diretor Vice-Presidente) = 国井宏裕 (Hiromasa Kunii)
会計理事 (Diretor Tesoureiro) = 日比野健一 (Kenichi Hibino)
書記理事 (Diretor Secretário) = 金子亭資 (Kioski Kaneko)
理事 (Diretor) = 大野美夏 (Mika Ono), 長尾ジョージ昇 (Jorge Noboru Nagao)
橋詰二朗 (Jiro Hashizume), 日比野亘 (Wataru Hibino),
渡辺リカルド量平 (Ricardo Ryohei Watanabe)
正監事 (Conselheiro Fiscal Efetivo) = 浅野悟 (Satoru Asano), 伊藤パウロ勉 (Paulo Tsutomu Ito),大野光男 (Mitsuo Ono)
監事補佐 (Conselheiro Fiscal Suplente) = 平野イラシーエミ (Iraci Emi Hirano),
安田正子 (Masako Yasuda)

このメンバーで執行部を運営し、この2年間で岐阜県人会は、生まれ変わることができたと確信致しております。
念願の夢でありました、県人による日本祭りへの参加には、60名ものボランティアを得て、若い会員さんや元県費留学生、研修生が県人会活動に戻り、会員家族の参加等もあり、会員同士の絆を深めることができました。
これがきっかけとなり、郡上踊り普及に拍車がかかり、その上潮ムードが春の屋台祭り企画開催、Cunha 旅行への40名以上の参加。忘年会ではサンパウロ総領事館の野口泰総領事をお迎えし、100名近くも集まる盛大なものとなりました。また若手の佐久間ソニア、中田顕三、大野マルコス、野村フェリッペ会員らが中心となって、私どもが提言した「中部運動会」を今年9月20日に開催しようと頑張ってます。
この2年間の間、人的、物的にご支援ご協力を賜りましたことをこの紙面をお借りし、心より感謝申し上げます。そうした皆様方のバックアップがあったからこそ、素晴らしい結果を残せることができました。皆さん、おめでとうございます。
この年次総会で新しい執行部が生まれますが、これまでと変わらないご支援ご愛顧を宜しくお願い致します。
最後に執行部を代表致しまして、心より感謝を申し上げます。本当にありがとうございました。

(原稿:ブラジル岐阜県人会長 長屋充良)

 

 

「すべて世はこともなし」

移民としてブラジルに渡ってきた私にとっては、あぁ~、平成から令和に変わったのか~といった感慨はあるが、長く故国を離れ、アウトロー的生き方しか出来ない今も、日本の年号が平成から、令和に変わったからといって、特別驚くにはあたらない。
好きなことを思いつくままにやってきた。
失敗、成功、だまされる。「波瀾万丈の人生でしたねぇ」と、同情とも励ましとも受け取れる言葉が聞こえてくる。
すべてが自分の責任である。過ぎた事は元にも戻らない。帰ってもこない。「人間万事塞翁が馬」と考えれば、別に悩むことは何もない。これも俺の人生だったと、納得する以外にすべはない。
だが、別の声も聞こえないわけではない。「あなたはこれまで、大きな病もせず生き延びてきた事は、やはり多くの人たちに感謝を言うべきだ!」というありがたい声も一方にはある。その通りと素直に聞くことができる年にもなった。「後悔先に立たず」という言葉もあるわなぁ。残念無念と腹の底では歯ぎしりをしてもだ。
世界は猛烈なスピードと変化の時代に突入した。欧州連合と発展してきたEUもまた危機に遭遇している。アメリカと中国との貿易戦争も激化の一途をたどっている。イギリスは国民投票でEU離税の決定をしたが離税案の修正は議会で三度も否決された。日本と韓国は修正不能?かとも思われる慰安婦、戦後微用工問題で揺れている。また、我々の足元であるブラジルは、年金問題も含めて慢性的な財源不足が起きている。「日本人は小さい?」と何を指しての話か分からぬが、一国の大統領の発言とも思えぬ品のないニュースが流れるなど、資質に欠ける発言が多い。
グローバリゼーションの発達のおかげで、ある事ない事も瞬時に世界を駆け巡る時代だ。令和の新時代になったからと言って、天からお金が降ってくるわけではない。僭越ながら、奇跡は起き得ないのだから、努力をする以外に方法はない。
ブラジルも、国の歳入不足は慢性的で、バランスある国の収支は程遠いように思われる。汚職大国とありがたくない称号の様な話がごく自然に語られる。こうした話も笑い話にして、少しでもストレスを少なくし、明日のエネルギーにと頑張るブラジル人は大したものだ。本気でそう思う。世界でも5番目のおおきな大陸と資源に恵まれたブラジルが、勤務さと努力を持ち合わせれば、世界一の大国になるのも夢ではない。
だが、未来はともかく現実的な問題に対して、我々は国の大方針に従うしかない。
心の底から今の若者は大変だと思うし、周りの人たちも言う。だが、考えてみれば大変、大変ということは、何時の時代にもあった。
だが、我々の世代とは違い、今頃は生まれた時から豊かで、自動車もスマートフォンもパソコンも子どもの時からごくあたり前に目の前にある。貧しく不便な時代に生まれ育つよりは、よほど良かったという意識が背景にあるだろう。しかし、彼らが豊かな暮らしができるのは、親が大変な努力と基礎的な勉強や高等教育をつけさせてくれたお陰だ。さらに言うならば、中には日本への出稼ぎを選び、子供たちの教育費を稼ぎ高等教育に心血をそそいだ親たちが、未来を信じ、時間的な余裕や、学びの機会を与えてくれた人もいるはずだ。その親たちが元気なのも寿命を考えると、長くてもあと20年や30年のはずである。
現実の世界は、近未来的な風景や、今にも超大型の台風がやってくるなど想像もつかないようなことが不意にやってくる。それが、どんな台風なのか? 地震なのか? ウイルスなのか? 何も予測することはできないが、毎日の危機感は心がけ次第で、昔から言われる「用心」という考え方は大切だと思う。
科学の世界でも、やれ「遺伝子工学」がどうとか、この遺伝子組み替え技術により様々な医薬品や生命科学の分野まで、まるで現代の魔法や錬金術のようなことができるとメディアは報道する。一昔前までは、未知の世界は宗教の領域であったのに…。さらに、それらは立証されつつある。つまり、我々の人体構造や、地球を飛び越え宇宙にまで広がる世界が証明される。それだけに、逆説的ではあるが、今まで以上に人間の尊厳は尊重されなければならない。
つまり、基礎的な分野でもある人間力、それに伴う宗教、哲学なども最重要課題として考えなくてはならないであろう。
だが、難しい事はさておき、平凡に生きてきた我々にとっては、健康で過ごしてきた事が人生何よりで、「すべて、世はこともなし」が一番だ!

(原稿:岐阜県人会会員 山田彦次)

 

 

第9回ゴルフコンペ開催

去る1月26日(日)正午よりPLゴルフクラブにて「第9回ブラジル岐阜県人会杯ゴルフコンペ」が晴天の下、開催されました。
岐阜県出身者で日本に駐在を終え帰国される方が続き、参加者も減ってきてはいますが、どうにか2組のコンペができました。
NGK社長の田辺さんもこの3月で本帰国ということで、最後の県人会コンペ参加となりましたが、いつもエネルギッシュなムードメーカーでユーモア溢れるお人柄。楽しく一日を共に過ごさせて頂きました。
結果は僭越ながらニアピンが家内ベッチと小職ということで、賞品を頂きました。競技の方はアンダーは無く、ネット75の小職が空気の読めない幹事ではありましたが、優勝させて頂きました。準優勝は一打差で、ブラジル豊田通商社長の今井さんで、第3位はHC11の田島まさみさんでした。
次回は9月7日(月・祝)正午のスタートとなっておりますので、沢山の方々のご参加をお願い致します。

(原稿:岐阜県人会会長 長屋充良)

 

 

2020年1月の出来事

  • 4日
    • 長屋会長、平野イラシ、中田顕三、長屋ベッチ氏らが県人会を大掃除
  • 6日
    • 事務所の仕事始め。10日、11日のバザーの段取り
    • 県庁より令和2年度岐阜県県費留学生中田アンジェロ英二氏が内定。入学許可通知書が届く
  • 9日
    • 長屋会長、長尾理事、島尾ソニア、長屋ベッチ氏らがバザー準備
    • 山田彦次元会長、県人会顧問と絵画展委員長の辞任を届ける
  • 10~11日
    • 県人会事務所でバザー開催。80名近くの来客
  • 10日
    • 愛知県人会で本年度第1回郡上踊りの練習開始。新しいレパートリー「三百」「猫の子」を習得へ
  • 11日
    • 2月16日総会開催のお知らせをニッケイ新聞に送付
  • 13日
    • ニッケイパレス・ホテルの総会用ルームレンタル予約
  • 14日
    • 静岡県人会にて中部ブロック運動会ヤング(青年部)会合
  • 18日
    • 午後1時より第1回日本祭り準備委員会、午後3時より県人会定例理事会
  • 22日
    • 3月の小旅行に備えてポウザーダとバス会社へコンタクト
  • 26日
    • 第9回ブラジル岐阜県人会杯ゴルフ・コンペ開催
  • 27日
    • 2020年の県連会費支払い、日本祭りブースの1回目のブースレンタル費納入
    • バザーの売れ残り品および古本等を憩いの園へ寄付
    • 中部運動会準備委員会
  • 28日
    • 長尾昇理事、日比野亘理事、事務所の古い書類処分
  • 30日
    • Banco do Brasil 口座閉鎖の為、現在の会長と会計理事の登録を最新にし、会議議事録を届ける
  • 31日
    • 長屋会長、日比野会計理事、口座閉鎖書類にサインの為Banco do Brasilを訪問

 

 

2020年1月定例理事会議事録要旨

  • 日時:2020年1月18日(土)午後3時~
  • 出席者: 長屋充良会長、国井副会長、日比野健一会計理事、日比野亘理事、長尾昇理事、佐久間ソニア会員、長屋恵美子会員(以上7名)
  • 審議内容
    1. 長屋会長挨拶
    2. 2020年度総会2月16日(日)9:30時よりニッケイパレスホテル(Rua Galvão Bueno, 425 setor IV)で開催決定
    3. 総会終了後ニッケイパレスホテルで12時から新年祝賀会(会費は1人R$70.00)
    4. 郡上踊り参加予定:7月の日本祭り、12月の東洋祭り決定。練習月2回(練習日whatsappで連絡)
    5. 県人会便りの発送、経費カットの為デジタル化して郵送は徐々に停止を思案中
    6. 地域代表の清水リナさん(レジストロ)、小野ルマ(ポルト・アレグレ)、伊藤パウロ氏(イタペチ・ニンガ)との連絡をビデオ会議システム化思案中
    7. 岐阜県人会で行われたバザーの成功により、これからも県人会資金集めのため、新品または良い状態の中古品の寄付呼びかけをし、バザーの定期化を思案中
    8. 7月10日~12日の日本祭り参加に向けて月2回午後1時~岐阜県人会にてミーテイングを決定
    9. 中部ブロック運動会(場所は未定、9月20日頃を予定)に向けて、1月4日に中部運動会若手委員会(11県人会代表)が会合
    10. 3月20日~22日Ilha Grandeへの小旅行を決定(宿泊先はPousada Nautilus)
    11. 次回の2月の理事会は2月15日(土)午後3時~

 

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会報 2020年01月

新年にあたりご挨拶

新年明けましておめでとうございます。
本年も宜しくお願い申し上げます。
2020年、新しい年を迎えることができました。
東京オリンピック年の始まりで、今までになく、意気高揚とした気分なのは私だけでしょうか?
ブラジル岐阜県人会にとりましても、2月の年次定期総会にて新執行部が誕生しますが、どうか皆様変わりないご支援を宜しくお願い申し上げます。
本年の県人会活動としまして、1月26日、9月20日の「第9回、第10回のブラジル岐阜県人会杯ゴルフコンペ」、「Ilha Grande 一泊旅行」「第23回日本祭り」への参加をはじめ、「第1回中部圏大運動会」の開催、「第42回岐阜県農業高校生海外実習派遣団」訪伯、「第2回春の屋台祭り」開催、「第1回岐阜県人世界大会」参加訪日、「第16回日伯友情交流絵画展」、11月28日(土)17時からは「県人会忘年会」と目白押しです。
また、毎月第3土曜日15時からの「定例理事会」、「県人会会報」の毎月の発行なども予定しておりますので、どうぞ、皆様方の更なるご協力ご参加を宜しくお願い申し上げます。
本年は、他県人会との交流がさらに進むことと思います。我々も出来る限り協力をして、できることならば、「県人会の枠を超えた青年会」のようなものが出来ればと願っております。
どうか皆様、本年もブラジル岐阜県人会を何卒よろしくおねがいいたします。会員はじめご協力下さる皆々様の益々のご活躍とご健勝、ご発展を心よりお祈りいたしまして、年頭の挨拶とさせて頂きます。

(原稿:ブラジル岐阜県人会長 長屋充良)

 

「一世です」と言えるようになった私

初めまして!
私は岐阜県岐阜市生まれ、揖斐川町育ちの大野美夏(おおの・みか)と申します。私は24歳の時に、JICA(国際協力機構)の海外開発青年制度(現・日系社会青年ボランティア制度で、海外青年協力隊の日系社会向け制度)で日本語教師として、特に希望をしたわけではなないのですが、たまたまブラジルに派遣されました。
私が海外への興味を持ったのは、様々な要因があるのですが、その一つに大叔父の存在がありました。私の大叔父(祖父の兄)、大野寛正(かんせい)は明治の話ですが、農業高校を卒業した後、岐阜県庁に勤めていたのを辞めて1907年にアメリカに渡りました。そこから20年間苦行勤労の末、ピアノを習得し、作曲家になりました。あの時代、日本人移民といえばアメリカ社会の底辺で、農業や家内労働(お手伝いさんや庭師)をしていた人が多かったと聞きます。寛正は単独移住で、ポートランドに着いて、アメリカ人家庭での家内労働をしました。しかし、労働で金銭を得ることだけが彼の目的ではなく、勉学を志すのがアメリカに渡った理由でした。そこで農業大学に入学したのです。
ある家庭で働いていた時に、ご夫人がピアノ教授で、寛正はピアノを教えてもらうことになりました。寛正はここで運命の出会いをしたのです。『ピアノ』の魅力に取り憑かれ、ここからピアノの道を進むことを決意したのです。ロサンゼルスの南カリフォルニア大学、ボストンのハーバード大学の音楽科に入学しピアノ、そして作曲の勉強を続けました。
子供の頃から習っても習得が難しいピアノを大人になってから初めたにも関わらずマスターするなんて想像がつきません。それも外国語で。こうして、作曲家、ピアノ教師をしていた寛正ですが、アメリカと日本の戦争が激化するのに伴い、アメリカでの日本人排斥がひどくなり、帰国を余儀なくされ、岐阜に戻りました。
とはいえ、時は戦争真っ只中の日本で、アメリカ文化をたっぷり吸った人間が生きていくのは非常に厳しかったそうです。日に日に発展が進み摩天楼が建ち始めていた1900年代始めのニューヨークに住んでいた人間が、岐阜の田舎で、しかも竹槍で戦争をしようとしていた社会に適応できるはずがありません。アメリカのすごさを語って、非国民と警察に連行されたこともあったと聞きます。
揖斐川町の実家には、寛正のドイツ製のグランドピアノがあったそうです。私はそんなことを全く知らずに育ちました。日本では寛正は変わり者にすぎず、みんなに迷惑をかけた厄介者のような見方をされていたのかもしれません。
先日、部屋を整理していた時に、私がJICAの青年制度に申し込んだ時の申込書が出てきました。志望動機に「海外で生きた一世の気持ちを少しでもいいので知りたい」と書いてありました。寛正がアメリカで過ごした20年間を綴った日記を読んで、外国で生きるとはどういうことなのだろうと思っていた私の気持ちだったのでしょう
92年にブラジルに来てから27年。移民の大先輩方から見れば若輩者ですが、近年は「一世です」と言えるようようになりました。以前は、「私は一世ではなく日本人です」と言っていました。私の中で日本人と一世の違いは、日本に帰る日本人か、日本出身でブラジルに住んでいる日本人か、です。日系2世と結婚し、娘をブラジルで育て、それだけ長い間、こちらに住んで、いつの間にか自分の居場所はここだと思うようになったのかもしれません。
現在は、インターネットのおかげで、日本の情報が生で入り、日本のテレビが見られ、日本からの輸入品の食料を買うことができるようになりました。私は、父が亡くなってから母のいる岐阜に年に2回帰っています。私は何十年も日本に帰れなかった昔の移民の方々の苦労など、何にもしていませんね。私を通してブラジルで日本の何かを残せるなんて大それたことは考えていませんが、バイリンガル教育の勉強をして、娘には日本語を伝えようと努力をしました。
振り返ってみますとJICAの3年の派遣が終わった後、一度帰国したのですが、ビザが1年残っていたため、すぐにブラジルに戻ってきました。サッカーが大好きで、サッカージャーナリストになりたかった私は、夢を叶え、すでに24年が経ちました。ブラジルのサッカー選手、監督など著名人のインタビューをし、日本の雑誌、新聞にブラジルのサッカー記事を書いて、日本で本を出版することもできました。
しかし、こんなことは全く大したことではありません。なぜなら、ブラジルにはすごい人たちがたくさんいます。移民してゼロから苦労して人生を築いていかれた方たちです。そして、そのスピリット(精神)を受け継いでいる2世、3世、4世の子孫たち。
日系人というのは、日本人の勤勉さ、器用さ、真面目さと、ブラジル人のエネルギッシュでスケールが大きく、底抜けな明るさを兼ね備えたいいとこ取りの人たちなのではないかと思います。そして、助け合いをとてもサラッとやってしまう人たちです。岐阜県人会もそんな方達の集まりです。3世以上は日本語は喋れなくなっていても、日本人のいいところをブラジルに残し続けている人たちです。
寛正の日記の表紙には「艱難(かんなん)汝(なんじ)を珠(たま)にす」と書いてあります。苦労や困難を堪えてこそ立派な人間になれるとの意味です。
私は大した艱難を乗り越えていませんね…。「一世です」と言えるようにはなったけれど、まだ「一世の気持ち」を本当によくわかる域には全然達してはいないと思っています。でも、私の周囲には艱難を乗り越えた方達がたくさんいて、そのスピリットを持った子孫がたくさんいて、彼らからエネルギーをたくさんもらえることは本当にありがたいことだと思います。私も「一世です。」と言い続けることで、いつか本当の一世になる日が来るのかなと思うブラジル27年目の今日この頃です。

(原稿:岐阜県人会理事 岐部大野美夏(1992年よりブラジル在住)

 

岐阜県人会バザー開催

去る1月10日、11日、金・土の両日、ブラジル岐阜県人会にて、県人会余剰品のバザ-を開催致しました。
何年ぶりに県人会の大掃除を昨年の暮れにした際、倉庫に埋れていたものを棚卸して品分け。本、皿、湯呑み、民芸品、Tシャツ、小物と500点以上を写真のように陳列して、WhatsApp等で知り合いに告知。2日間で80名近くの方々が訪問して下さいました。
急な日程で小規模な宣伝でしたが、予想以上の皆様方にお集まり頂き、心より感謝しております。
また、県人会の役員の方々にご足労をおかけ致しましたが、無事、成功裏に終えることができました。御来場の皆様、ボランティアの皆様、本当にありがとうございました。

 

(原稿:岐阜県人会会長 長屋充良)

 

2019年12月の出来事

  • 4日
    • 福井県人会にて第1回中部ブロック運動会の会議に長屋会長が参加
  • 4日
    • 2019年分の県連会費を納める
  • 10日
    • 12月の会報とX’masカードを日本へ郵送
  • 12日
    • 長屋会長が県連代表者会議と忘年会へ参加
  • 14日
    • 秋田県人会会館にて2020年度の日本祭り会議
    • 有志による県人会事務所の掃除
  • 17日
    • 第2回中部ブロック運動会の会議に長屋会長が参加
  • 21日
    • 12月度の定例理事会開催
  • 26日
    • 長屋会長がニッケイ新聞へ挨拶

 

12月定例理事会議事録要旨

  • 日時:2019年12月21日(土) 午後3時~
  • 出席者: 長屋充良会長、国井宏裕副会長、日比野健一会計理事、金子亭資書記理事、日々野亘理事、岐部理事、長尾昇理事、浅野正監事、佐久間ソニア会員、佐久間パウロ会員、長屋恵美子会員、中田エイジ会員、島村アナ会員(以上13名)
  • 審議内容
    1. 長屋会長挨拶
      今年最後の理事会という事で、皆さんに感謝の意を述べる。この一年を振り返り、日本祭り、ジャパンハウス・セミナー、岐阜県アピールの夕べ等、様々なイベントでの郡上踊りを披露。第41回岐阜県農業高校生海外実習派遣団来伯、クーニャ一泊旅行、第1回春の屋台祭り、ブラジル岐阜県人会杯ゴルフコンペ(年2回)、忘年会等、沢山の会員、友人の方々のご参加を頂き、今までかつてない盛り上がりを収めた事を振り返る。
    2. 11月度の出来事報告
      第15回日伯友情交流絵画展、第1回春の屋台祭り、忘年会など様々な催しを実施。
    3. 11月度会計報告
      県庁より日本祭り並びにJHでのセミナーによる岐阜県アピール業務委託金の入金報告。
      絵画展の会計処理に関する質疑。
    4. 第1回中部圏大運動会
      長屋会長から中部圏県人会10県人会+埼玉県人会による第1回中部圏大運動会開催の説明。若手を中心とした協力が求められる。来年9月20日に実施予定。会場探し進行中。
    5. 来年度日本祭り、郡上踊りについて、準備日程を提出。
    6. 新体制に関する選挙委員会を設立。長尾理事が選挙委員長就任。
    7. 2020年度年次総会日程を2020年2月16日(日)10時開始と決定。議長に日比野亘理事を仮認定。
    8. 事務局について諸項目を討議。
      次回1月の理事会は1月18日(土)午後3時~

 

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会報 2019年12月

(令和元年)を振り返って

2019年もあと少しということで、本年を振り返ってみたいと思います。
ブラジル岐阜県人会長就任2年目という事で、少し余裕ができたのかなという感じはありますが、その分、様々な県人会関連の活動に参加しました。特に念願でありました、日本祭り参加は今年一番の出来事かと思います。
県人会再生活性には、「日本祭り参加しかない」と会長就任後、最初に取り組んだのは、そのための県連復帰でした。お陰さまで、山田県連会長、川合副会長はじめ、沢山の県人会会長の方々から温かく受け入れられ、何かと助けて頂き、本年無事、日本祭り参加が叶いました。
3日間で、60人以上のボランティアの方々にお手伝い頂きました。特筆すべきは8割方が県人会員またそのご家族という事で、日本祭り参加の意義が大いに達成された事であります。
また初参加でさらに天候も悪く、昨年に比べて来場者減という中、予想以上の売り上げを達成できました。これもひとえに会員の皆様の御協力の賜物と、感謝しております。
日本祭りの郷土食紹介、テレビモニターを利用した岐阜県の紹介、母県から輸入した県産品を展示するなどして、岐阜県をアピールできました。それに並行して、岐阜県伝統文化紹介という事で、郡上市民の方々からの真心による浴衣の寄付、そして県からの下駄、帯の提供を受けて、ブラジルに郡上踊りを普及すべく、色々な行事にも参加して参りました。
日本祭り以外にも、本年の新しい出来事としてジャパン・ハウスでの岐阜県紹介セミナーが挙げられます。県人会若手メンバーが中心となって企画、プレゼンし、150名近い来場者があり、会場は超満員の大盛況でした。
また、同じく広島・長崎のジャパン・ハウスでの紹介セミナーの際、川添長崎県人会会長のご好意により、パウリスタ大通りの歩行者天国でも郡上踊りを披露しました。その他、サントス市の「第一回移民祭り」にも長崎県人会と共に参加。同じく九州ブロック芸能祭でも踊らせて頂きました。
11月には、岐阜、愛知、福井、三重、群馬、奈良県人会主催による「第一回春の屋台祭り」でも郡上踊りをごご披露する機会に恵まれました。これは企画、発案の段階から、他県人会と共に相談し、共同イベントを開催することができました。これからのブラジルにおける県人会活動は単一県人会だけでなく、横の絆、連携を強化し、協力していくという新しい動きに参加できたのも本年の大いなる発展の一つと言えるかと思います。
また、7月末には、初の女性団長率いる「第41回岐阜県農業高校生海外実習派遣団」が訪伯され、今までにはないUSP農学部との交流や、県人会員との農業体験型小旅行などが盛り込まれた充実したプログラムで、派遣団の皆さんからも喜んで頂きました。
年始めには、県より「海外岐阜県人会若手リーダー育成母県招聘事業」により、深水エリーナ恵、池戸アンドレ両会員が、岐阜県を訪問し、自身のルーツ、岐阜県の良さを体感できたと思います。
その他10月には「即位礼正殿の儀」奉祝晩餐会があり、県人会員有志が出席。新しい令和の時代の始まりを日系5団体800人参加の元、お祝いしました。
またこの記念すべき令和元年に節目となる「第15回日伯友情交流絵画展」が、今年も11月に在サンパウロ日本国総領事館との共催で、開催することができました。年を追うごとに来場者も増え、県人会の文化的な活動として注目されております。
年次定期総会の開催、毎月の定例理事会、毎月の県人会会報の発行、クーニャへの一泊旅行、年2回の県人会杯ゴルフコンペ開催、JICA派遣の岐阜県出身ボランティアとの面談、県連代表者会議への出席、各県人会記念式典への出席など様々な活動を無事、行うことができました。
最後に会館を持たない当県人会として、県人会の相互協力のもと秋田県人会会館を利用させて頂き、忘年会を催せたのも、例年にない行事となりました。
こうして、令和元年も無事、締め括られようとしてますが、日本祭り参加による若手メンバーの県人会活動活性化、県連復帰による他県人会との交流、相互協力による新しい県人会活動の展開など、これからの県人会の在り方を示唆する意義深き年になったと確信しております。
最後に県人会に対し、絶大な御協力、ご援助をいただいている会員の皆さん、また特に、長年の絵画展運営に携われている山田岐阜県人会顧問、郡上踊り普及にご家族で貢献されている橋詰理事、農業海外実習派遣団にご自身の時間を割いて、まる一週間ご帯同頂いた長尾理事、長年に渡り県人会に御協力頂き、今回日本祭りに過分なるご寄付を頂いた長屋イラセマさん、県人会活動に全力でご支援、ご協力して下さってる佐久間ソニアさん、農高生派遣団の際、レジストロ市農業実習の全てのアレンジをされ、大成功を収められた清水リナさん、毎回、多大なご援助を下さる宮坂国人財団の松尾治氏、同じく同郷でヤマト商事社長の高木和博氏、縁の下の力持ちの新事務局長に対し、紙上をお借りし、心から感謝申し上げます。
最後に本年で任期が終わります現執行部、理事会を代表しまして、この2年間、皆様のご支援を頂きまして、誠にありがとうございました。何かと足りない面もあったかと思いますが、どうぞご容赦下さいませ。これより、慌ただしい年末となりますが、どうか皆さま方におかれましては、ご健康に留意され、ご家族一同良いお年をお迎えられますよう、お祈り申し上げます。
最後に、来年度また役員投票がありますが、新体制になりましても、変わらずご愛顧を賜りますようお願い申し上げます。ありがとうございました。

(原稿:ブラジル岐阜県人会長 長屋充良)

 

 

第15回日伯友情交流絵画展の開催について

在サンパウロ日本国総領事館三階で「第15回日伯友情交流絵画展」が令和元年11月4日から、11月14日まで開催しました。
4日のオープニング初日には、約100名の画家、御家族、関係者、愛好者がご出席下さいました。絵画展の開催期間中、約400人もの方が絵画を鑑賞。この絵画展は、在サンパウロ日本国総領事館およびブラジル岐阜県人会が共催。宮坂国人財団、大和商事の後援によって行われております。
重ねるにしたがって、出展者数、出展品目、絵画展の鑑賞者数も増加し、大作が輩出され、サンパウロ画壇界でも注目を集めております。
この絵画展にはブラジル人画家の出展も増え、まさしく絵画を通して、日系人画家とブラジル人画家の交流が深まり、日本国とブラジル国の友好関係を象徴するかのようで、文化の発展に大いに貢献していることと確信しています。
絵画展開催に際して、野口泰在サンパウロ日本国総領事の挨拶の後、長屋充良ブラジル岐阜県人会会長が総領事館をはじめ、山田彦次ブラジル岐阜県人会顧問、宮坂国人財団、大和商事、ウニベル旅行会社への長年にわたる協力と支援に対し、最大級の敬意を表しました。
今回の絵画展に出展された画家をポルトガル語で紹介させていただきます。
AiacoGokita, Clara Yumi Suzuki, DircéaMountfort, EijiYajima, Elza Oda, Gladys Maldaun, Hikoji Yamada, Inez Shibata, Isabel Cardoso, Ivone Teixeira, Jorge EitiOkazaki, Josefa Sarah, KatsunoriNishio, KyokoFukagawa, M. Clarice Sarraf, Marco São Pedro, Masahiko Kato, Matilde Ezawa, MitikoAragaki, PauleteGerecht, RiyosukeKomatsu, SakukoMiyashita, Suely Sallim, SumikoArimori, Tomas YoshioMakiyama, Toshiko Hayashi e YumikoKikuchi.
次に以下の11名の画家の方々が、総領事館から表彰状を授与されました。
DircéaMountfort, EijiYajima, Elza Oda, Hikoji Yamada, Ivone Teixeira, Josefa Sarah, Inez Shibata, KatsunoriNishio (in memoriam), Masahiko Kato, Matilde Ezawa e MitikoAragaki.

引き続き、オダエルザさん(Sra. ElzaOda)が画家たちを代表して、御礼の言葉を述べ、その後、野口総領事、長屋会長、山田顧問によるテープカットが行われました。
カクテル・パーティーでは、和気あいあいの雰囲気の中で、出席者の皆さんは久しぶりの再会を喜び合い、絵画を鑑賞し、楽しく語り合っていました。絵画の前では、写真を撮り、名刺を交換し合い友好を深めておりました。
また、気さくなお人柄の野口総領事は、画家や出席者の皆様と気軽に写真撮影に応じて下さりました。
最後になりますが、この絵画展の開催に際して、計画、連絡、管理、絵画の運搬・準備、パネル作製、会場整備、会計、受付など、細かい作業に協力して下さった会員・関係者の皆様に深く感謝致します。
岐阜県人会の会員が日伯友情交流絵画展の意義を理解し、この絵画展が末永く続きますよう、祈念いたします。

(原稿:岐阜県人会理事 長尾ジョージ昇)

 

 

第1回春の屋台祭りを終えて

去る11月10日(日)11時から岐阜、愛知、福井、三重、群馬、奈良の6県人会共催による「第一回春の屋台祭り」が開催されました。これは新しい県人会会長(岐阜、埼玉、福井、宮城、群馬)の勉強会の中で、「いかに県人会を活性するか」という話し合いから出てきた案件で、日本祭り以外で、食のイベントを開催し、若手メンバーの参加を促すという主旨からのものでした。
宮城県人会は立派な会館を持っているので、会場の候補にも上がったのですが、コンロが使えないという事と、県人会の日程が合わないという事で不参加。埼玉県人会も人手不足で不参加という事となり、結局、岐阜、福井、群馬で他の県人会を募り、会場探しとなりました。
何も無いところから始めるのは、かなり大変なので、既に「屋台祭り」を行いノウハウを蓄積している愛知県人会にご相談しました所、例年2回の屋台祭りが今年は1回だけだった事もあり、沢田会長のご好意で、「何か新しいものができるのではないか」と、「一緒にやろう」ということになりました。
あとは協賛県人会の勧誘という事で、奈良県人会さんは愛知県人会さんからのご紹介で参加することになり、同じ東海地方の縁で、三重県人会の下川会長にお話をさせて頂き、ご了承を得て、6県人会の共催となりました。
平日の夜、愛知県人会を利用させて頂き、準備委員会を設立。何回かの会合を開き、準備しました。岐阜は、日本祭りでも出した(たこ焼きと肉の串炭焼き)、愛知は(味噌カツサンド、味噌カツ丼、アイスクリーム)、三重は(椎茸ご飯、いちご大福、甘ピーナッツ)、福井は(越前そば、うどん、シュークリーム)、群馬は(海老天ぷら、かりんとうまんじゅう)、奈良は(お汁粉)というメニューです。他に、「コンボ」として6県人会6品目が詰まった味見セットを前売りのみR$27,00で販売。

アトラクションとして、我々岐阜県人会は、日本三大盆踊りの郡上踊りを披露。三大民謡の伝統文化をブラジルで伝えていきたいという思いで、踊らせて頂きました。他にも日本舞踊、和太鼓、歌謡ショー、剣道デモンストレーションなど食以外に見ても楽しい日本文化が紹介され、祭りを大変盛り上げました。また、ビンゴも行われ、その賞品は各県人会がR$100,00分ずつ提供。これがイベントの参加費用代わりです。
当日は、時折小雨降る空模様でしたが、まあまあの入りで、たこ焼きは目標達成(2.000個)串焼きは目標の75%(110本)を販売できました。
若手メンバーが、前日の屋台テント設営から当日の後片付けまで、頑張ってくれ、本当に助かりました。こうしたイベントは、若手メンバーが参加しやすい良い機会かと思いますので、これからも色々と企画して、参加を促し、県人会を活性していきたいと思っています。
今回、こうして他県人会とのコラボさせて頂き、大変勉強になり、これからの県人会活動が広がっていく可能性を見出せたとても素晴らしい経験となりました。ありがとうございます。

(原稿:岐阜県人会会長 長屋充良)

 

 

令和元年 ブラジル岐阜県人会忘年会

新しい時代の始まり「令和元年」も余すところ1ヶ月余となった11月30日17時より、秋田県人会会館に於いて、本年県人会がお世話になった方々をお招きして感謝と労をねぎらう忘年会を催し、100名近い方々にお集まり頂きました。
スペシャルゲストとして、在サンパウロ日本国総領事の野口泰様に貴重なお時間を割いてご参加頂き、感謝の念に堪えません。
その他、山田県連会長、川合秋田県人会長、川添長崎県人会長、山下福井県人会長にもご参加頂き、その他県人会のご家族の皆さん、郡上踊りのメンバー、日本祭りでお世話になった方々で賑わい、歌、踊り、ゲーム、ビンゴなど楽しいひと時を共有させて頂きました。
特に野口総領事には突然の歌のリクエストにも関わらず、お応え頂き、その熱唱に会場は大変盛り上がりました。
本年も皆々様に大変お世話になり、心から感謝申し上げます。どうか来年も宜しくお願い致します。良いお年をお迎えください。

(原稿:岐阜県人会会長 長屋充良)

 

 

2019年11月の出来事

  • 4日
    • 第15回日伯交流絵画展が在サンパウロ日本国総領事館多目的ホールにて14日まで開催さ れる。
  • 6日
    • 県庁から日本祭りブース委託料送金のお知らせが届く。
    • Banco Santanderに送金の問い合わせ。Atualização de cadastroをしなければならないとの 連絡あり。
  • 8日
    • Banco SantanderにAtualização de cadastroの書類を送る。
  • 9日
    • 春の屋台祭りの準備。
  • 10日
    • 愛知県人会館にて春の屋台祭り(県人会もコンボの他にたこ焼きと牛肉の串焼き販売)。
  • 13日
    • 長屋会長、2020年度の日本祭り開催発表カクテルパーティーに参加。
  • 17日
    • 長屋会長、長野県人会60周年記念式典に参加。
  • 21日
    • 2020年度県費留学生応募者・中田アンジェロ氏が岐阜大学工学部への受け入れが承諾された と県庁から連絡。
    • 春の屋台祭りの清算。
  • 21日
    • 事務所の印刷機メンテナンス(fusor)交換。
  • 22日
    • 日本祭りブース委託料がBanco Santander で受領できるとの連絡を受ける。
  • 23日
    • 定例理事会。
  • 27日
    • 日本祭りブース委託料が当口座に入金されたのを確認。
  • 30日
    • 秋田県人会会館にて岐阜県人会忘年会を開催。

 

 

11月定例理事会議事録要旨

  • 日時:2019年11月23日(土) 午後3時~
  • 出席者: 長屋充良会長、国井宏裕副会長、金子亭資書記理事、日比野健一会計理事、日比野亘理事、 長尾昇理事、浅野正幹事、平野イラシー監事補佐、佐久間ソニア会員、長屋エリザベッチ会 員、国井マユミ会員(以上11名)
  • 審議内容
    1. 長屋会長会長挨拶
      天皇即位の儀奉祝晩餐会会長夫妻、長尾理事夫妻、田辺会員ご夫妻が参列新天皇即位を祝う。
      クーニャ一泊旅行では41名という参加があり、また上村ホテルのおもてなしやご馳走に皆さん大満足。
      日伯友情交流絵画展では、15回目という節目にあたり、在サンパウロ日本国総領事館より感謝状授与があった。来場者も400人という今までにない記録を達成。
      春の屋台祭りでは、6県人会共催という新しい趣向で、600名以上の来場者があった。
      岐阜県屋台では、たこ焼き、エスペットを売り、大好評であった。
    2. 10月度の出来事 会長の挨拶の中で重複。
    3. 10月度会計報告 日比野の理事から報告。
    4. 来年の運動会についての説明。中部ブロックとして10県人会の参加を要請。12月3日に福井県人会で初会合。他県人会とのさらなる交流をはかる。特に青年部の交流に期待。
    5. 来年度の新体制に関する事項で、長屋会長から継続の要請。
    6. 年末年始の県人会事務所の休暇は12月23日から来年1月5日まで。
    7. 次回12月の理事会は12月21日(土)午後3時~

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会報 2019年11月

岐阜県人会クーニャ一泊親睦旅行

去る10月26、27日の週末、ブラジル岐阜県人会でクーニャ(Chunha)一泊旅行をしました。 41名の方々が参加され、天候にも恵まれ、大型バス一杯で出発しました。
クーニャは、サンパウロ市から250km、バスで3時間30分の行程で、サンパウロ州とリオ・デ・ジャネイロ州の州境に位置し、パラチまで40kmです。
車中、ゲームをやったりDVDを見たりして4時間近い道中でしたが、飽きることなく、楽しむことができました。


上村オーナーを中心に参加者の皆さん

同市は陶芸が盛んで、日系陶芸家のアトリエがあります。 また広大なラベンダー畑もあり、椎茸やシメジ栽培も行われています。 我々は、日本人の陶芸家・末永さんの工房を訪れ、作品や登り窯を見学させて頂きました。 工房は売り場も兼ねているので、各自、気に入った陶器を購入し、ご満悦のようでした。
昼食後、ラベンダー畑へ行き、紫色に染まった広大な景色を堪能させてもらいました。
その後、上村ホテルにチェックイン。 夕食まで広大なホテル内を散策したり、養殖しているニジマスを釣ったり、お風呂に入ったりとゆっくりさせて頂きました。
風呂は、高台にある露天風呂(水着着用で混浴)と、自然の大岩を利用した内風呂が、男女別で2つあり、一つは岩風呂、もう一つは木風呂です。 日替わりで男用、女用が交替します。 湯加減は最高で、日々の疲れを取ることができました。
夕食前には、地元のアランビッキ(酒造場)のカシャッサで作った芳醇なカイピリーニャで、準備万端です。
食事は、オーナー家族が地元の山の幸や近郊のパラチで捕れた新鮮な魚介類で素晴らしい料理が提供され、各テーブルの中央には、直径60cmのインブイヤの一枚板の皿に盛られた海の幸、傍には日本食で色々な自家製漬け物、煮付け、煮魚、焼き魚、カレー、焼肉、味噌汁、種類豊富な新鮮野菜などが所狭しと並べてあり、多いに舌鼓を打ちました。
美味しいデザートも頂き、余興へと突入です。
生卵立てゲーム、利き酒ゲームならぬ利きコカコーラ当てゲーム、利きビール当てゲーム、ビンゴ、カラオケなどで盛り上がりました。 また、みんなで「郡上踊り」も踊りました。
さらに参加者の一人、雨宮髙さんがちょうど88歳なので、サプライズで米寿を祝いました。 他にも芝崎パオリーナさん、雨宮功くん、ウエムラ・カウアくんら10月生まれの方々のケーキカットも一緒にさせて頂きました。
2日目は、朝風呂から始まり、朝食前に何年かぶりのラジオ体操をして、体をほぐします。 朝食は新鮮なフルーツが一杯。 しっかり腹ごしらえをして、ウォーキング。 パラチが一望できる高台まで行き、オーナーがご自分で作られた超豪邸を見学。 実姉さんのために作られた隣家のリビングルームには、10m四方の自然の大岩があり、そのアイディアにビックリ仰天でした。

パラチが一望できる高台から

1時間半くらいの散策の後、森林浴と地の利を活用した湧水による流しソーメンです。 こうした工夫を凝らしてお客さんに喜んで貰おうとされるオーナーのおもてなしは最高でした。
その後も、カイピリーニャのサービスがあり、またまた、沢山の御馳走による昼食で、参加者一同大満足で、ホテルをあとにしました。
帰途、椎茸栽培の方から直接新鮮な椎茸、シメジを格安の値段で購入し、帰途につきました。
中身の濃い、思い出深い県人会の一泊親睦旅行となりました。
この場をお借りし、最高のおもてなしをして下さいました「上村ホテル」の皆さんと今回の旅行に参加して下さった皆々様に改めて感謝を申し上げます。
なお、来年は夏場にイーリャ・グランデ(Ilha Grande)の一泊旅行を企画しておりますので、是非皆さま御参加下さい。

(原稿:岐阜県人会会長長屋充良)

 

スピーチコンテストに参加して!

県連とブラジル日本語センターが共催する第40回日本語スピーチコンテスト&第13回弁論大会が去る9月29日(日)に栃木県人会で行われました。
グループB(7人)、グループA(6人)のスピーチコンテストの部と、「三方良し」のテーマでの弁論大会(9人)が3部に別れて、各3~5分の発表です。
弁論大会の優勝者には、グローバル社提供の日本往復航空券、スピーチコンテストの優勝者は国内往復航空券、2位3位には図書券が与えられます。
今回、県連を代表して審査員として、埼玉県人会の吉田章則会長と共に参加させて頂きました。
今回の弁論大会のテーマである、「三方良し」とは、「売り手よし、買い手良し、世間良し」という近江商人の経営方針で、日本経済発展に大きな役割をしました。
審査員は、他に国際交流基金日本語上級専門家である久野元氏、サンパウロ日本人学校の曽川和則校長、非日系の日本語教師であるのフェリッペさん、それと県連側から埼玉県人会の吉田章則会長と私で、22人の参加者の中、非日系人が7人でしたが、みなさん素晴らしい日本語で、自分の考えをしっかり述べられており、素晴らしい大会となりました。
今回、初めて参加させて頂いたのですが、日本語能力のレベルの高さに圧倒され、改めてブラジルの日本語教育関係者の皆様方のご尽力の賜物と感服しました。
無料ですので、皆さんにも是非、来年の大会に足を運んで頂きたいと思いました。

(原稿:岐阜県人会会長長屋充良)

 

~岐阜の今、故郷コーナー~

☆★☆「ついつい買ってしまう」ミステリアスな骨董市岐阜市金神社☆★☆

黄金の鳥居で知られる金(こがね)神社(岐阜市金町)の境内で毎月9日、骨董(こっとう)市が開かれている。 最近は「マルシェ」と呼ぶ、おしゃれな青空マーケットも増えているが、ここは昔ながらの市(いち)。 ミステリアスな雰囲気も魅力の一つで、時代を超えた”掘り出し物”との一期一会の出会いを楽しみに、毎月通う常連客は多い。 ある店主は「ここは買わないつもりで来ても、ついふらふらと手が出てしまう面白さがある」と不思議な骨董市の世界にいざなう。
「これはいくら?」「それは500円」「美濃焼かな?」「美濃焼だと3千円まで上がるね」今月9日、雲一つない秋晴れの快晴。 ゆったりとした時間が流れる神社の境内に約25の露店が連なり、茶わん、仏像、時計といった一点物の骨董品や古書、着物などがずらりと並んだ。
江戸時代の香時計、明治時代の輸出用伊万里焼という皿、昭和20年代の三菱電機製の動かない扇風機、ガリ版の謄写(とうしゃ)器、誰のサインか分からないサイン入り野球ボールもあった。
テンガロンハットにサングラス、米軍のミリタリーベストのいでたちで、パイプをくゆらせながら茶器を売る男性は、名古屋市から来た茶商の店主。 「骨董の世界は家族に黙って、へそくりで買う人が多いね」と印象を語る。 お客も常連が中心といい、それぞれの店主とは顔なじみ。 店主は客の好みに合わせて品をそろえ、客は店主との会話を楽しみながらお気に入りの一品を探し出す。 冷やかしには「買う気がないなら触らないで」と容赦ない。
岐阜市の男性(84)は毎月、自転車で通う常連だ。 骨董骨董市では、常連客が顔なじみの店主と会品収集が趣味で、金神社の骨董市でこれまでに江戸時代のとっくり、そろばん、すだれ、印籠、馬の鈴などを買った。 「買物との出会いを楽しむわないつもりでも、見ると欲しくなって買ってしまう。 息子は捨てろ捨てろ、死んだら捨てるのにも金が掛かるって言うけど、どんどん増えている」と笑う。

(話をしながら品定め。 一期一会の掘り出し)

「これ買え、あれ買えとは言わない。 昔は押しつける商売もあったけど、最近は通用しない。 気に入った品だけを買ってくれればいい」。 こう話すのは、関市武芸川町で骨董品店を営む平田修さん(72)。 毎月、金神社と大須観音(名古屋市)の骨董市に出店する。 バブル経済の頃は「今では考えられないぐらいの売り上げがあった」と話すが、最近はリーズナブルな品ぞろえを心掛けている。
並べる商品は、古民家の解体工事や故人の遺品整理の場に呼ばれて仕入れている。 故人が大切にしていた物だから捨てられない、と遺族に頼まれることが多いという。 着物などは特にそうだろう。 壊れた時代遅れの家電も、視点を変えれば部屋を彩るアンティーク雑貨になる。 「誰もがいいなと思う物はいつの時代も変わらない。 時代を超えて愛される魅力がある。 それが古い物の良さかな」と平田さん。 骨董市は、先人たちの思いを次世代につなぐ役割も担っている。

(10月30日付岐阜新聞)

 

2019年10月の出来事

  • 2日
    • USPの建築学科の学生 Laís Nagano氏が卒業論文で日系(日本)人協会の運営やコミュニテイー調査のために来所。
  • 3日
    • 長屋会長、山田顧問が絵画展告知のためにニッケイ新聞社を訪問。
  • 5日
    • サントス市の「第一回移民祭」で郡上踊りを披露する為に長崎県人会とサントスを訪問。
  • 8日
    • 47都道府県県人会に当会会報と絵画展のパンフレットを配布するために県連に届ける。
  • 11日
    • 県費留学候補者の母・中田リリアン氏が県庁から要求された県費留学候補者の書類を県庁に送付。
  • 15日
    • 第15回絵画展の寄付金が宮坂財団から入金される。
    • 10月号の県人会会報を発送。
  • 18日
    • 長尾理事が事務所の新しいコンピュターを取り付けた。
  • 19日
    • 15時から定例理事会。
  • 22日
    • 「即位礼正殿の儀」奉祝晩餐会に岐阜県人会より長屋会長夫婦、長尾理事夫婦、田辺会員夫婦参加。
  • 24日
    • ComercialYamatoから第15回絵画展の寄付金を受け取る。
  • 25日
    • 県費留学の応募について、近藤Jessicaチエミさんが問い合わせに来所。
  • 26~27日
    • クーニャ(Cunha)へ1泊2日の親睦旅行。
  • 27日
    • 在伯青森県人会65周年記念式典に県人会を代表して金子理事が参加。

 

2019年10月定例理事会議事録要旨

  • 日時: 2019年10月19日(土)午後3時~
  • 出席者: 長屋充良会長、国井宏裕副会長、日比野健一会計理事、日比野亘理事、大野美夏理事、長尾昇理事、大野光男正監事、浅野悟正監事、平野イラシ監事補佐、佐久間ソニア会員、桑原ユミ会員、中田リリアン会員、中田エイジ会員、中田ケンジ会員、島村アナ氏、長屋エリザベッチ会員(以上16名)
  • 審議内容
    1. 長屋会長挨拶。 多数の参加に対し、感謝を述べる。
    2. 県費留学生希望者・中田エイジ会員を紹介。
    3. 10月度出来事、会計報告。
    4. 第15回日伯友情交流絵画展の協力要請。
    5. Cunhaへの県人会旅行について。
    6. 11月10日「春の屋台祭り」について。
    7. 11月30日の県人会忘年会について参加協力を要請。
    8. 会館についての意見交換。
    9. 来年度の県人会新体制について協力要請。
    10. 郡上踊りに関する事項
    11. 長尾理事のペルー・リマ訪問で同地の日系社会の現状が報告される。
    12. 次回11月度定例理事会の日程変更 11月23日(土)午後3時~

 

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会報 2019年10月

「日伯友情交流絵画展」に寄せて
共有出来る何かが生まれるのでは…

在サンパウロ日本国総領事館とブラジル岐阜県人会との共催による総領事館多目的ホール(パウリスタ大通り854番の在サンパウロ日本国総領事館内3階)で「第15回日伯友情交流絵画展」が開催されます。
オープンニング(=イナグラソン)は11月4日(月)午後5時から7時。翌5日(火)から14日(木)まで8日間に土日を除いて、午前10時から午後5時まで誰でも無料で来館見学ができます。ただし、最終日14日は午前10時から12時まで。
この日伯友情交流絵画展はブラジル岐阜県人会の文化活動の一環として、2005年より始まったのですが、「在サンパウロ日本国総領事館」が後援という形で応援を頂き、2016年からは正式に共催という形に変わり、今年で通算15回目の多目的ホール使用の展覧会開催となっています。
ブラジル岐阜県人会と絵画展は、全く無縁な存在ではなく、かつては「土本真澄」氏(元ブラジル岐阜県人会副会長、ブラジル日本文化福祉協会美術委員会に属する日系画家)や小島康一氏(ブラジル岐阜県人会副会長)など、早くから絵画に対する関心が深かったようです。このような背景の中で、2003年2月当時、私(山田彦次会長)の提案で、ブラジル岐阜県人会主催の「絵画教室」が開かれるようになりました。
この絵画教室は毎月、県人会会館(旧県人会館)で開かれていましたが、生徒数が思うように伸びず、1年余りで閉鎖。その後、個人的に山田彦次、小島康一が各地の展覧会や「ブラジル日本文化福祉協会」主催の「大総合美術展」に出展し、連続入選を果たしてきました。
2004年には当県人会内部や外部の絵描きさんたち、さらには絵画に関心のある人たちから「県人会主導の絵画展を開いては…」という意見が多く出されるようになりました。
これを受けた県人会理事会では、絵画展開催について審議決定をし、展覧会会場となる場所が、議論の中心となりました。最終的に「在サンパウロ日本国総領事館」多目的ホールの使用要晴は出来ないか、という意見が多数を占め、当時会長でもあった山田が在サンパウロ総領事館文化班を通じ当時の西林万寿夫在サンパウロ日本国総領事に要請。開催を快諾していただくと同時に、多目的ホールの無償提供を受けることになりました。

条件は「文化交流の目的」という事業であることから
1 作品の優劣を競う場ではない。
2「展示品の販売という経済行為を自制すること」
などが決められました。

第1回は戦後移住者交流を中心とした目的で、小規模な「戦後移住者絵画展」が開催されました。その後、回を重ねるごとに徐々に日系ブラジル人やブラジル人画家の参加が増え始めました。
2006年には絵画展のタイトルも「日伯友情交流展」に変わり、当時の西林万寿夫在サンパウロ日本国総領事からも「芸術活動は異なる文化を有する人々の間の相互理解を促進するものであり、今般の絵画展を通じて、一人でも多くの日系人、芸術家の活動を知っていただくと同時に日本移民100周年に向け、芸術交流を通じた日本・ブラジル間の友好関係がさらに深まることを確信している」というメッセージが贈られてきました。
これを機に「絵画展のさらなる発展を…」と、日伯で活動している芸術家の皆さんが集まり、交流の幅を深めるべきだと話がまとまり、以降、タイトルも「日伯友情交流絵画展」と変更し、現在にいたっています。まさに日伯間アーチストの皆さんの見識の高さを物語っています。(備考:尚、展示品の経済行為禁止は珍しい)
また、日本人ブラジル移住100周年「2008年」の記念の年には、サンパウロ州モジ・ダス・クルーゼス市と岐阜県関市の姉妹都市交流記念の一環として、ブラジル岐阜県人会が主催、モジ・ダス・クルーゼス市の後援で「日伯友情交流絵画展」がはじめて地方市で開かれたのも注目されました。
以降、参加人数は毎年異なりますが、ブラジル岐阜県人会の文化事業として、在サンパウロ日本国総領事館との共催で、年の後半時期に開かれており、この間、歴代の在サンパウロ日本国総領事であった西林万寿夫様をはじめとして大部一秋様、福嶌教輝様、中前隆博様、野口泰様と、5代にわたっての応援を得て、この11月には第15回目の絵画展を開くところにまで発展しました。
同展に出品して下さるアーティストの方々は、交流の大切さを実感し、身を持って表現して下さっております。またそれを応援して下さいます皆様方の協力があってこそ実現しています。在サンパウロ日本国総領事館と共に進めてきた、このブラジル岐阜県人会の文化事業は、日伯両画家の皆様方にしても、総領事館での展示および共催という、非常に名誉ある絵画展への参加となるのではないでしょうか。
また私(山田彦次)個人としては、毎年、在サンパウロ日本国総領事館、多目的ホールでの共催事業に参加し、開催するにあたり、ある年に読んだ「藤沢周平氏」の書の中の一節を思い出します。
「日残リテ昏ルル二未ダ遠シ」。これは藤沢周平氏の著「三屋清左衛門 残日禄」の一部ですが、「残る日を数えようと言うことではない」と作者は清左衛門に語らせています。また、残日録を解説している丸元淑生氏によれば「清左衛門は人間的には、いわば硬質的な石のような存在である。其の石がわずかに変化し、成長するところに味わいがある。」と結んでいます。
2015年に私なりに考え、26年間の県人会の会長職を辞任し、それからは日伯交流絵画展のみに専念してきました。そして「これで良かった」と納得をしています。
この物語の中で、清左衛門が隠居した直後に襲われた静寂感のようなものは、私にはありませんが、どうしたら、これまでお世話になった多くの方々に、これからも少しでも恩返しができるのかと、現在も暗中模索の最中です。
この展覧会も、今では「在サンパウロ日本国総領事館」と「ブラジル岐阜県人会」共催ということで、今年も15回目を迎えました。ですが、これまで多くの関係者の皆様にお世話になりました。改めて、紙面をお借りして、「在サンパウロ日本国総領事館」の歴代総領事様をはじめ、現在の野口泰総領事の多大なご理解と文化班の皆様方、さらにはこの「日伯友情交流絵画展」に物心両面において、応援をして下さいます 「宮坂国人財団」をはじめ、関係者の皆様方に心より厚く御礼を申し上げる次第です。有難うございます。どうぞ、一人でも多くの皆様方のご来館をお待ちしております。

(原稿:岐阜県人会顧問・山田彦次)

 

岐阜県人会杯ゴルフコンペ

第8回ブラジル岐阜県人会杯ゴルフコンペが9月15日(日)12時より、ホームグランドのPLゴルフ・クラブで晴天の中、開催されました。
今回はブラジル豊田通商社長の今井さん(各務原市出身)も参戦。18ホールで熱戦が繰り広げられました。
優勝はパープレイでまわったブラジルトヨタの有尾さん(大垣市出身)、準優勝は同じくパープレイで唯一80台を出した大野美夏さん(県人会理事、揖斐川町出身)、第3位は県人会会員の柴垣さんでした。
夕方の表彰式、懇親会には梅田ご夫妻(日本農業駐在員、加子母出身)、間瀬ご夫妻(JICA駐在員奥様は高山市出身、ご夫妻とも岐阜大学卒業)の若手が加わり、夜半まで楽しい宴会となりました。
次回の第9回ブラジル岐阜県人会杯ゴルフコンペは、同じくPLゴルフ・クラブにて、来年1月26日(日)12時スタートを予定しておりますので、奮ってご参加ください。

(原稿:岐阜県人会会長 長屋充良)

 

2019年9月の出来事

  • 2日
    • 壊れた印刷機1つ、焼けたモニター2つ、ハードディスクが焼けたコンピュータ2つを AACD(Associação de Assistência de Crianças e Deficientes)のバザーSamburáへ寄付。
  • 3日
    • 日本祭り及びジャパンハウスの費用交付請求書を県庁へ郵送。
    • トッパンプレスの奥山さんより第15回絵画展のカタログの見本送られてくる。
  • 4日
    • 山田絵画展委員と小田エルザさんカタログをチェック。
    • 県庁から送られてきた県費留学生応募の書類を会員の中田リリアンさんへ送る。
  • 6日
    • 県費留学希望候補者・中田アンジェロ氏が県庁へ送る書類届けに来所。
  • 7日
    • 長屋会長が「トメアス移住90周年記念ディナー」へ参加。
  • 10日
    • 在サンパウロ日本国総領事館より絵画展のカタログに載せるメッセージが送られてくる。
  • 10日
    • 19:00~ 愛知県人会にて長屋会長、若手県人会長との会合。
  • 11日
    • 県費留学応募者の書類を県庁へ郵送。
  • 14日
    • 15:00~ 郡上踊り「三百」の練習開始。
  • 15日
    • 第8回ブラジル岐阜県人会杯ゴルフコンペ開催、有尾さんが優勝。
  • 19日
    • Cunhaの宿泊代預金の50%(Pousada Uemura)とバスレンタル代(Kuba Turismo)を支払う。
  • 21日
    • 定例理事会に大野光男氏、平野イラシ氏、佐久間ソニア氏、長屋エリザベッチ氏らも参加。
  • 22日
    • 金子理事が岐阜県人会を代表して、和歌山県人会創立65周年記念式典参加。
  • 23日
    • 大野光男会員から使用済みモニターが寄付される。
  • 24日
    • 日本祭り及びジャパンハウスの訂正交付金請求書の書類を県庁へ郵送。
  • 26日
    • 事務所用の新しいコンピュータを購入。
  • 27日
    • 県人会便り8月、9月号発送。
  • 28日
    • 県人会事務所で矢野かおる先生による第一回着付け教室を開催。15名が参加。
  • 29日
    • 九州ブロック芸能祭へ郡上踊りで参加。県連からの依頼で「第13回弁論大会&第40回日本
    • 語スピーチコンテスト」(県連&ブラジル日本語センター共催)に長屋会長が審査員として参加。
  • 7月の出来事に追加:7月31日
    • 橋詰理事がJICAのボランティア多賀かえでさん(日本カントリークラブで2年間研修)と会食。

 

2019年9月定例理事会議事録要旨

  • 日時: 2019年9月21(土) 定例理事会 午後3時~
  • 出席者: 長屋充良会長、国井宏裕副会長、橋詰二朗理事、日比野健一(会計理事)、日比野亘理事、長尾昇理事、佐久間ソニア会員、平野イラシ幹事補佐、長屋エリザベッチ会員
  • 審議内容
    1. 会長挨拶、日本祭りの総括、県人会の動向について説明
    2. 8月の出来事と7月31日に橋詰理事が2年間ソフトボールを指導するために派遣されたJICAボランティアとNippon country clubにて面会、会食。
    3. 令和2年度県費留学について、中田リリアン会員の子息・アンジェロ英司氏を推薦。
    4. 日本祭り県庁委託事業について、関係書類を県庁に提出。
    5. 9月29日(日)、10月5日(土)、11月10日(日)の各イベントに郡上踊り参加。
    6. 11月10日(日)第1回「春の屋台まつり(仮称)」について 岐阜県人会、愛知県人会、福井県人会、群馬県人会で「春の屋台祭り(仮称)」を開催。
    7. ブラジル岐阜県人会忘年会を11月30日に予定。
    8. 人材派遣紹介、業者に委託。
    9. コンピュータ見積りについて長尾理事から説明があり承認。佐久間ソニア会員、大野光男監査、長屋エリザベッチ会員、長尾昇理事より寄付を得る。
    10. 令和天皇即位式典参加
    11. 次回の理事会は10月19日(土)午後3時~

 

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会報 2019年09月

第41回岐阜県農業高校生海外実習派遣団をお迎えして! (2)

農業高校生海外実習派遣に参加された方々のブラジル体験をご報告させて頂きます。
16歳から18歳までの10人の農業高校生は、八束功子(やつかのりこ)(団長)と足立伸幸(あだちのぶゆき)(副団長)の2人の教師に引率されて、アメリカで6日間過ごした後、ブラジルへ来られて7日間、その後、ドイツ及びオランダで4日間を過ごされるそうです。
私はそのうちの5日間、7月28日(土)から8月2日(金)までを共に行動させて頂きました。
7月27日(土)午前9時30分、サンパウロ市グアルーリョス空港で長屋会長が御一行を出迎えました。日系パラセ・ホテルでチェックイン後、サンジョアキン街のブラジル日本文化福祉協会の日本移民史料館、イビラプエラ公園内の日本館、パウリスタ大通のジャパン・ハウスを見学されました。
翌28日(日)、ブラジル岐阜県人会の有志19人とオランブラ市内のゲルベラ花栽培園、ひまわりの栽培畑、オランブラ市移民資料館を見学。ひまわりは小鳥の餌用に植えられているそうです。帰路、東山農場に立ち寄り、コーヒー豆の日干しを見学、農場の展望台からコーヒー畑や近隣の町、車道を眺め、NHKのドラマ「ハルとナツ」のロケーション場所を見学しました。さらにコーヒーと葉を分ける仕事の実演も見て、高校生らもコーヒーと葉を実際に分けたりしました。コーヒー豆と葉の入ったふるいを手前に引いて高く投げることが、コツだそうです。
29日(月)から30日(火)の2日間はレジストロ市に滞在しました。月曜日の午前中、サンパウロ市のCEASA(CEAGESP:Companhia de Entrepostos e Armazéns Gerais de São Paulo)を見学して、曲尾さんのバナナ問屋に温かく迎えられ、バナナの種類、購入、輸送、成熟、販売などについて細かい説明を受けました。
その後、ミラカツ市の江尻竜之介さんのピラルク淡水魚の養殖場を見学して、稚魚の購入、輸送、養殖、販売について丁寧な説明を受け、安くて高品質な魚肉を市場に配達するための苦労話などを聞かせてもらいました。高校生の一人が出荷直前のピラルクを江尻さんと一緒に持って、重さと大きさを体験しました。江尻さんがピラルクの刺身、ジュサラ椰子の芯のサラダ、シュラスコなどを御馳走してくださいました。
午後にはレジストロ市に到着。同地の文化協会で佐々木サトルさん、曲尾エライネさん、川越エイゾウさん、山成ミリアンさん、高橋クニヒコさん、福澤一興さん、清水たけしルーベンスさん、清水ハルミ・リーナさんなどに温かく迎えられました。Bairro Raposa会館で池辺パウロさんがレジストロ市の入植について、当時の写真を交えてお話して下さり、福澤さんが日本語で通訳して下さいました。その後、清水たけしルーベンスさんが森林農業Sistema Agro Florestalを見せてくださり、高校生らはCanela Pretaの記念植樹をしました。
そして、高校生10人が4家庭でホーム・ステイを経験しました。私も同行した高橋クニヒコさん宅では、実習生5人と引率教師、清水ハルミ・リーナさん、長尾昇ジョージさん達に牛肉のスキ焼を御馳走して下さいました。皆、それぞれのお宅で思い出深い日々を過ごされたことでしょう。

  • ホームステイ先: 佐々木さとる氏宅
    専門: 観賞植物

    • 渡邉凛(わたなべりん)
    • 市原季保(いちはらりほ)
  • ホームステイ先: 曲尾エライネ氏宅
    専門: バナナ園

    • 臼井美里(うすいみさと)
    • 武藤小春(むとうこはる)
  • ホームステイ先: 山丸ミリアン氏宅
    専門: お茶、ジュサラ椰子

    • 山田泰輝(やまだたいき)
  • ホームステイ先: 高橋クニヒコ氏宅
    専門: 水牛、蜜柑農場、バナナ園

    • 五十川諒一(いかがわりょういち)
    • 安部悠(あべはるか)
    • 纐纈仁志(こうけつひとし)
    • 大西竣介(おおにししゅんすけ)
    • 櫻元千遥(さくらもとちはる)

30日(火)、男子高校生5人、引率教師、高橋クニヒコさん、レジストロ市の日系人や長尾昇ジョージさん達は、午前中は水牛牧場を見学。 牛乳を機械的に絞る現場を視察しました。 高校生3人は水牛に乗り、手で触れる事が出来る近距離で、柵なしで水牛を見ることが出来ました。 高橋クニヒコさんがエスペット・コリードのシュラスコを御馳走してくださり、ブラジルの牛肉のシュラスコを高校生らは腹いっぱい堪能されたことでしょう。 午後には、川越エイゾウさんの蜜柑農場を見学して、2箱の蜜柑の収穫を体験。 蜜柑のパッキングを見学しました。 洗浄剤と水をふりかけて洗い、乾燥させ、磨いて、大きさに分けて、箱に入れます。 その後、バナナを植えるためにバナナ園へ行きましたが、雨が降り出したため、中止して、天谷りょうごさんのお茶工場を見学しました。 最初に建てられた家を訪れて、初期移民の生活を思いやりました。 レジストロ文協でミーテイング後、夕食は川越エイゾウさんがピザを実習生や引率教師、レジストロ市の高校生たちを接待し、ご馳走されました。 さらにブラジルのお土産を高校生や引率の教師たちに贈呈されました。
31日(水)はホテルでの朝食後、モジ・ダス・クルーゼス市へ向けて出発。 幸いにも早く着いて、高校生や引率の先生方はスーパーマーケットで買い物をし、ゆっくり昼食をとることができました。 午後1時からは松田典仁社長のMN Propolisで、梅崎ジェッフェルソン営業課長から蜂のプロポリスや密の製造について説明を受けて、工場内も見学しました。 プロポリスや密の贈呈も受けました。 その後、サンパウロ市の中央市場Mercado Centralを見学。 ブラジルで販売されているフルーツの味見をして、たくさんある調味料なども紹介され驚かれた様子でした。 日系パラセ・ホテルへ戻ってから、高校生や引率の先生方はブラジルのお土産等を買いに行かれました。
8月1日(木)午前5時半、ホテルを出発し、砂糖・エタノールを生産するマカツバ市サンジョゼ工場を視察に向かいました。 少々、遠いので早朝の出発で朝食もバスの中で食しました。 エタノールとは、自動車燃料のアルコールの別名です。 砂糖・エタノールのエネルギー生産工程の説明を受け、コーヒー・ブレークでは砂糖キビの搾り汁を味わいました。 その後、砂糖・エタノール生産工程の外観を見学。 工業工程コントロール・センターを視察して、テレビモニターで、実際の生産工程も見る事ができました。
サンジョゼを離発後、バス内で昼食をとりながら、ピラシカーバ市のサンパウロ州立大学のESALQ(Escola Superior de Agricultura“Luiz de Queiroz”ルイス・デ・ケイロス農業大学)に到着。 城田リカルド教授に温かく迎えられ、ルイス・デ・ケイロス農業大学設立の経過、歴史、研究分野、サンパウロ州立大学設立の経過とルイス・デ・ケイロス農業大学との関係などについて詳細に説明を受けました。 キャンパス内を見学して、パウ・ブラジル(Pau Brasil)の木について説明を受けました。 ブラジル国発見当時、パウ・ブラジルの木から赤い染料を抽出して、布を染めていたそうです。 木の幹を削って、赤い幹を見せてくれ、雨季には赤い汁が流れ出すとのことでした。 高校生たちはベンガル・ボダイジュ(インドに産するクワ科イチジク属の常緑樹:枝から多数の気根が地に伸び、1株でも小さな林のようになる)を珍しそうに見ていました。 ブラジルではベンガル・ボダイジュをよく見かけますが、熱帯植物ですから岐阜県にはないでしょう。
日系パラセ・ホテルへ帰ってから、高校生や引率の先生方と県人会のメンバーたちは、夕食を共にとりました。 ブラジル農業について、懇親会で大森さんが詳細に説明して下さいました。
翌2日(金)、長屋会長が高校生や引率の教師たちとJICAを訪問し、高校生や引率の先生方は初めてブラジルのショッピングセンターを見学しました。 短いブラジル滞在でありましたが、農業高校生の皆様方は各所で活発に質問されて、農業や工業について数多く学ばれたことと思います。
ブラジル国土の広大さ、多様性にも驚かれていて、農業高校生らがブラキチになったり、農業移住者になったらいいなと思っています。 この農業高校生海外実習派遣事業が継続されることを切に願っています。
昼食後、長屋ベッチさんと長尾昇ジョージ理事は、午後6時にサンパウロ市グアルーリョス空港発のルフトハンザ航空に搭乗する高校生や引率の教師たちを見送りました。 無事、次の研修地でも素晴らしい体験を積まれることを楽しみにしております。 来年も意欲あふれる岐阜の農業高校生らをブラジルに迎えられることを祈念して。

(原稿:岐阜県人会理事 長尾ジョージ昇)

 

 

郡上踊りをパウリスタ大通り歩行者天国で披露!

8月11日(日)はブラジルでは父の日でしたが、ブラジル長崎県人会と広島県人会の合同平和式典のイベントに招かれて、サンパウロ市のメインストリートであるパウリスタ大通りにて午後2時30過ぎから郡上踊りをメンバーと踊らせて頂きました。
7月に川添ブラジル長崎県人会長からお話があり、毎土曜日の午後3時より、長崎県人会館を利用させて頂き、新しいメンバーも増え、練習を重ねてまいりました。 メンバーの中には若手のブラジル岐阜県人会の会員さんで、マルコス大野さん、ソニア佐久間さんも参加され、それに長崎県人会の会員さんや健康体操の会員さんも加わり賑やかな練習となりました。 初心者の方も多く、第一人者の橋詰理事の指導のみならずメンバーの長尾理事、Lo Akimituさんもベテランとして初心者指導され、郡上踊りも着実にブラジルの地に定着してきたなと感じました。
ここでひとつ問題がおきました。 それは浴衣の扱いについて、洗濯代に一着R$60,00(¥1.650相当)かかるのです。 数も多く、毎回、県人会が負担できる額ではありません。 申し訳ないのですが、参加希望の方に自己負担して頂くことになりました。
長崎県人会の方々は自前の浴衣、健康体操の方々はハッピを着て踊ることになり、総勢50名程の上演となりました。 2時間前にパウリスタ大通りにあるJAPAN HOUSEの3階に集合。 3人の方に浴衣の着付けにお願いをして帯を巻いてもらったのですが、やはり時間がかかりました。 男性の帯は経験がなかったそうで、YOU TUBEを見ながら巻いて頂きました。
どうにか時間に間に合いましたが、今度は野外の音響に問題があり、かなり待たされて3番目の出番のはずが、最初の上演となりました。 日曜日の歩行者天国で、人々がごった返す中、たくさんのブラジル人の喝采を浴びることができました。
今回、海外でのこうした大舞台で、たくさんの観衆の中、岐阜県の伝統行事を紹介させて頂き、県人会としての重要な役割を果たすことができたと、関係者各位喜んでおります。
また、今回特筆できるのは、若手の会員さんの参加があり、やはりこうしたイベントというのは、先の日本祭り、JAPAN HOUSEでのプレゼン然り、県人会活性化の一つであると証明しているかのようです。 改めて、これからもどんどん参加していこうと気を引き締めています。 県人会はどうあるべきなのか、県人会とは何なのか、と頭で考えるより、先ずこうした行動を通じて実行していくことで、おのずと答えが出てくるものだと、確信しておりますが、如何でしょうか?

(原稿:岐阜県人会会長 長屋充良)

 

 

2019年8月の出来事

  • 1日
    • 農業高校生実習派遺団がアルコール会社ZILOR/LORENZETTI – LENÇOIS PAULISTAとUSP/PIRACICABAを訪問。
    • 県人会員と農業高校生実習派遺団の親睦ディナー。
  • 2日
    • 農業高校生実習派遺団、ニッケイ新聞とJICAを訪問。
  • 6日
    • Receita Federalに新しい役員を登録するためにSOME会計事務所へ議事録と参加者名簿を貸し出す(Para emissão de Certificado Digital)。
  • 9日
    • 絵画展委員のメンバーらが印刷する作品を選ぶための会議を行なう。
    • 領事館から絵画展の書類再記入の要求があり、書類をメールにて送付。
    • 6月号の会報原稿を編集者に送る。
  • 14日
  • 15日
    • 絵画展委員のメンバーがフォルダー作成の会議。
  • 21日
    • 8月定理理事会。
  • 23日
    • 6月、7月分の会報を郵送
  • 27日
    • UBIKとの契約をキャンセル。最後の支払いは10月15日でメール利用も10月14日まで。新メールアドレスへ転送。
  • 28日
    • 領事館へ外務省共催名義使用許可書契約書と参加画家の略歴書を届ける。

 

 

2019年8月定例理事会議事録要旨

  • 日時: 2019年8月21日 定例理事会 午後5時~
  • 出席者: 長屋充良会長、日比野健一会計理事、橋詰二朗理事、 大野美夏理事、日比野亘理事、佐久間ソニア会員
  • 審議内容
    1. 日本祭りとジャパンハウスのプレゼンの収支決算報告
    2. 7月の出来事と会計報告をし、承認される。
    3. 次回理事会より若手会員の参加を促すように、第3土曜日15時よりと日程を変更する。
    4. 第41回岐阜県農業高校生海外実習派遣団の実習が無事終了したことを報告。
    5. 他県人会との交流強化の為、コラボで運動会イベントを企画する為の会合の経過を報告。
    6. 大野美夏理事が郡上市長と県庁・崎浦観光局長との面談を報告。日本祭りでの2回にわたる郡上踊り公演録画DVDと公演者、ブース参加ボランティアの写真をパネルにして贈呈。
    7. 来年度の組織編成における事項の協議。
    8. 次回の理事会は9月21日(土) 15時~

 

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会報 2019年08月

自然と伝統がハーモニーする岐阜

去る7月3日、ブラジル岐阜県人会は Japan House が主催する“日本47クラフト展”の一環としてイベント&展示を行いました。
私、深水・長屋・恵・エリーナ(県人会会員、3世、本年1月の南米若手リーダー岐阜県招聘事業に参加し、岐阜県の伝統行事、慣習、郷土食、自然を見学体験)と池戸アンドレ(106年前の若狭丸による11家族44名の第一回岐阜県人ブラジル移住の郡上出身者の孫にあたる、)清水・晴美・リナ(岐阜県国際局JETプログラム元コーディネーターで、レジストロ市中津川市姉妹都市協会役員)の3人で、岐阜県の美しさや文化、伝統を会場内約150名の超満員の中、ご紹介させて頂きました。
プレゼンテーションでは、まず最初にリナさんが岐阜県の東濃地区、中津川市、そして世界遺産でもある白川郷について写真を見せながら紹介。その後、1300年もの歴史がある調教した海鵜を使った漁法「鵜飼い」についての説明をしました。
続いて、私が飛騨高山の有名な高山祭に使う「からくり山車」「地酒」「匠の技の木工製品」について説明。さらに一世を風靡したアニメ『君の名は』の舞台となった飛騨古川や関市の刃物、美濃市の美濃和紙についてもお話をさせて頂きました。
最後に、アンドレ氏が自身の祖父の出身地で、日本3大盆踊りでも有名な「郡上踊り」の郡上市について、細かく紹介しました。
締めくくりには、日本から贈られた浴衣を着た有志による郡上踊りの実演をしました。さらにサプライズのプレゼントもし、参加者にも大変喜ばれ、ブラジル社会に岐阜を大いにアピールする場となりました。また、発表した私たちにとりましても、大変思い出に残る素晴らしいイベントでした。

(原稿:深水・長屋・恵・エリーナ)

 

 

第41回岐阜県農業高校生海外実習派遣団をお迎えして! (1)

去る7月27日(土)午前9時30分、クンビッカ空港にて第41回岐阜県農業高校生海外実習派遣団(八束㓛子団長 足立伸幸副団長率いる生徒10名)が、暖冬の快晴の中、サンパウロの地に降り立ちました。
5日間のアメリカ研修を終え、疲れた顔もみせず、これから始まるブラジル研修に胸を膨らませて、意気揚揚とした感じでした。
早速、迎えの送迎バスに乗り込み、宿泊先であるリベルダージのニッケイパラセホテルに荷を下ろし、その足で土曜日でごった返すリベルダージを散策。ポル・キロという量り売りのレストランで昼食をとりました。昼食後、徒歩にてリニューアルした日本移民史料館を訪問。日系移民の歴史をパネル、映像、展示品を見ながら、各自メモを取っていました。その後、バンでイビラプエラ公園に移動して、同郷の建築家である堀口捨己氏設計による日本館を見学。綺麗に整理された館内を通りながら、2階にある踊り舞台から彼岸桜が咲き誇る日本庭園と群泳する巨大な錦鯉も鑑賞しました。
入り口横の展示品を見てから、隣接する先没者慰霊碑を参拝。移民史料館で学んだ初期移民の苦労を胸に刻みながらの訪問は、少なからず心に沁みたものになったと信じます。
公園を歩いて、自転車に乗ったりジョギングしている人、家族で遊びに来ている人たちを眺めながら、ブラジルの一般生活にも接し、大変興味深そうでした。
途中、売店で初めて椰子の水(ココナッツジュース)を飲んで、記念写真を撮り合いっこしている姿は微笑ましかったです。その後、またバンに乗り込み、パウリスタ大通りの Japan House を見学。これも前面は岐阜県中津川市加子母の中島工務店が東濃ヒノキで外壁を制作。その前にて記念写真を撮り、入館しました。生け花の展示、県別日本酒の展示があり、海外での日本アピールを目の当たりにして興味を持ったようでした。
また、通りの向いにあるブラジルの旧邸「バラの家」へ赴き、かつてのコーヒー富豪の大邸宅も見学。所謂良い時代のブラジルに触れた良い経験でした。
一週間という短い実習なので、かなりハードスケジュールになっており、2日目は今までのブラジル岐阜県人会の会員の皆さんとの交流はただのピクニックでは無くて、一日中一緒に旅行して、かつ農業に触れ、交流を深めるというはじめての試みで、今回近郊の Holambra にて南米一の花卉栽培畑を見学し、咲き乱れるダリア、マーガレット、ひまわりを見て回りました。
見渡す限りに咲き誇るひまわり畑では、わざわざ生産者が来てくれて、直接お話を伺わせて頂き、生徒からは色々な質問が出ていました。
環境に関してや害虫対策について、土壌管理についてと専門的な質問を問いかけていました。その中で印象に残ったのは、「自然を大事にして、あまり人為的にかきまわさない」という生産者の言葉でした。土壌改善、水質管理、気候対応、品質管理等色々あると思いますが、人に置き換えて、医療面でも最高の設備、最高の治療をしても最後にその人の病気を治すの2は本来人間が持っている「自然治癒能力」であり、農業においても生産性を高めるために人為的に何かをやろうとしても、やはり自然の力、作物の持つ生命力、土壌の自浄効果を最大限に引き出すことが肝心であり、科学第一主義で人為的に生産性を高めようとしても、決して良いものは生まれないということ。生産者のあまり土地を弄らないという言葉に感銘を受けました。
その後、バイキング様式のレストランで腹ごしらえをして、オランダ移民資料館を訪問。
駆け足でしたが、オランダ移民の歴史に触れました。
大幅な予定時間遅延ながら、バスで40分近く離れた東山農場にも行きました。ここは三菱の創業者・岩崎家創始のコーヒー大農場で今なお岩崎家の末裔がお住まいになっておられます。 100万本以上のコーヒーの木を栽培をし、アジア特に日本へコーヒーを輸出しているそうです。そのコーヒー栽培の過程を説明して貰いながら大農場をバスで見て回り、標高600mにある展望台や岩崎家の前所有者時代の奴隷小屋を見学。車中からテレビドラマ「ハルとナツ」の収録ロケ跡も見ました。バスの中で、ドラマ「ハルとナツ」のDVDを流して日本人初期移民の苦労を感じて貰いましたので余計に思い出深いものになったことと思います。
最後に当農場でできたコーヒーを頂いて、売店にてコーヒーなど土産ものを購入、帰途につきました。

(原稿:ブラジル岐阜県人会長 長屋充良)

 

 

2019年7月の出来事

  • 3日
    • 県庁の江尻長門氏と国枝美月さんが来伯。ジャパンハウスで岐阜県産展示。レジストロの清水リナ、池戸アンドレ、長屋エリーナ三氏が岐阜を紹介。会員有志が郡上踊りを披露。
  • 5日
    • 日本祭り開催、県人会も郷土食を販売。
  • 8日
    • 日本祭り決算、銀行振り込み CIELO からも入金。
  • 24日
    • 17時から定例理事会。
  • 25日
    • 事務局専用のコンピュータがストップ。急きょメンテナンス・修理を依頼。
  • 27日
    • 第41回岐阜県農業高校生海外実習派遣団が来伯。長屋会長が空港へお出迎え。
  • 28日
    • 農高生と会員がオランブラ、東山農場へ小旅行。
  • 29日
    • 農高生レジストロへ研修ホームステイ。
  • 30日
    • 事務局専用のコンピュータがハードディスクが原因でトラブル。
  • 31日
    • 絵画展の申し込みが終了し、合計26名が申し込み。

 

 

2019年7月定例理事会議事録要旨

  • 日時: 2019年7月24日 (水) 17時~
  • 出席者: 長屋充良会長、日比野健一会計理事、金子亭資書記理事、橋詰二朗理事、長尾理事
  • 審議内容
    1. 6月の会計報告
    2. 日本祭りの会計報告。ボランティア参加者が62名という今までにない盛り上がり
      の中、県人会員の手による日本祭は初参加にも関わらす、黒字を出して大健闘!こ
      れもひとえに会員の団結によるもの。もちろん、設備投資等、岐阜県庁の絶大なる
      ご支援の賜物である。
    3. 県人会の若手会員の参加増加による活性化を実現。この流れを止めることなく、
      次のステップに飛躍させる。
    4. ジャパンハウスでも大盛況で、若手リーダーが大変活躍。今後もこの流れを継続し
      たい。
    5. 8月11日(日)にパウリスタ通りで披露する郡上おどりについて。
    6. 日本祭りで使った器具の貸し出し等は、取り敢えずやめる。
    7. 浴衣の取り扱いなどを協議。
    8. 次回の理事会は8月21日(水)17時~

 

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会報 2019年07月

第22回日本祭りを終えて!

7月5日から7日まで、海外日系社会で世界最大級の日本祭り「フェスティバル・ド・ジャポン」がサンパウロ・エキスポセンターで開催されました。 初日はあいにくの雨で、土日は雨は止んだものの寒冷前線の到来で冷え込みました。 また、日曜日はサッカーのコッパ・アメリカ(アメリカ杯)の決勝戦という事で、来場者は昨年に比べて少ない19万2千人でした。
この催しはブラジル日本都道府県人会連合会(通称・県連)が主催するもので、各県人会が「おらが郷土食」を提供し、故郷の食、文化をアピールする年に1度の大きな催しです。 今年で22年目で日系企業のブースもあり、日本文化の啓蒙として書道教室や生け花、茶道、折り紙、墨絵などのワークショップ、アニメ、武道、踊り、太鼓、民謡、歌謡曲ショー、ミス日系コンテストやコスプレ・コンテストなどもあります。
私どもブラジル岐阜県人会は、かねてから県人会活性化の為には、日本祭りに参加するのは大きな意味合いがあると、現執行部になってから意見が出て、日本祭りに参加する為に県連に復帰。 準備を進めてきました。
今までは、業者に委託して参加してまいりましたが、昨年の日本祭りに小職、そして家内がボランティアとして体験参加し、雰囲気をみたり、メニューの設定に於いても、岐阜県のもので独自性があるもの、できる限り現地で用意ができるもの、ブラジル人が興味を持ちそうなものを選定。 鶏ちゃん(味噌焼きそば)、NHKの朝の連続ドラマ「半分、青い」で全国的に有名になった五平餅、たこ焼き、わらび餅の4品でいこうと、決めました。 たこ焼きは委託していた業者の一番の売り物でしたので、継続することとし、わらび餅は会員の柴垣御夫妻が作られるのですが、大変美味しいと好評なので決めさせて頂きました。
あとは備品の調達です。 ブラジルにはたこ焼き器や五平餅用の焼き器具(焼き鳥用焼き器)、油引き等の調理小物はないので、日本から輸入しなくてはなりません。 インターネットで商品を購入し、ハンドキャリーで持ち込むことにし、10月に長男、1月に長女、この5月に私が行って、持ってきました。 ただ私の場合、空港のチェックインで、荷物持ち込み禁止と言われ慌てましたが、他の人に頼んで、どうにかイベントに間に合いました。
また、日本祭りと8月に外務省が主体で開設したJapanHouseでの催しに郡上踊りを披露するということで、毎週土曜日15時から2時間、県人会事務所で練習を重ねてきました。 総勢26名の演舞となりました。 郡上市より頂いた練習DVDをコピーし参加者に配り、各自独習。 そして合同稽古でチェックです。 回を重ねるごとに動きもスムーズに艶やかになり、板についてきました。 問題は、浴衣と帯、下駄です。 これもブラジルでは調達できないので、日本から調達しなければなりません。 郡上市に音頭を取って頂き、市民の方々にお願いして頂きました所、皆様方からの真心で70着という浴衣が集まりました。 さらに帯と下駄は県庁より新品を提供して頂きました。 本当にありがたいことで、心より感謝申し上げます。

量的にハンドキャリーは無理なので、両イベントの為、輸入することになりました。 色々と手続きで時間がかかり、実際に荷物を揃えて送り出す事が出来たのは、日本祭りまで1カ月を切っていました。 ブラジルの輸入手続きが煩雑で、荷物が着いても保税倉庫で20日間ぐらい止まる事もよくあるそうで、半ば諦め、半ば祈るような気持ちになりましたが、飛行便で火曜日に日本を出荷し、なんと次の火曜日に県人会事務所で受け取る事が出来たのです。 奇跡に近い出来事でした。 ただ、郡上踊りに使う下駄と帯は、7月3日の午前便でサンパウロに到着する県からの出張者のハンドキャリーという事で、もし何かの手違いあるいは飛行機の変更等、荷物が到着できない確率も決してゼロではない状態でした。 しかもその日の夜7時から先のJapanHouseでの県人会主催の岐阜県アピール・プレゼンテーションで、郡上踊りを披露することになっており、我々執行部はじめ出演者も皆ハラハラドキドキでありました。 その他、皆さん慣れない下駄で、ついたその日にすぐ本番という事で、捻挫、転倒と事故でも起きたらと、執行部の理事の中には「中止」を唱える方もおり、出演者にその旨を伝えて意見を聞きました。 すると皆さん「大丈夫、心配ない」とのことで、公演実行となりました。 (JapanHouseのプレゼンテーションについては、他の記事で掲載します。 )
こうしたドラマがありましたが、すべて成功裏に終わる事が出来ました。
話を日本祭りに戻します。 今回の出店にあたり、何事もゼロからとの事で、素人の我々にとって、何を用意すべきか、どのくらいの分量なのか、どこの素材を使うのか、どうしたら美味しくなるのか、もっと安く入手出来ないのか? など全くわからない所からのスタートでした。 が、試行錯誤を重ねてどうにか人様に出せる物になりました。 特に、鶏ちゃんの味付けは、シンプルですが、逆にインパクトのあるものにするために大変苦労しました。 また、郡上みそに似たものをこちらで探すのが一苦労。 何種類ものみそを買い込んで、試すのですが度重なる味見で、友人や家族らは「鶏ちゃん」の食事が続き、他のものを食べたいとの苦情も出るほどでした。 いかにこちらのブラジル人の口に合わせるようにするか、またブラジルで初めての食べ物を紹介する、ということにも頭を痛めました。
あとは、締めに何を使うのか? 麺類でいこうという事で、うどん、焼きそばですが、こちらでは焼きソバがかなり浸透しているので焼きソバということになりましたが、現地の麺探しにまた奔走しました。 あらゆる麺を試食し、選定するのに本番前一ヶ月前まで、もつれ込みました。 材料の分量も大変です。 例えば、たこ焼き一個にどのぐらいの青海苔、かつお節、小麦粉の分量なのか? また少しでも安価のものを…と、家内が四六時中調査し、探すのに想像以上の困難を極めました。 書き出すと、切りがないですが、本当に大変な作業でした。 しかしその苦労の甲斐があって、良い物を安価で手に入れることができ、また材料の分量については見切り発車状態ながら、準備は整いました。
あとは、ボランティアの確保です。 今回の日本祭りの最大の目的は、このイベント参加による若手会員の集結と県人会活動の活性化です。 会員の方々、特に元県費留学生達に協力を委ね連絡網を駆使。 色々な方の働きがけで、最終的には日本祭り3日間に58人ものボランティア参加となりました。 これほどまでの会員の方々に参加して頂けたのは、ブラジル岐阜県人会創立81年の歴史の中で、まれにみることと思います。 これで、私どもの日本祭り参加による県人会活性化の大願は、達成されました。 が、実際、出品食が売れるのか? ブラジル人社会に受け入れてもらえるのか? 心配は尽きません。
我々もブースの中で心配と不安と期待が入り混じる中、メンバーが各自気合いを入れ、接客体制も準備万端で整え、いよいよ日本祭りの開幕です。
たこ焼き器3台五平餅やき器2台鶏ちゃん用大型グリル1台を並べ、3日間でたこ焼き、五平餅、鶏ちゃんみそ焼きそば、わらび餅を売り切りました。 今年の日本祭りは入場者数が低迷し、先輩県人会の中でも売り上げが伸びず苦戦する中、ビギナーにも関わらす我々岐阜県人会は、大健闘をし、目標に近い結果を出すことができました。
これはボランティアみんなが協力し合い、助け合いながら、大きな失敗も無く、すべて上手くいき、最高の結果を出すことができました。 3日間で大きな連帯と絆が生まれ、日本祭り初参加を大成功裏に終えることができ、この雰囲気を崩すことなく、県人会活動活性化に繋いでいきたいと強く思いました。 この紙上をお借りして、ご尽力いただいた皆様方に会を代表しまして、心から感謝の意を込めてお礼を申し上げたいと思います。 ありがとうございました。

(原稿:ブラジル岐阜県人会長長屋充良)

 

日本祭りでボランティアをして下さった皆様方

Amemiya , Junko
Amemiya, Lean Yuyji
Amemiya , Leida Yoshida
Amemiya ,Lie Uchida
Amemiya, Roberto Massaru
Amemiya, Takashi
Ario, Akinori
Freitas, Ingrid
Fukada, Yuko
Fukamizu, Andre Setsuo
Fukamizu, Erina Megumi Nagaya
Hashimoto, Ryo
Hashizume, Cecília
Hashizume, JIro
Hibino, Kenichi
Hirano, Iraci
Ikedo, Andre
Ikedo, Cecília
Ikedo, Clarice
Ikedo, Daniel
Izawa, Hirotaka
Izawa,Regina
Kaneko, Adriana
Kibe, Mika Ono
Kumazaki, Takashi
Kunii, Mayumi
Kunii,Hiromassa
Kurimoto, Regina Keiko Kita
Kuwabara, Eliza Yumi Shimizu
Nagao, Jorge
Nagaya, Dan Yuta
Nagaya, Elizabeth
Nagaya , Iracema
Nagaya, Leonardo Hideto
Nagaya, Mitsuyoshi
Oguikubo, Alexandra
Nakata, Angelo Eiji
Nakata, Hiroyuki
Nakata, Lilian
Nakata , Nelson Kazuo
Nishitani, Tiemi
Ono, Hidemaru
Ono, Luan
Ono, Luma
Ono, Marcos
Ono Mitsuo
Sakuma, Lissa
Sakuma Sonia
Sakuma, Yoshiko
Simamura, Ana Paula Hosoume
Shibagaki, Akihiro
Shibagaki, Harumi
Shimizu, Lina Harumi
Suzuki, Eduardo
Suzuki, Rose Nagaya
Tajima, Masami
Tajima, Tomoaki
Tsuboi, Márcia Shibagaki
Yamada, Kazuhito
Sr. Ejiri Nagato- Kencho
Srta Kunieda Mizuki – Kencho
Yoshiko Sassaki – secretaria Kenjinkai

 

 

2019年6月の出来事

  • 7日
    • 橋詰理事が輸入会社JIROSANのダンテ氏と面談
    • ニッケイパラセより農高生と県人会員の懇親会ディナーの見積もり所受け取り
  • 11日
    • 山田絵画展委員と絵画展メンバーが総領事館から贈られる賞状について会議
  • 12日
    • レジストロ市の清水リナさんがレジストロ地区に農高生がホームステイする農家の方々のリストを送って来られる
  • 12日
    • ピラシカーバ方面のアルコール会社とコンタクト
  • 19日
    • 5月号の会報を発送
  • 19日
    • 定例理事会を開催
  • 25日
    • JapanHouse展示品及び岐阜県紹介文の翻訳。 展示品のプレートや招待客受付リストなどを用意

 

 

2019年6月定例理事会議事録要旨

  • 日時: 2019年6月19日(水) 午後5時~
  • 出席者: 長屋充良会長、国井宏裕副会長、日比野健一(会計理事)、金子亭資(書記理事)、日比野亘理事、長尾理事、柴垣会員
  • 審議内容
    1. 長屋会長の訪日報告/日置郡上市長との面談で郡上市民の方々からの寄付による真心の浴衣贈呈授与
      • 県庁観光国際局局長並びに関係者との会合
      • 県産品輸入に関する事項協議
    2. 5月度会計報告
    3. 日本祭り並びにジャパンハウスでの講演に関する事項
    4. 次回理事会 7月24日(水) 17:00~

 

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会報 2019年06月

元農業高校実習生の佐藤貴美さんからうれしいお便り

山田彦次顧問 ブラジル岐阜県人会の皆様

突然のメールで失礼いたします。
私は第24回岐阜県農業高校生海外実習派遣生の佐藤貴美と言います。
ブラジルを訪れてから、もうすぐで18年が経ちます。 ブラジルを訪れた18歳から倍の年数が経過し、今では36歳となってしまいましたが、
皆様お元気でお過ごしでしょうか。
ホームページを拝見し、当時お世話になりました
山田彦次顧問のお名前を発見し、大変うれしく思いました。
現在、縁あって埼玉県に定住し、二人の子を育てながら、家族四人で暮らし、県内の農業関係高校で教諭として働いております。
岐阜県に留まり、実家の農業を継ごうと思っておりましたが、結婚を機に埼玉に移り住み、その後やはり、農業に関連する職に就きたいと思い、現在の職に就きました。
ふと、今の自分があるのは、18年前の夏休みに皆さんのもとでお世話になり、さまざまな事を学ばせて頂いたことが基になっているなと改めて思い、こうしてメールをさせて頂きました。
私にとっての18年前は、ちょうど今の自分と重なる部分があり、進路の決定や様々な事を同時進行でこなしていかなくてはならない多忙さがありながらも、大変充実しており、毎日新しい発見があり、自分の中でも自分の変化に気づけるほどのそんな変革の時期でありました。
夏休みに派遣事業に参加し、それが更に加速したのも強く感じております。
現在、新しいことに挑戦中で、大変ではありますが、それに負けることなく頑張りたいと思っています。
あの時、「またブラジルに来ますから!」とブラジルの地を後にしましたが、思いの外、早くに家庭を持ったことから、なかなかその機会に恵まれず、現在に至っております。
ですが、皆さんと共に過ごしましたあの夏は、私にとって、本当に大切な思い出であり、現在の原動力になっています。
時間を経た今でも色褪せることなく鮮明に残っております。 本当にありがとうございました。
改めてお礼を申し上げると共に、今後ともブラジル岐阜県人会の皆様のご健勝と、益々の発展を祈っております。
今後とも遠くからではありますが、皆様のご活躍を拝見させて頂きたいと思います。

(原稿:元農業高校生海外実習派遣生佐藤貴美)

 

 

~ 岐阜の今、故郷コーナー ~

☆★☆田んぼアート「令和」くっきり 恵那市山岡町☆★☆

田んぼにイラストを浮かび上がらせる「田んぼdeアート」が岐阜県恵那市山岡町の田んぼで見頃を迎えた。元号の令和の文字とともに恵那市のマスコットキャラクター「エーナ」の絵柄がくっきりと浮き出ている。
うるち米や古代米、食べられないアート米など、稲の種類の違いを駆使して絵柄を仕立てた。
地元の40、50代の住民有志20人でつくるまちづくりグループ「山岡元気プロジェクト」が6月、地元の中学生らに参加を呼び掛け、明知鉄道沿線の田んぼに田植えを行っていた。
恵那市山岡振興事務所によると、8月末まで楽しめそうという。近くのイワクラ公園の展望台から全景を眺めることができる。

(原稿:岐阜新聞 2019年8月7日)

 

☆★☆鮎つかみ取り小中生ら競う 郡上市☆★☆

「GIAHS(ジアス)鮎の日」の28日、岐阜県郡上市白鳥町長滝の清流長良川あゆパークなどでイベントが開かれ、大勢の親子らでにぎわった。
「清流長良川の鮎」の世界農業遺産(GIAHS)認定を受け、業界団体などでつくる推進協議会が、清流の恵みに関心を高めてもらおうと、毎年7月第4日曜日を「鮎の日」と定め、イベントを展開している。
主会場のあゆパークでは、人工河川を使った鮎千匹のつかみ取り大会があり、幼児や小中学生たちがびしょぬれになって鮎を追い掛けた。鮎の塩焼きの無料配布やサワガニ釣り体験などもあった。また、各務原市や岐阜市、美濃市の流域サテライト会場でもイベントが行われた。
あゆパークでは8月下旬まで週替わりで多彩な催しを繰り広げる。

(原稿:岐阜新聞2019年7月29日)

 

 

第41回岐阜県農業高校生海外実習派遣団ブラジル日程

今回は趣向を変えて、海外農業高校生の皆さんがどのような実習の日々を過ごされたのか、そのスケジュールを紹介したいと思います。ハードなスケジュールをこなし、元気にブラジルを堪能された高校生の皆さん。1ページに手紙をお寄せ下さった佐藤貴美先輩のように、志をしっかりと持たれ、これからの人生にブラジルの日々を役立てて下されば、嬉しいです。

  • 7月27日(土)
    • 9:00 サンパウロ市グアルーリョス空港到着
    • 11:00 ニッケイパラセホテルへチェックイン
    • 13:00 昼食後、日本移民資料館、日本館、ジャパンハウス見学
  • 7月28日(日)
    • 7:00 県人会員とHOLAMBRA で2ヶ所の花栽培と移民メモリアルFAZENDA TOZAN のコーヒ味わい、ガイド付き見学
  • 7月29日(月)
    • 6:00 CEASA 見学 (野菜、果物)
    • 10:30 MIRACATU 市ピラルク養殖
    • 12:30 REGISTRO へ出発
    • 13:00 RAPOSA 会館で昼食(1人30.00レアル)
    • 15:00 SAF(Sistema Agro Florestal) CANELA PRETA 植林地
    • 16:00 AMAYA 茶園
    • 17:30 レジストロ市
    • 18:00 少人数で、実習先農家でホームステイ
  • 7月30日(火)
    • 8:00 牧場、農園実習
    • 16:45 REGISTRO 文教、ミーテイング(日系の方々から移民、農業などの苦労話をしてもらい、あと質疑応答
    • 18:30 夕食 ピザ
    • 21:00 HOTEL VALLE SUL
  • 7月31日(水)
    • 8:00 REGISTRO発 MOGI へMNプロポリス
    • 13:00 プロポリス会社見学
    • 16:30 MERCADO CENTRAL 見学
  • 8月1日(木)
    • 5:00 LENÇOIS PAULISTAへ出発
    • 9:30 USINA DE ALCOOL ZILOR – LENÇOIS PAULISTA
    • 13:00 USP AGRONOMIA 高校生と講師達の交流
    • 20:00 県人会の会員とディナー
  • 8月2日(金)
    • 9:30 ニッケイ新聞、JICA 訪問その後ショッピング
    • 14:00 空港へ

 

郡上踊り参加者

郡上踊りの練習に参加して、がんばって下さっている皆様方をご紹介します。(順不同、敬称略)
Adachi Hiroko(足立弘子)、Almeida Mussashi( アルメイダ・武蔵)、Fuzikawa Yoshiko(藤川よしこ)、Hashizume Jiro(橋詰二朗)、Hashizume Camila Mina(橋詰カミーラみな)、Hashizume Juliana Luly(橋詰ジュリアーナ・リリィ)、Hashizume Mariana Aya(橋詰マリアーナあや)、Ikedo André Eiji(いけどアンドレえいじ)Kajihara Sumiko A.( 梶原すみこ)、Katsutani Julia (かつたにジュリア)Kako Hiroshi(かこ ひろし)、Kako Masako(かこ まさこ)、Kono Harumi(こうの はるみ)、Lo Lun Huang Akimitsu(あきみつ ロ・ルン・ハング)、Nagao Jorge Noboru(長尾ジョージ昇)、Nagaya Elizabeth Amemiya (長屋エリザベッチ雨宮)、Nagaya Mitsuyoshi(長屋充良)、Nishi Masako(西 まさこ)、Ochikubo Alexandra T.H(おちくぼアレシャンドラ)、Ochikubo Mari K(おちくぼマリ)、Omasa Maria Fusako Matsumoto(ますもとオマサ・マリア・ふさこ)、Ono Luma(おのルーマ)、Osawa Haruko(おさわ はるこ)、Takai Setsuko(たかい せつこ)、Tanabe Hiroyuki(たなべ ひろゆき)、Ukon Misao(右近みさお)Yoshida Yoshiko(吉田よしこ)

 

 

2019年5月の出来事

  • 7日
    • 絵画展日程と申し込み、Regulamentoについて山田絵画展委員長と絵画展メンバーで打ち合わせ
  • 11日
    • 山田絵画展委員と絵画展メンバーが領事館から送られる賞状等について会議
  • 14日
    • 新掃除婦が決定し、訪問
  • 15日
    • 長屋会長と山田顧問がComercial Yamatoの高木氏を訪問
    • マリンガ市の大野ひでまる氏が来所。日本祭りのボランティアを希望される
    • 定例理事会

 

 

2019年5月定例理事会議事録要旨

  • 日時: 2019年5月15日 (水) 午後5時~
  • 出席者: 長屋充良会長、国井宏裕副会長、日比野健一(会計理事)、金子亭資(書記理事)、橋詰二朗理事、長尾昇理事
  • 審議内容
    1. 4月の出来事承認
    2. 4月の会計報告承認
    3. 橋詰理事より、日本祭りの岐阜県産品輸入手続き費用に関する訂正事項について、輸入業者との会合の経過を報告
    4. 長屋会長、日本出張にて県庁への支援援助に関する事項を報告
    5. 長屋会長、日本出張にて関係者へのお土産についての報告と承認
    6. 日本祭り、ジャパンハウスセミナーに関する進行状況が報告される
    7. 次回理事会  2019年6月19日(水) 17時~

 

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会報 2019年05月

岐阜県を訪れて、帰国報告!

5月20日から31日の間、一時帰国し、県庁をはじめ、色々な方々と面談をして参りましたので、その報告をさせて頂きます。
訪日の目的の一つは、7月の日本祭りで使う青のりや一味唐辛子、鶏ちゃんのたれ、五平餅のたれ、たこ焼き器、五平餅焼き器などを購入し、日置郡上市長との面談並びに郡上市民の方々からの寄贈による浴衣の贈呈授与、県庁の崎浦良典観光国際局局長との面談、国際センターの江尻さんとの面談、国際交流課の水野さん、國枝さんとの協議、中野産業教育係(農業高校生海外実習派遣担当)の八束功子団長(初の女性団長)、足立伸幸副団長との面談、「鶏ちゃん合衆国」大統領・副大統領との面談、農業高校生海外実習派遣団引率の先生方のOB会である「ブラジル会」の皆様方20人の方々との懇親会など充実した日々を過ごして参りました。
特に、郡上市長から贈呈された郡上市民の皆様から御寄贈頂いた浴衣は、帯も含めて、男女合わせて70着近くも頂きました。さらに県庁の方からも30人分の帯、下駄、足袋を頂きました。誠に感謝に堪えません。
他にも県産品を頂戴しまして、多大なご支援を県庁から頂きました。合わせてご報告させていただきます。これらの県産品と浴衣、帯、下駄、足袋、および日本祭りで使う五平餅焼き器を航空便で送付しましたが、間に合うかどうかが大きな課題であります。
崎浦観光局長には、今回の日本祭り参加支援のお力添えを頂きまして、お目にかかり改めて御礼を申し上げました。また、来年、岐阜県人世界大会を7月か10月に行う事を協議中との報告を受けました。県庁で我々海外在住の県人会員のために御尽力いただき、本当にありがたく思っております。
また、ブラジル会では、元実習生の中野先生がブラジル実習継続の立役者として頑張って下さり、今回も20名近くのOBの先生方とお目にかかり親睦をはかることができました。ブラジルでの実習継続の重要性と、今回、41回目のブラジル実習における今までにない実習内容を説明させて頂きました。参加者の皆様から、その内容に対してのお褒めの言葉を頂き、胸をなで下ろすと共に、OBの先生方との深い繋がりと心の通じ合いに熱いものを感じました。
「鶏ちゃん合衆国」というのは、鶏ちゃんを啓蒙させようと色々なイベントをされておられ、今回は当県人会を海外支部として認定してくださるという事で、何かプラスになればと、僭越ながらお話をさせて頂きました。
わずか10日間ほどの短い帰国のご報告ではありますが、これから、7月3日のジャパンハウスでのプレゼンテーション、さらに7月5、6、7日の日本祭り、7月27日から8月2日にかけての「第41回岐阜県農業高校生海外実習派遣団訪伯」と、大きな催しが目白押しで大変忙しくなります。どうか母県の皆様方のバックアップもこのように整っておりますので、当地の県人会員の皆様、これからが本番です!益々のご協力を何卒よろしくお願い致します。

(原稿:ブラジル岐阜県人会 会長 長屋充良)

 

 

郡上踊り及び郡上節

平成から令和への御代がわりにあたり全国各地のお祝いの催しをNHKニュースで放映しましたが、その中に郡上市八幡町での徹夜踊りがあったのを観られた方がいらっしゃるかと思います。
今年の日本祭り(7月5日~7日)には本会からも食のブース及び郡上踊りを披露することとなり、4月から、7月6日の本番に向けて毎週土曜日の午後から練習を続けております。
本踊りは国の重要無形民俗文化財に指定されており、本場の郡上市八幡町では毎年7月中旬から9月上旬まで延べ32夜開催され、中でもお盆の4日間は夜通し踊る徹夜踊りとなっています。
踊りのお囃子郡上節は、「かわさき」「春駒」「ヤッチク」「げんげんばらばら」「三百」「さわぎ」「郡上甚句」「古調かわさき」「猫の子」「まつさか」の計10曲で構成されており、踊り始めの曲は時により異なりますが踊り〆は「まつさか」に決まっていて、この曲が流れると踊り手は、もう終わってまうか…と余韻に浸りながら家路につくこととなります。
今練習し披露を目指しているのは、「かわさき」「春駒」「ヤッチク」「げんげんばらばら」の4曲ですが、ある日練習中に「ところでこの曲名の意味は何ですかと?」と訊ねられました。
即答できずに「後日調べてお知らせしますから」と猶予をもらい、翌週調べたことをお知らせしましたが、この会報を読まれる方でご興味のある方もいらっしゃるかと思い、また、知って頂きたく以下に記します。

かわさき
郡上踊りの代表的な曲で、三重県伊勢市の川崎からきています。江戸時代に流行したお伊勢参りに行った郡上の人々が川崎音頭を持ち帰って現在の「かわさき」に仕立てたもの。

春駒
「♪7両三分の春駒春駒」の歌詞は、石川県能登のサバ売りの「♪7分5厘の焼サバ焼サバ」という売り声がルーツ。
また源平時代に宇治川の合戦で佐々木高綱と一番乗りを競った梶原景季の乗馬が気良の里(郡上市明宝)で産した磨墨(するすみ)であったことなどから郡上節に唄いこまれています。

ヤッチク
江戸時代、正月などに芸人が両手に4つずつ、計8片の割竹(八っ竹)を打ち鳴らしながら門付けをしていたのを踊りに仕立てたのが始まり。

げんげんばらばら
キジがケンケンと鳴き羽をバタバタさせる様子が訛って「げんげんばらばら」となりました。古い手毬唄、わらべ唄がルーツで同じ調べの唄が全国各地にあるようです。

郡上おどりは中世の念仏踊りや風流踊りの流れを汲むもので、初代郡上藩主遠藤氏が領民親睦のために盆踊りとして奨励し、その後、郡上一揆(宝暦5年)の責任を幕府から問われて青山氏にとって代わられた際も、四民融和を計るために奨励されました。
なお、青山氏が丹後の宮津藩から郡上藩に移封された折、一揆後の疲弊した領民を思いやり、あまねく三百文を与えたのが踊り「三百」となったようです。
今年はこの踊りは演目になっていませんが、来年はこの曲を加え、五曲にしたいと思います。
盆踊りは見るより踊るもの、今年参加されなかった方も来年は是非ご参加ください。お待ちしております。

(原稿:ブラジル岐阜県人会理事 橋詰二朗)

 

 

 

2019年4月の出来事

  • 2日
    • 県人会事務局の応募者佐々木ヨシコ氏が来所。日比野亘理事と坂野政信マネージャーが面接。
  • 3日
    • 事務局の専用コンピュータ機がソフトウエアーのトラブルで故障を起こしたので、急きょメンテナンスサービスを依頼。
  • 4日
    • 事務局の専用コンピュータの修復が終了。この日から正常に稼働。
  • 10日
    • 臨時理事会が開催された。
  • 15日
    • 事務局を担当する佐々木ヨシコ氏がこの日より業務を開始。
    • 第15回日伯友情交流絵画展に対し、宮坂国人財団より寄付の支援書を受理。
  • 17日
    • 定例理事会を開催
  • 24日
    • 宮坂国人財団へ寄付契約書(サイン済)を送る。
  • 25日
    • 岐阜県商工労働部観光国際局国際交流課へ「海外岐阜県人会に関する情報・調査への協力」についての資料を送る。
  • 26日
    • 坂野政信マネージャーがこの日を以て退職。
    • 岐阜県商工労働部観光国際局国際交流課に2019年度海外岐阜県人会活性化事業補助金申請書類を送る。
    • 貿易会社JIROSANへジャパンハウスで行う日本の工芸品のリストをメールで送る。
  • 30日
    • 山田絵画委員長が第15回日伯友情交流絵画展に関しての会議の日付を5月7日と決める。
    • 貿易会社JIROSANの宮川ダンテ氏と面談。

 

 

2019年4月定例理事会議事録要旨

  • 日時: 2019年4月17日 (水) 午後5時~
  • 出席者: 長屋充良会長、国井宏裕副会長、日比野健一(会計理事)、金子亨資(書記理事)、山田彦次(顧問)、坂野政信(マネージャー)
  • 審議内容
    1.  金子書記理事が3月の業務報告を行い、了承された。
    2. 日比野会計理事が3月の会計報告を行い、了承された。
    3. 2019年開催の日本祭りおよびジャパンハウスへ展示される工芸品の出荷は、「5月の半ばを目途に物品の手配が進められている」と県庁側より報告を受ける。
    4. 第41回岐阜県の農業高校生海外実習派遣団の来伯が決まる。ただし、短期間の滞在のため、スケジュールに合わせ、充実した実習先を教育委員会の中野輝良氏と長屋充良会長が検討中。
    5. 第15回日伯友情交流絵画展の開催で、山田彦次顧問が委員長を務める事になった。同事業に対し、計画書および予算書が提出され、理事会で審議が行われた後に承認となる。
    6. 長尾昇氏が今月より新理事に任命され、この度の理事会に出席された。また、坂野政信マネージャーの後任には、4月15日より、佐々木ヨシコ新県人会事務局員が紹介された。
    7. ジャパンハウスにおける「クラフト47」への参加に対する進行状況が説明された。
    8. 2019年度の事業計画案をもとに会員慰安旅行は10月にクーニャ市への一泊二日の旅行が決まる。日程は19日(土)~20日(日)または26日(土)~27日(日)と提案されたが、後日、どちらにするかを決める事となった。
    9. 坂野GMが退職の挨拶。
    10. 次回理事会 2019年5月15日(水) 17時

 

 

訂正(詳細説明):3月定期総会での山田顧問の発言に対する事項について、理事会での説明を長屋会長から要請され、理事会にて山田顧問が考えを説明された。山田顧問は「移転によって、どのようなメリットがあるのか?」「会員にアンケート調査をされてはいかがか」と意見を述べられた。

 

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会報 2019年04月

提言「第1回岐阜県人世界大会」を開催しましょう!

趣旨: 世界に住む岐阜県人が母県で一堂に会し、岐阜県を大いに盛り上げましょう。
飛山濃水の風光明媚な環境に恵まれ、地理的に日本の中心に位置する岐阜県。2016年の岐阜県を舞台にしたアニメブーム、そして2017年にはアニメ聖地巡礼による観光客が大幅増加。昨年はNHK連続小説「半分、青い!」で脚光を浴び、また来年のNHK大河ドラマ「麒麟がくる!」の放映でも岐阜県が注目を集めております。
しかしながら、ブランド総合研究所の「都道府県出身者による郷土愛ランキング」では、2016年度の愛着度部門では、47都道府県中45位(2018年度は44位)、自慢度は、なんと茨城県と同率で最下位(2018年度は、42位)となっており、由々しき事態であります。
世界遺産白川郷、世界農業遺産清流長良川の鮎、日本3大盆踊り郡上踊り、飛騨の小京都高山等。特産品では飛騨牛をはじめ、飛騨トマト、明宝ハム、栗きんとん、富有柿等。また、地場産業には関の刃物、美濃和紙、飛騨木工品、美濃焼等。日本、世界に誇れる岐阜県、岐阜県民の素晴らしさを世界の岐阜県人が一同に集まり、「岐阜」を学び、語らい、そして岐阜県人としての誇りや自覚を促し、再認識、啓蒙し、一緒に全世界に向けて発信しましょう。

タイトル:“ぎふ ええてェ!” (仮称)
日  時: 2020年未定
場  所: 岐阜県下
プログラム:
-学識者による岐阜に関するあらゆる部門での記念講演
-岐阜県出身有名人による講演、ショー、討論会
-世界岐阜県人会による活動報告
-世界岐阜県人会サミット並びに岐阜県人世界連合結成発足
-岐阜県産業物産展併設並びに即売会
タイトル仮称「ぎふすぐれもの展」
どうか、皆さんのご意見をどしどし県人会の方にお寄せ下さい。そして、ぜひ趣旨をご理解頂き、実現に向けてのご協力お願い致します。

(原稿:ブラジル岐阜県人会 会長 長屋充良)

 

 

ときめき

一月は住き、二月は逃げる,三月は去る…。
“光陰矢の如し”とは、よく言ったものだ。
先生が生徒に教える、励ます時に使う言葉のひとつ。昔風に言えば、師匠が弟子を鍛える時に使う言葉のひとつ。「時の過ぎるのは本当に早い。お前たちは、その時その日を無駄にせず、常に怠けず、気を入れて頑張れ」生徒、弟子にとっては、うるさいほど言われた言葉である。
ところで一般的に、人が時の経つのが早いと感じるのは、いつ頃からか? 幼年時代、十代、二十代、三十代、四十代頃までは、それほどではなかった。歳を取る、つまり老人ほどその感覚が顕著になるという。五十代、六十代を超えると、途端に時の流れが実に早く感じられるようになる。これは、どうしてなのだろうか?
ある心理学者が、この老人どもの、時間の経つのがあまりにも早過ぎると感じる現象を研究し、分析した結果、次のような結論に達した。
「老人は、身の回りに起こること全てに、“ときめき”を感じなくなったからだ」と。
ふむふむ、なるほど、なるほど、そういうことですか。と、他の人はともかく、我が身を振りかえってみると、そう言われてみれば思い当たるふしがある。
例えば、若かりし頃は、どこか旅にでも出るという前日は、初めての旅行先だと、その町とか田舎とかの景色を想像したり、また、その土地で会うであろう人は、どんな人たちなのだろうか、などと思いめぐらせたり。何か、こう、気持ちの高ぶりを感じたものである。ちょっと外食をする時など、行く店の食べ物をあれにするか、これにするか。飲み物だったら、まずはビールで喉を潤し、次はカイピリーニャか、酒にするか。それともいっそウイスキーにするか。そう思っただけで、何となく嬉しくなったり…。
あるいは明日はゴルフのコンペだ、という時、前の晩、寝床で、スタートから最終十八番ホールまでをシュミレーションしてみる。すると、なんと全てのコースをパー・プレイで上がることになるのだ。この興奮…。
ある時は、街中で別嬪(べっぴん)さんを見かければ、起るわけもない、有らぬことを思い浮かべて、ちょっと心の臓をドキドキさせたり等々。確かに身の回りの事象一つひとつに関心を持ち、感心し、また歓心を覚えたものだ。
つまりこれが、心理学者の言う“ときめき”だったのだろう。考えてみると……。
八十歳に手の届く現在、朝起きてから夕べの床に着くまで、その日一日の出来事に、果たして昂揚(こうよう)を覚えることがあっただろうか。何をやっても、何が起こっても、なんら“ときめき”らしきものすら感じないままに、一日が終わってしまっている。それが、現実である。
リタイヤしてから既に十何年になる。それ以前から、ある団体のボランティアに参加して、もう二十何年になる。それは今も続いているが正直なところ、このボランティアも、若い頃のようには芯から身が入っていないというのが、今日この頃である。現役時代はともかく、リタイア後は、“ときめき”らしきものを感じなくなった。夢も希望もない、張り合いのない毎日の連続である。老後は、どうしたら良いか? 誰から命令されるわけでもなく、自由気ままだが、それだけでいいのか? かと言って、本来のボランティアのように、本気になって他人に尽くすようなレベルでもない。ただ自分本位に、気分の赴くまま、せっせと体を動かしておればそれで良い。老後とは、そういうことなのか。
“人生とは 生きてる間の 暇つぶし”か?。(喝!)
終わりに、峰村正威さんの歌を拝借。
“還るべき ふるさとのなき 身佗しかな 異郷の土に やがて果てむは“

(原稿:ブラジル岐阜県人会理事 日比野健一)

 

 

岐阜の今、故郷コーナー

☆★☆時代超え岐阜躍動 郡上おどり徹夜で祝う☆★☆

鳴り響く、げたの音が令和時代の幕開けを告げた。岐阜県郡上市八幡町で4月30日夜から1日未明にかけ、改元を祝う郡上おどりが行われた。
浴衣姿などの踊り客が去りゆく平成を惜しみ、令和の始まりに心を躍らせた。
30日午後8時ごろ、おはやしが始まると約1万5千人が幾重にも踊りの輪を作った。
1日午前0時を前に平成を「まつさか」で締め、カウントダウン。郡上八幡城の城山から花火が上がった。令和最初のおはやしが響くと、再び輪ができ時代をまたいだ踊りが続いた。
郡上おどりは400年の歴史がある国重要無形民俗文化財。郡上おどり保存会は最終曲に「令和版まつさか」を用意。歌詞に新時代も伝統をつないでいく思いを込めた。

令和の幕開けを祝い、踊る人たち
一日午前〇時十一分、郡上市八幡町、郡上八幡旧庁舎記念館前

(岐阜新聞 2019年5月1日)

 

 

2019年3月の出来事

  • 6日
    • 県人会のホームページ活用化に伴う打合せ会が事務所で急きょ開かれ、午後5時より吉村マルセロ氏、深水長屋エリーナ氏との間で行われた。
  • 9日
    • 郡上踊りの初練習会は、長屋会長と橋詰理事の手ほどきの下に11名が県人会事務所に集まり行われた。
  • 12日
    • ブラジル向けの貿易関係の仕事を担っている宮川氏と面談を行う。輸入関係について、業務上における質疑を行う。
  • 15日
    • 2018年度の補助金がBanco Santander銀行に入金された旨の通知を受ける。早速、為替決済の手続きを開始。
  • 18日
    • 第15回日伯友情交流絵画展の支援申請書を宮坂財団へ提出。
  • 20日
    • 定例理事会を開催。
  • 21日
    • 2018年度の補助金決済が終了し、当口座に入金が確認された。
  • 25日
    • 2018年度末定時総会議事録を第3カルトリオ登記所へ提出

 

 

2019年3月定例理事会議事録要旨

  • 日時: 2019年3月20日(水)午後5時~
  • 出席者: 長屋会長、山田顧問、日比野会計理事、橋詰理事、日比野亘理事、岐部理事、坂野マネージャー
  • 審議内容
    1. 山田顧問より第15回日伯友情交流絵画展の説明。
    2. 山田顧問の県人会事務所移転再考について、質疑応答。
    3. 坂野マネージャー退職に関する引き継ぎをスムーズにする為の意見交換。
    4. 長屋会長から日本祭り準備状況説明と同じく郡上踊りの練習状況の説明、並びに定員確保への
      協力要請が行われる。
    5. 次回理事会 2019年 4月17日(水) 17時~

 

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会報 2019年03月

岐阜県を訪れて

ブラジル岐阜県人会の代表者として、私とエリーナさんが1月8日にグアルーリョス空港から出発しました。フランクフルト経由、24時間のフライトで疲れましたが、無事、到着しました。中部国際空港では岐阜県庁の職員の方2名が出迎えてくださいました。私の叔母と従妹たちも来てくれていました。
そこでアルゼンチンからの参加者のセバスチアンさんとルナさんともお会いしました。ペルーからの参加者2名も2時間後に到着するとのことでしたので、待っている間、空港内の温泉に浸かりました。疲れも取れ、身だしなみを整えることができました。
ペルーからの参加者のフェルナンドさんとタケジロウさんも到着し、すぐに皆でバスに乗り、岐阜へ向かいました。県庁では通訳の方たちを紹介していただきました。スペイン語の通訳は水谷さん、ポルトガル語はマリナさんでした。
最初に岐阜県副知事にお会いしました。神門副知事は各地岐阜県人会と県との交流をより深める重要性について話をされました。続いて県議会の副議長室を訪れ、野島征夫副議長にご挨拶しました。
県庁を後にし、次は岐阜新聞を訪れ、社長にお会いしました。
初日の夜は滞在しているホテルで、中南米各地の県人会から来ている参加者と招待客の夕食懇談会が行われました。出席者は3つのテーブルに分けられました。そこでは、ブラジルの文化を紹介する活動を行っている岐阜日伯協会の方たちとお話ししました。
次の日は、朝食の後、バスで関市へ向かいました。そこでは刀の製造工程についての説明を聞き、実演を見ることができました。
美濃市では、着物を着て伝統的な街の通りを散策することができました。和紙問屋だった今井家を見学し、和紙の製造についても少し学びました。日本中のアーティストが制作した和紙の灯篭が展示されている博物館へも行きました。
最後の見学地は郡上市でした。とても綺麗な街で、中央を流れる川の橋からは街の全景が見渡せました。食品サンプルで有名な場所で、サンプル作りを体験することもできました。郡上市役所へも行き、市長と市議会議長にもお目にかかりました。
夕方には、その日滞在するホテルがある高山市へ移動しました。着いたとき、一段と寒く感じられ、雪も少し見られました。
2日目は高山の屋台を見に行きました。数百年もの歴史のある屋台で、それぞれ名称も特徴も違っています。年中無休で開店している通りへも行きました。
続いて、バスで白川郷へ向かいました。白川郷は世界文化遺産にも登録されている集落で、茅葺屋根の建物で有名です。とても綺麗なところで、私たちが訪れた時は、雪に覆われていました。集落を散策し、唯一、一般公開されている神田ハウスを見学しました。戻る前に、集落全体が見渡せる展望台へ寄りました。
その後、岐阜へ戻り、参加者たちはそれぞれの家族や親戚に会いに行きました。
私は電車で千葉に住む叔父達のところへ行きました。夕食と朝食を共にするだけの短い時間でしたが、久しぶりに会えて本当に良かったです。
次の日の朝、電車で岐阜へ戻り、マリナさんと待合せしました。そこから集合場所へ向かいました。
日本で生活、就労している日系人の方たちと座談会が行われ、とても有意義な集まりでした。皆さん、県人会の活動を良くするための提案をいくつも提示してくださいました。
この集まりがこの研修の最後のイベントでした。終了後、通訳の方達と別れ、バスで空港ホテルへ向かいました。次の日には国内線で羽田空港まで行き、そこからブラジル行きの便に乗る予定です。
次の日は朝早くに起きて、朝食後、チェックインしました。搭乗エリアで別の便に乗るタケジロウさんとフェルナンドさんに別れを告げました。私たちは羽田へ向かい、そこからフランクフルトまで行き、そこからブエノス・アイレスへ向かうセバスチアンさん、ルナさんと別れました。私とエリーナさんはサンパウロへ向かいました。
短い期間でしたが、とても貴重な体験でした。以前は岐阜についてあまり知らなかったのですが、研修期間中に現地の文化や伝統に触れることができました。おかげで岐阜に関してより詳細にイメージすることができるようになりました。この体験をさせて頂き、心より感謝いたします。

(原稿:ブラジル岐阜県人会会員 池戸アンドレ)

 

 

人生振り返れば、長とは。。。

最近、酒を飲む機会が少なくなり、日系社会で起きているもろもろの話題も、あまり耳にする事もない。と言って、あっちこっちと出歩くことも億劫(おっくう)になってきた。
それでも久しぶりに昔からの知人から「一杯どうだ」と、電話を受けると前後の見境もなく、いとも簡単に喜々として出席の返事。我ながら意思の弱さに呆れる。だが内心では、まだまだ忘れられた存在ではなかったかなーと、何となく安堵。人物が小さいよな~。
何の本だったか? 記事だったか?は忘れたが、長(国や組織の「長」の意)とは、国であれば国家元首、つまり、外国に対してその国を代表する人物であるため、この国を守りたいと自ら考え、将来に向かって発信出来る人、と書かれていた。全く同感で、そんな人であることを私は固く信じている。組織の長であれば、理事長とか会長、または社長と呼ばれて皆の尊敬を受けている。家族であれば一家の主として、家長としての威厳と責任さえ生じる。
年が明けると各団体の総会開催のこと等々、理事長、会長候補の話題が中心で、バールや一杯飲み屋では、役員人選の話で盛り上がる。
つまり、あれは「人徳」がないからなーとか、または「人望」が云々という言葉が飛び交うが、このような時の話には、候補者の人物について、めったに褒めるような言葉は出てこない。酒の席なんだから誉めて、褒めて、、、と思うが、ここが難しい。
力を入れすぎれば「仔馬の朝駆け(=初めに力を入れ過ぎて、すぐに疲れてしまう意)」になりかねるしなー。
今の日系社会では、日本語を主体とした団体が少ないことも理由だが、「人徳」という言葉そのものが死語に近い?こともあって、はたしてこういう事がどこまで認識をされているのだろうか。「人徳」、「人望」と言う単語を辞書で引いてみると、読んで字の如く、「その人に備わっている徳」と、別段、目新しい事も書いていない。誠にあっけない。周りを見回してみても、世の中、なかなかそんな人物がいないという事もよく分かる。腕一本、すね一つで、損か得かと、突っ張って生きたブラジル社会の中で、自分を磨く人生修行などは、余程の人でない限り難しい。そんな事は、誰でもわかっているのだけれども、団体選挙の時には、声をひそめて「あれは仁徳(にんとく)がないからなあー」と、ため息とも何とも云えぬ声で呟く。が、口にするほど「仁徳」、「人望」をもった御仁がそう簡単にはいないのも、言った本人が一番よく知っている。また、見つける事も容易ではなく、その事も大勢の人達は知っている。
では、なぜこうした言葉が、そもそも大手を振るって、仲間内で語られるのだろうか? 不思議な言葉に思えてならない。
一方では、死んだ人には、「仁徳、人望があった」、「あの人は良い人であったのに」と皆は、褒め称えるが、具体的な説明は言わない。聞く人もいない。忖度(そんたく)があるのみ、のように聞こえるが…。人はことほど、左様(さよう)に無責任だ。
「仁徳」「人望」を会得(えとく)するのには、どのような考え方で、どうすれば、どんな行動をすれば生まれるのだろうか? あるいは身につくのだろうか? 具体的に人は教えてくれない。誠に意地の悪い言葉のようで、無責任極まりない。
だが、周囲はこの言葉に弱い。聞く周りの人たちも、その人にどれだけの人徳があったかは具体的に知らない、また知ろうともしない。それでも、周りの人間は、分かったふりをして、「そうだ、そうだ」と言って相槌(あいづち)を打つ。こんな理不尽な言葉があっていいはずがない。
それでも飲み屋のカウンターでは、まだまだ話は続く、「誰々は弁(べん)は立つが人徳がないからな~」「あいつは、頭はいいが人望がない」云々。「帯に短し、たすきに長し」と言った具合で、人物評価をする。
「何を根拠に…」と言いかけて「あっ、これは聞かない方がよいかなぁ~」と思い返し、「なるほど、なるほど」と相槌を打ちながら、一方では「あるいは自分に向かって言っているのかなぁ~」と疑う。しかし、どんな場合が、人望があった方がいいのか? ない場合は? 具体的には何の説明もないまま、、、相手は言うだけ言うと、飲食店の支払いも関係なく、寝てしまう。結局、飲んだり食べたりの勘定はこちらもち。
こんな人から、「仁徳」とか「人望」とかの話は聞きたくないよな~。でも『馬には乗ってみよ、人には沿ってみよ」という諺(ことわざ)もあるんだよなぁ~。

(原稿:ブラジル岐阜県人会顧問 山田 彦次)

 

 

2019年2月の出来事

  • 1日
    • 日本財団による若手日系人調査に伴う協力要請のメールを受信。世界中の若手日系人対象に所属団体の記載や日系人としてアイディンティティーに係わる調査が目的とある。早速、若手会員へメールを転送して、調査協力を要請。
  • 4日
    • SOME Solução Empresariais e Contábeis 会計事務所との契約交渉は、事務局が担当する事で、理事会が承認。同社のSr. Ralfeと現会計事務所のSr.Eliseu(オーナー)とでミーティングをし、月次経理書類の具体的な処理方法および月々のサービス料金と年末に支払われる13か月分(1/12)を毎月に追加し、明記された金額の契約書作成を依頼。
  • 8日
    • 岐阜県各務原市より高橋明丈氏が人探しを目的に県人会事務所を訪問。50年前に家族移民として移住された「野口氏」調べたが判明できず、ニッケイ新聞社へ人探しのコーナー欄の掲載を依頼。
  • 11日
    • 岐阜県商工労働部観光国際局より「若手リーダー招聘事業に参加した2名の成果報告書提出」の要請があり、各自より提出されたポ語報告書を送付。
  • 12日
    • ジャパンハウスより、岐阜県の観光、工芸品、郷土食等の講演及び展示会開催の案内状が届く。早速、国際課へ展示品及び観光宣伝に必要とされるスライドやその他について説明と協力を要請。
  • 14日
    • SOME Solução Empresariais e Contábeis 会計事務所より正式な契約書が提出された事により、1月度の経理処理作業がスタート。
  • 19日
    • 2018年度の補助金申請書類を受理した旨の連絡が県庁よりメール受信。また、県費留学生地域共生活用促進事業実施要領が送られてきた。
    • 20日定例理事会が開催。
  • 26日
    • ジャパンハウスの栗田運営局長を橋詰理事と坂野マネージャーが訪問。展示場のスペース確認及び総合企画について質疑を交わす。カーニバル明けの3月6日以降に、出展を希望する県人会が召集され、実行プランに関して、話し合いの場が設けられるとの説明があった。
  • 28日
    • 2018年度の補助金が確定された。送金は3月中旬の予定との通知を受ける。

 

 

2019年2月定例理事会議事録要旨

  • 日時: 2019年02月20日(水)午後5時~
  • 出席者: 長屋充良会長、国井宏裕副会長、日比野健一(会計理事)、金子享資 (書記理事)、橋詰二朗(理事)、日比野亘(理事)、大野美夏(理事)、浅野悟(監事)、坂野政信(マネージャー)
  • 審議内容
    1. 金子書記理事が1月の業務報告を行い、了承された。
    2. 日比野会計理事が1月の会計報告を行い、了承された。
    3. 2019年開催の日本祭り
      • 5種類の出品が決まり、原価計算書、損益計算書が提出された事により、実行に移す事が承認された。
      • 日本祭り、郡上盆踊りのボランティア募集活動については、長屋会長より各理事へ、率先して人員の確保を促す要請が出された。
    4. 総会
      • 2018年度末定時総会へ提出される全ての資料を基に、再度チェックが行われた。なお、総会後に催される、新年会の出席者名簿が確認された。
    5. ジャパンハウス展示会
      • ジャパンハウスよりブラジル都道府県宛に月21日~7月7日、物産展参加の招聘状が送られてきた事により、議論が交わされた。結論は、出展する方針で理事会が承認。具体的な対応案は、更に詰めが必要なので、調査を兼ねて実施して行く事となる。
    6. その他
      • 邦字新聞の購読を継続が承認された。
      • 家屋税(IPTU)一括払いが承認された。
    7. 次回理事会 2019年03月20日(水) 17時~

 

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会報 2019年02月

2018年度末定期総会

 ブラジル岐阜県人会は、去る2019年2月24日(日)、午前10時半よりニッケイパレスホテルのサロンで、2018年度末定時総会を開催した。
総会議長には日比野亘会員が選出された。ブログラムに従い、①2018年度事業報告、②2018年度会計報告、③県人会事務所の売却、④新会館取得、⑤2019年度事業計画、⑥2019年度予算案、⑦2019年度年会費について審議が行われた。
先ず、長屋充良会長は冒頭の挨拶で、「会長職に就任して1年目を迎える事となったが、昨年は『ブラジル岐阜県人会創立80周年』、『岐阜県人ブラジル移住105周年』、『岐阜県農業高校生海外実習派遣40年』と周年記念行事が無事に滞りなく開催出来た事に対し、会員の皆様のご協力、ご支援の賜りに依るものでした」と、感謝の言葉を述べ、「今年の7月に開催される日本祭りでは、ブラジル岐阜県人会は独自のブーツを設け、郷土食を提供と共にアピールして行きたいので、会員の方々の参加および多くのボランティアの賛同をお願いしたい」と呼び掛けた。
また、県費留学制度については、語学レベルは日本語能力試験N2以上の規定はなく、日常会話が可能であれば、条件を満たす事となるのでより多くの応募者の申請を促された。
続いて、議題に取り上げられた県人会の事務所売却と新会館取得の必要性についての説明も以下のように行った。
①現事務所は日曜日、ビルが閉鎖されており使用できない。②小スペースの為、イベント開催や若手会員の参加が中々実現に結びつかない。③ビルの管理費が高額。④管理費のない物件は経費削減に繋がる。⑤ 空き部屋を寄宿舎用にあて、賃貸収入により運営費を賄う、等々。
今年の県人会の方針は、「更なる飛躍の年となるように、滅私奉公の精神のもとで邁進して行く所存です」と、力強い決意を語られた。
引続き、金子亭資書記理事より「2018年度事業報告」が発表され、承認された。次に、日比野健一会計理事より「2018年度の会計報告」が発表され、前年度との対比で23,127.09レアルが黒字に転換。前年度繰越金を加算した568,047.25レアルが次期繰越金となった旨が報告された。監事会を代表して、浅野悟第一監事が正当性を認める所感を述べ、出席者一同、満場一致の下に承認された。
県人会の事務所売却、新会館取得の審議に入ると、様々な質疑が行われ、熱い論議が飛び交った。
①新会館を取得し、具体的にどのような活動を行うのか? ②修繕費や警備対策も要するので一概に経費削減と言えるのか? ③イベントを催す時に、他の適切な場所を借りて行ってもよいのではないか、など様々な質問が発せられた。
長屋会長は「こうして総会で論議が交わされたのは、一途に会員の皆様が県人会を思う気持ちの表れであり、将来を見据えて真摯に考え、出してくれた意見だと思うので、今後も更に良い方法を議論して、良策を検討して行きたい」と述べた。
引続き「2019年度の事業計画案」が審議され、出席者から異議もなく承認された。「2019年予算計画」は、今年の7月に開催される日本祭りの収支を計上した金額が日比野会計理事より説明され、出席者の理解を得て、承認となった。
「2019年度年会費」は前年と同様に150レアルと据え置きが提案され、承認された。
他には特に質疑も無く、国井宏裕副会長より閉会の辞の挨拶があり、午前12時には終了となった。
そのまま全員、ホテル地下一階のレストランへ移動し、新年会の会場へと場を移した。総会での熱い議論が交わされた後だったが、食事を前にすると、皆一様にリラックスした雰囲気となり、美味しい食事を楽しみながら親睦を深めて、午後4時頃には終会となった。

(原稿:ブラジル岐阜県人会マネージャー坂野 政信)

 

 

第1回 南米‐岐阜県 若手リーダーの招聘プロジェクトに参加

2019年1月に行われた第1回南米‐岐阜県若手リーダーの招聘プロジェクトに参加させて頂きましたブラジル岐阜県人会会員のエリーナと申します。このイベントは、県人会活動へ若い世代の人たちの参加を促そうと、日本政府および岐阜県によって催されました。
参加者はブラジルからは池戸アンドレさんと私で、ペルーからは佐藤フェルナンドさんと小島孝弘さんのお二人、アルゼンチンからはカローネ・ルナさんと辻セバスチャンさんのお二人でした。
とてもハードなスケジュールでしたが大変有意義な時間を過ごせました。
まず、日本へ到着してすぐに岐阜県庁へ直行。神門副県知事と野島県議会副議長にお目にかかりました。とても暖かく対応して下さり、今後も中南米にある各岐阜県人会との交流を継続し、さらに深めたい御意向を示して下さいました。本当にありがたいことだと思います。
県庁訪問の後、岐阜新聞の本社を訪れ、杉山社長にお会い致しました。今まで何度もブラジルを訪問して下さった杉山社長。地球の反対側にいながらも日本の伝統を守る日系人家族に感動したことなど、社長のブラジルへの深い思いをお話して下さりました。
初日の最後の行事は、岐阜県庁主催の夕食懇談会で、財務の方々やブラジル、ペルーの留学生、元留学生が集まって下さり、とても楽しくて美味しい時間を過ごさせて頂きました。私の母国ブラジルにこんなにも温かい興味を示してくださった皆さんとお話ができて、本当に素晴らしい時間でした。
続いての3日間は、岐阜県の観光名所を見学させて頂きました。
1. 関市‐刀の製造で有名な場所です。関鍛冶伝承館を訪れ、刀の製造工程を体験しました。ナイフや手術器具の生産でも有名なところです。
2. 美濃市‐和紙でできた素敵な灯篭のある博物館を見学しました。またそこまでの伝統的な町並みを着物姿で散策させて頂きました。
3. 郡上市‐食品サンプルと郡上踊りで有名な場所です。天ぷらとレタスのサンプルを蝋で作ったあと、郡上踊り博物館で有名な郡上踊りを習わせて頂きました。
4. 高山市‐年間365日行われていることで有名な高山市の朝市を見学したあと、屋台博物館を訪れました。展示されている色とりどりの屋台は約1トンの重さで、18人もの人が力を合わせて運ばれるそうです。
5. 白川郷‐ユネスコ世界遺産にも登録されているこの集落は、木造の家ですが、数トンもの重さの雪に耐えられる屋根です。
日本滞在の帰国2日前は、日本に在住している家族や親戚に会ってきました。短い時間でしたが、家族に会えてとてもよかったです。 最後の日は、日本に在住しているブラジル人3名(大里さん、マルセーロさん、ナヤラさん)とアルゼンチン人の方1名で美濃加茂市に集まり、座談会が行われました。とても有意義な話し合いで、今後どのように県人会が県との交流を深めるべきか、手ごたえや将来性を得ることができました。みなさんの意見では、岐阜市には大企業が多いので、県費制度などを活用し、専門学校で留学研修を実施し、その後、就職できるようにしてはどうかということでした。
祖国日本を訪れる機会を与えて下さった岐阜県、日本政府、およびブラジル岐阜県人会の皆々様へこの書面を借りて、改めて御礼を申し上げます。
岐阜はとても豊かな所で、私たちブラジル人が多くのことを受け継ぎ、学ぶことができる故郷だと痛感しました。日系ブラジル人として、今後も日本文化を伝え、県人会を支えていきたいと思います。ありがとうございました。

(ブラジル岐阜県人会会員 深水長屋・エリーナ恵)

 

 

2019年1月の出来事

  • 3日
    • ブラジル岐阜県人会の業務を開始。
  • 8日
    • 若手リーダー招聘プロジェクトで訪日する長屋恵・エリーナさんと池戸えいじ・アンドレさんの見送りに、長屋充良会長、坂野政信マネージャーがグァルーリョス国際空港へ赴く。ルフトハンザ航空LH607便で予定通り午後7時45分に出発。
  • 14日
    • SOME Solução Empresariais e Cntábeis会計事務所からプロファイルおよび業務内容、見積書が届く。この件に関して理事会に提出し、検討する。
  • 15日
    • 若手リーダー招聘事業に参加した長屋恵・エリーナさん、池戸えいじ・アンドレさんがルフトハンザ航空のLH506便で無事、グァルーリョス国際空港へ到着。
  • 16日
    • 定例理事会を開催。若手リーダー招聘事業に参加した2名が訪日の報告を行った。
  • 30日
    • SOME Solução Empresariais e Cntábeis会計事務所との契約交渉は理事会の決定で事務局が担当することになる。同社のSr. Ralfeと現会計事務所のSr.Eliseuオーナーのもとで、月次経理書類の具体的な処理方法および月々のサービス料金と年末に支払われる13か月分(1/12)を月々に織り込んだ金額を明記した契約書の作成を依頼。
  • 28日
    • 2018年度の補助金申請書類を県庁へ郵送。

 

 

2019年1月定例理事会議事録要旨

  • 2019年01月16日(水)午後5時~
  • 出席者: 長屋充良会長、国井宏裕副会長、日比野健一(会計理事)、金子享資(書記理事)、橋詰二朗(理事)、日比野亘(理事)、坂野政信(マネージャー
  • 審議内容
    1. 金子書記理事が12月の業務報告を行い、了承された。
    2. 日比野会計理事が12月の会計報告を行い、了承された。
    3. 2019年開催の日本祭り出店
      • 出品の選択、原価計算、設備計画、そして全体的な粗利益試算を作成し、次回の理事会までに資料を纏め提出することになる。
      • 日本祭り、郡上盆踊りのボランティア募集は、毎月県人会の会報、ホームページで発信して行き、協力者を募る対策を取って行く。
    4. 総会
      • 提出される2018年度の事業、会計、実績報告書、2019年度の事業計画案、予算計画案が纏まり、理事会で事前審査が行われた。
      • 事務所売却と新会館購入案を本年度の事業案に提出することが同理事会で決定された。
    5. 会計事務所のサービス業務が移設
      • 長年経理処理を行ってきた会計事務所の閉鎖により、新会計事務所(SOME Soluções Empresariais e Contábeis)より提案書が提出された。サービスの業務内容や条件等の交渉に関しては、事務局に一任する事が執行部で決議された。
    6. 次回理事会2019年2月20日(水)17時~

 

 

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会報 2019年01月

年頭のご挨拶

旧年中におきましては、会員の皆様の並々ならぬご支援、ご協力を賜り改めてお礼を申し上げます。
本年も、滅私奉公をモットーに努めて参りますので、よろしくお願い申し上げます。
今年の干支は亥年(いのししどし)です。私事で恐縮ですが、年男です。猪突猛進(ちょとつもうしん)の勢いで、目標に向かって突き進む覚悟でございますので、どうか皆様のお力添えを何卒よろしくお願い致します。
本年度の県人会の事業計画案では、「県連主催の日本祭り出店」、「県人会会館移転」、「県費留学生」、「第15回日伯友情交流絵画展開催」、「県人会員親睦旅行」、「第41回岐阜県農業高校生海外実習派遣団サポート」、「関市&モジ・ダス・クルーゼス姉妹都市提携50周年関連行事サポート(未定)」等々が検討され、その準備も着々と進められております。
また、県人会の念願でもありました日本祭りへの参加は、郷土食の出店がすでに理事会で決定され、7月5日、6日、7日の開催日に向けて、出品食の選択やそれに伴う食材、器材の価格調査等をただ今実施中です。
どうか会員の皆様、この大イベントを成功させるために、多くのご協力が必須です。ブラジル岐阜県人会の存在価値を改めてアピールする機会でもあります。そして、この催しは我らの岐阜県をブラジルに広く紹介するに留まらず、将来の県人会を担ってもらえる若手会員や新会員を勧誘する絶好の機会になると考えております。また、日本祭りを通して、母県との交流がさらに進むことも大眼目であります。多くの参加者をお待ちしておりますので、是非とも、日程の調整をご検討願います。
ブラジル岐阜県人会は、岐伯交流の架け橋として、窓口としての存在価値があります。我々の子々孫々にどうか受け継いでいって欲しいと願うばかりあります。また、そうした後継者を育成していく為にも、県人会への積極的なご参加を切望致します。
今年は更なる飛躍の年となるように、理事一同は一丸となって運営に取り組んで参ります所存ですので、どうか会員の皆様方のたゆみないご支援をよろしくお願い致します。
最後になりますが、会員の皆様のご健勝をお祈りし、年頭のご挨拶とさせていただきます。

(原稿:ブラジル岐阜県人会会長長屋充良)

 

 

日本の天皇制について

天皇陛下が今年4月30日に退位され、皇太子さまが翌5月1日に即位されます。平成が終わり、新しい元号が定められます。この日本の天皇制について、こちらの方に説明するのに、一苦労しますが、私が親しくさせて頂いている、日本の真砂氏がある機関紙に投稿された天皇制の説明が皆様に役に立つと思い以下記載します。

 

 

頼もしい応援団
和歌山県中南米交流協会代表真砂睦

(財)和歌山県国際交流協会の県出身中南米移住者子弟受け入れ事業で先日、メキシコの大学生(4世)とブラシルの高校生(3世)が3週間の日程で来日した。2人は我が家にも3泊して、私たち夫婦と交流を楽しんだ。
2日目の夕食後、ブラジルの若者から「高校の同級生から、日本は天皇がいるから民主主義国家ではない」と言われた。「そんなことはない、日本は立派な民主主義国だ」と反論したが、間違いないか?政治家を選ぶのは天皇か?という発言が飛び出した。これは困った、正確に日本の姿を伝えなければならないと考えた私は、ポルトガル語の辞書を片手に若者と向き合った。
まずは「天皇は日本の国が誕生した時から今日まで約2千年間にわたって国民の精神的な柱として存在している。現在の天皇は125代目にあたる。政変や戦争で交代や断絶を繰り返してきた西欧の王様や中国の皇帝とは違って、天皇は同じ血筋のファミリーが途切れることなく今日まで世襲してきた。世界で一番長い歴史をもつ君主なんだ」と説明。続けて「天皇を君主とする日本は民主主義国なのかという質問についてだが、日本は文句なく世界で最も民主主義がいきわたった国のひとつだ。民主主義の土俵の上で、自由や人権がしっかり法律で守られているよ」と説く。さらに「大事な点は、天皇は君主であっても政治に介入する権限はもっていないということだ。主権はあくまで国民にあり、その国民が選挙で政治家を選ぶ。そうして選ばれた政治家が国を運営する。天皇は君主であっても政治に口をだしてはいけない。だから、天皇制と民主主義はなんの矛盾も生じない」と説明を続け、「結論として、英国やオランダなどとともに、日本は民主主義がいきわたった伝統のある立憲君主国で、国民は天皇を君主として敬愛しているよ」とまとめた。遠来の若者は嬉しそうにうなずいてくれた。
私もうれしかった。ブラジルで同級生から日本の民主主義に疑問を突きつけられた日系3世の若者が、懸命に祖先の国・日本を援護してくれたことが分かったからだ。
長年親密な付き合いを重ねてきたブラジルにおいてすら、日本のことを正確に知っている人は多くない。だからこそ情報の発信が相互理解の第一歩になる。短くとも日本の生活を体験した3世君は、これから先も頼もしい日本の情報源となってくれることだろう。

(原稿:ブラジル岐阜県人会理事日比野亘)

 

 

第7回ブラジル岐阜県人会杯ゴルフコンペ開催

去る1月27日(日)、アルジャー市のPLGolfClubにて、第7回ブラジル岐阜県人会杯ゴルフコンペが開催されました。
40度以上の炎天下の中、無事に皆さんホールアウトでき、開催者として感謝しています。
今回、ブラジル岐阜県人会理事の岐部美夏さんのお嬢さん笑美ちゃんも参加して、グッと参加者平均年齢を下げ、また若さ溢れるプレーで華を添えていただきました。
連日の猛暑に中、午後から雷を伴う豪雨に見舞われますが、今回のコンペは、運良く最後まで快晴の空の中での一日でした。

成績は、残念ながらアンダーは無く、柴垣暁宏さんがネット73で、優勝されました。準優勝は、有尾さん、ニアピン賞は、アウト2つのショートでは、該当者なく、インの2つのショートで、根本さんが両方とも獲得されました。
参加者の一人田辺さんはブラジルNGKの社長さんで、会社があるモジ・ダス・クルーゼス市は、関市と姉妹都市であり、本年姉妹都市協定締結50周年の佳節にあたり、モジ・ダス・クルーゼス市長一行が今年訪日し、関市を訪問することになっているそうです。
姉妹都市協定締結の仲人役の県人会として、こうしてなお50年に亘り友好が続いていることは、嬉しい限りです。
ゴルフコンペのあと、場所をサンパウロ市の日本レストランに場所を移し、懇親会並びに表彰式を執り行いました。用意された料理に舌鼓を打ちながら、酔いがまわってますます盛り上がり、故郷岐阜の話で深夜まで楽しいひと時を過ごさせていただきました。
2月24日の定期総会兼新年会、7月5、6、7日の日本祭り出店の参加、協力をお願いし、有意義な一日を過ごさせていただきましたことに改めて、紙面を借りて感謝申し上げます。
次回、第8回ブラジル岐阜県人会杯ゴルフコンペは、9月15日(日)正午のスタートを予定していますので、どうぞ、今から日程調節の程をお願い致します。

(原稿:ブラジル岐阜県人会会長長屋充良)

 

 

2018年12月の出来事

  • 4日
    • 長屋充良会長、山田彦次絵画展委員長、坂野政信マネージャーは第14回日伯友情交流絵画展の報告ならびに年末の御挨拶を兼ねて、宮坂財団の松尾氏を訪問。
    • ニッケイ新聞の深沢編集長、サンパウロ新聞の松本デスクへ年末の御挨拶の為に訪問。
  • 18日
    • 長屋充良会長は若手リーダーの招聘プロジェクトで選出された長屋恵・エリーナさん、池戸えいじ・アンドレさんを県人会に招集。日本滞在期間中の日程をもとに、注意事項やオリエンテーションを坂野マネージャーを交えて行った。
  • 19日
    • 定例理事会が開催。
  • 26日
    • 2018年度の事務局業務の仕事納め。

 

 

2018年12月定例理事会議事録要旨

  • 日時: 2018年12月21日(水)午後5時~
  • 出席者: 長屋充良会長、国井宏裕副会長、日比野健一(会計理事)、金子享資(書記理事)、橋詰
    二朗(理事)、日比野亘(理事)、大野美夏(理事)坂野政信(マネージャー)
  • 審議内容
    1. 金子書記理事が11月の業務報告を行い、了承された。
    2. 日比野会計理事が11月の会計報告を行い、了承された。
    3. 2019年開催の日本祭り出店
      • 県人会の忘年会で試食品が作られたが、幾つかの商品について、更なる改良が望ましいとの評価があり、対応策を検討。
      • 次回の理事会には出品材料の選定、加工方法および製品の規格、そして事前準備をどのようにすべきかについて、継続して議論していく事になる。
      • 郡上盆踊りのボランティアを募るPRは県人会報、そしてホームページより発信していく事になる。
    4. 事務局の業務対応策
      • 業務の簡素化や必要のある業務の継続を分析し検討したが、結論には至らず、とりあえず、従来行われている業務に対して、単純作業に関しては理事のメンバーが支援する事になる。
    5. 若手リーダー招聘事業で訪日する長屋恵・エリーナ氏、池戸えいじ・アンドレ氏のスケジュール
      が決まり理事会に提出され承認となる。
    6. 次回理事会2019年01月16日(水)17時~

 

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会報 2018年12月

2018年を振り返って!

2018年2月25日の定時総会において、役員改選の選挙が行われました。そして会長職に任命され、新しい執行部を編成致しました。
会長としては微力ながら、理事の方々の積極的なサポートにより、県人会の運営に携わってから早くも一年が過ぎ去ろうとしております。
県人会をお手伝いして8年経ち、ある程度、県人会活動が分かっているつもりでしたが、会長職は、想像以上に大変なものでした。
理事会の人選、理事会の議事進行、議事内容の協議および決定、諸登録関係の変更、銀行等の決済、会報記事の投稿など。また、御挨拶まわりとしては、ブラジル国内では、総領事館、県連、邦字新聞社など。海外としては、母県の古田岐阜知事、各市長、岐阜放送、国際クラブ、官民諸関係への訪問があります。当然、訪日に伴うお土産選定並びに購入、航空券の自費購入、日本祭り参加援助要請の企画書作成等もありました。さらに週末は疎遠となっている地方会員を坂野マネージャーと訪問したり、岐阜県農業高校生の実習先へもご挨拶へ行ったりします。県連への復帰後、毎月行われる代表者会議への出席もあります。2018年は特に、ブラジル日本移民110周年記念式典がありました。さらに2019年の本格参加に向けて、日本祭り(フェスティバル・ド・ジャパン)の岐阜県ブースへもお手伝いに伺いました。
また岐阜県人会にとっては様々な記念の年で、岐阜県人ブラジル移住105周年、ブラジル岐阜県人会創立80周年、岐阜県農業高校生海外実習団派遣40年と重なり、大規模に記念式典を開催しました。それに関わる膨大な準備、式典遂行、第40回岐阜県農業高校生海外実習団サポート、農業実習終了後の報告者作成、“オイ・アトリエ”展示会への関係各位への対応、展示会オープニング式典への参加、中津川市レジストロ市姉妹都市祝賀会に伴い中津川市長もご訪問くださり、多数の訪問団の皆様とも交流会食ができました。これには県人会の親睦旅行も兼ね、慶祝祝賀会へバスをチャーターし出席しました。14回を数える日伯友情交流絵画展も無事、開催致しました。年納めとしての忘年会も行い、この忘年会では2019年の日本祭り出品予定の料理試食会も兼ねました。さらに日本国天皇陛下誕生日祝賀会への出席や年賀状の送付等、本当に忙しくて大変ではありましたが、無事、遂行することができ、皆々様に感謝です。大変、有意義な年でした。
また、県人会としての特筆すべき点として、新しく岐阜県出身でブラジルに駐在されておられる方々が県人会に入会下さり、7月29日の記念式典では裏方として大活躍して下さいました。
現在進行中の懸案事項としては、県人会事務所の経費削減案として会館移転も挙げられており、メトロ近くの住宅購入なども討議されています。県人会は年間3万レアル位の赤字となっており、抜本的な経費削減と収入増加が求められています。理事の方々に経費削減の見直し検討を頂き、節約し、無駄を減らし、効率的な運営を目指して鋭意努力中です。収入増加におきましては、新規会員の勧誘と日本祭り参加による増収を目玉として掲げております。
毎月第3水曜日17時から理事会があります。活発な意見交換があり、時として、討議に熱が入りすぎて怒号が飛び交うこともあるほどですが、理事の皆さんの熱い思いで、少しでも県人会を良くして行こうとの現れで、寛容できるものと思います。
会員の方々は採決権はありませんが、どなたでもオブザーバーとして参加できますし、議長が発言を認めれば、ご意見も言って頂くことが可能ですので、どうかご参加下さい。事前にご一報いただき、奮ってご参加くださいますようお願い申し上げます。
また、嬉しい事としまして、会長に就任後にすぐ実行しました地方会員の皆様との交流促進成果で、今まで以上に多くの方々が式典に参加して下さいましたことに、改めてここで感謝の意を表します。そしてこれは、岐阜市とカンピーナス市、中津川市レジストロ市との姉妹都市提携記念式典開催のきっかけになったのではないかと自負しております。今後もこの地方会員訪問は、時間が許す限り継続して参る所存であります。
検討課題としては、しばらく止まっております岐阜大学への県費留学を来年度は是が非でも再開できるように努力したく思います。どうか皆様、岐阜県出身者のご親族で、候補者がおられましたら、ご紹介ください。人数に限りがありますので、早目にご一報頂ければ幸いです。
我々ブラジル岐阜県人会の2019年の目標は、まず第一に7月5、6、7日に行われる“日本まつり”への参加であります。どうか皆様、趣旨をご理解頂き、少しでも多くの方々が一緒に参加し、楽しんでいただけることを願っておりますので、よろしくお願い致します。
2019年もご健康に留意され、素晴らしい年と致しましょう。私ども理事会一同も県人会の為に一生懸命働く所存でございますので、どうかこれまで以上にご理解、ご協力の程、何卒よろしくお願い致します。

(原稿:ブラジル岐阜県人会会長長屋充良)

 

 

2018年11月の出来事

  • 5日
    • 第14回日伯友情交流絵画展のオープニングセレモニーが在サンパウロ日本国総領事館の多目的ホールにて午後5時半より催された。
  • 6日
    • 第14回日伯友情交流絵画展が今日より一般公開。
  • 7日
    • 非営利団体「AssociaçãoMédicosdaFloresta」の代表FrankZenjiHida氏が眼科に関する講演会を無償で県人会で開催する趣旨について説明するために来所。
  • 14日
    • 第14回日伯友情交流絵画展の一般公開が終了
  • 16日
    • 第14回日伯友情交流絵画展の閉会に伴い、展示品の片付けが行われた。
  • 19日
    • 若手リーダーの招聘プロジェクトに選出された池戸アンドレ君のビザが発行され、これで全ての書類が揃う。
  • 21日
    • 定例理事会が開催。
  • 24日
    • ブラジル岐阜県会の忘年会が長屋充良会長宅で開催された。来年の日本祭りに出店する方向で準備が進められている中、出品予定の郷土食の試食会が同時に行われた。
  • 27日
    • クリスマスカードを郵送。
  • 28日
    • 第14回日伯友情交流絵画展の報告並びに年末のご挨拶に長屋充良会長と坂野マネージャーが在サンパウロ日本国総領事を訪問。

 

 

2018年11月定例理事会議事録要旨

  • 日時: 2018年11月21日(水)午後5時~
  • 出席者: 長屋充良会長、国井宏裕副会長、日比野健一(会計理事)、金子亨資(書記理事)、大野
    美夏(理事)坂野政信(マネージャー)
  • 審議内容
    1. 金子書記理事が10月の業務報告を行い、了承された。
    2. 日比野会計理事が10月の会計報告を行い、了承された。
    3. 2019年開催の日本祭り出店
      • 出品内容の絞り込みが検討された。郷土食をアピールする事を念頭に様々なアイディアが出された。まず「五平餅」、「鶏ちゃん」、「わらび餅」、「栗粉餅」、「たこ焼」等がリストアップされる。具材や味については、「ブラジル人(日系人を含む)の味覚にあった素材で加工する事も良いのでは…」との提案もあった。
      • 県人会の忘年会で作った試食品をもとに、出席者より真摯な評価をしてもらい改良を実施する。
      • ボランティアの募集勧誘は、継続的に県人会報やホームページに掲載し、募って行く事も承認された。
      • 日本祭りの日程表素案が作成され、各理事に配布された。
    4. ブラジル岐阜県人会事務所は2018年12月27日~2019年1月3日迄の間、年末年
      始休暇に入る。
    5. 次回理事会2018年12月19日(水)17時~

 

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会報 2018年11月

ブラジル岐阜県人会、忘年会を催す

去る11月24日(土)18時より、拙宅(長屋会長宅)にて2018年ブラジル岐阜県人会忘年会を開きました。
夕方より空模様が急変し、強風、土砂降りの雨の中、41名の方々が参加され、深夜まで大いに盛り上がりました。

この度の集いは、忘年会と共に来年7月5、6、7日に開催される「日本祭り」に初出品する料理の試食ならびに結団式を兼ねての集いでした。

従来は、岐阜県のブースを業者に委託しておりましたが、来年からは県人会の活性化と若手会員の参加を促す最高のチャンスと捉え、今年2月の定期総会で会長に選出された折に就任時の所信表明の一環として述べさせて頂いたものでもあります。

日本祭りの参加を成功させる為には、準備、メンバーの結束強化が重要だと思います。 そういう意味において、今回の集いは大変と有意義なものでした。

今年、NHKで毎朝(ブラジルは夜)放映されてきた小説ドラマ「半分、青い!」で全国的に有名になった“五平餅”と、飛騨、奥美濃地方で昔から伝わる“鶏ちゃん”を岐阜の名物として、日本祭りの場で岐阜県を大いにアピールしたいと思います。

当初の予定では、“鮎の塩焼き”を検討して参りましたが、「輸入手続きが困難」と業者の説明を受け、残念ながら断念しました。 その他、岐阜の銘酒、たこ焼き、牛肉串焼き、わらび餅、栗粉餅等々を予定しています。

なお、この度の訪日では郡上市を訪問致しました。 その際、日置郡上市長と面談する機会があり、日本祭りの会場で、郡上踊りを県人会の会員さんが踊る姿を紹介したいので、浴衣、下駄等、郡上踊りグッズ等の提供のご支援を要請致しました。 従って、これからメンバーを募り、練習を始めて行く予定です。 ぜひ、皆様ふるってご参加ください。

さて、料理のレシピですが、「鶏ちゃん」は、鶏肉を一口サイズにカット。 キャベツもカットし、味噌、酒、みりん、ニンニク、ごま油で味付けをした後に、冷蔵庫でねかせます。

「五平餅」は、ご飯を炊き、ぬりつぶしたお米を割り箸にわらじ状につけます。 タレは、味噌、くるみ、ゴマ、刺身たまり、砂糖を混ぜ、割り箸につけ、塗りつぶし状のご飯につけて焼きます。 このご飯を潰すのが重労働で、日本祭りの短い時間内で手際よくやらなければなりません。 この流れ作業で手間取ってしまうと形が不揃いになりかねず、これも一つの課題です。 みな、初めての経験で素人のため、何か良い方法を考えなければなりません。

「たこ焼」で使う設備は、日本より取り寄せた業務用たこ焼き器を使って実験した所、どうにか合格点にほぼ近い仕上がりとなりました。 問題は、タコの仕入れ価格を抑えなければなりません。 さらに青のり、かつを節は、輸入品のため、材料費が高価となり、コストダウンの観点からこれも検討課題の一つです。

柴垣会員にお願いして作っていただいた「わらび餅」は、大変美味しく作られており、好評は間違い無いかと思います。

同じく、鈴木まゆみ様が作られた「栗粉餅」も申し分のない大変美味しいものでした。 これも栗粉の仕入れ値段が重要な課題です。

この日は一品持ち寄りスタイルだったので、皆様色々と美味しい食べ物を持って来て下さり、ご馳走がテーブル一杯で溢れるかのように並びました。

来年1月に県庁のリーダー招聘事業で母県を訪問する事になっている池戸アンドレ君も参加。 105年前に岐阜県からブラジルへ第一陣として移住された方の子孫です。 この度の参加で、また一人、若手会員が県人会に貢献していただける事になり、期待したいと思います。

また岐阜県出身でJICAより、現在イタペセリカ・ダ・セーラの日本語学校に派遣されてきている、福田裕子様も参加されました。 当県人会理事で、同様にJICAの日本語教師として派遣され、縁あって日系ブラジル人の方とご結婚され、当地で永住されている岐部美夏さん(旧姓・大野)との間で話が弾んでいるようでした。
夜遅くまで、意義深い時間を過ごした忘年会でした。

国井副会長の奥様・まゆみ様には10人分以上の仕事を一人で担っていただき、本当にお世話になりました。 心より感謝申し上げます。

また曽我ご夫妻、土田ご夫妻、長屋イラセマご家族、柴垣様、駐在員では古田様、三宅様、板屋ご夫妻、鈴木ご夫妻、富澤様、金子書記理事ご夫妻、橋詰理事父娘、岐部美夏様、日比野会計理事、国井副会長ご家族、浅野監事、レジストロ市より駆けつけてくれた清水リナ様、塩野様、橋本マルコス元研修生、坂野マネージャーと多くの方々にご参加いただき本当にありがとうございました。

2018年を締めくくる素晴らしい忘年会となりました。

(原稿:ブラジル岐阜県人会会長長屋充良)

 

 

2018年10月の出来事

  • 3日 第14回日伯友情交流絵画展用のカタログを届けに、山田彦次委員長と坂野政信マネージャーがサンパウロ総領事の野口泰総領事を訪問。
  • 4日 イビラプエラ公園内の慰霊碑所有権譲渡の伝達式が文協ビルの貴賓室で行われた。 ブラジル岐阜県人会を代表して坂野マネージャーが参列。
  • 5日 理事会で決議された経費削減の一環で、電話(11)3208-4207の契約を解約する。
  • 7日 高橋好美元会員の49日法要が西本願寺で催され、県人会を代表して坂野マネージャーが出席。
  • 9日 若手リーダーの招聘プロジェクトで、ブラジル岐阜県人会は2名の推薦者の関連書類を県庁へ送付。
  • 18日 定例理事会が開催。
  • 20日~21日 レジストロ・中津川の姉妹都市式典参加とレジストロ近郷巡りの一泊泊りツアーが催された。
  • 24日 若手リーダーの招聘プロジェクトで、ブラジル岐阜県人会より推薦した一人が健康上の理由で辞退し、即刻県庁へ連絡。
  • 26日 ブラジル岐阜県人会創立80周年記念式典事業費補助金の通知をサンタンデール銀行より受ける。
  • 29日 ブラジル岐阜県人会創立80周年記念式典事業費補助金の為替手続きを完了。

 

 

10月定例理事会議事録要旨

  • 日時: 2018年10月17日(水)午後5時~
  • 出席者: 長屋充良会長、国井宏裕副会長、日比野健一(会計理事)、金子亨資(書記理事)、橋詰二朗(理事)、日比野亘(理事)、大野美夏(理事)坂野政信(マネージャー)
  • 審議内容
    1. 金子書記理事が9月の業務報告を行い、了承された。
    2. 日比野会計理事が9月の会計報告を行い、了承された。
    3. 2019年開催の日本祭り出店
      • 出品内容についていろいろと議論が交わされた。 具材や味付け等は日系人やブラジル人の
        味覚を考慮する事も大事ではないかと意見が出された。 但し、本来の郷土食をアピールし、
        食の文化を伝える事も大事ではないかとのコメントもあり、更に検討が必要。
      • 厨房設備の手配は出品する内容および量によって条件が異なるので、慎重な対処が求めら
        れる。
      • 県人会の忘年会を催す時に、出品する試食品を紹介。 またボランティアの募集活動は至急、
        進めて行く事で一致。
    4. 第14回日伯友情交流絵画展
      • 11月5日のオープニング、11月6日~11月14日の展示期間中の受付責任者も決ま
        り準備万端と事務局より報告が述べられた。
    5. レジストロ市・中津川市姉妹都市
      • ブラジル岐阜県人会は、10月24日にレジストロ市で行われる姉妹都市記念式典に参加
        する慶祝団のメンバー確認が行われた。
    6. ブラジル岐阜県人会の忘年会を長屋充良会長宅で11月24日(土)午後6時に開催。
    7. 次回理事会 2018年11月21日(金) 17時~

 

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