ブラジル岐阜県人会便り
インターネット版
www.gifukenjinkai.org.br
第315号
2017年11月

 

第13回日伯友情交流絵画展が開催

 

   去る11月6日(月)、サンパウロ市ベラ・ビスタ区の在サンパウロ日本国総領事館内の多目的ホールで23名の日伯アーティストの作品のオープニングセレモニーが開催されました。

   今回の展示作品は油絵、そしてアクリル絵具に絞った2点が選択され出展となりました。また展示場の全エリアを考慮し、一人でも多くの作品展示が可能となるように、2点出展の場合は横幅60センチまで、また横幅100センチの作品は1点と出展数の規制がされることになりました。

   昨年より在サンパウロ総領事館とブラジル岐阜県人会は共同で絵画展を開催することとなり、ブラジル・サンパウロの芸術に関わる方々からの関心度は年々増え続けてきており、展示作品においては、高い評価が得られるまでのレベルとなってきております。

   午後5時半より、約100名近くの来賓者のもとで、オープニングセレモニーが始まり、絵画展委員長の山田彦次氏より、「今回の絵画展は多くの関係者の方々のご協力のもとに開催される運びとなった」と、お礼の言葉が述べられました。そして「約2週間にわたる絵画展では沢山の作品が展示されているのでぜひ、多くの方のご鑑賞をいただきながら旧交を温めて頂きたい」と挨拶されました。

   引続きサンパウロ日伯援護協会の与儀昭雄会長より、同絵画展のような“日伯交流の場”を設けた当県人会の意義に対する祝辞がありました。

   また、サンパウロ市へ着任して間もない総領事館の野口泰総領事からも「県人会の枠を超えた日伯のアーティストの作品が鑑賞できる同事業を評価すると共に、今後も交流促進をして行きたい」との力強い言葉を頂きました。

   冒頭の写真のように、テープカットは野口泰総領事、山田彦次委員長、与儀昭雄援協会長、松尾治文協副会長のもとで行なわれました。

   続いて山田彦次委員長が野口泰総領事を多目的ホールへ案内。展示されている作品の紹介をすると同時に、各アーティスト達からもそれぞれの作品の説明があり、熱心に拝見されていました。

   オープニング式典では引き続き来賓者へ県人会が用意した飲物や軽食が振舞われました。若干アルコールの効果か、リラックスした雰囲気の中で会話も弾み、午後7時閉館まで有意義な時間が流れました。

   翌7日から16日までは、一般公開となり、午前10時より午後5時まで無料開催。サンパウロ屈指のオフィス街であるパウリスタ大通りということもあり、ランチタイムには近辺のオフィスより足を運び、鑑賞を楽しむ来場者の方々もかなり多かったようでした。

   200人相当の来場者となった今回の絵画展もお陰様で大変好評で、質の高い絵画展との評価が出展者はもとより関係者の各位のさらなる弾みとなったようです。

 

 

観賞する人々。 奥には野口総領事に説明する山田前会長の姿も

 

(原稿:ブラジル岐阜県人会マネージャー坂野政信)

 

 

 


 

 

絵画展のアーティスト達が反省会と忘年会で集合

 

   2017年も残すところわずか1カ月弱となった12月7日午後6時半より、リベルダーデ区のレストラン泰山で、第13回日伯友情交流絵画展の出展者が集まり、反省会を兼ねた、忘年会が催されました。

   最初に山田彦次委員長から「毎回、絵画展を開催するにあたり、選ばれたアーティストの皆さんの個性的な作品は回を重ねるごとに、鑑賞者の間で非常に高い評価を得られてきております。そして、在サンパウロ日本国総領事館多目的ホールでの開催という事もあり、出展者たちの励みに繋がり、良い作品が展示されております。これはアーティストの皆様の日々の努力の結晶だと考えます。この度の開催にあたり、ご協力をいただいた関係者の皆様に対して、感謝の念に堪えません」と挨拶がありました。

   続いて日比野健一会計理事の乾杯の音頭の元「乾杯、サウデ―、ビーバー」と元気な掛け声で行われました。

   出席者の皆さんは円形テーブルに出されてくる上海料理に舌鼓を打ちながら、絵画についての意見交換やブラジル人の女性画(ロシア系)が幼年時代に日系人と知り合い、交流を深めていたこと等と会話は多方面に広がって会話の輪の笑みが絶えません。

   そして、早くも来年の絵画展へと話題は進み、日伯交流絵画展が如何に重要な役割を果たせるか等、大変前向きな意見が飛び交いました。出展者はもとより関係者の熱い思いが飛び散る忘年会となり、楽しい時間は、あっという間に過ぎ、午後9時半には次回の開催を約束し、閉会となりました。

 

(原稿:ブラジル岐阜県人会マネージャー坂野政信)

 

 

 


 

 

大総合美術展で山田彦次氏、銀賞を受賞

 

   ブラジル岐阜県人会は文化活動の一環として、2005年より毎年、年の後半に「日伯友情交流絵画展」を開催しています。これは在サンパウロ日本国総領事館の多目的ホールで行なわれるもので、当県人会と総領事館の共催です。

   もともと岐阜県人会は絵画展とは古くから深い関係があり、元副会長だった土本真澄氏はブラジル日本文化福祉協会美術委員会の元審査委員に属する日系画家の一人で、さらに小島康一氏(岐阜県人会元副会長、相談役)など、早くから絵画に対し造詣の深い人たちがおりました。

   2003年2月頃、前山田彦次会長の提案で、県人会主催の「絵画教室」が開かれるようになりました。その後、山田彦次、小島康一の両氏は「ブラジル日本文化福祉協会主催」の「大総合美術展」に出展し、毎回、入選を果たすようになりました。

   ブラジル日本文化福祉協会主催の『第11回文協総合美術展』では現代画、具象画(美展)、工芸の3カテゴリーで約300点が展示されました。そこで山田前会長の作品は今年、厳しい選考委員会より高い評価を得て、名誉ある『銀賞』を獲得されました。

   絵画に対する深い造詣と関心は、長年ブラジルで生活してきた中で、山田会長の努力と才能により生み出されて来たのではないでしょうか。

   いつの日か、はっきりとは覚えていませんが、山田彦次氏より次のような言葉があった事を思い出しました。それは藤沢周平氏の著「三屋清左衛門残日録」の一節にあったもので、主人公・清左衛門が日記に「残日録」と名付けたくだりで「日残リテ昏ルルニ未ダ遠シ(ひのこりてたそがるるにいまだとおし)」と、当時の心境として語ったのです。その意味は「残る日を数えようということではない」。つまり、本の中では次のように説明が続きます。「(前略)人生もたそがれ、残りの日を数えようというのではない。と、清左衛門は思って付けたのであるが、しかし、隠居はただ世間から一歩しりぞくというほどのことではなかった。隠居は、つまりそれまでの生き方、暮らし方と習慣のすべてを変えることだと気づくのに、時間はかからなかった。勤めていたころは、朝目ざめたときにはもうその日の仕事をどうさばくか、その手順を考えるのに頭を痛めたのに、隠居してみると、朝の寝ざめの床の中で、まずその日一日をどう過ごしたらいいかということから考えなければならなかった。(後略)」また、「残日録」を解説している丸本淑生氏によれば、「主人公の清左衛門は人間的にはいわば硬質的な石のような存在である。その石が僅かに変化し成長する所に味わいがある」と、結んでいます。山田前会長の気持ちとまた人となりがしみじみと伝わってきます。

 

   山田前会長は2015年に26年間の長きに亘る会長職を辞任されましたが、絵画展への思いをつねに胸に抱き、絵画に専念されてこられました。そして、ブラジル岐阜県人会と在サンパウロ日本国総領事館で開催してきた「日伯友情交流絵画展」も13回を数えます。こうした長年の絵画に対する熱い思いが今回の銀賞受賞に結びついたのではないかと推察致します。

 

   この「残日録」の中にある一説、そして日々、山田彦次氏が考えられていらっしゃる「どうしたらこれまでお世話になった社会にこれからも恩返しができるのか?」という生きる姿勢、山田前会長の心境が今、私にはひしひしと伝わってきます。

   改めまして、山田前会長、ここにブラジル岐阜県人会一同、この受賞に対して、心より「おめでとうございます」の言葉を捧げたく思います。

 

   

受賞した山田彦次前会長の作品

 

 

(原稿:ブラジル岐阜県人会マネージャー坂野政信)

 


Copyright Brazil Gifu Kenjinkai. All rights reserved.
www.gifukenjinkai.org.br