ブラジル岐阜県人会便り
インターネット版
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第314号
2017年10月

 

「武士道」を考える

 

   人々の親切な振る舞い、親孝行する姿、礼儀正しさ、公に奉仕する精神、質素、倹約、自律、自助、勤勉、正直をモットーとする卓越した資質を持つ日本には、本当に素晴らしい精神が存在するという……

   が、しかし。

   90年代以降の経済至上主義、エコノミックアニマル化した政治経済の大崩れに始まって、一般社会で起る子殺し、誰でも良かった無差別殺人、学校でのいじめなど、モラル、教育、家族の崩壊等、上から下まで全面的な社会崩壊が起こっている現状を見れば、あの素晴らしい精神は、いつの時代の日本人を指して言った言葉かとも思われる。 そんなことを、最近考えるようになった。

   このところ、そんな世相を反映してか、文部科学省が率先する道徳教育論が、とみにかまびすしくなってきている。 そのうちのひとつとして取り上げられているものに「教育勅語」がある。 自分としては、以前からこの「教育勅語」に関心があり、また大いに賛同していたものの、この原文(漢語調)の口語訳を読んだだけであり、内容、要旨を勉強したわけではなかった。 この「教育勅語」は、明治天皇の命によって、時の法制局長長官・井上毅によって起草され、大日本帝国下の学校教育の基本方針や道徳の基本理念を明治天皇の言葉として謳ったものである。 始まりが、天皇の有徳と臣民の忠誠が、国体の精華である。 臣民は、親孝行、夫婦円満、兄弟仲良く、友だちを信じ、勉強して職に就き、知識を養い、才能を伸ばし、法令を守り、国の秩序に従うこと、等々。 終わりに国の危機が迫ったら力を尽くし、それによって永遠の皇国を支える。 つまり、親孝行も、家族愛も、学問も、すべて「現人神(あらひとがみ)たる天皇が治める大日本帝国繁栄のため」という意味である。 まさに天皇陛下万歳と敬う日本の国粋主義者が大絶賛する内容である。 確かに、親孝行、兄弟仲良く、友達を信じ合い、よく勉強をし等々、いろいろな徳目は結構だが、すべて現人神たる天皇を頭(かしら)に置いて、臣民(君主国における国民)は、常日頃この徳目通りの行動をしなさいといわれると、ハト派、または中道派の人間にとっては、素直に受け止められない気持ちにもなりかねない。

 

   「教育勅語」をめぐる経緯。

   明治23年(1890年)教育勅語発令。

   明治24年(1891年)国民道徳の絶対基準、教育活動の最高原理となる。

   戦後になって

   昭和21年(1946年)文部省が奉読と神格的取り扱いを禁止。

   昭和23年(1948年)国会が排除、失効確認を決議。

 

   ここで、思想について少し述べてみたい。

   右とか、左とか、と呼ばれる、あの思想のことである。

   戦後、政治家を始め、一般市民の思考(思想)行動に対して、

   保守派(タカ派)イコール、右翼、

   急進派(ハト派)イコール、左翼、

   中間派、イコール中道という言葉で色分けするようになった。

 

   この語源は、フランス革命時代、議会で議長席から見て、左側に急進派(ジャコパン党)が、右側に保守派(王制)が座っていたところから来ている。

   1789年左側の急進派がブルボン王制を打倒して共和制を成立させた。 それ以来、世界中で保守派を「右翼」急進派を「左翼」と呼ぶようになったと言われる。

 

   右派と左派の定義

   「右派」とは、保守主義と同義語で、伝統的な社会秩序や価値を尊重し維持するスタンスを取り、急激な改革に反対する層を指しており、従来の既得権を守る側。

   「右翼」となると、国粋主義(国自身の文化、伝統を礼賛することで国家意識の発揚をはかる)という思想的な意味合いが強まり、極端に右翼的な思想を持つ個人集団を「極右」と呼ぶ。

   「左派」とは、政治や主義において、より平等な社会を目指すための社会改革を支持する層を指しており、富の再分配、福祉、社会保障を積極的に肯定する側で「リベラル」(弱者援護的な自由主義)的なニュアンスを帯びている。

   「左翼」となると、急進的、革新的、革命的、社会主義的、無政府主義的な色彩が濃くなり、極端に左翼的な思想を持つ個人や集団を「極左」と呼ぶ。

   また、「右翼」と呼ばれるのを嫌って新名称を自称するグループもある。

   「真性保守主義」と称するものだが、これは、日本の歴史、文化、民族性や、国体の優秀性を主張し、長所や美質とみなされるものの維持、掲揚をはかる主義である。

 

   さて、話を前に戻して道徳教育云々と言うならば、日本には新渡部稲造が書いた「武士道」、そのサブタイトルに“日本の魂”(The soul of Japan)と付けられた、実に格好の本がある。 新渡部稲造は、武士の出でありながら明治時代の初めに札幌農学校(現、北海道大学)に入学し、「少年よ大志を抱け!」で有名な、ここの学長だったクラーク博士(敬虔なプロテスタント信者)に感化され、キリスト教信者となった。 その後、農学者、教育家、国際連盟事務次長として日本文化を海外に紹介し、国際親善に貢献、そのかたわら著わしたのが「武士道」である。 原書は英語で(1899年に刊行)、アメリカ、イギリス、ドイツ、ポーランド、ノルウェー、フランス、中国でも出版され、世界的なベストセラーになったという。

 

   「武士道」の内容。

   「仁」いつくしみ、思いやり、特に孔子が提唱した道徳観念、礼にもとづく自己抑制と他者への思いやり。

   「義」義理、条理、物事と理にかなった事、人間の行うべき筋道、「正義の心」。

   「礼」礼儀、礼節、社会の秩序を保つための生活規範の総称。

   「智」叡智、工夫、物事を理解し、是非、善悪を弁別する心の作用。 賢いこと。 物知り。

   「信」欺かないこと、信用、信頼のこと。

   「忠」偽りのない心、真心、誠、君主に対して臣下たる本分を尽くすこと。

   「考」よく父母に仕えること、父母を大切にすること。

   「悌」年長者に対して従順なこと、兄弟仲睦まじいこと。

   以上の項目をバックボーンに、人の道を説き、プロテスタント精神(質素、倹約を旨として、自律、自助、勤勉、正直をモットーとしている)と、今ひとつ、ヨーロッパ中世の騎士道(勇気、名誉、礼節、忠誠などを重んじた)精神とが、日本の道徳律、武士道精神と根本的に相通ずるものがあると、比較、検討しながら著わしている。

 

   武士道は「人の道」、キリスト教は「神の道」

   武士道には、「神」(ゴッド)と、「聖書」(バイブル)がなかった。

 

   ゆえに、この「武士道」の本を、「バイブル」(最高権威のある書)として、道徳教育の教材に取り入れれば良いのでは、と考える今日この頃である。

 

(原稿: ブラジル岐阜県人会会計理事 日比野健一)


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