ブラジル岐阜県人会便り
インターネット版
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第304号
2016年12月

2016年の県人会をふり返る

     
     3月から新体制でスタートしたブラジル岐阜県人会の執行部は本年度の事業計画をすべて実行する事ができました。 一年を振りかってみると、いろいろなイベントや交流活動が行われました。 ここで2016年をふり返って、主だった事業をピックアップしたいと思います。
 
1月24日~25日:
第1回ブラジル岐阜県人会魚釣り会がイーリャ・ベラ島の沖合で日中はキントキ、カワハギ、フグ、ヒラメ、クロダイ等を釣り上げました。 夜になるとイカ釣りに興じ、一晩で300杯近くの成果を上げ全員満足。
 
1月31日:
第1回ブラジル岐阜県人会ゴルフコンペがアルジャー市のPLゴルフクラブで開催されました。 18ホールストロングプレーによる競技で、駐在員の大橋氏がネットスコア―75と素晴らしい成績で優勝され、長屋充良理事より今回の為に用意されたトロフィーが贈呈されました。
 
2月28日:
ブラジル岐阜県人会2015年度末定期総会がサンパウロ市内のニッケイパレス・ホテルで10:30の第二招集にて開催されました。
2015年度の事業報告と会計報告が行われ、2015年度の収支バランスはR$143,260.47の収入に対して、R$127,870.03の支出となり満場一致で承認されました。
今期限りで会長職を引退表明していた山田彦次氏の挨拶後、役員選挙が始まり、選挙管理委員長を務める金子亭資氏(監事)による候補者名簿が発表されました。
新理事のメンバーは:会長・青山髙夫氏、副会長・国井宏裕氏、書記理事・浅野悟氏、会計理事・日比野健一氏、理事・長屋充良氏、原田敏彦氏。 監事:金子亭資氏、伊藤勉・パウロ氏、大野光男氏、監事補佐・平野イラシー氏、土田加津司氏となり、出席者一同拍手で新役員を迎えました。
引き続き、2016年度の事業案と予算案が発表され、会報の発行、日帰りピクニック、絵画展、岐阜県農業高校生受入れ等々の案が提示されました。 2016年度の予算案はR$134,600.00が計上され、年会費は前年同額のR$150.00で承認されました。


定期総会(2月28日、於ニッケイパラス・ホテル)

 
3月19日~20日:
ミナス・ジェライス州、ポッソ・カウダス温泉地へ一泊二日のツアーを実施しました。 新婚旅行地として昔から知名度が高く、当時の事を思い出されていた会員の言葉が印象的でした。
 
5月22日:
リゾートの町「カンポス・ド・ジョルドン」への日帰りピクニックが催されました。 クラウジオ・サントロ音楽堂やフェリシア・ライマー博物館、ベネディクト修道院を巡りの観光旅行で楽しい一日を過ごす事ができました。
 
7月11日~24日:
第38回岐阜県農業高校生海外実習派遣団をお迎えしました。 中島浩平団長、三輪嘉文副団長以下10名の実習生は、コロニア・ピニャール耕地で果実、酪農等の体験実習を行いました。 また、地元の青年部との交流も実現。 エタノール工場、コーヒー園、花の町オランブラ、サンパウロ中央卸売市場等々を視察され、スケジュール調整やフォローを県人会が行いました。


元気いっぱいの岐阜県農業高校海外実習派遣団

 
8月29日~9月2日:
一般財団法人国際クラブ・青山るみ会長、高橋雄造専務理事氏と同行の同団体所属の大城バネサ専属歌手がエキスポ・センター・ノルテ会場で開催された「地上デジタル10周年記念イベント」で歌を披露されました。 サンパウロ市内の宿泊、移動に関するお手伝いを県人会がアテンドする事になりました。 また、9月1日には一般財団法人・国際クラブの青山るみ会長より寄付の贈呈が県人会事務所で行われました。


青山るみ国際クラブ会長(左)と青山会長

 
9月18日:
第2回ブラジル岐阜県人会ゴルフコンペがアルジャー市のPLゴルフクラブで開催されました。 18ホールストロングプレーによる競技で、駐在員の廣瀬量哉(かずや)氏が優勝されました。 同コンペに参加された全員より2018年に計画されているブラジル岐阜県人会式典へのご寄付が長屋充良理事へ手渡されました。
 
10月16日:
帆船巡りとサントス市内観光が実施されました。 サントス市の内海を巡る初めての試みで、「港湾ドックを海側から眺める景色は大変良かった」と参加者より感想がありました。
 
11月7日~17日:
今年より「サンパウロ日本国総領事館」と「ブラジル岐阜県人会」の共催で「第12回日伯友情交流絵画展」が行われました。 25名のアーティストの作品46点が展示され、土、日、休日を除いた開催期間中には、前年を上回る300人ほどの人が来場されました。
中前総領事をはじめ歴代の総領事、さらには文化班の佐藤卓央(さとう・たくお)氏各班のご支援および経済面では宮坂国人財団のほか、関係各位様よりご寄付がありました。


テープカットする中前総領事(右)山田彦次氏)

 
12月3日:
会員と元留学生を交えた忘年会がコペル・コチア・クラブで開催されました。 50人ほどの会員や元留学生の家族が参加されて行われた忘年会は、遠方より駆けつけた人も多く、初対面の方々も多々おりましたが、時間が経つごとに打ち解けた雰囲気となり、大変に意義のある今年最後のイベントとなりました。
改めまして2016年もブラジル岐阜県人会を変わらず支えて下さった会員の皆様、そして資金面でご支援をして下さった方々にこの場を持ちまして改めて厚くお礼申し上げます。

(原稿: ブラジル岐阜県人会 マネージャー 坂野政信)

 

 

価値観の違いに戸惑う一世

     
     以前、リベルダーデ街の一角でブラジル産の宝石類、土産の商売をしていたときにお客から聞いた大変薀蓄(うんちく)に富んだ話を今でも私は鮮明に記憶しています。
     話の内容はおよそ次のようだったと記憶しています。 「私はこのブラジルで懸命に働き、苦労をして子供を大学まで出したのだが、さっぱり私の心は癒されない。 日本にでも行って、祖先の墓参りにでも行けば、少しは気持ちも楽になるかなぁー」、と話されながら、「子どもの高等教育は大変で、田舎には大学もありません。 早くからサンパウロに送り出し、安ペンソンに下宿をさせていて、月謝や下宿代を工面するのは大変だった。 送金が遅れては子どもが可哀想だから、わしら家族は生活を切り詰め、長男の学費や生活費を仕送りながら、自分たちも含め子供の将来を夢見て来た。 子どもも私たちが苦労をして、月謝や下宿代を送ってくれる、だから少しでも親の負担を軽くさせたいという思いはあったようで、度々帰ってくるようなことはなく、我慢をしていたことはよく分かった。 つまり、子どもの親に負担をかけさせまいとする心情はわかっていたのだ。
     だが、ある年、クリスマスの日に帰ってきて、それは其れで大変うれしかったのだが、その時の息子が、私に対するあいさつには衝撃を受けた。 『パパイ、トウド・オールデン』つまり『オヤジ!達者か』というような意味を指すのだが、私はてっきり月謝や生活費等々、日本語でもって感謝の気持ちを述べてくれるものと、期待していた。 そこで、私は思わず強い言葉で『自分の家に帰って来たのだから、きちっと日本語であいさつは出来ないのか!』と怒気を含んだ声を出してしまった。
     ところが、息子から発せられた言葉は『お父さん、ここをどこだと思っているの? ブラジルだよ。 僕はブラジルの国籍もあり、ブラジルの学校にまでいっているのだから、ブラジル語で挨拶してどこが悪いの? 』と言うのだ。 俺はそこでグゥと詰まってしまい、正しい返答ができなかったと、ため息交じりに言葉を詰らせ…、それからの息子は、私たちに対してもブラジル語でしか話しかけてこない。 まるで、日本語を忘れたようになってしまってねぇ」と寂しそうに話されたことを、まだ昨日の事のようにも思い出します。
     多分、この父親はブラジルに住んでいても、自分は「日本人だ!」という強い思いで、異国での辛い日常仕事をがんばっていたということが容易に想像できます。
     したがって、おれの(日本人)子どもだから当然、日本語で話をするだろう、と言う信念のようなものがあったと思われます。 「親の気持ち、子知らず」といえば身も蓋もありませんが、息子のお前には分かっているのでは…? と考えての発言であったと思います。
     日本人とブラジルの価値観の違いが浮き彫りになったような話ですが、その価値観はどこがどのように違うのでしょうか。
     一例として、日本人は相手の気持ちに合わせて物を言ったり考えて、行動をする傾向があります。 つまり、日本人の特性である「思いやったり、察したり」。 これが時によっては大きな誤解にまで発展するという事はこのブラジルではよく聞く話です。
     また、日本人の持つ死生観は、人のために生きる人生は美しいものとらえ、自分が成し遂げた功績に対しても控えめにしています。 そして労働は生きがいと考えるところに特徴があるように思います。
     このような問題は、県人会運営の中にまで大きく影響をしていました。 日系社会も1世紀が過ぎれば、親としての主導権も今では多くの場合、子どもたちに移っています。
     したがって、ヨーロッパ型と言いますか、ブラジルでの価値観の一例ですが、ブラジルでは多くの場合、「自分が優秀だから選ばれた」「この件については自分がやり遂げた」と自信満々で、周りの協力はともかく、すべての結果までとは言いませんが、『自分が、、』という主張(自我)が多く出ます。 当然、そのように考えれば、「お陰さまで」という言葉や感謝の気持ち、日本人がよく口にする謙譲語などはありません。
     『労働』に対する行動の価値観も全く対照的になってくるのです。 日本人は「働くことに生きがい」と考えるのに対し、欧米型イコールブラジル型は、「労働は神から与えられた『罰』である」と考えているようです。 したがって、仕事に対する姿勢においても異なります。
     日本人の場合は、要求された以上の事をこなすには、どうすればよいか? と考えます。 一方の欧米型であるブラジルでは、要求された通りの仕事はしますが、時間がくれば例え仕事が途中であっても、定刻で退社し、残業手当がなければ仕事をしないのが普通のようです。 今の日本は、グロバール化という名のもとに欧米型の仕事の進め方が幅を利かしていますが、これまでの日本人が考えてきた労働制度ではありません。
     また、多くの日系人が参加している団体のあり方についても、話の節々に「考えておきましょう」という言葉がよく使われますが、これも日本人は相手の立場を考え、なるべく自尊心を傷つけないように考えた日本人の対処方の一つです。 ですが、これも多くの誤解を生んでいるようです。
     ブラジルでも協会や組織、資金の獲得には会員たちの努力は不可欠のですが、責任ある仕事にはブラジルでは何か特典のようなものがないと機能はしません。 それだけにもう一度、日本人の特性を真剣に見直していきたいものです。 それは結果的には私たちの利益にもつながると思います。

(原稿: ブラジル岐阜県人会 顧問 山田彦次)

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