ブラジル岐阜県人会便り
インターネット版
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第288号
2015年8月

第37回岐阜県農業高校生海外実習派遣団
2週間のブラジル滞在日程は今年も無事終了

      今年も「岐阜県農業高校生海外実習派遣団」の生徒10名、引率者2名が地球の反対側からやってきた。派遣団は7月18日(土)午前10時頃ユナイテッド航空845便でサンパウロのグァルーリョス国際空港に到着。一行は2週間に渡りサンパウロ市内の視察や、サンパウロ州サンミゲルアルカンジョ市とミナスジェライス州ツルヴォランジア市で農業実習の日程を無事終え、31日(金)の夕方に、次の研修先であるスイスとオランダに向かった。
      今年の派遣団団長は恵那農業高校教諭、丹羽建一(ニワケンイチ)氏。「岐阜県農業高等学校ブラジル会」の元事務局長で、1983年の第6回派遣団の元実習生でもある(当時17歳)。ブラジルを懐かしがっていて、当時着用していた紺のネクタイを再びしめてきた。副団長は郡上高校教諭、森雅岳(モリマサタケ)氏、剣道の指導もしている。
      生徒団長を務めるのは岐阜農林高校の丸山祐奈(マルヤマユウナ)さん、生徒副団長は加茂農林高校の桜井泰樹(サクライタイキ)さん。あとの団員は、岐阜農林高校の後藤祐子(ゴトウユウコ)さんと出村蒼汰(デムラソウタ)さん、大垣養老高校の松岡由樹(マツオカユキ)さん、郡上高校の鷲見大地(スミダイチ)さん、加茂農林高校の春見颯(カスミハヤテ)さん、恵那農業高校の花田真穂(ハナダマホ)さん、飛騨高山高校の若宮禎起(ワカミヤトモキ)さんと中家札博(ナカヤヨシヒロ)さん。高校3年生は生徒団長の丸山さんと生徒副団長の櫻井さんだけで、他は皆2年生である。
      櫻井さんと中家さんの父親は第7回の派遣団(1984年)元実習生で、若宮さんの兄も第35回(2013年)に来ている。今年はこういった過去の派遣団との繋がりが印象的だった。
      今回の派遣団の全体的な研究テーマは「Progress to Agriculturist」。直訳で「農業者への進歩」だが、ここではもっと深い意味を持つと言う。「Agriculturist」とは生産者側の効率化だけを求めるだけでは無く、消費者の立場での安全性や、環境保護をも考慮する広い知識と高度な技術を持った専門家を指している。生徒たちは日々努力しそれに近づいていく姿勢を「progress to」で表している。


第37回派遣団 - 左から: 森 引率副団長、 春見 団員、 中家 団員、 鷲見 団員、 花田 団員、
櫻井 生徒副団長、 丸山 生徒団長、 出村 団員、 後藤 団員、 若宮 団員、 松岡 団員、丹羽 引率団長

      18日(土)はブラジル岐阜県人会の山田会長、青山副会長、原田会計理事、吉村監事、影山事務員と坂野会員が空港で派遣団を出迎え、サンパウロ市内の東洋人区「リベルダーデ」のホテルへ案内した。県人会事務所近くでお昼を取り、食後は事務所に集まり改めて挨拶と自己紹介がされた。山田会長はこの長年続いている交流事業の意味と目的について生徒たちに語った他、安全な日本とは全く違うブラジルでの注意事項を強調した。その後、打ち合わせや雑談をし、夕方の6時頃一行はホテルに戻り、翌日からの日程に備えて休んだ。
      19日(日)は坂野氏と吉村氏の案内で、市内の「フェイラ」朝市を訪れた。公道のド真ん中で開かれるとはいえ、品物の量、品質の良さ、果物の大きさに生徒たちは驚きながら、フェイラならではの試食も味わった。その後地下鉄「メトロ」も体験。ブラジルの土葬墓地や花屋も視察し、「パカエンブー」スタジアムのサッカー博物館も見学した。午後は「日本人ブラジル移民史料館」を訪れ、20世紀初期にブラジルへ渡った日本人たちの苦労と努力の歴史に生徒たちは関心を抱いていた。
      20日(月)山田会長と吉村氏と共に午前中は邦字新聞2紙を訪問(サンパウロ新聞、ニッケイ新聞)。担当記者の取材に対し丸山生徒団長を始めとして各団員がてきぱきと返答していた。午後は便宜供与のお願いがしてある「独立行政法人国際協力機構JICA」サンパウロ事務所を訪問し、村上ビセンテ総務部企画調整班長よりJICAの活動案内やブラジルの農業事情の説明を受けた。
      21日(火)、吉村氏の案内でサンパウロ市から約150km離れているオランブラ市へ日帰りの遠出。オランブラは南米一の花の産地として知られていて、国内生産の4割と、輸出の8割を賄っている。この日はブラジル唯一の花卉類競り市「フェイリング・オランブラ」を訪れ、吉村氏が通訳となり、毎年担当している社員のエリザベーテ・ハイムンド氏に施設の案内を受けた。帰りは道中の「大げさの街」と知られているイトゥ市にも寄り、街並みを見学。夜はサンパウロ市内で初「シュハスコ」(焼肉)も味わった。
      22日(水)は、坂野氏と吉村氏と共に、サンパウロ州営農産物卸売中央市場「セアジェスピ」(旧「セアザ」)を視察。各地から運び込まれる農産物でごった返す市場は南米一の規模を誇り、油断して歩いているとトラックや手引車に轢かれそうになる。次に「サンパウロ州立総合大学」(USP)の広大なキャンパスを見学し、附属の「ブタンタン」毒蛇研究所を訪れた。有毒生物に対する研究を始め、国内の大半のワクチンと血清を製造していて、ブラジルでしか見ることが出来ない大蛇や毒蛇の生物博物館もある。昼は日本ではお馴染みのチェーン店「すき家」でブラジル版の牛丼を味った。その後「イビラプエーラ」公園へ行き、岐阜の「中島工務店」(株)が修復を進めている「日本館」を見学した。


ペンとノートを片手に、
フェイラで試食をする生徒たち
          
日本館の池の鯉を眺める一行

      23日(木)からはいよいよ農家実習。サンパウロ市から約180km離れたサンミゲルアルカンジョ市コロニア(移住地)ピニャールへ向かった。山田会長と原田会計理事も同行し、現地の山下治氏と天野鉄人氏に実習先農家をお願いした。山下氏、大河原俊男氏、徳久俊行氏、古庄マルセロ氏、岡森正史氏、それぞれが経営・管理する農場に派遣団は分散した。果実農園では主にデコポン、ブドウ、ビワなどが中心となっていて、収穫や出荷準備を実践し、栽培の手入れだけではなく収穫後の繊細な果物の扱いの難しさも生徒たちは実感した。牧場では、広大な土地に一見放置されている牛でも個体管理はしっかりされている事に驚き、牛の去勢手術を間近で見学できた生徒の間では更に驚きの声があった。
      どの農場でも作業工程の所々に工夫がされていて、先入観に捕らわれず新しいアイデアはとりあえず試してみるチャレンジ精神も、農家の方々は生徒たちに伝えていた。コロニア・ピニャールには3日間とどまり、農業実習だけではなく、初日の夜には地元の若者たちを集めて交流会も行なわれた。
      26日(日)は実習先のコロニア・ピニャールで派遣団の歓迎会を兼ねた交流ピクニックが実施され、天野氏の宿泊施設会場にブラジル岐阜県人会の会員や大勢の地元の方々を交えてのパーティが行われた。当会が用意したシュハスコ、会員が持ち寄った自慢の料理、地元の果実など、食べきれないほどの料理がテーブルに並び、全員お腹いっぱい食べた様子。ビンゴ大会や、高校生たちの合唱や岐阜の「郡上おどり」の披露などもあり、時間の許す限り参加者は楽しんだ。中には日本語を話せない人でも高校生たちと英語で会話をする姿もあった。11時頃から始まった交流会は4時にはお開きとなり、帰りのバスで派遣団も一緒にサンパウロに帰還。
      27日(月)は坂野氏と吉村氏と共に市内視察。朝は「メルカダォン」サンパウロ市営市場を始め、街の中心部を視察した。「セー大聖堂」や「サン・ベント修道院」、サンパウロ市役所などを見学しながら、スリとひったくりに警戒しつつ中心部を歩いた。その後、ブラジル独立記念公園へ行き、「パウリスタ」(または「イピランガ」)博物館や独立記念碑の前で恒例の記念撮影をした。
      28日(火)からは、約280km離れたミナスジェライス州ツルヴォランジア市の農家で実習。山田会長と、「伯国東京農大会」の沖眞一会長もこの2日間の実習に同行し、生徒たちを指導した。初日は大島正敬氏のバラ農園、高羽極氏のカーネーション・アルストメリア農園、石川昭夫氏のシンビジウム農園で過ごした。翌日29日(水)の朝はコーヒ農園と、谷脇運吉氏と矢口篤夫氏の果実農園に分かれ、実習はお昼頃には終了。谷脇家で食事をして午後3時頃サンパウロに向かった。
      30日(木)はサンパウロ市視察最終日で、坂野氏と吉村氏が案内。朝は平日の市内で唯一開かれている有機農産物の小規模フェイラ市場を視察。生徒たちは同行している二人の通訳を通し、有機産物の規定や生産方法について店員に聞いたり、買物客にもインタビューをしていた。その後、近くのモルンビー墓地に立ち寄り、生徒たちの一世代前までの方はご存知であろう、有名F1レーサーのアイルトン・セナ氏の墓も訪れた。午後は富裕層向けのスーパーを視察し、県人会事務所に3時半に到着。派遣団は研修のまとめを山田会長や理事たちと話し、その後ブラジルの農業に関して知識豊富な中野順夫氏が生徒たちの様々な問いに答えていた。午後6時半に派遣団主催の感謝を込めた食事会が、近くの中華料理店で執り行われ、山田会長を始めとする県人会理事と関係者が出席した。生徒たちは食事の合間に一人づつ席を立ち、今回の派遣についての感想と感謝の言葉を述べていた。
      31日(金)は出国日。朝は吉村氏がリベルダーデ区内で最後の買い物と換金に案内した。正午までにホテルへ戻りチェックアウトを済ませた一行は、お昼にシュハスコを食べ納めた。空港へは山田会長、原田会計理事、吉村監事と坂野会員が同行し、午後3時前に到着。スムーズに搭乗手続きも終え、最後の雑談と挨拶をして、派遣団が無事ゲートを通過するまで見送った。派遣団の乗ったスイス国際航空093便は午後7時頃ヨーロッパへ旅立っていった。


コロニア・ピニャールで交流会 - 乾杯の様子
          
空港で最後の挨拶


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