ブラジル岐阜県人会便り
インターネット版
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第283号
2015年3月


ブラジル岐阜県人会2014年度末定時総会開催
2015年度事業計画
『日伯修好120周年記念絵画展』の開催
『年表県人百年のあゆみポ語版』を刊行


     ブラジル岐阜県人会の総会が2月22日午前10時30分よりサンパウロ市内のニッケイパレスホテルのサロンで開かれた。会員30名が出席(内2名は委任状)した。司会役の青山高夫副会長による開会宣言の後、先亡者への一分間の黙祷が行われた。
     始めに、山田彦次会長からの挨拶があった。(以下要旨)本年は日伯修好120周年にあたる為、従来当会が主催し、サンパウロ日本国総領事館の後援を得て実施されてきた「日伯友情絵画展」を、120周年記念絵画展として開催したいとの抱負が述べられた。うれしい話として新たに入会された小木曽いさお夫妻と平野エミイラシーさんを我々の新しい仲間として大いに期待していると紹介、出席者一同から暖かい拍手で迎えられた。
     しかしながら、機会ある度に警鐘を鳴らしてきたことではありますがと断り、改めて会のあり方について以下に問題提起がなされた。県人会が創立されて77年目を迎え、この長い間には、母県からの招聘、県費留学生、研修員制度等々を通して、多くの県民子弟を送り出し、日伯間の交流に貢献して参りましたが、近年に至り県側の財政難に加え、会員一世移民の高齢化により母県との交流事業は縮小傾向にあると言わざるを得ず、県人会を維持していくことが困難な時代にさしかかっております。将来の県人会のあるべき姿を目指しての試行錯誤は続けられていますが、今尚、明確な運営方針を打ち出せないまま今日に至っているのが現状である。
     一世移民が主導してきたニッケイ社会にも、優秀な二世三世の進出が見られる中、考え方の違いを乗り越えて、日伯両国語を理解できる人材の更なる育成が喫緊の課題である。わが県人会は小さな団体ではあるが、岐阜県並びに県人会員にとって、その存在がいかに重要なものであるかは、77年間も維持運営が続けられてきた事実がそれを物語っている、と述べ挨拶を締めくくった。
 
     次いで、議長の選出がおこなわれ、吉村マルセーロ氏が初めて2世として選出された。書記には長屋充良氏、議事録署名人には大野光男が指名された。監事の金子亮資氏より2名の委任状が提出され承認された。
     長屋充良書記からの事業報告に続いて、原田敏彦会計理事から2014年度の会計決算収支報告が行われた。金子亮資監事より事業報告、会計報告共に正しく処理されており満足のいくものであると発表され、出席者全員からの拍手で承認された。
 
     長屋充良書記理事から、理事会によって作成された、2015年度事業計画案が提出された。
          [1]「ブラジル岐阜県人会便り」の日ポ両語による定期発行の継続。
          [2]日伯修好120周年を記念した「日伯友情絵画展」の開催。
          [3]昨年末に発刊された「年表-ブラジル岐阜県人移住100年のあゆみ」をポルトガル語版で刊行する。
          [4]ホームページの大幅な改良。
     2015年度予算案は、R$135.100,00。
     県人会費は年R$150,00に据え置き。
     以上、いずれも提出案のとおりに、出席者全員の賛成をもって承認された。
     そのあと、会員からの質疑応答が行われ、予定通り午前11時45分、吉村知明マルセーロ氏により閉会宣言、そして青山高夫副会長から謝辞が述べられて、無事に総会が終了しました。
     総会終了後は出席者全員が参加しての新年会がニッケイホテル地下のレストランで開かれ、会員同士の親睦が遅くまで続いた。
 

総会出席者全員で記念写真

個人所得申告


     所得申告の時期となりました。
     申告期限は4月30日です。
     課税対象となる所得額は以下のように変更されております。
     昨年度の所得額がR$1.903,98以上の人は申告義務がありますので、お忘れなきようご準備下さい。
 


中島工務店から届いたカレンダーに添えられていた故郷便り


     ブラジル岐阜県人会とは馴染み深い岐阜県の中島工務店(本社―岐阜県中津川市加子母)から今年もカレンダーが送られてきました。同社がこだわる日本建築のすばらしさが、写真で見事に表現されています。添えられていた中島紀千社長の故郷便りには、懐かしい岐阜の山里風景が美しく綴られており、郷愁の念をそそられます。以下に全文を紹介させていただきます。
 
     今年もあっという間にすぎた。
     元旦の朝5時に起きて若水を汲みに木曽越林道を登り、峠で御岳山を拝んで帰った。5時に起きて若水を汲みに木曽越林道を登り、峠で御岳山を拝んで帰った。雑煮を食べて9時から村の水無神社で新年互礼会に出た。ぼたん雪が舞って寒かったので焚火ににあたっ9時から村の水無神社で新年互礼会に出た。ぼたん雪が舞って寒かったので焚火ににあたった。1月下旬は寒い。雨天の朝は薄暗い中をプレカット工場へ通う。-15月下旬は寒い。雨天の朝は薄暗い中をプレカット工場へ通う。-15oCの日もある。
     節分をすぎると日によって春の気配がする。日も少しづつ長くなってくる。3月の声を聞くとクロッカスを探す。黄色のパッと明るい花びらが落葉の中から顔を出すと嬉しさで飛び上がる程だ。黄から紫、白の花びらが順に咲く。水仙や福寿草も黄色の花を咲かせる。
     4月に入ると忙しくなる。山茱萸(さんしゅゆ)連翹(れんぎょう)満作等々、黄色い花が次々と咲く。冬の寒さを打ち破って春に飛び出すのは全て黄色の花のようだ。それから卯の花(卯木)が、谷卯木、卯木、梅花卯木、箱根卯木、糊卯木と順に咲く。
     紫陽花(あじさい)も小紫陽花、玉紫陽花、蔓紫陽花、と順に咲く。つつじも三つ葉つつじ、赤八入(あかやしお)満天星(どうだんつつじ)山つつじが順に咲く。白い花はこぶし。一番に山を白く染める。それから山桜。この頃の気候が一番良い。山桜が春の吹雪で散る頃、石楠花(しゃやくなげ)が薄いピンクの上品な花を咲かせる。
     この頃の乙女渓谷二の谷遊歩道がとても良い。天気の良い日は毎日でも登りたい。卯の花が咲き,時鳥(ほととぎす)がホッチョカケタカと鳴き渡り、田植えが始まり、松林で春蝉が鳴き、梅雨に入ると、にいにい蝉,明けると、日暮し、みんみん蝉、油蝉、蝦夷(えぞ)蝉、夏のお仕舞いはつくつくほうし。
     梅雨の頃には源氏蛍、それから平家蛍、夕方薄暗くなる頃に飛び立つて相手を探す.それを見に行く。槿(むくげ)のピンク、紅、白の額や八重が咲き誇り、百日紅(さるすべり)が房の重さに耐えかねて枝をしおらせるのは夏の加子母の街道の名物となった。村の皆で植えたベゴニアもきれいだ。家の周りに一杯のコスモスが咲き誇る秋になると唐塩山も天辺から紅(黄)葉が始まる。十数種の楓、漆(うるし)山桜、どうだん、ぬるで等が山を赤く染める。楢、栗、岳樺(だけかんば)白文字等が黄色に染める。紅葉は順次山を下りてくる。
     寒波が来て霜が降りると一週間ほどして葉が全て落ちて紅〈黄〉葉はお仕舞い。庭の富士山柿をもいで皮むきして吊るすのも大切なこの頃の仕事だ。皆んなが葉を落として寂しくなった庭にピンクの実を花のように咲かせるのが真弓(まゆみ)、黄色に咲かせるのが蔓柾(つるまさき)。種を弾いているのだ。、黄色に咲かせるのが蔓柾(つるまさき)。種を弾いているのだ。
     北風の中で赤蕪、白菜、大根を洗って干して漬け込むと加子母の一年のお仕舞。70歳になってようやくじっくりと加子母の自然を堪能できるようになった。
     かしもむら、なかじまのりお

 

田園風景に囲まれる中島工務店本社社屋

 
 
 
 
 

岐阜の名物カラーコイン
「長良川の鵜飼」(1000円)     「白川郷」(500円)

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